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62話「恐怖」

「――カリムがそんな風に変わったように、僕もまた変わったんです」


 白い輝きを放ちながら、しっかりとカリムの事を見据えて言葉を放つデイル。

 その言葉は、カリムにとって意外なものだった。


 幼い頃から、ずっと内気で男らしくなかったあのデイルが、常に幼馴染の輪ではリーダー的存在だったカリムに対して、こんな言葉と顔を向けて来るとは思わなかったのだ。



「――そうかい、お前も変わったってのは認めてやる。でもな、俺とお前じゃ釣り合う訳がねぇんだよ!」


 傷ついた身体に鞭を打ち、起き上がったカリムは激しい雄叫びを上げる。

 そしてその雄叫びと共に魔力が溢れ出すと、カリムの身体が更に巨大化をしていく。


 それは奥底から次々と湧き出てくる魔力による身体強化だった。

 全身の筋力が膨れ上がると、巨大な鬼人のような姿へと変わる。


 身長は五メートル以上あるだろうか?

 それはもう、カリムの面影は一切なかった。

 あるのは完全に悪魔ような見た目をした、禍々しい一体の化け物の姿のみ。


 だがそれでも、デイルは微動だにしない。

 ただ一点、そんな化け物に成り果ててしまったカリムの事を真っすぐ見据えていた。



「デイルゥ!! 死ネェエエエエ!!!!」


 余裕の表れか? そんなデイルに憤ったカリムは、もう完全に心も身体ももう一人の自分に侵食されている事を感じつつも、そのまま身を任せる。

 今のカリムは、怒りという感情で自身の中にいる別の何かと同調しているのだ。


 そして同調すればする程、カリムは真の力を発揮する――。


 大きく開いたカリムの口元に、黒い魔力の渦が生まれる。

 そしてその渦はあっという間に巨大化すると、デイル目がけて躊躇なく放たれる。


 放たれた黒い渦は激流を生み、大地を抉りながら超高速でデイルへ接近する。

 その威力は、恐らく魔術師が扱う事の出来る最上級魔法とされるものと同等――いや、それ以上だろう。


 そんな、ただ魔力をぶつけているだけのような雑な攻撃でも、尋常でない密度を生み出している事で凄まじい威力を帯びているのであった。


 だが、それでもデイルは動じない。

 迫りくる黒い魔力の渦をしっかりと見据えながら片手を突き出すと、デイルを包み込むように白い光の障壁が生成される。

 そしてその障壁は、カリムの放った魔力の渦と激突するも、全てを弾き障壁の内側へは一切通す事はなかった。


 しかし、カリムもまた動じない。

 既に次の行動を開始していたカリムは既にデイルのすぐ上空まで移動しており、その足でデイル目がけて高速で蹴り付ける。


 その威力は、最初に放った一撃とはまるで威力が違った。

 蹴られた衝撃で、先程のカリムと同じように今度はデイルが勢いよく弾き飛ばされる。


 そしてその好機を見逃さないカリムは、再び透かさずにデイルの弾かれた方向へ黒い魔力の渦を放つ。

 その結果、先程の障壁を張るのが間に合わなかったのか、放たれた魔力の渦はデイルに直撃する。


 激しい爆発音と共に、デイルのいた周囲一帯が爆散する。

 激しい砂埃が立ち込めデイルの姿は確認出来ないが、流石に今の攻撃を浴びて無事でいられるはずが無いとカリムは確信する。


 だがその時、突如として突風が起きる。

 その突風は宙を舞う砂埃を払い、そしてその中からはデイルの姿が現れる。

 そしてデイルの姿を見たカリムは、驚きを隠せなかった。

何故なら、カリムの連撃を受けたはずのデイルは、変わらず無傷で立っているからだ。



「――ナ、何故無事ナンダ!?」


 無傷のデイルに、カリムは慄く。

 先程の攻撃は、この力を手に入れたカリムの正真正銘の全力であったからだ。


 確実に相手を殺すために出し切ったにも関わらず、何故か無傷で立っているデイルはどう考えても異常であった。



「フザケルナァ!!」


 どんなイカサマを使ったのかは分からないが、焦ったカリムはデイル目がけて再び攻撃を放つ。

 それはもう、全力で殴る蹴るの完全なる悪あがきだった。


 しかし、本来一撃でもまともに直撃すれば人間など跡形もなく吹き飛ぶ程の強力な攻撃の全てが、今のデイルには通じなかった。

