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EP.5 悪の宰相はライバルを潰したい


 俺達が異世界に連れてこられてから数日が過ぎた。


 結局、勇者であるハルのモチベが回復するということもなく、国家会談まで一週間を切ってしまった。西の代表であるベルフェゴールは脱皮の為、あいもかわらず部屋に籠り切り。このままでは、西(うち)は国家の最重要機密である『不死の聖女』クリスが姿を現さねばいけなくなってしまう。クラウス曰く、それはなんとしても避けたいとのことだった。


 詳しくは魔王ベルフェゴールと聖女クリス、そして死神のオペラしか知らないという不老の秘薬『エタニティ』の製造方法。一体どういうものなのかは知らないが、クリスがいないと薬は作れないという。

 国家会談の折に万が一、暗殺や誘拐でもされたら、我らが帝国は転覆の危機。世界情勢と均衡は一気にひっくり返されかねない。


 国家間の親睦と信頼を深める意味も持つ四か国会談。体調不良で欠席が許されるのは、ひとりが限度だ。重鎮がふたり揃って病欠など、下手をすれば『ナメてんのか?』と戦争のきっかけを与えかねない。

 それをなんとかするのが、俺の仕事だ。


(ベルフェゴールの代わりに俺が影武者として出れば、万事うまくいく。だが、もし会談の場で俺の正体がバレるようなことになれば、それこそ戦争が再び……)


 ――どうする?


 ベッドの中でどうしようもないまま悶々と思考を巡らせていると、ライラが懐に潜り込んできた。


「ユウヤ?その……元気、ない?」


「え?」


「だって、難しい顔してたから。眠れないの?私にできること、ある?」


 少し肌寒い季節の変わり目。俺を気遣ってか、それとも自分が寒いだけなのか。胸元にぎゅぅっと身を寄せて心配そうにこちらを見上げている。その様子が、なんともいえず愛らしい。 

 もぞもぞとネグリジェの裾を捲りあげて、口の端を舐めながら寝間着のズボンにするりと手を伸ばす。いったい何をシようというんだ?


「別に、そんなことシなくったって、ライラ様は十分僕を癒してくれますよ?」


 俺はまるでぬいぐるみでも抱えるようにしてその身体を抱き寄せた。


「わっ♡……ユウヤ?ふふっ……くすぐったい……」


 くすくすと笑う息が首筋を撫で、こっちがくすぐったい。だが、こうしてライラを抱き締めているとその柔らかさとあたたかさで不思議と心が落ち着いてくるのがわかる。


「ライラ様……やはり、僕にはライラ様しかいない」


「急にどうしたの?やっぱり、少し疲れてるんじゃない?」


「そうですね。疲れているので、もう少しこうさせてください」


 ぎゅう。


「ふふっ。疲れていなくても、いつだってこうしてくれていいのに。やっぱり変なユウヤ」


「そうですか?」


「そうよ?せっかくユウヤを慰めようと思ったのに。これじゃあまるで、私がご褒美を貰ってるみたい♡」


「それは、ウィンウィンですね?」


「一挙両得?それとも、一石二鳥かしら?」


「お。ことわざを勉強したのですか?」


「はい!ユウヤの国のこと、もっと知りたくて!」


「ライラ様、いつからそんな勉強熱心になったのですか?こないだまで会議中は居眠りするようなポンコツだったのに」


「もう!失礼しちゃう!裁判に呼ばれてからはユウヤに迷惑かけないように頑張ってたんですよ!」


「ははは。偉い、偉い」


 そう言って頭を撫でるとライラは頬をムッと膨らませた。


 あぁ……なごむ。


 それだけで、ライラは十分に俺を慰め、癒してくれた。

 俺は感謝しながらそっと囁きかける。


「ライラ様?もし万が一、会談の場で僕の姿が露呈するようなことがあれば、そのときは、お願いしたいことがあります」


「なぁに?ユウヤのお願いなら、私なんだってします!」


 ふんす、と意気込むライラ。俺は安心したように微笑んだ。


「その意気込みを、忘れないでくださいね?万一のときは、はりきって力を振るっていただきたいので」


「それって……」


「はい。ライラ様お得意の――ふふっ。おわかりですね?」


「でも、危なくないの?」


「構いません。それに、ベルフェゴールに聞いた秘策が僕にはあります。あくまで万一の場合ですが、少しそれを試してみたい気も……」


 にやりと口元を歪めると、ライラもいたずらっぽく笑った。


「ふふっ。ユウヤが『いい』と言うのなら、私、いくらでもがんばっちゃいます!期待しててね!」


「はい。お身体に触らない程度に、がんばってください。ライラ様がいなくなったら、僕は死んでしまいますので」


「はい!私もです!」


 ぎゅうっと抱き着くライラを好きなように甘えさせつつ、俺はもうひとつ気になっていたことを尋ねる。


「ライラ様、南北の聖女とはどんな人物なのですか?あれからもう十年余り経っているので、同じ人物が在位しているとも言えませんが。少しでもいい。人となりについて知っていることがあればお教えください」


「うーん。そうねぇ……南の聖女様は、当時の私より少し年下の、明るい女の子だったわ?花と緑で囲まれた南国にふさわしい、天真爛漫な子。ちょっと頭がゆるくておバカな感じの子だったかしら?」


