11話「蹂躙」
店長さんの一言で、僕はミレイラと共に外へと飛び出した。
すると、遠方から魔物と魔族の大群がこの街目がけて迫ってきているのが肉眼でも確認できる距離にまで迫ってきているのが分かった。
それは、ぱっと見ただけでも昨日の軍のそれとは規模が違っていた。
なんでこんな数の軍が昨日の今日で!?と思ったのだが、そんなのは全て後だ。
今はこの危機的状況をどうにかしなければならない。
迫りくる軍勢を前に、もう猶予はほとんど残されてはいなかった。
「デイル、ここにいて」
一先ず一般人の皆さんを避難させてそれから――とあれこれ考えているデイルに、ミレイラは静かにそう告げると、そのまま魔術で宙に浮かび上がった。
そして、
「ミーシャ、聞いているのでしょう。これから邪魔者に神の裁きを下すからあとはよろしく」
そう呟くと、そのまま魔族の群れ目がけて飛び立っていってしまった。
「ちょいちょーい!確かに先に言ってくださいとは言ったけど、言えばいいってわけではありません!昨日の今日でなんなんですかー!?って居ないし!!」
慌てて時空の狭間から飛び出してきたミーシャは、すぐにミレイラを止めようとしていたのだが、既にミレイラは魔族の群れ目がけて飛び出して行った後であった。
「あっ!いた!!ちょ、ちょっと待ってくださいよミレイラ様ぁー!!」
辺りをキョロキョロしてようやくミレイラを見つけたミーシャは、それから慌ててミレイラのあとを追って飛び立って行ってしまった。
だがそんなミーシャの努力も空しく、次の瞬間昨日見た巨大な雷が魔族の軍勢目がけて雑に何発も落とされたのであった。
◇
ミレイラの一撃で、ほぼ壊滅状態に追い込まれた魔族の軍勢。
僅かに残された魔物や魔族達は、たった今起きたあり得ない出来事に理解が追い付かないながらも、それが宙に浮いたミレイラによる攻撃だった事は理解できたようで、慌ててその場から一目散に逃げ出して行ったのであった。
だが、そうして逃げ出す魔物も魔族も一匹たりとも逃がさないと、ミレイラは追従する電撃の魔術を唱えると、その全てを漏らす事無く撃ち抜いたのであった。
こうして一人で、しかも僅か二回の攻撃のみで軍勢全てを退けて見せたミレイラに、戦闘のため駆けつけていた冒険者や街の兵士達はまたしてもポカンと口を開きながらミレイラを見上げる事しかできないでいた。
そして、昨日は戦場へやってきていた者のみ目の当たりにしたミレイラの活躍を、今回は街中の人がその目でしっかりと見届けたのである。
――殺戮のメイド神、ミレイラ
一人のメイドによるこの日の蹂躙劇は、神がこの街に起こした奇跡として後世にまで語り継がれる事になるなんて、この時のデイル達はやっぱり知る由も無かった。
「さぁデイル、続きをしよう」
あれほどの蹂躙をしておいて、何事も無かったかのように戻ってきたミレイラ。
そして、そんなミレイラにもう頭を抱えるしかない様子のミーシャであった。
◇
ミーシャも連れて、再び宿の部屋へと戻ってきた僕達。
しかし、部屋に入るや否や、我慢の限界といった様子で怒り出すミーシャ。
「いいですかミレイラ様!わたし昨日ちゃんと忠告しましたよね!?」
「事前に言えと言った」
「言いましたけど、そういう話じゃなくて!」
「言ったじゃない」
「もう!!」
あー言えばこう言うミレイラに痺れを切らすミーシャ。
たしかに、あれが禁止されているものだとするなら、昨日の今日で再びあの技を使ったミレイラにミーシャが怒る気持ちも分からないでもなかった。
それでも、ミーシャには悪いけれどこの街はミレイラによって救われたのだから許して欲しかった。
「でもまぁ、たしかにあれを見過ごしていればこの街は壊滅していたでしょうし?バランスを保つ意味でも正しい判断と言えなくもないですが?」
「そう、全く問題はない」
「でもそういう話じゃなくて!!……はぁ、もういいです。帰ってまた報告書作ります……」
完全に諦めたミーシャは、そう言ってトボトボと扉から出て行ってしまった。
今日はちゃんと扉から出ていくんだなと、僕はそんなミーシャを見送りながら天使って思ってた以上に苦労の掛かる仕事なんだなって思った。
今度現れた時は、ミレイラに代わってちょっと労ってあげようかなと思う。
「邪魔者は消えた。さぁデイル、さっきの続きをしよう」
そして、あれだけの事を成し遂げたミレイラは、さっきの続きをしようと少し頬を赤らめながらベッドへと腰掛けたのであった。
どうやらミレイラは、本気でこのために魔族の軍勢を滅ぼしたようで、こんな事と言ったら悪いかもしれないけど、それでもこれが理由であんな蹂躙劇をしでかして見せたミレイラに、僕はもう乾いた笑いしか出てこなかった。
「デイル、来て」
そんな僕の気持ちなんてお構いなしにミレイラは、恥ずかしそうに僕の事を誘ってくる。
でもまぁ、今回もミレイラのおかげでこの街の平和は再び守られたのだから、今日は言う通りにしてあげようと思った僕は、かなり恥ずかしいけど再び膝枕をして貰う事にした。
「ねぇ、デイル」
「なに?ミレイラ」
膝枕をし、僕の頭をそっと撫でながらミレイラは口を開いた。
「わたし達、ずっと二人きりね」
「そうだね」
「これはもう、結婚してるのと同じだと思うの」
「えっと、ミレイラさん?」
「子供は二人がいいわ。それから田舎の一軒家に住んで、ずっと家族仲良く暮らしましょう」
どんどん暴走し出すミレイラに、僕はもう何も言わないでおいた。
だって、そんないきなり僕とミレイラの子供とか言われても…………それは普通に幸せかもしれないなと思った僕でした。
苦労人……いや、苦労天使ミーシャさんでした。




