24話「Sランク」
「――おっと、そうだ。無駄かもしれないが、最後に一つ忠告だ。俺達はこれから本部に戻って、報告は必ずする。だが本部の連中は十中八九認めないだろう。そうなると、俺達で駄目だと分かれば次に奴らがやってくるはずだ」
店から出ていく手前、ガレスは思い出したように立ち止まるとそんな忠告をしてきた。
「奴ら?」
「ああ、この世界に僅か五組しか存在しない、Sランク冒険者だ」
「Sランク――」
「まぁ、それでもミレイラやそちらの魔王さんに敵う人間が存在するイメージなんて、俺には湧かないんだけどな。――だが、俺達が何を言おうが奴らは近いうちに必ずここへ来るだろうから、一応の忠告だ」
それだけ告げると、じゃあなとガレス達一行は店を出て行った。
Sランクと言われても正直ピンと来ないのだが、それでもガレス達の実力は確かなものだった。
そんな彼らがSランク手前のAランク。
つまりは、そのSランク冒険者とはそれ以上の実力があると見てまず間違いないだろう。
それがもしこの街に攻め入ってくるのだとしたら、確かに警戒しなければならない事態となるだろう。
店にいる冒険者達も、Sランク冒険者がどんな存在なのかを知っているのだろう。
ガレスの放ったSランクという言葉を聞いて、全員が驚愕していた。
「――えっと、これはきっと杞憂だと思うんだが」
そんな中気まずそうに声をかけてきたのは、この街のAランク冒険者である叩き上げ一家のリーダー、アレンだった。
「Sランク冒険者というのは、簡単に言えばそれぞれが勇者――下手したらそれ以上の存在の集まりだ。俺もこれまでに一組しか見た事ないが、物凄い力を持っていた。それがミレイラさん達とどっちが上なのかなんてのは、俺達のレベルでは正直よく分からない。ただ、そんなSランクの中にも序列みたいのがあって、万が一その序列の上位二組――いや、その二人のどちらかがが現れた場合、不味いかもしれない」
Sランク冒険者の中でも上位の二組、もとい二人。
つまりは、上位二名はそれぞれ単独でSランクの称号を得ているという事だろう。
確かにそれは、警戒すべきだと思う。
もうその領域になると、ミレイラ並に強い存在がいないとも限らない――というのは流石に大袈裟だとしても、何が起きるかは分からないのだ。
例えば、仮にSランク冒険者全員で攻め入ってきたとして、そして何らかの方法で女神であるミレイラを無効化されるような事が起きたとする。
そうした場合、あとは残された人達で戦うしかなくなるのだから、イザベラにその配下の方たち、それからこの街の冒険者がいるとしても、それは決して楽な戦いではないはずだった。
「――問題ない」
店内に緊張が走る中、ミレイラは静かにそう一言口にする。
まるでそんなこと気になどしていないといった様子で、いつもの無表情は変わらなかった。
「そうじゃな。冒険者だか何だか知らないが、我は魔王ぞ?勇者でもない人間などに負ける程、落ちぶれてなどおらぬ」
そしてイザベラもそう言って笑うと、仕事へと戻って行った。
こうして、女神と魔王が全く気にしない事で、周囲に張り詰めていた緊張も徐々に和らいでいく。
いくらSランクが相手だと言っても、こっちには女神と魔王がいるのだという安心感。
しかしそれでもデイルは、未知の敵が近いうちに攻めてくるという緊張感だけは拭いきれないのであった。
◇
ガレス達が去って、一ヵ月程経過した。
あれからSランク冒険者達はこの街へやってくる事もなく、どうやらただの杞憂で終わったんじゃないかと思えてきたそんなある日、早起きしたデイルは一人街を散歩していた。
すっかりこの街では人と魔族の共存が進んでおり、市場は今日も朝からとても賑わっていた。
そんな賑わう光景を横目に、僕は一人朝の散歩を楽しんだ。
街行く人達は僕に気が付くと挨拶をしてくれるから、僕もそんなみんなに一人一人挨拶を返す。
こうして、街のみなさんとコミュニケーションを取れる事が僕は嬉しかった。
以前は勇者パーティーのデイルとして話しかけてくれていたが、今ではデイルという一人の人間としてみんな接してきてくれている事が嬉しかったのだ。
そしてそれは人に限らず、魔族のみなさんも微笑みながら変わらず挨拶してくれる。
そんな平和な日常を、どうか壊さないで欲しいと願うのみだった。
そしてデイルは、朝食に好物の串焼きを買うことにした。
ここはこの市場でも一番の人気のお店で、同じく買いに来た多くの人々で賑わっていた。
すると、お店の前に出来た人だかりの中から、見慣れない服装をした少女が一人、両手一杯に串焼きを持って嬉しそうに出てきた。
少女は黒いゴシックドレスを着ており、銀髪の縦ロール、そしてその瞳は赤と青の碧眼が特徴的な、少女ながら彼女はどこか只者じゃない雰囲気を漂わせていた。
「うーん、美味しいわね、これ。こんなに美味しいものが、今日で食べられなくなっちゃうなんて、少し惜しいわね」
そして彼女は串焼きを美味しそうに頬張りながら、そんな不穏な言葉を口にする。
だから僕は、何だか嫌な予感がして思わず彼女に声をかけてしまう。
「君、どこから来たの?」
そんな僕の問いかけに、キョトンとした表情で振り返る彼女。
しかし彼女は、僕の顔を知っていたのだろう。
声をかけたのが僕だと分かると、不敵に微笑む。
「――あら、誰かと思えば元勇者パーティーの方じゃないですの。私がどこから来たか、それを知ってどうなさるのです?」
「――もし君が良からぬ事を考えているなら、僕はそれを止めなければなりません」
「――ふふっ、勇敢ですのね。私も好きでやってるわけじゃないのだけれど、これも仕事だからごめんなさいね」
僕の言葉に、申し訳なさそうにそう言葉を漏らす彼女。
そして彼女の周りには突如として漆黒の渦が纏い出す。
「でもまだ早いので、夜に改めてお会いしましょう。私の名前はカレン――人々からは、漆黒の死神と呼ばれておりますわ。ではまた――」
そう言葉を残して、謎の少女は漆黒の渦と共に消え去ってしまったのであった――。
決戦の予感




