第16話 悪の宰相は騎士団長を闇堕ちさせる
夜になり、唯一俺達を照らす月明りの下、正門前でクラウスが現れるのを待つ。
今日のメンバーは俺とライラ、道案内のグレルに、騎士団長のクラウスだ。リリスは少々マナを使い過ぎたとのことで数日の休憩と男遊びが必要だという。曰く、『ちゅーちゅーしないと元気出なぁい♡』と。下品なハンドサインと目つきから、それがおおよそR18な行為であることは想像に容易い。近づかない方がいいだろう。まったく、サキュバスのような女だ。
俺は外出用のコートを羽織ってグレルと話し込むライラをよそに、先程グレルに書き取らせた屋敷の見取り図に目を通す。
(木造二階建てで地下が一階まで。メインエントランスと一階が開けた構造で二階は客室と……最奥が主の部屋か。外への非常口が近く、窓を開ければ梯子をかけられる間取り。基本的な金持ちの屋敷とそう変わらないな……)
そうこうしているうちに、白銀の鎧を着こんだクラウスが姿をあらわした。
「お待たせいたしました。魔術師殿に闇属性の精霊石を精製して頂いていたので時間が……申し訳ございません」
(精霊石……?たしか属性の力を体外に結晶として表出する、保管技術だったか?よくわからないが、魔術師を連れていないところを見るとそれがあれば十分だということだろう。まったく、異世界の不思議マターには度々驚かされる。まぁ、それは異邦人も一緒か……)
「いいえ、約束の刻限よりも早いです。十分以上前行動、騎士の模範以上の動きだ。さすが団長」
「おぉ……団長!」
生で見る本物の騎士団長に目をキラキラ輝かせるグレル。無理もないだろう。街の治安を守る騎士団の中でもトップの実力者で名家の出身。加えて甘いマスクの持ち主であるクラウスは多くの女性たちをはじめ、老若男女問わず街の人々の憧れなのだ。そのあどけない表情にクラウスは面を食らったような顔をする。
「宰相殿……この少女――いえ、レディは?」
「ああ、紹介します。この子はグレル。今日は道案内をつとめる、屋敷の元従業員です」
「屋敷の従業員、ですか……?では、壊していい施設というのは廃屋敷か何かでしょうか?」
「いえ。本日クラウス団長に壊していただきたいのは、まだ人のいる屋敷です」
「――!?」
「ですが、そこは違法な薬の密売を行う悪徳貿易商の館。この子はそこから命からがら逃げのびた薬の被害者です。無理矢理薬を飲まされ、言うことを聞かされていた可哀相でいたいけな少女……」
「――っ!」
クラウスの表情がみるみるうちに怒りに震えだす。正義感の強いクラウスはこの手の話に弱いことはモニカ井戸端会議で調査済みだ。俺は最終確認をするようにゆったりと口を開いた。
「違法悪徳業者の検挙と一掃。手伝っていただけますね?クラウス団長?」
「このような幼い少女になんて真似を……!もちろんです。このクラウス、ライラ様と宰相殿の恩義に報い、少女の想いを晴らすためにもこの剣を振るうと約束いたしましょう。そのような悪がこの街に蔓延ること自体、看過することも許容することもできない」
「ふふっ……では、正義の名のもとに悪は誅伐いたしましょう。その働きに、期待していますよ?」
「はっ……!」
ビシッ!と姿勢を正すクラウスにテンションアゲアゲなグレル。深夜の街を出歩くことにお忍びデート気分なライラに、暗殺の首謀者に報復を誓う俺。三者三葉な想いを胸に、俺達は貿易商の屋敷を目指した。
◇
案内されるままに郊外にある丘の上の屋敷に到達する。グレルは正面扉の前に立つと、人差し指を『しぃっ……』と唇に当てた。
「今日は第三金曜日で奥様がご実家に帰られていますので、人手が割かれて護衛の数も少なくなっています。いつもなら門の前にふたりいるですが、今日は居ないのがその証拠。中はおそらく金庫のある部屋の前とマスターの部屋付近、地下倉庫の倉庫番だけのはずです」