 何度攻撃を繰り出しても、デイルの全身がまるで見えない壁に防がれているように一切の手応えが感じられないのであった。



「――あら、化け物が化け物と戦ってるじゃない」

「デイル様に失礼ですよ。――でも、この調子なら大丈夫そうですね」

「ほう――デーモンロード級をその身に宿しているのか。しかし、妙だな――」

「流石は私のご主人様ね、余裕じゃない」


 カリムとデイルの元へと近づいてきたのは、カトレア、レラジェ、バアル、そしてカレンの四人。

 そして四人によりカリムの前に並べられたのは、他の五芒星の面々だった。


 セシリアも、シリカもホーキンスも、そしてさっきまで共にいたアックスも、全員ボロボロで横たわっており、起き上がる事も出来ない様子だった。


 その光景が意味すること。それはすなわち、自分達五芒星の完全敗北であった――。


 元々カリムは、五芒星になど興味はなかった。

 しかしそれでも、他の四人の実力だけは認めていたのだ。

 全員癖のある奴らだったが、それでも勇者だった頃の自分より遥かに強く、今の身体でも一騎打ちすれば簡単には勝てないだろうと思える程の強者達。


 しかしそれでも、四人とも敗北を喫し力なく横たわっている姿を見て、カリムはこの身体を手に入れて以来初めての感情を抱く事になる。


 それは、恐怖だった――。


 今目の前にいるデイル、そして駆けつけてきたこの四人は、間違いなく本物の化け物だ。

 そしてその背後には、神なる龍まで控えているという圧倒的に不味い状況である。


 ――クソ、ここは一度引くしかないな。


 明らかな危機がカリムを冷静にさせると、それからの決断は早かった。

 理由は分からないが攻撃が一切通じないデイル、そして五芒星を完膚なきまでに叩きのめした化け物達と神なる龍。

 こんなところにいては、命がいくつあっても足りない。


 だからカリムは、一目散に逃げ出した。

 またいずれ必ず、デイルの事はこの手で倒す事を誓いながら――。


 幸い今のこの身体であれば、スピードだけは何者にも負けるはずが無い。


 ――そう思ったのだが、事態はそんなに簡単には収束しなかった。



「ふふ、どこへ行くの?」


 突如目の前に現れたのは、今のカリムの姿と酷似した化け物にセシリアを担がせていた少女だった。

 少女はカリムを逃がさないというように、嘲笑うような笑みを浮かべる。



「ドケェ!!」


 この速度に追い付いた事には驚いたが、生憎今はこんなガキに付き合っている場合じゃないと、少女目がけて全力で右手で薙ぎ払う。



 ガキィイイン!


 しかし、そんなカリムの振るった腕は、突如として現れた巨大な黒い鎌によりいとも容易く防がれてしまう。



「あら、少女に手を挙げるのはスマートじゃないと思うわよ」


 驚いて振り向くと、それは剣聖と呼ばれるシリカを担いで来た赤い髪をした魔族の女によるものだった。

 この女もまた、カリムに追いつくと全力の攻撃を容易く防いでみせたのだ。



「貴様、何故デーモンロードをその身に宿している?」

「ナ、ナンダ!?」


 今度は、背後から男の声がする。

 驚いて後ろを振り返ると、そこにはホーキンスを担いでやってきた魔族の大男が立っていた。



「その身に宿すのは、デーモンロード。本来人の身になど宿る事の無い、最上級悪魔だ」


 魔族の男の話では、今カリムが身に宿しているのはデーモンロードらしい。

 思わぬキッカケで、自身の力の理由を確認出来たカリムだが、今はそんな事は後回しだった。

 全力で逃げ出したはずが、五芒星を倒す程の相手に囲まれてしまったのである。


 そして――、



「カリム、終わりにしましょう」


 最期に魔族の大男の後ろから現れたのは、デイルだった。

 こうして逃げ出す事の叶わなかったカリムは、どうやらもう覚悟を決めるしかない事を悟ったのであった。



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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、散々憎んで殺してきた魔族に、自分もなってしまった、という事なんだよねえ。 その事実を理解できるだけの理性が残っているか。
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