32話「最後のSランク」
「まぁ、他のみんなはやられちゃうでしょうね」
少女は一人、空中を浮遊しながら呑気にそんな状況を楽しむ。
彼女の名はカレン。
Sランク冒険者の中でも不動の序列一位にして、最強の冒険者。
彼女は『漆黒の死神』と呼ばれており、そのあまりにも強大すぎる力は同じSランク冒険者達ですらも恐れ戦いてしまう程、圧倒的だった。
そんなカレンは、冷静に今の状況を把握する。
元々この戦いは、最初から負けるのが目に見えていた。
だから、親切心でみんなを止めるという選択肢もあったかもしれない。
だがこれがミッションとあれば、止める理由もないカレンは何も言わなかった。
無慈悲と言われればそれまでかもしれないが、冒険者というものはそういうものなのだ。
それに、カレンが言ったところで現実の見えていない彼らが聞くとも思えなかった。
ただ、それが悪いとも思わなない。
何故なら冒険者とは、誰かに助けてもらうのではなく自分の事は自分で判断しなければならないからだ。
それが出来ないのであれば、そもそもSランク冒険者なんて務まらない。
だからカレンは何も言わず、攻略の会議には参加してあげた。
――それに、今日この街がなくなってしまうという結果は、変わりありませんしね
これからこの街に起きる事を想像するだけで、笑いが零れてしまうカレン。
――でも、その前にやらないといけない事がありますわね
これから向かう先の事を思うだけで、笑いが零れてしまう。
それだけこのあとの事が楽しみだったカレンは、自分の目的のためとある場所へ向かうのであった。
◇
「ねぇ、ミレイラ。そろそろ戦いが始まるんじゃ――」
「大丈夫」
デイルの言葉に、抱きつきながら答えるミレイラ。
しかし、かれこれずっとこうして横になっているが、窓の外はすっかり陽も落ちてしまっていた。
流石にもう、こんな事している場合じゃないんじゃなかろうか――。
「僕、そろそろ行くよ」
「駄目」
「どうして?」
「約束だから」
「約束?」
「そう、妹にお願いされた」
妹という事は、イザベラの事だろう。
何をお願いされたのかは分からないが、イザベラに頼み事をされたミレイラはここから動くつもりは無いと言う事だろうか。
「それに、イザベラなら大丈夫」
「で、でも――」
「大丈夫」
ミレイラがそこまで言い切るのなら、きっとそういう事なのだろう。
だから今日は動くつもりはなく、ここで大人しくしていようと。
「それに、魔族がこの街を守る事に意味がある」
ミレイラのその言葉に、ようやくデイルはその意味を理解した。
つまりは、この場はイザベラ達魔王軍がSランク冒険者を退ける事で、得られるものがあるという事だろう。
一つは、街や人々からの信用。
この街側に立ってSランク冒険者が相手でも退ける事が出来れば、ここで共に過ごす仲間としての信用して貰えることに繋がるだろう。
そしてもう一つは、冒険者組合に対するけん制。
ここで自分達が出てしまえば、それは魔王軍ではなく元勇者パーティーに敗れたと広まりかねない。
だからここは、魔王軍の力のみで退ける事で、相手にその危険さと愚かさを分からせる事が出来る。
そんな目的がある事を理解したデイルは、頭を抱える。
――でも、万が一が起きてからじゃ遅いし
だからデイルは、一先ず何かあればすぐに出て行ける準備だけはしておく事にした。
だが、そんなデイルより先に急にすくっと立ち上がったミレイラは、何を思ったのかそのまま窓を開け放つ。
そしていつもの無表情のまま、窓の外に向かって片手を向けると同時に、突然巨大な漆黒の渦が窓の外からこの宿目がけて飛び込んできた。
その勢いは凄まじく、この宿なんて軽く吹き飛ばしてしまう程の威力があった。
だが、ミレイラはそんな巨大な漆黒の渦すらも何事も無かったかのように消し去ってしまう。
「――わたし達の愛の巢に、虫が飛んできたみたい」
「虫?」
「――すまぬな、ミレイラよ。我をもってしてこやつの気配が掴みきれなかったわ」
すると窓の向こうに、イザベラが現れた。
宙に浮くイザベラは、この宿を背にして何者かと向き合う。
「――あら、今のをどうやって防いだのかしら?」
「――貴様が、冒険者の親玉かの」
「ふふふ、そういう貴女は例の魔王さんかしら。恐ろしい――」
暗闇からゆっくりと近付いてくる、全身黒づくめの少女。
「――君は」
「あら、覚えててくれたのね。嬉しいわ」
デイルの呟きに、口角を吊り上げながら歪に微笑む少女。
そんな少女の姿を見て、デイルは驚く――。
何故ならそこに現れたのは、今朝市場で見たあの少女だったからだ――。
最後のSランク冒険者の登場です。




