78話「復活」
「……セシリア、あいつの回復はもういいのか?」
「九割ってところね。あとは残った子達に任せて来たよ」
「そうかい……んじゃ、もうちょっとだけ時間稼ぎするとしようか」
駆けつけたセシリアにより、九死に一生を得たカリム。
こうして五芒星の残る二人が、ルシオンの前に立ちはだかる。
しかし、カリムは勿論のこと、先程まで回復魔法に全てを注ぎ込んでいたセシリアもまた、もう力はさほど残されてはいなかった。
それでも、ここで自分達が倒れては全てが終わり。
その事が分かっている二人は、最後の意地で少しでも時間を稼ぐべく立ちはだかるのであった。
「小賢しいな。時間稼ぎのつもりか?」
「ああ、そうだとも! 悪いか、この化け物め!」
「簡単に倒せると思っちゃ、痛い目見るよ?」
ルシオンの挑発に乗じる二人。
舌戦もまた、二人にとってみれば時間稼ぎ。
だが、それはルシオンも勿論承知している事であり、またカトレアの復活はこの場の唯一の己が敗れる可能性である事も承知しているため、これ以上二人に付き合うつもりのないルシオンは即座に攻撃へ移る。
握る剣に莫大な魔力を籠めながら、あり得ない超速度で二人の前へ詰め寄ると、一気に剣を一閃する。
そうして振るわれた剣からは、漆黒の魔力が渦を巻き、辺り一帯を一瞬にして飲み込んでいく。
カリムとセシリアの二人は、慌ててルシオンの攻撃を相殺すべく魔力と解き放つが桁が違った。
無限に湧き上がる魔力に対して、元々力が劣る上、既に枯渇状態の二人。
人数差こそあるものの、この差は決して埋まる事などなかった。
「ぐわぁあああ!」
「きゃあああ!!」
激しい魔力に巻き込まれながら、大きく弾き飛ばされてしまうカリムとセシリア。
魔力が茨のように絡みつき、全身に深い傷を負ってしまう。
だが、それでも二人の意志は折れてはいなかった。
先程の、ルシオンの攻撃を相殺すべく放出した魔力は概ね半分。
そう、この瞬間を狙うべく、敢えて二人は咄嗟の判断で魔力を温存していたのだ。
致命的でないギリギリのダメージで耐えられるように、捨て身の覚悟で温存した最後の魔力を一気に解き放つ――。
「――くたばりなっ! ホーリーランス!!」
「うぉおおお!! ライトニングスラッシュ!!」
全身に深い傷を負い、満身創痍になりながらも放たれた二つの魔法。
それはやはり、ルシオンにダメージを負わすには脆弱と言わざるを得ない魔法。
しかしそれでも、ルシオンの不意を打つのには十分だった。
力こそ得たものの、これまでのルシオンであれば致命傷を負うその攻撃を前に、直撃しても問題ない事が分かっていながらも本能で回避行動を取ってしまう。
そうして再び後退したルシオンは、二つの魔法を無効化しつつも、その表情を歪めて苛立たせる。
大地に倒れ込む二人は、もうこれ以上戦える状態ではない。
しかし、この立ち向かって来た人間五人により、かなりの時間を稼がれてしまった事が結果として残ったのである――。
「――やってくれたな、人間」
まさに、命を賭して立ち向かって来た五人。
結果として戦いに勝利したのはルシオンだが、目的を達するという意味では、この五人の勝利と言えるだろう。
何故なら――。
「……助かったわ。もう大丈夫よ」
まだ全回復ではないのだろう。よろよろと立ち上がるカトレア。
しかしその強い眼差しは、真っすぐにルシオンの姿を捉えていた――。
その眼差しを前に、戦慄するルシオン。
カトレアとは先程戦い、そして勝利した。
しかし、それでも今のカトレアから感じられるその謎の圧を前に、ルシオンは恐怖心を抱いてしまう――。
――な、なんなんだっ!
自分でもこの恐怖心の理由が分からず、戸惑うルシオン。
だが、その理由も次の瞬間、明らかになるのであった――。
カトレアの能力、それはネクロマンサー。
つまりは、生と死を司る者に与えられし、この世の中でたった一つの能力――。
「……初めて生死を彷徨ったわ。おかげで、私は私の本当の能力を知る事が出来たの」
「ほ、本当の能力――」
「ええ、だから貴方には感謝するわ。そして、やってくれたことにお礼もしないとね――」
勝利を確信するように、不敵に微笑むカトレア。
ルシオンを前にしても決して臆さないその姿に、この場の五芒星の面々とSランク冒険者達は、倒れ込み満身創痍になりながらも満足そうな表情を浮かべる。
この場の唯一の希望に、世界の未来の全てを託すように――。
そして立ち上がったカトレアは、凍り付くような魔力を一気に放出する。
それは与えられた力ではなく、カトレア自身の持つ力――。
すると放たれた魔力の中から、一体の死霊が姿を現す――。
「――バカ、な」
その姿に、ルシオンは慄く――。
巨大な鎌を手にした、二本の角を生やしたこの世のものとは思えない禍々しい存在。
その姿は正しく、魔族領に伝説として語り継がれてきた、神話の時代の柱が一人――。
冥府の神、ハデスなのであった――。




