61話「憤り」
「――よぅ、デイル。久しぶりだな」
「カリム――」
かつての幼馴染である、デイルと久々の再会を果たしたカリム。
デイルは相変わらずといった感じで、ここにミレイラはいないものの、代わりに一目で強者だと分かるメイド服を着た女と共に現れた。
――相変わらずだな、クソ野郎。
一人じゃ何も出来ないくせにと、そんなデイルに憤りを感じるカリム。
そんな、もうとっくに失われたと思っていた負の感情が、次々に奥底から込み上げてくるのを感じる。
「ミレイラはどうした?」
「――今はここには、いません」
「ふーん、そうか。それでお前は、何をしにここへ現れたんだ?」
「――それは勿論、こんなバカげた争いをすぐに終わらせるためです」
「――アッハッハ! お前がか!? 何も出来ない、ミレイラにおんぶに抱っこのお前が!? 笑わせるなよ!!」
大真面目に、馬鹿げた事を言い出すデイル。
そんなデイルに、カリムは恐らくあの日以降初めて笑った。
ただそれは、決して気持ちの良い笑いではない。
これはこのクソ野郎に完全に舐められた事に対する、怒りの笑いだ。
ミレイラに守られて、完全に頭が沸いてしまっているかつての幼馴染。
そのお花畑な脳みそが、カリムはとにかく許せなかった。
「じゃあ止めてみろよ! この俺をなぁ!!」
だから、もうカリムは容赦しない。
この場にミレイラさえいないと分かれば、こんな奴に自分が負けるはずないのだから。
こうして、ようやく訪れた復讐の機会に、カリムはもう笑いが止まらなくなっていた。
早くこの手で屠ってやりたいと、俺ともう一人の俺の意志がシンクロする。
――だが、その時である。
突如として、上空から白い光がデイル目がけて突き刺さる。
「な、なんだ!?」
その光景に、カリムは驚いて思わず動きを止めてしまう。
これは確実に何かあると、本能が察したのだ。
そしてそれは当たっていた。
その点から突き刺さる白い光の中から現れたのは、白金の身体をした巨大な龍だったのだ。
――神龍!?
真っ先に頭に浮かんだのは、そんな神なる龍の名前。
確認するまでもなく、今この地に現れたこの巨大な神々しい龍は、まさしく神龍以外にはあり得なかった。
「――なんだよ、ミレイラに飽き足らず、他の神にも守られてんのかよ」
カリムは、そんな何でもありなデイルに完全に呆れる。
どこまでこいつは、情けない奴なのだと。
この場に及んで、また誰かの力を借りないと何も出来ない。
そのくせに、さっきはカリムに向かって止めるだの何だの言い切った事が滑稽で、やっぱりカリムは笑えてきてしまう。
「――この街へ攻め入ろうという不届き者は、貴様らか」
そして現れた龍は、カリムに向かってそんな言葉を投げかけてくる。
「ああ、そうだ。これから俺が、お前も、ここにいる奴らも全員始末する!!」
だからカリムは、龍に向かってそう宣言する。
相手が神でも何でもいい、俺は俺自身の手で、全てを滅ぼすだけなのだから。
だから文句がある奴は、全員かかってきたらいい。
そんな強い思いで言葉を返すと、龍はカリムの事を物珍しそうに見下ろしてくる。
「――ほう、我相手にそこまで言い切るか」
「お前が何者かなんてどうでもいい。俺は俺の前に立ちはだかる奴を全員ぶっ倒すだけだ!」
「そうか、ならば死して後悔するがよい――」
その言葉と共に、龍の目の色が変わる。
その迫力は凄まじく、本物の神に睨まれるだけで全身が竦んでしまいそうになる。
けれどカリムは、それを打ち破る。
ここでビビるようなら、そもそもこんな所へ来て、こんなバカげた戦いなんてしてはいないのだ。
こうして、いざ神なる龍との戦闘が始まろうとするその時だった――。
「神龍さん、待ってください。ここは僕に任せては貰えませんか?」
「デイル――」
「大丈夫です。お願いします」
「――そうか、分かった」
なんとデイルが、神なる龍に対して自分に任せてくれと言い出したのである。
それはすなわち、あのデイルが自分でこの俺に勝つと言っているのである。
――こいつは、どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!?
それが分かったカリムの怒りは、頂点に達する。
「おいデイル! てめぇが俺を倒すって言うのか!?」
「ええ、そうです」
「ふざけるなよ! てめぇえええ!!!」
憤ったカリムは、その感情のままデイルに向かって飛び掛かる。
全身が儀式により強化された今のカリムは、勇者の時の全力を遥かに上回る超高速でデイルへと飛び掛かると、そのまま右腕を振り下ろす。
かつては聖剣を握っていたこの腕。
しかし今は、まるで化け物のような鋼の肉体で、こうして相手を肉ごと抉り取るのだ。
だが、今となってはこっちの方がしっくりとくる。
きっとそれは、聖剣などではなく己の力で、相手を屠っているという実感があるからだろう。
こうして、デイルの身体を八つ裂きにしておしまい――そうなるはずだった。
しかしデイルに触れたカリムの右腕は、デイルの肉を抉り取る事が出来ず、そのまま硬直してしまう。
「――な、なんだ!?」
予想外の状況に驚くカリム。
しかし、そんな驚くカリムに向かって、無言のデイルから拳が振るわれる。
その拳が直撃したカリムは、激しい衝撃で大きく弾き飛ばされてしまう。
「ぐわぁ!!」
その結果、強化された今の身体に初めて痛みが走る。
そしてその痛みは、激痛とも呼べる程の激しいダメージであり、衝撃で吐血する。
「――クソッ、どうなってやがる!?」
驚いて目を向けると、そこには全身から白い輝きを放つデイルの姿。
パーティー内で最弱だと思っていたデイルの拳一つで、まさか自分が弾き飛ばされるだなんて思ってもみなかったカリムは、ただただ困惑する事しか出来なかった。
「――カリム。貴方は僕の手で倒します」
そして、そんなカリムに向かって改めて宣言をするデイルの姿は、以前のデイルとはまるで別人なのであった――。




