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82話「憤怒の覚醒」

 ――これは困ったものだな。


 よろよろと立ち上がりながら、レラジェはこの圧倒的に不利な状況を前に思わず笑ってしまう。

 魔王軍の四天王として、これまでイザベラ様の活動をずっと傍で支えてきたというのに、このザマである。


 己の不甲斐なさにうんざりしながらも、今はそれよりも目の前の相手をどうするかを考えなければならない。


 相手は、かつての部下のレイン。

 しかし今は、神より有り得ない程の力を与えられている圧倒的格上。


 奥の手とも言える漆黒の炎すらも打ち破られた今、レラジェに残された手段は残されてはいなかった。

 レラジェ自身も、神龍より力を与えられている。

 だからこそ、先程の一撃を受けても致命傷は避けられたのは言うまでもない。

 けれども、神としての器の差なのだろうか。レラジェとレインでは、その与えられた力に差があり過ぎた――。


 だが、これは勿論神龍の責任などではない。

 全ては己の弱さが招いていること。だからこそ、レラジェはそんな自分が悔しかった。


 どうしてここぞという場面で、イザベラ様のお役に立てないのかと――。


 沸き上がる負の感情。

 それはグルグルとレラジェの中で駆け巡り――溢れ出す。


 負の感情が、レラジェの全身から魔力の霧となり一気に噴き出す。

 そして、ここで負けたくないという強い思いが、吹き出した魔力の霧を渦に変える。



「まぁ! まだこんなお力が?」


 その様子に焦る様子も見せず、楽しむように語るレインの声が聞こえてくる。


 ――悔しい! 自分が悔しい!


 まるで相手にされない、四天王であったはずの自分。

 共にここへ来たバアル、それから途中からどこかへ消えたカレンと比べても、己が二人に劣っていることは分かっている。


 そんな膨れ上がる負の思いが、どんどんとレラジェの底から溢れ出してくるのであった――。



「あははは! 凄いですわ!」


 ――絶対に、真でも負けられない。


 悔しさ、劣等感、そして勝利への渇望――どんな感情でもいい。

 レラジェの様々な思いが、魔力の形となりどんどんと溢れ出していく――。


 その様子に、さっきまでは余裕の態度を見せていたレインも、ようやくその異常さに気が付く。

 次々に溢れ出るその荒い魔力の渦に、驚くように声を上げて笑い出す。


 そんなレインの反応も、レラジェの感情を更に掻き立てる。

 その結果、レラジェの感情が行きついた先――――それは、憤怒。


 怒りにその身を支配される感覚――。

 身体が軽くなるような、全身の血液という血液が煮えたぎるような、不思議な感覚。


 全身の隅々まで濃い魔力が通い、身体の全てが一体化していく――。



「――待たせたな、レイン」

「いえ、構いませんわ」


 レラジェの言葉に、レインは落ち着いた声で返事をする。

 しかしそれは、余裕からではなく、危機感からくるもの。


 今のレインは、有り得ない程の力を分け与えられている。

 だからこそ、今の自分が負けるなんて事はまず考えられない。


 けれども、今目の前にいる相手はかつて憧れた存在。

 そして、そんな存在の真の力の目覚めに、危険であると本能が理解してしまっているのだ。


 ――あ、有り得ませんわ!


 首を横に振り、変な考えを打ち消す。

 これはきっと、力を得る前のレインの心の問題なのだ。


 今の自分が負けるはずがないと、溢れ出る魔力を集めて魔法を放つ。



「今のうちに、ケリをつけさせて頂きますわ! ブラックホール!」


 集められた膨大な魔力を凝縮し、生み出された無数の魔力の塊が互いに共鳴し合う。

 そこから生じるエネルギーは凄まじく、共鳴し合った中に漆黒の亜空間が生じる――。


 それは万物を飲み込み、一度飲み込まれたら最後の死のゲート――。

 レイン自身、こんな高度な魔法などこれまで扱った事がない。

 だからこれもきっと、神に与えられたものなのだろう。


 でも、そんなものはレインにとってどうでも良い事だった。

 元々の自分では、絶対に敵うはずのない相手と相対しているのだ。


 だからこそ、力の理由やプライドなんてどうでもよかった。

 この場において、己の目的を達する事にのみ意味があるのだからと――。



「――燃やせ」


 しかし、そんなブラックホールを前にしたレラジェは、その呟くような一言と共に小さな漆黒の炎を生みだす。

 そしてその小さな炎は、ゆっくりと巨大なブラックホールへ向けて放たれる。


 しかし、その大きさの違いは岩石と小石のようなもの。

 明らかにスケール不足のその魔法に、レインは思わず笑ってしまう。



「レラジェ様ぁ? それは何かの冗談でしょうかぁ?」


 沸き上がってくる愉悦――。

 かつての憧れを蹂躙できる喜びは、堪らないエクスタシーを生みだす。


 しかし、次の瞬間だった――。


 ブラックホールに触れたその小さな炎は、レインの放ったブラックホールそのものを燃やしだしたのである。

 魔法が魔法を燃やすなんて、そんな話聞いた事がない。その有り得ない状況を前にレインは困惑する。



「な、なにが起きているの?」


 しかしその声も虚しく、レインの放ったブラックホールはそのままその漆黒の炎に燃やし尽くされ、何も無かったかのようにこの場から消滅してしまうのであった――。



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