36話「落とし前」
翡翠の剣、そしてゴールドハンターの面々は、これから訪れる運命に怯え、その身をガタガタと震わせていた。
恐らくは、魔王の背後に控える女と大男、それからとても強そうには見えない少女に全員敗北したのだろう。
まぁどうせ負けるだろうとは思っていたから、その事に対しては別に驚きはしない。
それでも、グレイズまでも一方的にやられていたのは想定外ではあった。
――まぁそれは、わたしも同じよね
そう、他のSランク冒険者を内心小馬鹿にしていたのだが、自分だって分かっていなかったのだ。
上には上がいる。そんな当たり前の感覚が、これまでずっと負け知らずの成果を残し続ける中で、すっかり薄れてしまっていたのだ。
正直、魔王一人だけなら今ここに自分はいないだろう。
だからある意味、カレンの目算が全く外れていたというわけでもないのだ。
そう、問題は魔王以上に、あの元勇者パーティーの二人の方がおかしいのだ。
その実力を、カレンは完全に見誤っていたのである。
眠れる獅子を起こしてしまったことが、今更ながら悔やまれる。
もしあそこでミレイラへ攻撃せずキッパリ見切りをつけていれば、あんな恐怖体験をせずに済んだかもしれないし、今だってここにもいないかもしれない。
そんな後悔ばかり湧き上がってくる中、カレンは目の前で腕を組み怪しく微笑む魔王の次の言葉を待つ事しか出来なかった。
相手は魔王だ――。
敗北した以上、まずここにいる全員生きて帰れることは無いだろう。
そして、ただで死なせて貰えるはずもなく、一体これからどんな残虐な最後が待っているのかと全員怯えて待つことしか出来なかった。
仮にもここにいる者は全員Sランクで、全冒険者の頂点に位置する者達である。
そんな超越者の彼らでも、今はただの人間。
全員人間らしく、等しくこれから訪れる己の運命に恐怖し、懺悔しているのであった。
「では、夜も更けている事だしのぉ、さっさと済ませるとしようか」
「ヒィ!! い、嫌ぁ!!」
イザベラのそんな一言に、ゴールドハンターの女が怯えて声を上げる。
確か名前はアーリャと言ったか、将来有望でまだ歳も若い女だ、当然まだこんなところで死にたくはないのだろう。
ガタガタと全身を震わせ、涙を流しながら魔王に怯えるその姿は、最早Sランク冒険者の面影など微塵も無かった。
「お姉様が話しているのよ。黙りなさい」
すると、そんなアーリャに向かって背後の少女が冷たくそう一言言い放つ。
先程までのただの少女の雰囲気と異なり、怒りで凄まじい圧を解き放った少女は、成る程確かに只者ではなさそうだった。
「よい、カトレア。――さて、早速だが貴様ら不届き者に運命を言い渡す」
そして、少女――カトレアを制したイザベラは、いよいよ本題を切り出す。
一体どんな残虐な運命を辿らなければならないのかと、全員神に祈るしかなかった。
「貴様らは全員、今日より雑用係兼用心棒じゃ。せいぜいこの街のため、死ぬ気で働くがよい」
イザベラのその言葉に、全員ポカンと口を開いて驚いた。
一体どんな残虐な最後を言い渡されるのかと覚悟していただけに、その言葉の意味を理解するまで時間を要した。
「――殺さ、ないの?」
そう呟いたのは、先程怯えて声を上げたアーリャだった。
「ん? ああ、別に殺しはせぬ。それでは、この不毛な争いが繰り返されるだけじゃからな。だが言っておくが、それはこの街の者に犠牲者が出ていないからじゃからな。もし一人でも人や魔族が命を落とすようなことがあれば、命は無かったことを知れ」
イザベラの言葉に、またその身を震わせながらコクコクと頷くアーリャ。
ここにいる者達は全員、この街に住まう者を一人残らず殺すために集結したのだ。
だが結果は、目の前に立つ圧倒的強者達により全て大失敗に終えたわけだが、その大失敗が己の命を救ったということに様々な感情が押し寄せているのだろう。
「今はこの街も魔王城。だから、貴方達の管理はわたしが行うことになったわ。ふふ、もし変な行動を取ったりしたら、その時は分かるよね?」
冷たい笑みを浮かべたカトレアが、そう釘をさす。
彼女の言いたいことを理解した面々は、慌ててその首を縦に振る。
特に実際に戦闘したのであろう翡翠の剣の面々は、酷く怯えながら彼女に対して絶対服従の意を示していた。
「まぁカトレアの言う通りじゃが、なに、ちゃんとやることをやってさえいれば、ここで普通に暮らしてよい。我の目指す世界は、人も魔族も平等に暮らせる世界じゃからな」
ガッハッハと豪快に笑うイザベラに、呆気にとられるSランク冒険者の面々。
しかし何はともあれ、こうして命拾いしたことに間違いはないため、ここにいる全員本日をもってSランク冒険者から雑用係兼用心棒に職業を変えることになったのであった。
「これでよいかの、ミレイラ」
「ええ、でもそこの女は、まだ落とし前をつけていない」
しかし、ミレイラの機嫌を完全に損ねてしまっているカレンだけは別だった。
冷ややかな視線を向けるミレイラを前にしたカレンは、再び先程の恐怖がぶり返し、アーリャ同様その身をガタガタと震わせる。
そんなカレンの姿に、他のSランク冒険者改め雑用係の全員驚きを隠せない。
冒険者最強にして、漆黒の死神と恐れられるあのカレンが、今はただの少女のように恐怖しガタガタと震えているのだ。
それだけで、このミレイラという存在が魔王以上に恐ろしいのだということを物語っていた。
「どうするつもりなのじゃ?」
「この子は、とりあえず連れて行く。話は直接つける」
「――分かった」
こうして、安心したのも束の間、自分だけは別の運命が待っていることに、カレンは再び絶望するしか無かったのであった――。
とりあえず、一件落着?




