18話「神として」
「な、何を勝手な事を言っておるのじゃ!?我が人間の子なんぞに恋などするわけがなかろうっ!」
何か核心的な事を言うと思わせて、やっぱりミレイラはミレイラだった一言に、イザベラは大きく慌てていた。
そりゃそうだ、いきなり僕なんかをミレイラと奪い合う恋のライバルにされたんじゃ堪ったものじゃないだろう。
「甘い、妹よ。デイルには複数の嫁を作ってハーレムエンドを迎えて貰う必要がある」
「ハ、ハーレムエンド!?な、なんじゃそれは!?」
「これは別世界のベーシックであり全ての理。デイルには、その素質がある」
慌てふためくイザベラに対して、やっぱり訳の分からない事を言うミレイラにこの場にいる他の全員は最早呆れる事しか出来なかった。
「……ミレイラ様。ここは地球の日本じゃありません」
「関係ない。どこだろうと、それが全ての理」
「はぁー、もういいです。好きにしてください。わたしは行きます……」
そう言って心底呆れた様子のミーシャは、ドアを開けて部屋から出て行ってしまった。
毎回出てくるときは転移してくるのに、帰る時はちゃんとドアから出ていくミーシャはちょっとシュールだった。
「あの、イザベラさん?その、さっきの話は気にしなくてもいいし、ずっと僕の側にいる必要もありませんからね?人間と魔族、これ以上無益な争いが無くなるのであれば、僕はそれでいいですから」
「デイル……お前というやつは……」
流石にイザベラが可哀そうだと思った僕がそう話をすると、何故かイザベラは目を丸くして驚いた様子だった。
「……なんと出来た奴なのじゃ、人間にも、こういった出来た者がおるならば、融和の道もそう遠くはないのかもしれぬな」
そう嬉しそうに顔を寄せながら語るイザベラを前にした僕は、不覚にもちょっと可愛いなと思ってしまった。
よく見るととんでもない美少女のイザベラのドアップは、正直中々凄いものだなと思ってしまった。
「早速始まっているわね」
そんな僕達の様子に、隣でミレイラはうんうんと頷きながら何故か納得した様子だった。
本当に、さっきからミレイラが何をしたいのか謎すぎるのだが、何かそこには思惑がある事だけは確かだったからちょっと怖かった……。
◇
「我の名は魔王イザベラじゃ!今回、人間との争いに終止符を打つため今日はここへ現れた!」
いつもの店の前に立ち、集まった冒険者や街の人達の前でそう高らかに宣言したイザベラ。
今ここで、これ以上人間と魔族による滅ぼし合いを終わらせるため、まずはこの街から話しをしようという事になったのであった。
「本当に魔王なのか……」
「間違いねぇ、さっきミレイラちゃんと戦っているところを見たが、あの力はまさしく魔王のものだったぜ……」
「マジかよ、なんでこんな外れの街なんかに……」
ざわつく人々。しかしそれも無理は無かった。
ここが王国ならまだしも、こんな外れの街にいきなり本物の魔王が現れたかと思えば、突然こんな話をされても訳が分からないと思うのが普通だと思う。
「ふ、ふざけるなっ!俺の仲間は魔族に全員殺されたんだぞっ!」
「そ、そうだ!俺の家族だって全員殺された!」
しかし、集まった人々の中からは、魔族に対して深い恨みを持つ人々からの非難の声が上がった。
……これも、無理のない事だと思う。
大事な仲間を、家族を殺された人からしたら、魔族を受け入れるなんていう事は到底出来ないと思うのもまた当然だと思うから……。
そしてだからこそ、この世界から争いが無くならないという事も……。
「……殺されているのは、人間だけだと思ったか?」
しかし、そんな非難の声に対して、イザベラは静かにそう告げた。
殺されたのは、人間だけじゃない――そう、それは魔族だって同じことなのだと。
しかし、そんな言葉など当然のように聞き入れるつもりの無い人々から、それは全部魔族が悪いからだと一方的に罵声が飛び交った。
「――ならばよかろう。このままどちらかが根絶やしになるまで、争いを続けるか?」
そして、そんな罵声に対してそう静かに告げたイザベラは、己の魔力を開放した――。
その途端、辺り一帯には凄まじい殺気に満ち溢れ、彼女が本当に魔王であるという事をその殺気をもって証明していた。
しかしその様子を、ミレイラは無表情でただ見つめているだけだった。
ただそれは、いつもの無関心とは少し異なり、どちらに肩入れするつもりも無くただ事の成り行きを見守るようであった。
イザベラの放つ殺気に怯える人々、だが、それでも強い恨みを持つ人々の声は止まなかった。
「け、結局そうやって力で従えるつもりなんだろ!?」
「そ、そうだ!!結局魔族なんか信用ならねぇよ!それなら最後まで戦う!!」
その声に、イザベラは表情を歪める。
たしかに、今イザベラがやっている事は力による抑圧でしかないのだ――。
これでは、決して対立する者からの理解など得られるはずもなかった――。
「――話は分かった。こうしよう」
そんなまさに一触即発の事態に、ミレイラは一言口にした。
そしてそれと同時に、ミレイラはイザベラから放たれている殺気を一瞬にして無効化させた。
「イザベラ、貴女は今日からこの店で一生懸命みんなのために働くこと。それから、街のみんなはそんなイザベラの事をこれからちゃんと自分の目で見て判断すること。分かった?」
ミレイラの口からは、またしても誰も考え付かないような事が語られたのであった。
魔王が、この店で働く――?
そんなとんでもない提案に、当然この場にいる人々も、魔王であるイザベラとその配下達も戸惑いを隠せなかった。
だが、珍しく真面目に語られるミレイラの言葉を前に、誰も何も言えなかった。
「ちなみに、魔王であるイザベラがこう言っている以上、これからは人も魔族も関係無い。だからわたしは、常に正しい在り方を支持する。そして今回の場合、イザベラの言っている事が正しい。よって、神として告げます――この世界はあなた達のものです。だからもう少し、自分達で未来を考えなさい」
いつもふざけてばかりいるミレイラとは思えない、神として語られたその言葉に、ここにいる全員押し黙る事しか出来なかった――。
ミレイラがちゃんと神しました。




