87話「決着と友情」
「……バアル」
ロッドンは、再び起き上がったバアルに驚く。
しかしそれ以上に、既にボロボロの身体になってしまっているかつての友の姿に、胸を痛める。
――どうして、こうなってしまったのだろうなぁ。
頭では分かっているのだ。
魔王様の言っていることもまた、間違いではないのだと。
しかし、それでも引く事はできないのだ。
この争いの中で死んでいった、部下や仲間達の無念のためにも――。
だがその結果、こうしてバアルと対立する事となってしまった。
お互いの信念のため、決して引く事など許されないこの戦いは、多分どちらかが死ぬまで終わらないのだろう。
それ程に、バアルの強い信念と覚悟が伝わってくる。
でなければ、こんな状態で起き上がる事など不可能なのだから――。
「……ロ、ッドン……待、て……」
ただ呻くように、発せられるその痛ましい声。
――終わりにしよう、バアル。
ロッドンは、揺れる気持ちを振り払う。
――先にあの世で待っていてくれ、バアル!
もし死後の世界があるのならば、今度こそ友として、また二人で酒でも飲み酌み交わそう!
覚悟を決めたロッドンは、手にした大剣をバアル目がけて一閃する。
振るわれた大剣は漆黒の波動を生み出し、鋭い刃となりバアルを襲う。
神より与えられしこの力は、気を抜くとすぐに飲み込まれてしまいそうになる程強大だった。
しかし、自分達の目的のためならば、この力を使わない手はない。
そんな、まさに諸刃の剣のような圧倒的な力でバアルを襲う。
だが、その時だった――。
バアルの身体が弾けるように、突如として黒い激流を纏いだす。
その激流は渦となり、その身体は徐々に巨大化していく。
ロッドンの放った一撃も飲み込むように、凄まじいエネルギーと共に砂埃を巻き起こす――。
視界を奪われたロッドンは、警戒を高める。
確実に限界だと思われたバアルの、更なる力の開花。
それは全くの未知数であり、今の自分でも敵うのかどうか分からない程強大だった。
「グォオオオオオオオオオオ!!!!」
バアルの叫び声が聞こえてくる。
その尋常ならぬ叫び声が、バアル自身も限界を超えている事を意味していた。
つまりこれは、まさに命を賭したバアルの奥の手なのだろう。
先程の巨体など可愛く思える程、その渦はどんどんと巨大化していく。
そして渦の中から姿を現したのは、魔王城程の大きさのあるだろうか……。
文字通り、巨大な悪魔の姿がそこにはあった――。
「……これが、バアルの真の力というわけか」
自分の足が震えている事に気が付くロッドン。
今目の前にいるのは、本物の悪魔。
身体の大きいロッドンをもってして、指一本にも満たないであろうその巨体。
今のこの力があれば、負けることはない。
そう頭で理解しているつもりでも、本能が怯えているのだ。
こんな巨人相手に、絶対に敵うはずがないと――。
「クソ!」
ロッドンは、巨人目がけて攻撃を連発で放つ。
全ての攻撃が命中し、巨人の肉体を激しく斬り付ける。
だが、それだけだった……。
どれだけ激しく切り刻もうと、斬られた箇所はすぐに元に戻っていく。
まるで空気を斬るような感覚だった――。
どれだけダメージを与えようと、この巨人となったバアル相手には全て無意味なのだと――。
「……ったく、デタラメだな」
そんな、覚悟と共に化け物と化したかつての友の姿に、ロッドンは理解する。
たとえ今の力があろうと、この巨人を前に最早自分には勝ち目はないのだと――。
そして、次の瞬間だった――。
バアルの振り上げた、その巨大な岩石ほどの大きさのある拳が、物凄い速度でロッドンの脳天目がけて振り下ろされるのであった。
――はは、どうやら先にあの世へ行くのは、俺の方だったようだな。
躱す暇も、もとよりその気もなかったロッドンは、その拳を受け入れるようにそのまま押しつぶされるのであった――。
◇
とうに限界を超えていたその身体は、まるで糸が切れるように元の大きさへと戻って行く身体——。
ボロボロになったバアルの身体は激しい痛みを伴い、もう動かすこともままならなかった。
しかし、それでもバアルは最後の力を振り絞り、右手を伸ばす。
すると、そんなバアルの手を掴むもう一つの手——。
「……なん、だよ、バアル……お前が……勝った、のに、よ……」
「……馬鹿を、言うな……とっくに、限界、だ……」
バアルの手を掴んだのは、ロッドンの手だった。
先程の攻撃で、同じく既に瀕死状態のロッドン。
かつての友同士、手を取り合ったバアルとロッドンは、お互いの酷い有り様を見て笑い合う。
「なつか、しいな……」
「ああ……」
「最後が、お前でよかっ、た……」
「俺も、だ……」
今だけは、昔を思い出すように、友との最後の笑みを交わす――。
そしてその言葉を最期に、二人の意識は眠るように深い闇の底へと沈んでいくのであった――。
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