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７４話「総力戦」

　あのカトレア様を、私が倒した……倒したのだ……！！

　遅れてやって来た喜びに、ルシオンはその身を震わせる。

　今の自分なら、圧倒的超越者であるカトレアにも勝利する事が出来たのだ！

「この力は、一体どれ程なのだ……！」

　同時に、己の持つ力が恐ろしくもなってくる。

　この力は、本当にこの世界で振るって良いものなのだろうかと――。

　だが、そんな思考に浸る暇はまだ無さそうだった。

　何故なら、カトレアの応援に駆けつけてきたのであろう人間達が、カトレアに代わってルシオンの前に立ちはだかったからだ。

　――虫けらが……人間は全て滅ぼすっ！！

　ルシオンの中にあった僅かな迷いは、すぐに消え失せる。

　そして心の奥底から沸々と湧き上がってくる感情――それは憎しみ。

　まるで何者かに突き動かされるように、ルシオンは迫りくる人間達を迎え撃つ。

「くらえぇええ！！」

「行けぇ！！」

　左から女の放つ火炎魔法、そして正面からは男の放つ氷魔法がそれぞれ飛んでくる。

　どちらもかなりの上位魔法で、この者達がただの人間でない事を意味していた。

　そして右からは、悪魔の姿をした男が何体にも分裂してこちらへ急接近してくる。

　そんな、三方向からの攻撃。

　しかもそれは、どれもが人間が扱うには最上級とも言える攻撃だった。

　――だが温い！！

「はぁあああ！！」

　両手を左右に広げたルシオンは、一気に魔力を開放する。

　そして解放された白い光の魔力はルシオンを中心に膨れ上がっていくと、飛んでくる魔法を飲み込んでいく。

　そして迫りくる悪魔の分身体諸共、その全てを消滅させる。

「う、うそ！？」

「不味い、はやく逃げろっ！！」

　驚く魔術師の女に、すぐさま危機を察知する悪魔の男。

　男の察し通り、これは相手の攻撃を無効化するだけではなく、そのまま飲み込んだ相手を消し炭にする事の出来る高密度の光の波動なのだ。

　そのため、魔法に合わせて隠れて懐に入り込んで来ようとしていた他の三人の男達も、溜まらず引き返す。

　――人間程度、私の相手ではない！

　何と容易いのだろう。

　何故こんな弱き存在に、我々はこれまで――そんな考えが頭を過ると共に、再び怒りが込み上げてくる。

　――とりあえず、この場で多少戦えるのは悪魔の男だけ。あとは相手にもならんな。

　冷静に相手の戦力を把握したルシオンは、こんなところでこれ以上時間を取られるわけにもいかないため決着を付ける事とする。

　再び魔力を開放したルシオンは、まずは悪魔の男目がけてカトレアに放ったものと同じ無数の光の矢を向ける。

　それは百体を超える分身体を逃さず命中すると、あっという間に分身体を消し去る。

　そしてそれだけに終わらず、悪魔の男本体目がけて光の矢が止まる事はない。

「何という力……！！　ならば！！」

　怯んだ男は、その力を開放させる。

　人の姿から巨大な悪魔の様相に変形すると、一気にその魔力量が膨れ上がる。

　――ほう、やはり化け物か！

　その人間離れした芸当に、ルシオンは不敵な笑みを浮かべる。

　この力があるのならば、たしかに以前の自分では敵わなかったに違いないだろう。

　けれど、今の自分ならばどうという事はない。

　そう思い、ルシオンは臆する事なく剣を構える。

「イクゾ！！」

　完全な悪魔の姿となった男が、超速度で飛び掛かってくる。

　そして振り上げられた大きな右手を、ルシオンの全身をひっかくように高速で振り下ろす――。

「遅い！」

　しかし、その攻撃はルシオンには届かない。

　ルシオンは手にした剣で容易くその攻撃を防ぐと共に、瞬時に逆の手で魔力を籠める。

　そして籠められた光の魔力の渦を、悪魔の腹部へ叩きつけるように一気に放出する。

「グォオオオ！！」

　その結果、魔力の勢いに押されるように、悪魔の巨体は大きく弾き飛ばされる。

　致命傷とまではいかないが、それでも今の一撃だけでかなりの大ダメージを与えられた事は間違いなかった。

　だが、その時だった。

「くらえぇ！！」

「うぉおおおお！！」

　まるでその瞬間を待っていたかのように、剣士の男二人が同時に別方向から斬り掛かってくる。

　そのスピードは大したもので、技の熟練度が見て取れる見事な一撃と言えるだろう。

　……しかし、それだけだった。

　所詮はただの人間による、ただの攻撃なのだ。

　そのままこの身で受けても構わないのだが、ルシオンは素早く剣を振るいその攻撃を捌ききる。

「何！？」

「バカな！？」

　そのあまりに速すぎる剣捌きに驚く男達。

　しかし、ルシオンという強者相手にその隙は完全に命取りだった。

　相手の剣を捌ききるに留まらないルシオンの剣は、二人まとめてその身に纏う鎧ごと一閃する。

　こうして一瞬で攻撃を防がれ、そのうえその身を斬り付けられた男達はそのまま大地へ転がる。

「デヴィス！！」

「ウェバー！！」

　彼らの仲間達の、悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。

　そんな人間達の絶望は、ルシオンにしてみれば快感以外の何ものでも無かった。

　――弱い！　なんて脆弱で愚かな存在なのだ！！

　込み上げてくる嗤いを抑える事もなく、ルシオンはこの茶番を終わらせる事にした。

　振り上げた剣に、特大の灼熱の火の球を纏う。

　それはスケルトンドラゴンへ放ったものの、およそ二倍の大きさまで一気に膨れ上がる。

　その威力を考えれば、この一撃でこの場にいる人間を全てを消し炭に出来るであろう圧倒的な魔力量だった。

「終わりにしよう！　虫けらどもっ！！」

　そして、無残にもその火の球が振り下ろされようとしたその時だった――。

「アイアンメイデン！！」

　突如、どこかから聞えてくる女の声。

　そしてその声と共に現れたのは、重厚な魔力の棺だった。

　ガシャン――！！

　そして大きな音を立てながら、その棺はルシオンを中に拘束する。

　その内部には鋭い棘が無数に張り巡らされており、拘束されたルシオンの全身はその針の筵(むしろ)となったのであった。

「全軍！　ここより先は死闘と思え！　何が何でも、絶対にここで奴らを食い止めるのだ！！」

「「おぉー！！」」

　そして、聞こえてくる男達の覚悟の雄叫び。

　カトレアの生み出した城壁を砦にするように陣形を取るのは、先の戦いで敗北したはずのアレジオール軍だった。

　それを指揮するのは、参謀マルクス。

　そしてその背後には、アレジオール聖王国最大戦力である、五芒星の面々の姿が控えているのであった。