「えっ。ライラ様よりも、ですか?」


 ぎょっとして目を見開くと、ライラはぽかぽかと胸元を叩く。


「もぉー!それ、どういう意味!?」


「どうもこうも……」


 お前よりちゃらんぽらんだなんてヤバくないか?って意味だけど……


「そんな方が、ちゃんと南国を治められていたのですか?もしや、ライラ様同様、聖女としての実力一点のみでその座に就いたのでは?」


 濁しかけた言葉が濁しきれないで問いかけると、ライラはムッとしたままもごもごと返事する。


「南の子は、聖女としての実力はそこそこだったみたい。でも、元より南の国は奔放と平和を好む国。放任主義なところがあるから、ひとりで好き勝手にしてても手のかからない、いつも楽しそうなあの子は国民からとても好かれていたわ?」


「ああ、アイドル統治系か……」


「あいどる?」


「いえ、なんでも。ライラ様のように、『愛される』ことで人を治める人徳者、ということですよ?」


「まぁ!ユウヤとお揃いね!」


「そう、ですね?」


(俺を愛してくれたのはライラだけだが……まぁいいか。ライラが楽しそうだし)


「で?北はどうなんです?」


 おそらくこの会談で俺達帝国の転覆を狙っているのは北だ。

 どきどきしながら問いかけると、ライラはあっさり口を開いた。


「北の子は……よくわからないの。おとなしくて、物静かな子だった。とても綺麗で、雪のように白い肌と流氷みたいな銀髪を靡かせた、氷雪(ゆき)の女王の子」


氷雪(ゆき)の女王?」


「うん。先代の北の聖女様がそう呼ばれてて、そのお子さんが後を継いだのよ?あれから十余年経ってるなら、今頃十七歳くらいかしら?いつも傍らに同い年の男の子がいて、その子が身の回りの世話をしていたの。幼馴染従者っていうのかしら?ユウヤに会う前は、ちょっと憧れたなぁ♡」


「おとなしい聖女と……幼馴染従者の、男の子……」


 俺の直感が、告げていた。


 ――間違いない。北の宰相はそいつだ。


 幼い頃から聖女に仕えるその少年。今では十七歳で俺と同い年というのなら、考えられる可能性は二つ。

 聖女に惚れ込み、甲斐甲斐しく仕えているか。

 聖女を利用し、傀儡にしようと取り入っているか。


 もし俺がそんな境遇に生まれて美少女聖女と幼馴染だったなら、きっとそうしただろう。権力を持つ女の近くにいる男など、得てしてそういうものだ。俺は身をもって知っている。


 北の宰相はどちらなのか。策を巡らせて会談の日程をズラしたことを考えると、後者だろう。だが、日程をズラした理由は『北の聖女の祝祭日のため』。前者の可能性も否定はしきれない。

 思考を巡らせていると、ライラが決定打を口にした。


「北の子とはあまりお話したことは無いのだけど、その子、とってもシャイなのよ。お供の男の子と一緒じゃないと、会合に出てきてくれないの。だから、北の子だけはいつもふたりで聖女の会合に出席してたわ?男の子は、北の子が話に困ってるといつも耳打ちして助けてた。仲睦まじくて、見てるこっちの胸があったかくなるの……♡幼馴染って、いいわね♡」


「…………」


(絶対、タラシこまれてる……)


 あれから十余年。どっちも年頃だろう。まさか、幼少期から傀儡にしようと、会合に付いてきていたのか?そいつナシでは何もできないように溺れさせながら?

 まさか。俺以上に虎視眈々なヒモ男がこの世界にいたとは。

 恐れ入ったよ、北の宰相。


「くく……」


「……ユウヤ?」


 俺は、腹の底からこみあげる笑いを堪えるようにライラを抱き締めた。


「負けません。この世で最も聖女様に愛される宰相は、僕ですから……」


「それは、そうだけど……?」


 きょとんと見上げるライラの表情。蒼い瞳の奥からおずおずと覗き込むその愛らしさに、今までの俺からでは考えられないような、プライドのような闘争心が、密かに湧き上がってくるのを感じる。


「ライラ様と僕が築いた帝国の平和を、どこの馬の骨とも知れない宰相に壊させるわけにはいかない……」


 だが、それだけでは無い。なんなんだ、この胸のモヤつきは。


 なんとなく、俺は北の宰相が気に食わない。


 ベルフェゴールの脱皮を利用して、策にハメられたから?

 それとも、これが同族嫌悪?

 俺はまさか……


「ユウヤ?イライラして、どうしたの?」


「別に、イライラしてなんて……」


「あ!ひょっとして、妬きもち?」


「……っ!?」


「ふふっ。いくら幼馴染が羨ましいからって私は誰にも取られないわよ?私は、ユウヤのものですから♡」


「ライラ……」


 にっこりと微笑むその表情に、スッと身体が楽になっていく。


(そうか。俺は――)


 幼馴染という『特権』で聖女に愛される、そのヒモ男に嫉妬していたのか……


「ふっ……」


 自分もきっかけは異邦人という『特権』だったというのに、我ながらなんて身勝手な感情だ。だが……



 気に食わないもんはしょうがない。



「北の宰相を……潰します」


「え?」


「我ら帝国の、永劫に続く『不死』なる平和の為に」


 そうは言いつつも、半分は完全な私情だ。

 同じ宰相として、同じく聖女に愛されるヒモとして、俺は北の宰相を潰したい。


 相手にしてみれば、なんて災難だろうな?

 だが、たまにはこんなわがままを言ったっていいだろう?俺は今まで、世界の為に悪に徹して世に平和を齎そうと身を粉にしてきたんだから。

 それに、俺は――


 ――『悪の宰相』なんだから――

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