81話「レイン」
「まさかこうして、レラジェ様と戦うことになるなんて思いませんでしたわ」
レラジェの前に立ちはだかったのは、ガロンの配下となったハーピィのレイン。
彼女は元々、レラジェの側近でもあった存在なのだが、レラジェがイザベラ様に付き従い行動している裏で、こうしてガロンの側へとついてしまっていたようだ。
「――まったくな。何故そちら側についているのか、聞いてもよいか?」
「ええ、もちろんですわ。私は、おかしいと思っていたのですよ」
「おかしい?」
「はい、どうしてイザベラ様は、人間などと共存を望むのかについて。人間は、数多くの我々の同胞を殺めてきたというのに」
「だからお前は、ガロンの側へついたと」
「それだけではないのですが、まぁそうですわね。たとえレラジェ様のお言葉でも、私の信念はきっと変わりません」
「そうか、聞かせてくれてありがとう」
引く気はないというレインの言葉に、レラジェは納得する。
レラジェにも、レインの言っていることは分かるのだ。
我々は数多くの同胞を失ってきた。その事に対する復讐を必須とする考えは、正しいとも言える。
しかし、その悲しみを乗り越えなければ、更なる同胞を失ってしまうことにもなるのだ。
悲しみがまた新たな悲しみを呼び、最終的にはどちらかが根絶やしにされるまで続く争いに、未来などない。
だからこそ、イザベラ様は心を痛めつつも、前を向こうとしておられるのだ。
その覚悟と思いに対して、レラジェもまたここで引く事など出来るはずがなかった。
「以前の私でしたら、レラジェ様と対峙しようなんて恐れ多くて、思いもしませんでしたわ。でも今の私でしたら、レラジェ様が相手でも多分負けませんわ」
「ふん、やってみなければ分からないだろう」
「ふふふ、そうですわね! そういう気高くてお強いところに、ずーっと憧れていましたわ」
恍惚とした表情を浮かべながら、レインは笑う。
これから憧れた人物をこの手で倒さなければならないという、悲しみと喜び、その両方に心を支配されているような異常な感情が、その表情に表れていた。
レイン自身、力を得たことでその性格にも影響を及ぼしていると見るのが妥当なのだろう。
レラジェにとっても、これまで長い間面倒を見てきた配下と戦わねばならないことに対して、何も思わないはずもなかった。
「では、そろそろ宜しいでしょうか。殺してしまったら、申し訳ございませんね」
「ふん、相手を誰だと思っているのだ――かかってこい」
「あぁ、やっぱり素敵ですわ――わたしのレラジェ様ぁ!!」
その言葉と共に、あり得ない速度で飛行しながら急接近してくるレイン。
そして、魔力により硬度の増したその鳥の足を、レラジェの胴体を抉り取るように振るう。
振るった足からは同時に魔力が溢れ出し、その凄まじい勢いは爆風も生み出す。
まさに天災のようなその一撃を、レラジェは咄嗟に手にした大鎌で受け止めようとするが、あまりの衝撃に大きく弾き飛ばされてしまう。
「うぐぁ!!」
「あはははは! レラジェ様に私が勝ってますわ!」
弾き飛ばされるレラジェを見て、恍惚の表情を浮かべるレイン。
「これから気高いレラジェ様を壊さないといけないなんて……ゾクゾクしますわねぇ!!」
容赦なく、追撃に出るレイン。
しかしレラジェも、この魔族領で四天王と呼ばれる存在。
二度も同じ攻撃を受けるわけがなく、レインの動きに合わせて大鎌を振るう。
振るわれた大鎌からは漆黒の炎が噴き出し、迫りくるレインの全身を包み込む。
この炎は、通常の炎とは異なり生命力を燃やし尽くす。
いくらレインが力を授けられていようとも、レラジェの奥の手であるこの炎から逃れることは――。
しかし、その漆黒の炎の中からレラジェに向けて、止まることなく飛び出してきたレインの足。
「うぐっ――!」
「あははは! レラジェ様ぁ!」
再び腹部を蹴られたレラジェは、大きく弾き飛ばされる。
全身を漆黒の炎に焼かれ、確実に生命力を炎に焼かれているはずのレイン。
しかしそれでも、レインは平然と愉悦の笑みを浮かべており、焼かれていることなど全く意に介してはいなかった。
――何故!? 確かに焼かれているのに!?
蹴られたダメージは想定よりも大きく、よろよろと立ち上がるレラジェ。
しかしそれ以上に、炎に焼かれているにもかかわらず平然としているレインの姿に驚きを隠せなかった。
「あ、これですかぁ? うふふ、これはですねぇ、どうやら焼かれる速度より、わたしの魔力が回復するスピードの方が速いようですの。なのでごめんなさい。ノーダメージですわ!」
その言葉と共に、放出した魔力でその身を燃やす漆黒の炎をかき消すレイン。
「なるほど、それが神の加護というやつか……」
「あはは、みたいですね」
力の差は明らかなこの戦い、既にレラジェは絶体絶命の危機に立たされているのであった――。




