71話「門番」
「なんだ!? 全軍、止まれっ!」
アレジオールへの進軍を指揮する、ガロンの配下の一人ルシオン。
褐色の肌に長い白髪が特徴的な、長身の魔族である。
彼は現在、馬に跨り一万を超える魔族や魔物の兵を引き連れて、アレジオールへ向かって進軍を開始しているところであった。
しかし前方の荒野には、それまで無かったはずの謎の城壁が出現しており進路を塞がれてしまっていた。
たった数日でこれほどまでの城壁があんな所に建つはずもなく、であればその理由はたった一つだった。
――カトレア様、だな。
そう、あれは実物ではなく魔力で出来た城壁。
こんな有り得ない事が出来るのは、いくら魔族であれどたった一人だけ。
それは、自分達魔族の中でも圧倒的な力を持つ一人であり、魔王城の門番であるカトレアぐらいなのであった。
「――ガロンのところのルシオンね。悪い事は言わないわ、すぐに魔族領へ帰りなさい」
「――カトレア様。いくら貴女様のお言葉でも、それは出来ません。我々には、やらねばならぬ事があるからです!」
「そう。じゃあ、もう一度聞くわよ? これはお姉様――いいえ、魔王イザベラ様の言葉と知りなさい。それでも貴方は、従わないと言うの?」
「はい、そうです! 我らはもう、覚悟を決めてここへ来ているのですっ! だから止めないでいただきたい! 行くぞ、皆の者!!」
「「おぉー!!」」
いざ向けられる、カトレアからの明確な敵意。
それはルシオンをもってして、恐怖を感じてしまう程の威圧感を帯びていた――。
それだけ、カトレアは本来であれば敵うはずもない圧倒的な強者なのだ。
だが、それでもここで引くわけにはいかないのだ。
もとよりそう覚悟を決めてきているルシオンは、たとえカトレアが立ち憚ろうと進軍を止めない。
「残念だわ――やっておしまい!」
だが、それはカトレアも同じ事だった。
決して脅しではなく、カトレアも本気である事を意味していた。
カトレアの呼び声に合わせて、突如として無数のアンデッドが出現する。
一体一体は弱いものの、一度に一万を超える数のアンデッドの出現に、ルシオン及び配下の兵達は驚きを隠せない。
これが、魔王城の門番カトレアの持つ力だというのか――。
「ぜ、全軍怯むな! 一気に突破するぞ!」
その掛け声と共に、ルシオンは先陣を切って剣を振り抜く。
手にするのは、魔剣イビルソード。
この漆黒の剣は、敵を倒す度に相手の魔力を吸収する事が出来る特別な剣なのだ。
つまり、この一体一体は敵ではないアンデッドであれば、倒せば倒す程こちらが一方的に回復する事が出来るのである。
数が多ければ良いものではないのだと、ルシオンは次々に出現したアンデッドを屠っていく。
それは神に貰った力も相まって、一振りで数十のアンデッド達が瞬く間に消し炭に変わっていく。
「ぐわぁー!」
「く、来るなぁー!」
しかし、そんなルシオンの前方ではなく何故か後方から、配下達の叫び声が聞こえてくる。
慌ててルシオンが振り返ると、そこには前方のアンデッドとは比べ物にならないレベルの上位アンデッド達の姿があった。
あれではたしかに、配下の者達では相手にするのは難しい相手と言えた。
中にはデスウォリアー、更には数体のデーモンロードの姿まであり、配下の兵達がいくら束になっても相手になどならないだろう。
「くそっ! 何故背後に現れるのだ!」
憤りつつも、ルシオンは急いで後方へ引き返す。
そしてイビルソードを振り抜くと、デスウォリアー、そしてデーモンロード達を一体ずつ倒していく。
流石に簡単には倒せない相手であったが、今のルシオンであれば恐るるに足らず。
ほぼ一方的に、一体ずつ確実に倒していくのであった、
そんなルシオンの持つ力に、一度は絶望したものの再び湧き上がる兵達。
ルシオンがいる限り、自分達は負けないのだと確信するかのように――。
「あら、まさかデーモンロードでも簡単にやられてしまうなんて」
「これで分かりましたか!? であれば、早く道を開けて下さい!!」
「駄目よ。何一人で勝った気になっているのよ」
ルシオンの勝ち誇る言葉にも、一切動じないカトレア。
そう、カトレアにとってもまだ全力ではないのだ。
しかし、以前のカトレアであればそうはいかなかっただろう。
デーモンロードを数体召喚するまでが、カトレアの限界だったのである。
だが、今は神龍から力を与えられているのだ。
そのおかげでカトレア自身も、更なる高みへ登る事が出来たのだ。
「――来なさい! スケルトンドラゴン!」
カトレアの呼びかけに応じて、突如空中に漆黒の渦が現れる。
そして渦の中から、巨大な骨の竜が出現する。
それはアンデッド種最強の存在。スケルトンドラゴン。
かつて存在したとされる伝説の竜「エンシェントドラゴン」のアンデッドであり、その身が骨となってもその力はエンシェントドラゴンと同等とされている化け物だ。
「こ、これは驚きましたね。まだこんな化け物を召喚する余力があるなんて」
「それにしては、随分と余裕そうね」
「さぁ、私自身、戦ってみない事には分からないのでね」
本来であれば、ルシオンでは敵うはずもないレジェンド級の化け物。
しかしルシオン自身、今の自分の力がどこまで通用するのか計り兼ねているのだ。
だが、それでもルシオンは確信をしていた。
今の力があれば、スケルトンドラゴンですら必ず倒す事が出来るのだと。
こうして、カトレアの召喚したアンデッド種最強のスケルトンドラゴンと、神から力を授かりしルシオンの一騎打ちが始まるのであった――。




