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77話「勇者」

 カリムの放ったライトニングスラッシュは、対象と定めた以外のあらゆる物質を貫通する。

 それはルシオンという圧倒的強者に対しても有効だった。


 ルシオンの剣をするりと貫通したライトニングスラッシュは、そのままルシオンの身体を斬り付ける。



「ぐぉおお! な、なんだこれは!?」


 その不可解な攻撃に、ルシオンは驚きを隠せなかった。

 防御不可能の攻撃。

 そんな理不尽が存在する事への僅かな動揺、そしてそれに対する対抗策が思い浮かばない。


 しかし、それでもルシオンにとってはそれだけの事でもあった。

 何故なら、斬り付けられた身体が真っ二つにでもされない限り、すぐに溢れ出てくる魔力により修復されていくのである。

 つまりは、致命傷レベルのダメージを受けない限り、ルシオンにとっては擦り傷と変わりはないのであった。


 だがその事は、技を放ったカリムも承知していた。

 今の自分でも、この化け物相手では決して届く事はないという事が――。


 だが、今の自分に出来る事としてはそれで充分だった。

 今自分の課せられた役目、それは時間稼ぎなのだ。

 デイルの仲間に手を貸すなど、やはり今でも納得はいかない部分はある。


 けれど、腐っても元勇者なのだ。

 もう一度投げ捨てたようなこの人生、最後ぐらいは勇者らしく散ってやろうじゃないか。


 そんな気持ちになれるのは、やはりこの間の敗北が大きいのだろう。

 あの時、全て分からされたのだ。

 かつての幼馴染に大敗を喫した事で、もうそれまで抱いていた負の感情の全てがどうでも良くなってしまったのだ。


 ――全くもって、下らねぇ人生だった。まぁいいさ、最後ぐらい勇者らしく世界のために戦ってやる!


 カリムの中で生まれる決心。

 状況は圧倒的劣勢にもかかわらず、カリムは不敵な笑みを浮かべる。

 そして剣を握り直すと、まだ傷が癒えていない全身に鞭を入れる。



「どうだ、俺の必殺技の味はよ?」

「――ふん、どうという事はない」

「あぁそうかい。でも、こっちもこれで終わりじゃねぇからな? 覚悟しやがれ――!」


 カリムは握った剣に、己の残る魔力の全てを注ぎ込む。

 手にするのは、聖王国から支給された最上級の剣。

 確かに軽く切れ味についても申し分のない至高の一品だ。

 しかし、かつて手にしていた聖剣に比べてしまえば、残念ながら鈍らと呼べる代物だった。


 だが、その時である。

 カリムの魔力を注がれた剣は、突如黄金の輝きを放ちだす――。

 その姿はまるで、かつて手にしていた聖剣のごとく――。



「――そうかい、そう言う事かい」


 カリムは、これまでずっと勇者としての力は、ミレイラによって一方的に与えられていたものだとばかり思っていた。

 だがそれは、どうやら半分正解で、半分は間違いだったようだ。

 何故なら、こうして再び勇者としての力を開花させる事が出来たのだから――。


 つまり勇者とは、力を与えられて成るものではないのだ。

 己の信念、そして真に立ち向かうべく相手への決心と覚悟が生まれたその時、誰だって成り得るもの。

 そんな幼少の頃に聞かされていた伝承を、今になって思い出す。



「――貴様、勇者か」

「あぁそうだ! 歴代で一番落ちぶれた、くそったれ勇者様のお通りだ!」


 あの頃のように、どこからともなく溢れ出る魔力を全身に籠めると、その勢いで一気に飛び出すカリム。

 そして黄金に輝く剣を、ルシオン目がけて躊躇なく振り下ろす。


 しかし、当然ルシオンはその攻撃を剣で受け止めようとする。

 勇者の力に目覚めたカリムだが、それでも全ての能力はルシオンの方が一枚上手だった。


 ――しかし、カリムの剣はルシオンの剣を貫通する。

 そして貫通した剣は、そのままルシオンの身体を大きく斬り付けるのであった。



「ぐっ! な、なにっ!?」


 そのまさかの事態に、ルシオンは驚きを隠せなかった。

 傷はすぐに塞がるものの、先程の魔法のように防御不可能の攻撃を前に、どう対処したら良いのか分からなかった。


 そしてカリムは、そんなルシオンの動揺を見逃さない。

 透かさず再び剣を振るうと、またしてもルシオンの剣を貫通して身体を斬り付ける。


 そうして放たれた複数の斬撃は、ルシオンの身体を何度も斬り付けるのであった。

 その結果、ルシオンは堪らずカリムと大きく距離を取る。



「クソ――! なんだ!?」


 この戦いが始まって、初めて後退するルシオン。

 それ程までに、勇者の力に目覚めたカリムの相手は困難を極めていた。


 ――理屈は分からないが、防御は不可能。ならば、距離を取って戦えばいいまで!


 今考え得る最善の手段。

 それは接近戦の回避だった。


 直接剣を受けなければどうという事はないのだ。

 そう気を取り直したルシオンは、魔力の波動をカリム目がけて放つ。



「――まぁそうくるよな」


 その選択は正解だった。

 勇者の力に目覚めたカリムにとって、接近戦以外の戦闘法を持ち合わせてなどいないのだ。


 迫りくる波動を何とか回避するので精一杯のカリム。

 しかし、相手は無限に湧き出てくる魔力を使い際限なく攻撃を繰り返してくる。


 だが、その時だった――。



「――おら、こっちだぁ!」

「――クフフ、舐めないで貰いたいものですねぇ!」

「――させない!」


 最後の力を振り絞り、再び起き上がったアックス、ホーキンス、シリカがルシオンへ再び飛び掛かる。

 そしてそれは、ルシオンの不意を突くには十分だった。

 飛び掛かる三人に気を取られている隙に、カリムも一気にルシオンへ接近する。



「ええい! 小賢しい!!」


 だが、三人にはもうルシオンと戦える程の力など残されてはいなかった。

 ルシオンの開放する凄まじい魔力の激流に、その身を大きく弾き飛ばされてしまう。

 そして迫りくるカリム目がけて、ルシオンは特大の魔力の波動を向ける。


 これではカリムも避ける事が出来ない。

 こうして形勢逆転してしまったカリムは、咄嗟に防御の姿勢を取る。



「ホーリーランス!!」


 しかし、まさにルシオンが攻撃を仕掛けようというその時。

 その詠唱と共に、突如ルシオン目がけて光の刃が降り注ぐ。



「カリム! 助太刀するよ!」


 まさに絶体絶命の状況。そんな間一髪のところで現れたのは、カトレアの治療に当たっていた同じく五芒星最後の一人セシリアだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 勇者が勇者としての仕事をしている… 時間稼ぎには充分なったかな?
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