85話「信念」
「……ぐっ、ここは」
激しい痛みと共に、目を覚ましたロッドン。
――そうだ! 勇者は!?
すぐに状況を思い返したロッドンは、痛みに堪えながら自身に治癒薬を使い、何とか上半身だけ起き上がる。
この巨体が幸いして、どうやら致命傷だけは避けられたようだ。
すると、そこにはもう勇者パーティー一行の姿はなかった。
周囲の木々や岩山には、激しく斬り付けられた跡が残っていた。
一瞬のことでよく分からなかったが、その傷跡だけでここで激しい攻撃があったことを物語っていた。
そして、起き上がったロッドンの顔は絶望に染まっていく――。
見渡せばそこには、自身の部隊の部下達が倒れているのだ――。
「お、おい!? 無事か!?」
慌ててロッドンは、倒れる部下のもとへ駆け寄る。
しかし、全員が深い傷とともに、再び目を覚ますことはなかった……。
そう、勇者との戦いに敗れたロッドンの一隊は、ロッドン以外の全員がここで戦死してしまったのであった――。
「……俺は、間違えたのか」
これまで感じた事のない、悔しさが込み上げる。
あの時、それでも逃げる選択をしておけば、ここで彼らが命を散らすことはなかったのではないか……?
まだ若い、将来有望な部下達。
そんな強い後悔だけが、ロッドンの胸を締め付けていく――。
この先の村で家族が暮らすと言っていた部下の亡骸を見ながら、ただ涙を流してやることしかできない無力な自分。
力が欲しいと願うも、成すすべなく弔うことしか出来ない自分が、悔しくて堪らなかった。
――俺がもし、バアルのように強ければ――!
友の背中が脳裏をよぎる。
どうして自分はこんなにも弱いのかと、初めて友の力を羨み、妬んだ――。
こうしてすべての部下を失ったロッドンは、部下達の弔いを済ませると、報告のため失意と共に本部へと一人撤退するのであった――。
◇
それからのロッドンは、まるで人が変わったようであった。
もう二度とあんな悲劇を繰り返さないため、己の全てを注いで鍛錬に勤しんだ。
自分に力さえあれば、あそこで死なせることはなかった。
その後悔だけが、今のロッドンの原動力だった。
「ロッドン、俺の元へ来ないか?」
そんなある日、ロッドンに声をかけてくれたのがガロンだった。
魔族界でもナンバー2の実力者であるガロン。
ロッドンからしてみれば、こうして直接会話することすらも烏滸がましいような、上位存在。
そんなガロンがいきなり現れた事に、戸惑いを隠せなかった。
「わ、私ですか?」
「ああ、お前の事は聞いている。部下達の事は、本当に残念であった……」
ガロンは、あの戦闘で散っていった部下達の事を思い哀れんでくれた。
上位存在であるガロンが、戦死していった者達の事をちゃんと認知し、こうして一緒に哀れんでくれている事に、ロッドンは少しだけ救われたような気持ちになる。
「……ありがとう、ございます」
自然と込み上げてきた涙と共に、感謝するロッドン。
そんなロッドンの肩に手を置き、ガロンは真っすぐな瞳で声をかけてくれた。
「そんなお前だから、俺はここへやってきたのだ。――ロッドン、共に仇を討たないか?」
「仇、ですか――?」
「ああ、そうだ。他にも、数多の同胞達が勇者や人間の手により殺されてきた。だが、ある日から魔王様は人間どもとの融和の道を探るようになった。そんなもの、受け入れられるはずがなかろう?」
その言葉に、ロッドンは驚きを隠せなかった。
本当に魔王様がそんな事を考えているのなら、それはロッドンとしても受け入れられない思想だった。
「それが真実ならば、おっしゃる通りです……」
「ならば、これから己の目で見極めるがよい。――だからロッドン、俺のもとへ来い」
それが、ロッドンがガロン直属の部下となることのキッカケだった。
ガロンの側につくという事は、魔王様と敵対することになる選択。
つまりそれは、友であるバアルとの敵対も意味する。
それでもロッドンは、覚悟を決めた。
死んでいった部下達の仇を取れるのならば、もうロッドンの取るべき行動は最初からただ一つだったから――。
◇
「……ロッドン、久しいな」
「ああ、そうだなバアル。いつぶりだろうな」
久しい友との再会に、二人は懐かしみと共に言葉を交わす。
しかし、対時したその時から、二人は互いに敵同士である覚悟を済ませている。
どちらが正しいわけでもなければ、間違っているわけでもない。
お互いがお互いの信念とするものが分かっているからこそ、そこに会話など不要だった。
魔王様に、生涯を捧げる覚悟をしたバアル。
失ったかつての部下達の弔いのためにも、人間達に一矢報いる覚悟を決めたロッドン。
そんな二人の友は、数年ぶりにこの荒れ果てた荒野で向かい合う。
「――やれやれ。色々と話したい事はあるが、そんな余裕はなさそうだな」
「――ああ、残念だ」
「まぁ、こうして生きて再び会えた事に感謝するよバアル。――お前は俺の、憧れだった」
「それは俺も同じだ、ロッドン」
小さく笑い合う二人。
そしてその言葉が、二人が友として交わした最後の言葉となる――。
「――いくぞ、バアル!」
「――ああ、ロッドン!」
強い覚悟と共に、かつての友による命を賭した戦いの火蓋が切って落とされたのであった。




