84話「友」
「まさか、このような形で対峙することになろうとはな……」
バアルの前に立つ大男は、どこか悲しそうにそう口にする。
彼の名はロッドン。
かつてはバアルとともに、同じ部隊に所属していた友と呼び合える存在だ。
バアルより一回り身体が大きく、当時はよくロッドンに助けられていたバアル。
だが、時は絶ち戦闘の才能を開花させたバアルは、今では魔王軍の四天王の一人にまで登り詰めた。
それはロッドンにとって、何よりも誇らしいことだった。
友が四天王と呼ばれるまでに駆け上がっていく姿を、すぐ隣でいつも見ていたのだ。
かつては、ロッドンよりも劣っていたバアル。
しかしバアルは、決して諦めるということをしなかった。
いつでも訓練に励み、上しか向いていない友の姿は、ロッドンにとってもいい刺激となり、共に切磋琢磨し合える仲でもあった。
だが、バアルの才能は特別だった。
悪魔化の能力を開花させると、もうロッドンでも手に追えないほどの強大な力を発揮できるまでに成長していた。
その時、ロッドンは分かったのだ。
このバアルは、こんなところにいて良い存在ではないと。
もっと重要な、それこそ魔王様の側近として相応しい力の持ち主なのだと――。
そして、バアルが実際に幹部へと成り上がって行く姿を見守りながら、ロッドンも努力に努力を重ねてきた。
その結果、バアルほどではないが、一部隊の指揮隊長にまで登り詰めることができた。
ロッドンがそうなれたのは、バアルのおかげだった。
だからロッドンは、バアルに対してずっと感謝の念を抱いてきたのだ――。
だがそれも、あの時全てが崩壊してしまったのであった――。
◇
「隊長! ゆ、勇者パーティーです!」
ロッドンの元へ、慌てて駆け込んできた部下の一人。
その報告では、どうやらロッドン達が拠点としているエリアへ、勇者パーティーが現れたようだ。
ロッドンの部隊は、比較的若い魔族により編成されていることもあり、実力的にはまだ弱い部類と言えるだろう。
しかし、みんな才能には溢れており、将来有望な者達が集まっていた。
だからロッドンは考える。
今の勇者はとにかく強いという噂を聞く。
だから本来であれば、ここで命を賭して勇者と戦うべきなのだろうが、この者達の命を散らして良いのかという葛藤が生まれたのだ。
これは、勇者と魔王の戦いではない。
魔族の国と人間の国の、お互いの生存をかけた戦争なのだ。
だからこそ、時には引く事も選択肢として考えるべきだろう。
そんな頭を悩ますロッドンに、駆け込んできた部下は口にする。
「――隊長、行かせてください! ここで奴らを止めてみせます!」
それは、覚悟の籠った言葉だった――。
しかし、彼では勇者には敵わないことも分かっているロッドンは、その言葉に対する返答に困ってしまう……。
「あはは、分かってますよ。自分じゃ、勇者には敵わないことぐらい」
「――では、分かっていて何故望むのだ?」
「この先にある村には、自分の家族が暮らしているんです。だから、守りたいんですよ」
「そう、だったのか……」
聞くと、まだ幼い妹もそこで暮らしているのだとか。
だから彼は、そんな故郷の村へ近付くかもしれないこの状況を、ただ見過ごすことなど出来ないのであろう。
だから、ロッドンは覚悟する――。
「――分かった。では、全員集めて来てくれ」
「承知しました!」
部隊の者には、選択肢を与えることにしよう。
ここから逃げ出すことも、将来のための選択だ。
そう思い、ロッドンは自身の部隊へ選択を問うのであった。
結果、部隊に属する者は全員、ここでの戦いを希望したのであった――。
◇
「待たれよ、勇者一行――」
待ち伏せをしていたロッドンは、そう言って勇者パーティーの前に姿を現す。
不意打ちをする手もあったのだが、それはロッドンの中の武士道が許さなかった。
正々堂々、ここで勇者パーティーを討つ覚悟を決めながら、ロッドンが代表して一歩歩み出た。
「我の名はロッドン! この一帯を管轄する魔王軍幹部の一人だ!」
その言葉に、勇者パーティーの顔色が変わる。
その色は、明確な覚悟だった――。
彼らもまた、人々を守るため戦争をしているのだ。
だからこれは、どちらに正当性があるかどうかの話ではないのだ。
勝った方が正義、ただそれだけなのである――。
「――俺の名はカリム。ここは通させて貰うぞ」
カリムと名乗る勇者と、そのパーティーが臨戦態勢を取る。
これが合図となり、ロッドンの配下達は勇者パーティーを包囲するポジションを取る。
数、状態共に、ロッドン達魔王軍側が有利――。
しかし、相手はあの勇者パーティーなのだ。
実力的には、こちらが不利なことは明らかだった。
それでも――。
「行くぞ!!」
率先して、手にした大剣を振り上げたロッドンが勇者パーティーへ襲い掛かる。
その巨体に似合わない高速移動に、カリムは一瞬不意を突かれてしまう。
そしてその僅かな隙は、ロッドンが攻撃を仕掛けるには十分な間だった。
「くらえぇ!!」
全力で振り下ろす大剣――。
しかしその剣は、突如として出現した魔力による防壁で簡単に防がれてしまう。
それはどうやら、同行している魔法使いによる魔法障壁のようだ。
「厄介な!」
連即して二度、三度叩きつけてみるも、全く攻撃が通ることはなかった。
――不味いな。
こんな高度な魔法があっては、ロッドンには成す術がなかった。
単純な力では分があるも、魔法というものは本当に恐ろしいなと改めて実感する――。
だが、こちらにも魔法を扱えるものはいるのだ。
四方から、勇者パーティー目がけて放たれる無数のファイヤーボール。
だがそれも、盾役の男と聖女の展開する障壁により無効化される。
更には、上空に現れた魔物達が、突然部下達を襲ってくる。
どうやらパーティーの一人にはビーストテイマーまでいるようだ。
こうして、あっという間に劣勢に立たされるロッドン達の一隊。
逆にカリム達は、実力で勝っていることを確信して攻撃に転ずる。
「くらえ! ホーリーセイバー!!」
その声と共に、カリムの手にした聖剣が突如として白い輝きを放ちだす。
そしてその輝きは巨大な剣となり、有り得ない速度で周囲を一閃する。
たった、それだけだった――。
それだけで、周囲を取り囲んでいた者達は血を流して倒れていく。
そしてロッドンも腹部に走る激しい痛みとともに、その場に気を失ってしまって倒れてしまったのであった――。




