80話「魔族領」
レラジェとバアル、二人の配下を連れて、イザベラは再び魔族領へとやってきた。
魔王であるイザベラにとって、ここ魔族領は本来自分の統治する領地。
しかし今では、魔族領ナンバー2であるガロンにより、その主権は完全に乗っ取られてしまっていると言えるだろう。
とは言っても、魔王であるイザベラにとって、この地の者は全て己が守るべき対象。
だからこそ、要らぬ争いは起こしたくないため、降り立ったのは街からは遠く離れた荒野。
ここは丁度、ガロンとミレイラの二人が戦った場所だった。
周囲には、まだ激しい戦いの痕が生々しく残っている。
その凄惨な光景を見て、レラジェもバアルも驚きを隠せない様子だった。
恐らく二人の認知出来る限界を超えた戦い。
そんな激しい戦いの痕を見て、ミレイラも全力で戦ったという事は理解したのだろう。
そして、そんな驚く時間も長くは与えてはもらえなかった。
何故なら、今ここにいるのは魔族領でも四天王と呼ばれる二人に魔王イザベラ。
この三人がこの地に降り立てば、ガロンが気付かないはずもなかったからだ。
「――何をしに帰って来られたのでしょう」
その声に、イザベラ達は上空を見上げる。
するとそこには、まるでここへ来ることが分かっていたかのようにガロンと二人の配下の姿があった。
ガロンから感じられる力は、言うまでもなく凄まじいままだ。
けれど、二人の配下達からも、ガロンほどではないが同様に凄まじい力が感じられるのであった。
――ガロンのみならず、か。
イザベラ達も、神龍から凄まじい力を与えられてはいるのだが、それでも彼ら三人の持つ力は別格である事にすぐに気が付いたイザベラは、その状況の悪さに唇を噛みしめる。
ただでさえ一人でも分が悪い戦いだというのに、残り二人も相当な力を得てしまっているのだ――。
それはまさしく、絶体絶命を意味していた。
ここ魔族領において、最高戦力と言われたこの三人でも、今のガロン達三人を同時に相手するなど既に無理な戦いなのだと、思いは違えど本能で分かってしまう事がイザベラは悔しかった。
それでも、ここまで来て引くなどという選択肢はイザベラにはなかった。
このままこの三人を野放しにすれば、それは間違いなくこの世界は彼らのものになるだろうから――。
それは考えようによっては、魔族による世界統一。
自分達の利害だけ考えれば、悪い話ではないのかもしれない。
けれど、もうイザベラは知っているのだ。
魔族のみならず、人間にも素晴らしい人達が沢山いるのだということを――。
魔族も人も、同じ土地でただ平和を愛し、互いに助け合いながら生活を営んでいる。
その平穏を、一体誰がどの権利を持って侵害することが許されるというのだろうか。
確かに、かつての戦いによる傷や遺恨は簡単には消えやしないだろう。
しかし、それは言わばお互い様。
そして、それを理由に互いに滅ぼし合い、皆が手を取り合って築いてきた平穏を壊していいはずがないのだ。
――ここより先へは、死んでも行かせぬ。
イザベラそのの決心は、言うまでもなく配下の二人にも伝わっている。
バアルとレラジェも、相手が自分達より明らかな格上だと理解しながらも、最後までイザベラの意志に従う姿勢を示してくれる。
――ふん、なんと頼もしい部下を持ったものか。
喜びから、イザベラの口角は自然と上がってくる。
しかし、まさか魔王である己が、負けると分かっている戦いに挑まなければならない日が来るとは思いもしなかった。
とは言っても、既にミレイラや神龍といった、自分達では決して届くことの出来ない強者が存在することを知っている今のイザベラだからこそ、それをすんなりと受け入れることが出来たのかもしれない。
普段から何を考えているのか全くよく分からないが、その時々の気分で魔王であるイザベラを好き勝手に振り回してくれた女神。
けれど思い返せば、イザベラにとってそんなミレイラと出会えたことは、今では本当に大きな財産となっていると言えるだろう。
「――お前達、ここより先へは、絶対にこやつらを通さんぞ」
「勿論です、お任せくださいイザベラ様」
「我ら四天王、最後までイザベラ様に付き従いますわ」
これは、まず勝ち目のない負け戦だ。
けれどバアルとレラジェの二人もまた、自信に溢れた笑みを零す。
そしてその言葉と共に、二人から溢れ出す膨大な魔力。
それはまさしく、目の前の強者を相手に出し惜しみなどしたら命取りであることを理解しての全力。
「――もうよろしいですか? では、ここでイザベラ様には退場して頂くとしよう」
そして、既に勝ちを確信したバアルのその一言が開始の合図となる。
こうして今ここに、魔族領の長い歴史において、最大の戦いの火蓋が切られたのであった――。




