10話「オフ」
「デイル、起きた?」
「ん……うん、おはよう、ミレイラ」
気が付くと、僕はミレイラの腕の中で眠っていた。
カーテンの隙間から、日の光が差し込んできている。
そうか、僕はあれからミレイラに抱いて貰いながら眠っちゃったんだな。
「ごめん、ミレイラ。もう大丈夫だよありがとう」
「そう」
僕がお礼を言うと、ミレイラは僕から手を離してすっと立ち上がった。
「ここにもう一泊する。店主にお願いしてくる」
ミレイラはそう言って、部屋から出て行ってしまった。
残された僕は、今朝の出来事を思い出す。
アリシアとの事を思い出すと、やっぱりまだちょっと胸が痛くなるのを感じた。
でも、もう過去を振り返ってもいられない。
これからの事にちゃんと目を向けようと、僕は気持ちを入れ直してベッドから起き上がると、顔を洗った。
「もう一泊、許可をもらった」
「そっか、じゃあ今日はこれからどうしようか?」
部屋に戻ってきたミレイラは、もう一泊の許可を貰えた事を報告してくれた。
しかも、この街の救世主からお金は頂けないとのことで、お代は無料でいいとの事だった。
本当にこの街へ来てから、この街のみんなにはお世話になりっぱなしだった。
「今日は一日ゆっくりしよう、デイル」
そう言うミレイラだが、何やら後ろ手に何かを隠し持っている様子だった。
「うん、それはいいんだけど、何持ってるの?」
僕はそんなミレイラに、とりあえず質問してみた。
だがミレイラはすすすっと浴室の前までスライドするように素早く移動すると、「なんでもない」と言い残してそのまま浴室の鍵を閉めて閉じこもってしまった。
一体なんだったんだろうと思ったけど、とりあえず今日はミレイラの言う通りゆっくりしようと思った。
もう別に勇者パーティーなわけでもないんだ。ゆっくり旅でもしようという風に思える程度には、僕の心も回復していた。
◇
とりあえず、する事もないので僕は部屋に置かれていた本を読む事にした。
数冊置かれていたのだが、その中に小さい頃よく読んでいた勇者がドラゴンを討伐するファンタジー小説が置かれている事に気が付いた僕は、懐かしいなとその本を手に取った。
内容は、勇者が旅の最中で出会った仲間たちと共に、世界を苦しめる邪悪なドラゴンを討伐するという、まぁよくある普通のファンタジー小説だ。
でも僕は、この物語が大好きだった。
いつか僕も、この物語の勇者のように冒険が出来たらななんて夢を抱いていたのだ。
だから、幼馴染みんなで旅に出る事になった時は本当に胸が躍った。
これは僕だけではなく、幼馴染みんな同じ気持ちだった。
夜は一緒にこれからの冒険の夢物語を語り合ったり、本当に楽しかったなぁとあの頃の事をまた思い出してしまう。
「……デイル」
そんな思い出に浸っていると、浴室から顔だけ出したミレイラが声をかけてきた。
「ん?どうした?」
僕がそう返事をすると、何故かミレイラは無表情ながら顔を真っ赤にした。
何してるんだろうとミレイラを見ていると、それからミレイラはひょこっと浴室から出てきた。
「……え?なんで?」
――浴室から出てきたミレイラは、何故かメイド服を着ていた。
「デイルを元気付けるため借りてきた」
思わず口から出た僕の疑問に、少し恥ずかしそうにミレイラは答えた。
いや、元気付けるってなんだ……。
「今日は、デイルにご奉仕する」
そう言ってミレイラは、スカートの裾を摘まみながらペコリと頭を下げた。
「今日一日、わたしはデイルの召使い」
「いやいや……えっと、ミレイラさん?」
「なに?ご主人様」
「えーっと、色々言いたいんだけど、まずは気持ちはありがとう。その上で、ミレイラさんはこれから一体何をするつもりなんだい?」
「決まってる。ご主人様の全てのお世話をする」
ぽっと顔を赤くさせながら、ミレイラはとんでもない事を言い出した。
……うん、これは多分アウトなやつだ。
そう確信した僕は、気持ちだけで十分だよと返事をしようとすると、
「ちなみに、ご主人様に断る権限はない」
「な、なんで?」
「――ここでわたしは、貸しポイントを使う」
ニヤリと微笑みながら、ミレイラは二本指を立てた。
なんでピース?と思ったけど、どうやらそれはピースではなく2ポイントを意味しているようだ。
貸しポイントを2ポイント使う程、ミレイラは僕に尽くしたいと思ってくれているという事だろうか……。
だったらもう、僕にそれを断る事はできなかった。
「……分かったよ。でも、これでミレイラが貸しポイントを使う必要なんてないからね。ただし、エッチなのは無しね?」
観念した僕がそう返事をすると、普段無表情なミレイラの顔がパァっと明るくなった。
こんなミレイラの表情久々に見たなぁなんて思っていると、とととっと少し早歩きで僕の前まで歩み寄って来たミレイラ。
「じゃ、じゃあデイル……」
「う、うん……」
少し緊張した様子のミレイラに、何故だか僕も緊張してしまう。
「……ここに座って」
そう言って、ミレイラはベッドの上に座ると、自分の隣をポンポンと叩いた。
僕は言われるままベッドに座ると、今度はミレイラは自分の太ももをポンポンと叩いた。
「そのまま、横になる」
恥ずかしそうに小声でそういうミレイラの可愛さを前に、思わずドキドキしてしまった僕はそのままミレイラに膝枕をしてもらった。
ミレイラの柔らかい太ももの感触が、僕の頬に伝わってくる。
「デイル、癒される?」
「う、うん……まぁ……」
ミレイラは嬉しそうにそう聞いてくるのだが、正直癒されるどころかこんなのドキドキしてしまってヤばかった。
それから暫くこのままで居ると、何やら外が騒がしい事に気が付いた。
「な、何かあったのかな?」
そう言って僕が起き上がろうとすると、ミレイラに頭をぐっと抑えられて起き上がらせては貰えなかった。
だが、今度は部屋の扉がノックされる。
それも何やら、とても慌てた様子だった。
「ミ、ミレイラちゃん!デイルくん!」
それは、宿の店主さんの声だった。
何事だろうと、今度こそ僕は起き上がり扉へと向かった。
「どうかしましたか?」
「た、大変なの!魔王軍がまたこの街にやってきてるみたいなのっ!」
慌てた様子で、店主さんがそう告げる。
何だって!?と思いながら、すぐに行かなきゃと僕も慌ててミレイラの方を振り向くと、そこにはとても不満そうに膨れるミレイラの姿があった。
「……邪魔ばかりして」
ミレイラは一言そう呟くと、むくりと立ち上がりその目を怪しく光らせる。
それは、もはやどっちが魔王だと言いたくなるような危険な雰囲気を醸し出しており、どうやらミレイラさんは邪魔された事に相当お怒りの様子だった。
殺戮のメイド、誕生の瞬間である。