「ふむ……では、入り次第薬の確保をして、それからマスターの身柄を拘束いたしましょう。あくまでも拘束です、殺してはいけません。彼には密輸のルートを割っていただかねばなりませんので」
(グレル以外に俺の暗殺を指示していないかも吐かせたいからな……)
俺の提案に、クラウスが挙手をする。
「宰相殿、何故違法薬物を確保するのですか?危険物であれば二度と誰の手にも渡らぬように、私が倉庫ごと破壊致しますが……」
「クラウス団長の気持ちはわかりますが、薬は中毒者の更生をさせるために必要なのです。依存の元となる成分を分析し、可能であれば治療薬を作る。そうすれば、グレルもライラ様のお菓子に頼らなくてもよくなりますので」
「――っ!」
その答えに悲しげな顔をするグレル。どうやらもうお菓子を食べれなくなるのはイヤらしい。俺は呑気な様子にため息を吐く。
「グレル?別にお菓子を食べてはいけないと言っているのではありません。治療薬ができるのならそれに越したことはないでしょう?ライラ様だって、いつまでもあなたの背をさするわけにはいかないのですから。八十過ぎのお婆さんになるまでライラ様の世話になるおつもりですか?」
「それは、そうですけど……」
「まぁまぁ、ユウヤ。いいじゃない?私は妹ができたみたいで嬉しいのよ?治療薬ができても一緒にお菓子を作ればいい。ただそれだけよ?ね、グレル?」
「ライラ様がそう言ってくれるなら……グレルはいいです」
『ふふ……』と照れ臭そうに笑うグレルににっこりと微笑むライラ。俺はこれ以上空気が緩む前に、と扉に手をかけた。
「では、異存がなければ扉を開けます――」
「待って!」
俺を止めたのは、グレルだった。
「グレルにいい考えがあります」
「なんです?」
「最初にグレルの部屋に寄ってもいいですか?そこにはグレルのメイド服があるので、着替えてから倉庫に向かえば顔パスができます。倉庫番のおじちゃんとはオトモダチなので。ただ、目が悪いのでメイド服を着ないとわかってもらえないのです」
「なるほど。では、それでいきましょう。いくらクラウス団長が強くとも、なるべく戦闘回数は少ない方がいい」
「そうね!」
「お気遣いいただきありがとうございます」
「では、よろしいですね?」
こくり。
俺は全員の首肯を確認して玄関の戸を開く。まず見えたのは吹き抜けのホール。天窓から差し込む月明りに照らされて、異様な静けさを放っていた。
(人が少ないのは本当のようだな……)
安堵しつつ足を踏み入れ、『こっちです』と言うグレルの後に続く。さっきまでは鈴虫の声が大きくてわからなかったが、こうして屋内に入るとクラウスの鎧が歩くたびにガッシャンガッシャンと音を立ててうるさい。
――と思っていたのは俺だけではなかったようだ。一階にあるグレルの部屋に入る直前、俺達は異音を聞きつけてやってきた衛兵に見つかった。
「何者だ!」
「「「「――っ!?」」」」
「そこで何をしている!」
(やば――)
驚いたのも束の間。すぐさまクラウスが剣を抜いて立ちはだかる。
「宰相殿!おふたりを連れて部屋へ!」
「ですが……!」
「来たのはたったの二名です。すぐに追いつきます!」
(たしかにクラウスなら簡単に突破できるかもしれない。だが、戦闘の音を聞きつけて増援が来たら?ライラは先日力を使い過ぎたせいで『神聖魔法』はまだ使えないし、こっちの戦力はクラウスのみ。万一クラウスが倒れたら俺達全員揃ってお陀仏……)
「くっ……」
俺は悩んだ末、ライラをクラウス側に残すことにした。
