83話「神域」
有り得ない……有り得ない有り得ない有り得ないっ!
たった今目の前で起きた光景に、驚きを隠せないレイン。
この神より与えられし力により生み出された、人知を超越し魔法。
それが、レラジェの放ったたった一つの小さな黒い炎に消し去られてしまったのである――。
――何が起きているっていうの!?
理解が全く追い付かない。
しかし、現実として目の前で起きた出来事だけが真実だと、レインは再びブラックホールを生み出す。
そしてレラジェを飲み込もうと放つも、再びあの得体の知れない炎に燃やし尽くされてしまうのであった――。
「――終わりだ、レイン」
そして、レラジェから静かにそう告げられる――。
その言葉は、若干の慈悲も籠められているようで、それがレインは我慢ならなかった。
「何を勝ったつもりでいるんです!? 勝つのはわたしですよ!!」
激高したレインは、感情に身を任せ全身を流れる魔力を全て解放する。
すると、全身の筋力は魔力により増幅し、身体に留まり切らずに溢れ出る魔力の波動により、周囲一帯が爆ぜる。
それは言葉で表すならば、自分自身が魔力の塊。
先程のブラックホールなど非ではない、魔力の源そのもの――。
「アハ、アハハハハハ!!」
楽しい――力が無制限に溢れ出してくる!!
この力の前では、万物が無力に思えた。
ただの魔族であるレラジェの肉体など、最早少し触れただけで飛散するであろう圧倒的なまでの力。
これが神域かと、レインは人を超越したその力に全てを委ねる。
魔力により増幅されたのは力だけでなく、感情までも膨れ上がっているのは自分でも分かっている。
最早自分が自分で無くなっている事も、薄れゆく自我の中でちゃんと自覚している。
しかし、この愉悦の前では抗えない。
全てが自分の思い通りなのだと、レインはその力に己の全てを委ねたのであった。
「さよならですわぁ! レラジェ様ぁ!!」
そしてレインは、レラジェ目がけて飛び出す。
人ならざる速度で急接近すると、魔力の塊と化した右足をレラジェ目がけて振り抜く。
振り抜かれた右足が生み出した軌道は空間を切り裂き、遠く遠方の岩石は紙切れのように真っ二つに切り裂かれる。
そんな圧倒的な力の前に、レラジェは成す術もなく跡形もなく消える――――はずだった。
――おかしい……感触がない……?
そう、レインはこの一撃で確実にこの戦いを終わらせるつもりだった。
けれどレインの振り抜いたその右足は、何故か空を切るような感覚がしたのだ。
そして目の前には、変わらずレラジェの姿――。
――何故、まだ生きているの!?
どうして、何故――。
レインの中で、動揺が広がっていく――。
――とりあえず、一度距離を取って体勢を立て直そうかしら。
これも魔力のおかげだろうか冷静になったレインは、一旦レラジェから離れようとする。
しかし、上手く行かない――。
離れようとするもバランスを崩してしまい、気が付けば大地に尻をついている自分がいた――。
――な、何が起きているの!?
ここで初めて、レインの中で焦りが生まれる。
絶対に勝てる戦いだと確信していたのに、今立っているのがレラジェで、尻餅をついているのが自分。
その有り得ない状況に、レインは状況が把握できず恐怖する。
得体の知れないレラジェの力を完全に侮っていたことを、今更になって本能で理解したのだ――。
そしてレインは、ようやく気が付く。
何故、自分が今こうして尻餅をついているのかを――。
「い、いやぁああああ!!」
絶叫するレイン。
それもそのはず、見ればレインの右足が太ももまで消失してしまっているのである。
最早魔力の塊となったこの身体、痛覚はないし片足が無くなろうとどうということはない。
けれど、あるはずの片足が無くなっていることで、無意識的に身体のバランスが保てなくなっていたのだ。
何故、こんなことになってしまっているのか理解が及ばない。
けれど、見れば右足の切れ目のところには漆黒の炎が尚もレインの身体を燃やしていた。
――さっきの炎!?
つまりレインの右足は、先程ブラックホールを消し去ったあの炎に焼かれてしまったということを意味していた。
――な、なんなのよあれはっ!?
神域に踏み込んだ、この膨大な魔力ですら歯が立たないあの漆黒の炎――。
それはもしかしなくても、同じく神域に踏み込んだ領域の魔法――。
それをレラジェは、自分で神々の領域まで辿り着いたというのか――。
「――さらばだ、あの世でまた会おう」
だが、レインにそれ以上考える時間は与えられなかった。
レラジェの生み出した漆黒の炎が、この戦いの終わりを告げるように目の前に灯る――。
――あの世で、ですか……。えぇ、お待ちしておりますわ、レラジェ様……。
その炎の仄かな灯りに包み込まれるように、その瞬間だけ正気を取り戻したレインはふわりと微笑む。
そしてレインの意識は、そのまま黒い闇の中へとゆっくりと飲み込まれていくのであった――。




