70話「新たな火蓋」
――これが、神の加護というものなのか。
凄まじい魔力が湧き上がってくる――。
以前の数倍にも膨れ上がった魔力。
これであれば、ガロンを討つ事も――などというのは、ただの思い上がりだろう。
それでも届かないのだ。
あのミレイラですら及ばなかった相手に勝つには、まだまだ全然足りていないというのが現実なのであった。
それをこの場で唯一知っているイザベラは、悔しさから唇を嚙みしめる――。
しかし、だからといってここで引くなどという選択肢は、イザベラには無かった。
「――では、皆の者。我は再び魔族領へ――ガロンのもとへと向かう」
「も、もうですかっ!? まだ傷が!」
イザベラを気遣いながら驚くバアル。
それもそのはず、イザベラの傷はまだ完全に癒えてはいないのだ。
「今こうしている間にも、ガロンの奴は戦争の準備をしておるであろう。だから猶予など無いのじゃ」
「しかしっ!!」
「そうですっ! 恐れ多くも申し上げますが、あのミレイラ様でも敵わなかった相手に、今ここで立ち向かっても――」
「分かっておる!!」
バアルに続き、引き留めようとするレラジェ。
しかし、それでもイザベラの決意は変わらなかった――。
「――我は、この世界の魔王じゃ。魔族――そして世界の秩序と平穏を守る義務がある。たとえ及ばなくとも、ここで引くわけにはいかぬのだ」
それは、イザベラの決意だった。
たとえ負ける事が分かっていても、魔王としての責務を全うしようとするその決意に、異を唱える者はもう誰もいなかった。
「いいじゃん、私も協力するし! 要するに、神の加護を受けてミレイラ様を倒した奴を倒しちゃえば、全部丸く収まるんでしょ?」
「おいカレン! 簡単に言うが、我らが束になったとて敵う相手では――!」
「――敵うよ。私達は強い。だから絶対に負けない。それに――私もちょっと怒ってるんだよね」
「お、怒ってる?」
「そう、ミレイラ様をぶちのめしたっていう、その男にね――」
その言葉と共に、カレンの雰囲気は一変する。
怪しく光り輝く赤い瞳、その姿はまさしく漆黒の死神という異名を持つに相応しい雰囲気を纏っていた――。
かつてミレイラに敗北したカレン。
以降はデイルの専属メイドとして働くようになっていたが、そんな日々の中でカレン自身に変化が起きている事にイザベラは気が付いていた。
それはきっと、平穏な日常が彼女を変えていったのだろう。
今ではこの町こそが彼女の新たな故郷であり、安らげる大切な場所なのだ。
そして、かつては敵であった自らを生かし、こんな場所を与えてくれているミレイラに対する感謝も抱いているのだろう。
だからカレンは、ここまで怒っている事が分かったイザベラは、その気持ちを否定したりはしない。
何故なら、自分も同じだからだ。
ミレイラと出会えたからこそ、己の魔王としての責務を真の意味で向き合う事が出来ているのだから――。
「――そうか、分かった。ならば、我と共に来るがよい」
「ミレイラ様! 我々も!!」
「お姉様、わくしも!!」
カレンだけではなく、この場に集まった全員がイザベラと共に魔族領へ向かう決意をする。
そんな寄せられた皆の気持ちに、イザベラは初めて笑みを浮かべる。
「――ありがとう。では皆の者、我に協力してくれ!」
こうして、対ガロンの作戦が決行される事となったのであった――。
◇
謎の女――恐らく神に与えられた圧倒的な力を手にしたガロンは、再び魔族領で同志たちを集結させる。
あの女の目的こそ不明だが、それはガロンにとってはどうでもいい事だった。
何故なら、この力さえあれば、憎き人間どもをこの手で討ち滅ぼす事も容易いからだ。
神をも退ける力――。
あの女は、まだガロンには役目があると言っていたが、きっとそれもこれからガロンのしようとしている事を指しているのだろう。
だからガロンは、もう躊躇などしない。すぐに仲間を結集させると、人間界への侵攻を開始する事にしたのだ。
「――ガロン様、いよいよ我々の悲願が叶う時が来たのですね」
「――ああ、その通りだ」
ガロンの前に跪く三人。
この三人は、ずっとガロンの側で支えてくれていた最も信頼を置ける、右腕とも言える者達だ。
彼ら三人もまた、あの神なる女から力を与えられており、以前とは比べ物にはならない力を得ている。
そんな圧倒的な力を手にした今のガロン達にとって、もうこの世界には敵足り得る存在などいないのであった。
――イザベラ、貴女はやはり甘いのだ! この俺の手で、全てを罰する!!
こうしてガロンは、間もなくして全軍を人間界――まずはアレジオール聖王国へ向けて進軍を開始するのであった。