「ライラ様、クラウス団長に何かあっては計画が総崩れです。治癒魔法でサポートして差し上げてください」
「いいけど……ユウヤ達は?」
「着替えてしまえばグレルの顔見知りは躱せます。急ぎ倉庫へ向かい、そのままマスターの元へ――」
言いかけていると、臨戦態勢のクラウスが声をあげる。
「でしたら、私はライラ様をお守りしつつ広間へ移動致しますので衛兵をそちらへ集めてください。全て引き受けましょう」
「クラウス団長!?いくらなんでもそれは――」
「グレル嬢は館の主と直接決着をつけたいとお思いでしょう。なればこそ、その願いを叶えるのも騎士の務め。元従業員であるグレル嬢が『広間に曲者が!』と叫べば衛兵は皆そちらに向かいます。宰相殿とグレル嬢はその隙に手薄になった主の元へ」
真っ直ぐなクラウスの瞳を見たライラも、横に並び立って首肯した。
「私だって腐っても聖女。いくらマナが減っていても治癒魔法なら使えます。だから、ユウヤはグレルちゃんと行って?」
「「ライラ様……」」
「行こう、ご主人様!マスターならきっと今頃自室でメイド長とよろしくヤってるから、チャンスだよ!すっ裸で丸腰の間にボコボコにしてやる!」
その言葉に、クラウスが激昂する。
「なんだと!?妻というものがありながらそのような……!」
「だって、マスターは若いメイドが好き――」
「不届き者が!全世界の妻に死して詫びろ!!」
「いや、生け捕りにしてくださいよ……」
なんだかよくわからないが、クラウスの戦闘力が目に見えて向上した。その瞳には、確かに『闇属性』が宿っている。闇属性なのか、病み属性なのかは知らないが。
「宰相殿。今回は生かして捕らえますが、尋問はお任せいただいてもよろしいですか?必ずや全てを吐かせてみせますので」
「あ、ああ……お好きにどうぞ……」
「さ、こっちだよご主人様!」
俺は無敵の愛妻オーラを纏ったクラウス達と一旦別れ、グレルの私室まで駆け抜けた。バァンッ!と勢いよく扉を開けるとおもむろに服を脱ぎ始めるグレル。
(ちょ……)
ノーインフォメーションで全裸はやめてくれ。
いくら見慣れている俺でも、ライラ以外の裸など見たことな――リリスはいいんだ。あいつは隙あらば脱いでるからノーカウント。とはいえ、思わず視線が泳ぐ。
そんな俺のことなど気にもせず、グレルちゃんの生着替え本邦初公開。
あれよという間に白い肌が露になって、シンプルなデザインの下着の上からメイド服をてきぱきと着こなしていく。背中のファスナーを腰のくびれから肩甲骨あたりまでシャッ!と締めると、薄暗い室内でぼんやりと光る銀髪をふんわりと手で払って整えた。
こうして見るとそのメイド服は胸元も結構開いているデザインでちょっとキワドい。さすがはメイド長とねんごろするような趣味をお持ちなマスターのチョイスだ。メイド服に対する邪なこだわりがデザインにあらわれている。
あまりに無防備なその姿に少々動揺していると、ガーターを装着し終えたグレルがミニスカをフリっと翻して俺の手を掴んだ。
「変身完了~!行くよ、ご主人様!広間を迂回する倉庫への道はこっち!」
「ああ……よく似合ってますよ……」
流されるままにそうとしか言えない俺はもはや為すすべなく倉庫へと引っ張られる。すれ違う衛兵に『広間に曲者が!』と言いながら駆け抜けると、グレルと共にいる俺の存在は一瞬で掻き消えた。
地下一階の倉庫を計画通り難なく顔パスでクリアした俺達は、入手した薬をアタッシュケースに入れ、倉庫番のおじちゃんに『上で暴れてる曲者がヤバイから逃げた方がいいよ』とだけ忠告してマスターの元へ急ぐ。その道中、『イイもの』を見つけた俺はポケットにソレを潜ませてグレルの後に続いた。
「死に晒してください!マスター!」
バンッ!
