64話「反旗を翻す」
デイルのもとを離れ、魔族領へ向かうイザベラとミレイラ。
魔王であるイザベラと、神であるミレイラ。
たった二人ではあるが、はっきり言って魔族相手には過剰戦力と言えた。
自分一人でも何とかなると思われるのだが、それでもミレイラが共に来てくれると言い出してくれたのは正直意外だったイザベラは、もう一度ミレイラに確認する。
「良かったのか。デイルのもとを離れて」
「いい。そろそろ頃合いだから」
「頃合い?」
「色々ある」
それだけ言うと、やはり考えは変わらず戻るつもりは無さそうなミレイラに、頃合いとは何の事か分からないながらも深くは聞かないでおいた。
――まぁ、ミレイラも来てくれるのであれば、すぐに帰れるだろう。
であれば、さっさとやる事を済ませてしまおうと、イザベラは魔族領へと急いだ。
◇
「「同胞の仇を取れー!! 人間どもを、駆逐せよー!!」」
広場へ集ったのは、十万を超える魔族の兵士達。
彼らは結束し、そして宣言する。
人間どもを、駆逐せよと――。
その光景を、城の上から満足そうに眺めるのは、魔族界ナンバー2にして伯爵家でもあるガロン・ドーブルという屈強な男。
褐色の肌に、赤髪がトレードマークの鬼のような大男。
彼はかつて魔王軍にて魔王の右腕として活躍していた、名実共に魔族界ナンバー2の実力者だ。
そんな彼が、こうして兵を集めているのは他でもない、憎き人間どもを根絶やしにするためである。
魔王は考えが甘すぎるのだ。
憎しみは憎しみしか生まないと魔王は言うが、それではこれまで人間どもに殺されてきた魔族の魂はどう報われると言うのだ。
そもそも、人間など魔族が本気になれば根絶やしに出来るような弱き存在。
そんな卑劣で外道でいつ裏切るか分からない人間などと共存など出来るはずもないし、根絶やしにしてこそ我々魔族の平穏は初めて保たれるというものなのだ。
だからガロンは、魔王の意向に背いて同じ考えを持つ者達をこうして集った。
みな、魔王に恐れ戦いて一度は従っていたが、やはり本音は皆同じ考えなのだ。
そこへガロンというナンバー2が魔王に反旗を翻した事で、こうして多くの者が賛同してくれたのである。
つまり、ここ魔族領での実質的な支配者は、もう魔王ではなくこのガロンなのであった。
「集いし戦士達よ!! 時は満ちた!! いざ立ち上がれ!!」
「「うぉー!!!!」」
ガロンの一声に、集いし兵士達の声が地響きのように鳴り響く。
その湧き上がる声に満足しつつ、まずは憎きアレジオール聖王国から堕としてやると、ガロンは既に勝利を確信して笑う。
「ガ、ガロン様! で、伝達でありますっ!」
「どうした?」
そこへ、慌ててやって来た配下からの知らせが届く。
「は、はい! 現在、魔王様が魔族領へ向かっているとの事です!」
「なんだとっ!?」
まるでタイミングを計ったかのように、最悪のタイミングで魔族領へ戻ってきた魔王イザベラ。
ガロンは、これまで魔王の右腕としてずっと彼女を支えてきたから知っているのだ。
魔王の持つ力は異常だと。
勿論ガロンは、己の力には自信がある。
それこそ、全力を出せばあの魔王にだって負けない自信だってあるのだ。
しかし、それと同時にガロンは、魔王に勝てるビジョンがまるで見えなかった。
それ程までに、自分と互角――いや、それ以上の存在が故、彼女がこの国の絶対的権力者である魔王として君臨しているのである。
しかし、そんな魔王の意向は「人間との融和」だった。
つまり、ガロンの考えとは真逆であり、そんな彼女がここへ戻ってくるという事は、十中八九ガロンを止めるためであろう。
だが、ここに集いしはガロンだけではないのだ。
広場に集まった十万を超える兵、そして、四天王には及ばないものの魔王軍の幹部クラスの精鋭達。
彼らはみな、これまで共に過ごしてきた大切な仲間達を、人間との戦いで失ってきた者達なのだ。
失った友のため、自分の命を賭してでも戦う意思を持つ強き者達だ。
だから、例え魔王から何を言われようと、我々の意志はもう変わる事などないのだ。
「よかろう、魔王が来たら俺のもとへ連れてこい。話をする」
「わ、分かりました! で、ですが魔王様が理解して下さるのでしょうか……」
「ああ、恐らくはしないだろう。だが、それは我々とて同じこと。であれば、魔王と戦う事も覚悟の上だ」
ガロンの決意の言葉に、息をのむ配下達。
あの魔王と戦う事に恐れているのだろう。
それも無理はない。だからガロンは、まずは話をするのだ。
出来れば穏便に、同胞同士で無駄な消耗など無いうえで人間達と戦いたい。
だから魔王には、分かって貰わずとも止めないで頂きたい。
そう思いながらガロンは、魔王がやってくるのを強い決意と共に待つのであった。




