夢ですか
旅路の終着点とされる空港に、青年が到着した。
ジャージは泥汚れと熱変質で乱雑な模様が描かれており、名詞は廃棄寸前の雑巾が適当だろう、端が千切れ裾あげされてるのだから。履き慣れたスニーカーは手荒い修正跡が見えるが、この旅路のなか履き替え無かったという事実がある。
全身に打撲紺と擦り傷、を治癒するための湿布と包帯。左腕は棒と布切れで簡素に固定されている。頬の皮膚は線上に爛れ、眼球の充血は一向にひかない。
青年は望まなかった。
鉄塊飛び交う生臭い沼地、土に還らぬ蛋白質を抱き上げる事を。
枕木足らずのジェンガで足場となり、光もなくただ酸素濃度が下がる感覚を。
核分裂を圧力で屈す暗闇に挑み、聴覚の喪失と気味の悪い浮遊感を。
青年は拒否権を最大限に活用した。そして確かに、チューインガム製の誘い文句は周りから姿を消した。
代わりに付きまとうのは、明らかな憤怒の息を切らす、同一人物。
布切れを口に当てられ、朦朧とする意識の中捉えたのは、巧妙に誘導される友人。契りなど無かったかのように、青年に向けるのは侮蔑の目線。
「よし、どうするか」
通路の隅で1人呟く青年。発した言葉から発展はなく、ただ憂鬱になるだけの旅路の思い返しを絶ちきりたかったのだろう。
横切る人混みの中に、かつての友人を目にした。青年に目を向けることはなく、愛人とおぼしき女性と手を繋ぎ、ただ前を向いていた。
ベルトコンベアの荷物待ちの列に並ぶ青年。一切の支えはなく、油断さえすれば気絶も可能に見える。
青年の背後で樹脂の破壊音。振り向く青年の眼前にあるは、酷く散乱するスーツケースと物々。それに群がる初対面の方々。あるものは踏み潰し、あるものは盗品に走る。あるものは私に投擲し、あるものは青年の目の前で罵詈雑言。
一連の出来事に、列をなす人々は目を向けなかった。まるでそれが、当たり前かのように。
青年が倒れると同時に、意識は途切れた。