勢いよく扉を開くと、そこではいかにも成金ぽい小太りなおっさんが十歳くらい年下のメイドとよろしくヤッていた。キワドいメイド服の女と、着衣のままで。
「「――っ!?」」
怒りに満ちたグレルとぴんぴんしている俺の顔を見て、おっさんの上気した頬がみるみるうちに青ざめる。
「グレル!?どうしてここに……!」
「どうしてもこうしても、僕がここに居るんですからもうおわかりでしょう?」
『ハッ』と鼻で笑うと、おっさんの顔は再び青から赤に変わる。まったく、開かずの踏切かって話だ。
「――っ!裏切ったな、グレルぅうう!!もういい、あいつは用済みだ!やってしまえ、ミランダ!」
「はぁ~い」
乱れきった半裸のノーパンメイド長は、ゆらりと身を起こすと枕元の引き出しから短剣を取り出した。
「「――っ!?」」
「おい、すっ裸で丸腰をボコボコにするんじゃなかったのか!?」
「知らないよ!マスターの部屋の引き出しなんて開けたことないもん!」
焦るあまりに素が出る俺と、窮地に動揺を隠しきれないグレル。その様子から、ミランダがそれなりに『できる』メイドであることが理解できる。だが……
黒い巻き毛の髪を揺らしてミランダがナイフを振りかぶったその時。俺の脳裏によぎったのはクラウスの言葉だった。
『グレル嬢は館の主と直接決着をつけたいとお思いでしょう。なればこそ、その願いを叶えるのも騎士の務め――』
(だったら……コレはグレルに持たせた方が――)
俺はポケットに潜ませていたハンカチを取り出すとグレルに強引に握らせる。
「ご主人様、これは?」
「クロロホルムを染み込ませたハンカチです。これを嗅がせれば人間は気絶します。気が済むまで殴った後はこれを」
「……いいの?これ、ご主人様の秘密兵器なんじゃ……」
「構いません。あなたに何かあってはこの場を任せてくれたクラウス団長に示しが付かない。僕はあのミランダとかいうBBAメイドを引き付けますので、団長達のいる広間で合流しましょう」
そう言って、俺はポケットからスマホを取り出した。モニカちゃんに頼んで得体の知れない雷の精霊石パワーで充電してもらっていた秘密兵器。俺はフラッシュをMAXでたきながら連射モードで鬱陶しい音を響かせた。
――カシャシャシャシャシャシャ……!
(さぁ、この得も言われぬ不快感をとくと味わえ……!)
「おい!垂れ乳年増メイド!そのみじめな姿を衆目に晒されたくなければこれを奪い返してみろ!」
「あぁん!?だぁれが垂れ乳ですって!?!?」
やはり女は垂れるのが嫌らしい。想像通り、ミランダはナイフを片手に悪鬼の如く俺を追ってきた。すぐさま部屋を出て広間を目指す。
「グレル!くれぐれも殺さないでくださいよ!」
「イエス、マイロード!」
文字通り丸腰全裸のおっさんにハンカチ片手に掴みかかるグレル。
「これでも喰らえ!糞マスター!!」
――次の瞬間。
パァンッ!
気持ちのいいストレートを決めたグレルを見届け、俺は広間への階段を駆け下りていく。すると――
――ヒュッ。
ナイフが頬をかすめた。
「――っ!?」
「あんたみたいな非力なガキ、刻んでスープに入れてあげるわ?」
手すりを滑走するBBAと目が合う。
(こいつ……デキる!)
グレルと違って、暗殺も経験済なイカレた目。恥も外聞も無く金持ちの後妻業――遺産を狙っているだけのことはある。直接対峙した中では一番のワルだ!
「死ね!」
「――っ!?」
(くそ、広間まであと少しなのに……!)
俺は避けた拍子にバランスを崩して階段の踊り場に転がった。その喉元に突き刺そうと迫る短剣を、コートの袖に突き刺して受け止める。
「くっ……!」
「バイバイ?グレルの仕留め損ねちゃん?」
(もはや……相討ち覚悟でいくしかないのか?)
