68話「神」
「……以上が、我の見た結末じゃ」
傷の癒えたイザベラは、魔族領で起きた事の全てを語ってくれた。
「そんな、まさかミレイラが……」
「慌てて助けに入ったが、神と思しき女の前では無力じゃった……」
「それ程までに!?」
魔王であるイザベラをもってして、歯が立たない相手。
ミレイラ以外にそんな者が存在する事に、レラジェとバアルは驚きを隠せない様子だった。
「……お姉様をそんな目に遭わせるなんて、私がぶっ殺してやるわ」
「よせ、カトレアで敵う相手ではない」
「でもっ!!」
「気持ちだけは受け取っておく。我とてこのまま、引き下がるつもりなどない」
悔しそうに、顔を歪めるイザベラ。
そんなイザベラの表情は、デイルも初めて見た。
「ふーん、成る程ね。それってもう、私達じゃどうにもならない相手なんじゃない?」
そんな重苦しい空気の中、一人だけ空気の読めないカレンはあっけらかんとそんな言葉を口にする。
厳しい視線が一斉にカレンへ向けられるが、それでもカレンの言う事は正しいという事を、この場にいる全員が理解していた。
そう、イザベラで手も足も出ず、ミレイラでも負けてしまったような相手なのだ。
それはもう、ここにいる全員が束になってかかったとしても、敵う相手だとは思えないのであった……。
「だからさ、デイル! いるじゃない?」
「いるって……?」
「他にも神がよ」
カレンのその言葉に、全員はっとする。
そしてデイルは、強く頷くとそのまま部屋を飛び出し、すぐに召喚を開始する。
「神龍さんっ!!」
そう、デイルには同じ神である神龍がいたのだ。
デイルの呼びかけに応じて現れた神龍は、デイルを見据えながらその口を開いた。
「何用だ、デイル――など、ただの野暮だな。ミレイラの事であろう」
「はい! そうですっ!」
デイルが聞くより先に、核心を突いてくる神龍。
既にミレイラの事を把握してくれていた事に、デイルは安堵すると共に緊張が走る。
デイルに続いて外へ出てきた他の面々も、神龍の言葉に固唾を飲んで耳を傾ける。
「――ミレイラは、虎の尾を踏んでしまったようだ」
「そ、それはどういう……」
「――最高神の一人が、この地に現れたのだ」
最高神――。
それがどういう存在なのか、デイルには分からない。
しかし、それでもその言葉と、ミレイラ自身が敵わなかったという異常事態に、それがどのような存在なのか想像は付いた。
――最高神の一人。つまり、神の中でもトップクラスの一人。
そんな相手に目をつけられてしまっては、ミレイラをもってしても敵わなかったという事なのだろう。
それが分かったデイルは、両手を強く握りしめる――。
――そんな相手、どうしたら……。
悔しさで表情を歪ませる事しか出来ないデイルに、神龍は言葉を続ける。
「――デイルよ、お前はどうしたいのだ?」
「勿論! ミレイラを助けに行きますっ! でも……」
「……自分では相手にならぬと、そう思っているのだな」
神龍からハッキリと告げられた言葉に、デイルは黙って頷く事しか出来なかった。
ミレイラに遠く及ばない自分が、ミレイラの事を救うだなんてそんな事出来るはずもないと、気持ちはあっても頭で分かってしまっているのだ。
それが情けなくて、そしてただただそんな自分が悔しかった――。
そして、そんな悔しがるデイルの姿を見ながら、神龍はある日のやり取りを思い出すのであった――。
◇
ある日の夜、神龍はミレイラに呼び出された。
いつものようにまたふざけているのかと思ったが、相変わらずの無表情を浮かべる中にも、その日のミレイラには何か決意のようなものが感じられた。
だから神龍は、その呼び出しに応じて人目の付かないところで話をする事となった。
「ミレイラよ、もういいだろう。何用だ?」
「聞きたいのでしょ」
問いかける神龍に、ミレイラは逆に質問を返してきた。
その言葉に主語こそ無いが、何の事を言っているのかすぐに分かった。
だから神龍は、それならばとこれまでずっと気になっていた事をミレイラへ問いかける。
「そうか、ならば単刀直入に聞こう――デイルは、何者なのだ?」
そう、神龍はずっと言葉にこそしないが疑問に思っていたのだ。
あのデイルという少年が、一体何者なのかについて――。
神である神龍を、その身に宿す事が出来るだけでも異常なのだ。
本人はビーストテイマーの能力だと思っているようだが、ただの人間に神をテイムなど本来出来るはずがないのだ。
そして、デイルの特異さはそれだけではない。
一体化してみて分かったのだ。その奥底にある、無限とも言える力の根源をその身に宿しているという事が――。
「デイルは特別な存在よ。私なんかより、ずっとね――」
そして神龍の問いかけに対して、ミレイラは星空を見上げながら、ゆっくりとデイルについて語ってくれるのであった――。




