25話「魔王という存在」
「おかえりデイル」
カレンと名乗る謎の少女と出会った僕は、急いで宿へと戻った。
すると、ようやく眠りから覚めていたミレイラが帰ってきた僕を出迎えてくれた。
「ただいま、ミレイラ。実はさっき――」
「わたしは女神。何があったかは分かってる」
急いでミレイラに先程のことを報告しようと思ったのだが、僕が説明するより先にミレイラは全てを分かっているというように言葉を遮った。
「心配ない。わたしがいる」
そして僕を安心させるようにそう言葉を付け加えると、僕の元へと歩み寄ってくる。
そしてそのまま抱きつくと、僕の胸元に自分の顔を埋めた。
「どうせ夜まで何もしてこない。だったら夜まで、温存すべき」
ミレイラの言葉はご尤もだった。
しかしその声は、どこか艶めかしく感じられたのは気のせいだろうか。
そんなミレイラにちょっと緊張していると、ミレイラは僕の手をぎゅっと握る。
「――だから、休もう」
そして僕の手を引くと、そのままベッドの方へと引っ張る。
「いや、ミレイラ」
「デイルパワーの充電必須。でなきゃわたしは、戦えない仕組み」
うん、絶対に嘘だ。
それでも、これから始まるであろう戦いに緊張していた僕にとって、そんないつも通りのミレイラのおかげで少し安心する事が出来た。
こうして僕は、真新しいネグリジェに身を包んだミレイラに抱きつかれながら、夜に備えて一緒に休む事にした。
◇
仕事を終えたイザベラは、店を出て自分の宿へと向かって歩いていた。
外はすっかり陽が落ちており、魔族である自分にとっては昼より夜の方が活動しやすいため、仕事を終えた今からが快適な時間だったりする。
しかし、そのはずなのにイザベラは疲労から思わず欠伸をしてしまう。
――本当に、すっかり人間の生活リズムになってしもうたわ
そんな自分に思わず笑ってしまう。
魔王である自分が、人間の経営する飲食店でシフト制で働いているのだから、普通に考えておかしいと言えるだろう。
それでも、店内のウエイトレスランキングではいつも一位に輝けている事は嬉しかったし、何よりその店で人と魔族が楽しそうに酒を飲み酌み交わしている光景が見られるのなら、今のイザベラにとってはそれで充分幸せを感じられるのであった。
「こんな夜分遅くに、女性お一人でお出かけですか?」
そんな事を考えながら一人歩いていると、目の前にマントで身を隠した男が突如として現れた。
――奇術師、か?
その風貌はまるで奇術師のようで、タキシードに黒いマント、そしてその顔には白と黒の仮面をしている見るからに怪しい男だった。
「――何者じゃ」
「ただの通りすがりの者ですよ。女性お一人でこんな夜道を歩いていたら危ないですよと注意を促しているだけです――尤も、貴女なら心配ご無用かもしれませんが」
その言葉から、恐らくこいつは相手が魔王と分かった上で話しかけてきている事が分かった。
だからイザベラは、警戒度を上げて目の前の男と向き直る。
「ほう、貴様が例のSランク冒険者とやらだな」
「――Sランク?さて、何のことでしょう」
「惚けるか。まぁよい、であればこの街の民の安全のためにも野放しにしておくわけにもいくまい」
イザベラがそう告げると、仮面の下の男は不適に笑った。
そんな男の様子に、思わずイザベラも笑ってしまう。
――立場が逆じゃろ、我は魔王ぞ
たかが冒険者ごときに随分と舐められたものだなと、イザベラは一気に魔力を開放した。
解き放った黒い魔力は渦となり、辺り一帯を嵐のようにかき乱す。
「これは驚いた。凄まじい魔力ですね」
「その割には、随分と余裕なようじゃが?」
そう、それでも目の前の男はその言葉とは裏腹に変わらず余裕を崩さなかった。
その様子に、イザベラは若干の不気味さを感じる。
「困りましたね。どうやら思っていた以上に、手ごわそうですね」
そう言うと男は、魔力の杖を顕現させる。
そして男がその杖を掲げると、男の姿が二つ、四つと倍に増えていく。
「――ほう、分身か」
「死にたくないのでね」
見る見る増えていく男は、あっという間に100人を超えるであろう数にまで膨れ上がっていた。
そして恐らくその一体一体が、ただの幻影ではなく実体を持っている。
つまりは、能力の劣化こそあれど1対100の戦いに持ち込まれたと見て間違いないだろう。
「それが貴様の全てか?」
「さて、どうでしょう」
だが、イザベラからしたら関係無かった。
人間が何人に増えようが、所詮は人間。
勇者でも無いただの人間が、魔王である自身に届く事などあるはずがないのだ。
「全て蹴散らすまでだ。――いでよ、黒龍」
とりあえず目障りな目の前のダミーどもを一掃するため、イザベラは以前ミレイラとの対決で使ったものと同じ黒龍を顕現させる。
あの時はミレイラに放り投げられてしまったが、本来は理不尽の塊のような黒い龍は一瞬にして分身した男達を飲み込んでいく。
その圧倒的な魔力の圧により、魔力の劣る男のダミー達は簡単に弾けて消えていく。
そして一瞬にして全ての見込み尽くすと、この場には一体も奇術師の姿は残されてはいなかった。
「――ふん、逃げたか」
男の気配は無かった。
今の攻撃で一緒に消え去った可能性が無くもないが、そんな簡単に倒せる相手でも無いだろう。
そう考えたイザベラは、帰宅するのをやめて来た道を戻る事にした。
――よかろう、我ら魔族が人と共に育んできたこの街に悪さをしようと言うのなら、容赦などせぬぞ
『聞こえておるな。各員、配置につけ。愚か者どもに、我ら魔王軍の恐ろしさを教えてやれ』
そしてイザベラは思念にて、一部の部下達へ指示を飛ばす。
実は今回の件については、事前にミレイラには大人しくしていて貰うように話をつけている。
その理由は一つ。
それは、我々魔族に害を為そうとする事の意味を相手にしっかりと分からせるためだ。
魔王軍全軍をもってしてその愚かな行いをしっかりと味わわせてやる事で、此度のような事が二度と起きないようにするためにも。
だからそのためにも、今回はミレイラやデイルの圧倒的な力ではなく自分達の力だけで退ける必要があった。
それはイザベラに限らず、この街で生活する魔族達の総意なのだ。
みな、自分達の事を快く受け入れてくれたこの街の人達に、ちゃんと感謝を表したいのだ。
――覚悟しろよ、愚か者ども
今では、この街こそが魔王城の総本部。
人がこれまで決して辿り着く事すら許されなかった我らの力、しっかりと堪能していくがよい――。
魔王軍対Sランク冒険者の戦いが始まる――。




