76話「五芒星」
カリム、ホーキンス、アックス、そしてシリカ。
ルシオンの前に揃った五芒星の四人。
ルシオンという凄まじい力を持った相手を前に、四人は臆する事なく戦闘の構えを取る。
しかし、四人とも本能で察していた。
たとえ万全の状態で、かつセシリアを入れた五人で立ち向かったところで、到底敵うはずもない相手だということが――。
それでも四人には、ここで引くなどという選択肢はなかった。
もしこの男をここより先にこの男を通してしまっては、それすなわち国はおろか世界すらも支配されてしまうからだ。
それは決して許されない――。
五芒星としての責務、そして自分達にしか出来ないことを胸に、四人は結末を分かっていながらも全身全霊を賭けてこの強大な敵を前に立ち向かうしかなかった。
だが、だからこそ先の戦いが今になって悔やまれた。
アレジオール王からの命であったため、五芒星の立場上仕方がなかったことだと言えばそれまでである。
けれどあの戦いの理由は、魔族を受け付けないというたったそれだけの理由だった。
魔族を忌み嫌うアレジオールにとっては、それは最優先事項なのだろう。
しかし、あの町には人々も暮らしていたのだ。
そんな彼らの平穏を奪ってまでもする事なのか、今となってはそんな疑問は抱かずにはいられない。
……もっとも、己の力に驕っていた五芒星の面々にとって、その判断が鈍りかけていたのも事実。
ただ命令されるがまま、己の力が必要とされるがままに振るってきたのだ。
それが正しい事だと信じて疑いもせずに……。
だからやはり、これは自業自得。
無駄な争いで兵を減らし、無駄な傷を負った状態で強敵との戦いに臨まなければならないのだ――。
そしてそのうえで、今の自分達にとって唯一の希望であるあの少女に全てを託さなければならないという愚かさと、酷い体たらく……。
だが、それを悔いるのは全てが済んだ後にすべきことだろう。
今はあの少女が回復する時間を一秒でも稼ぐことが、自分達に出来る唯一の仕事なのだと覚悟を決める。
「では、私が正面から奴を引き受けましょう」
「分かった、俺とシリカは再び二手に別れて攻撃をしかける」
「……了解」
「ふん、じゃあ俺は、奴に飛び切りの一撃をぶつけるとしよう」
普段はバラバラの四人が、意識を合わせる。
この強大な敵を前に、すれ違っている暇などない事を全員が理解していた。
そしてホーキンスは、既にボロボロの全身であるにもかかわらず、再び奥の手の注射器を己の首元に注射する――。
「では皆さん――いきますよ!!」
巨大化するホーキンスの身体。
それはグレイズの悪魔化の大きさを更に上回り、ルシオンの二倍近くまで膨れ上がる。
そして、この巨大化が開始の合図となる。
アックスとシリカは素早く再びルシオンを両サイドに回り込む。
そしてカリムは、己の増強された肉体を鞭打ち勇者時代の最高峰の魔法の詠唱を開始する。
「くらぇええ!!」
「てぇえええい!!」
「クフフフフフ!!」
左からアックス、右からシリカ、そして正面からは異形の姿になったホーキンスが同時にルシオンへ襲い掛かる。
先程の二方向からの攻撃ではなく、今度は正面のホーキンスも合わさった隙の無い連携攻撃。
しかしルシオンは、それをも上回る――。
先程は完全に不意打ちをつかれての事だったが、今度は既に相手の行動を把握済みなのだ。
己の溢れ出る魔力を一気に解放すると、波動砲のように魔力の渦をアックスの全身に目がけて解き放つ。
その結果、アックスの生み出した激流もろとも、白い光の波動に包まれたアックスはいとも容易く弾き飛ばされてしまう。
そしてその波動は、相手を弾き飛ばすだけでなくその全身を焼き焦がす。
これにより、アックスは再起不能な程のダメージを負ってしまうのであった。
次にルシオンは、右から迫るシリカの攻撃を片手の剣で受け流す。
それは剣聖とも言われたシリカにとって、全くもって想定外の事態だった。
相手の力に屈するならまだしも、己の剣を剣で捌かれてしまうなど思いもしなかったのだ。
そして驚くのも束の間、今度は流れるようにルシオンから剣が振るわれる。
慌てて剣で受け止めるも、その力はやはり凄まじくシリカの力では防ぎきる事が出来なかった。
握っていた剣を弾かれ、更にそのまま胴体を斬り付けられたシリカもまた容易く弾き返されてしまうのであった。
最後に、正面のホーキンス。
ルシオンからしてみれば、まだ未知数の相手との邂逅。
その力はどの程度か計り兼ねるものの、今の自分がこの男に負けるとは到底思えなかった。
だからルシオンは、最後に真っ向からこの男を迎え撃つ。
ホーキンスから全身の肉を抉り取るように鋭い鉤爪が振るわれるも、ルシオンはそれを左手で受け止める。
その結果、鉤爪が左腕を抉り取り鮮血が弾け飛ぶ――。
こうして一撃を受けてみて、それが龍のごとく凄まじい一撃である事を体感するルシオン。
――しかし、それだけだった。
今のルシオンからしてみれば、その程度どうという事はないのだ。
深く抉られた左腕は、見る見るうちの再生していくのであった。
その回復力を前に、ホーキンスは驚きを隠せなかった。
己の全力の一撃が、かすり傷も残す事なかった事に動揺してしまう。
そしてその油断が命取りとなる。
シリカを斬り付けた時と同じく、右手で握った剣でホーキンスの胴体を斬り付ける。
「しまっ――ぐぁあああ!!」
鮮血をまき散らしながら、大地に倒れるホーキンス。
こうして五芒星の三人は、ルシオンという強大な敵を前に簡単に沈んでしまうのであった。
――だが、これは五芒星の面々からしても想定の範囲内。
彼らは僅かでも、時間が稼げれば良かったのだ。
カリムの詠唱が終える、その僅かな時間を――。
「くらえ化け物! ライトニングスラッシュ!!」
その詠唱と共に、振るわれたカリムの握る剣は黄金色の輝きを放つ。
その輝きは次第に膨れ上がると、ルシオン目がけて光の刃となって飛んで行く。
ライトニングスラッシュ。
これこそが、カリムが勇者時代に奥の手として使っていた必殺技だ。
ミレイラから与えられた力を失ってしまったカリムだが、今のカリムならば一撃だけだったら放つ事が出来た。
それでも、やはり勇者の頃に比べればその威力は半減といったところだろうか。
カリム自身、これで勝てるとは思ってなどいない――だが、それでも――!
「小賢しい!!」
カリムの放ったライトニングスラッシュを、ルシオンは剣で弾き飛ばそうと斬り掛かる。
しかしその光の刃は、振るわれた剣を貫通するとルシオンの身体へ到達するのであった――。