護身用の短剣に手を伸ばして鞘を抜こうとした瞬間、黒い影が目の前を横切った。
「にゃう!!」
「はぁッ!?」
(なっ――)
「レオンハルト!?どうしてここに!?」
俺の窮地を救ったのは、一匹の猫。
『ねぇ。この子、名前はなんていうの?』
昼間にライラと共に戯れたときに付けた名前は『レオンハルト』。
路地裏で鳴くその姿に己を重ね、もう誰にもいじめられないようにと、できる限り強そうな名前を付けてやったのを思い出す。
その名に恥じぬ勇猛果敢な姿に、感動で涙が出そうになる。
「危ないから下がれ!そいつは危険だ!」
「しゃぁ!んにゃ!ふぎゃう!」
「ちょ、ヤダ……!なによこいつ!?」
レオンハルトは俺の制止も聞かずに頭にしがみついてがじがじと引っ掻き、齧る。まさかの伏兵に混乱するミランダはナイフを訳の分からない方向に振り回していた。
「――っ!」
俺は傷つくのを覚悟でその腕からナイフを奪い取り、足もとを払って階段から転げ落ちさせた。俺より一足先に広間に辿り着くミランダ。俺は声を張りあげた。
「クラウス団長!今です!一掃してください!!ライラ様は僕にバリアを!」
ライラを背後に庇うようにして十人以上の衛兵を相手取っていたクラウスは、その声を聞いて剣を天高く構えた。
「クラウス・フォン・シュヴァリエス・ソルグレイスの名において、伴侶を大切にしない不逞の輩に裁きを下す!平伏し、妻に詫びろ!」
「「「…………!?」」」
クラウスの怒りは館のマスターに向けられている。訳も分からないまま圧に押されて後ずさる衛兵たち。ライラは詠唱して俺を光の防護膜で包む。
「ユウヤ……!――【守護の女神ノ揺り籠】!!」
俺はレオンハルトを抱きかかえ、姿勢を低くして衝撃に備えた。クラウスの鎧の内側から黒い光が眩い輝きを放っていく。クラウスは深く息を吸い込んだ。
「全ての愛すべき夫婦たちに!光あれ!!」
何か――来る。
その空気を肌で感じ取った衛兵らが足元に転がるミランダに気づかずに狼狽える中、クラウスの剣が禍々しい黒い稲妻を纏いながら『闇』に染まっていく……
膨大なエネルギーが一振りの剣に集約し、その力が限界に達したとき。
クラウスは微笑み――叫んだ。
「愛しき妻よ。我が剣が、どうか貴女を守る力とならんことを――」
「――【|妻ルーナに捧げる愛の叫び《ルナティック・ハウル》】!!!!」
「「「――っ!?」」」
「――――――――――――――」
――何も、見えなかった。
只そこにあるのは、一筋の光。
その光が一瞬傍を通り過ぎたかと思うと、真っ黒な衝撃波が視覚と聴覚を覆い尽くす。凄まじい轟音で耳が麻痺していく中で目に映る、スロー再生のような動きで砕けていく衛兵の鎧。砲丸で撃ち抜かれたかの如く壁に叩きつけられるボロボロのメイド。
そして、俺達を包むあたたかい春の日差し。
「…………」
(ライラのバリアが無ければ……死んでいた……)
クラウスの『愛』は、それほどまでに凄まじい破壊力だった。
「がはっ――」
手にした剣を落とすと同時に血を吐き出すクラウス。ライラがすぐさま血管から噴き出す血を止め、痛めた内臓を修復していく。まるで巨大な天狼に引き裂かれたかのような凄まじい傷痕を残し、ただの一撃のもとに屋敷は半壊したのだった。
そしてこの日、西の聖女領には新たな戦力が誕生した。
――【暗黒騎士・クラウス】。
その黒く染まった剣を見て、人は語る。
――悪の宰相が、騎士団長を闇堕ちさせたのだ、と――




