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鏡色した世の中を~ケイコとイスズとミヅキと俺と~  作者: 追粉
27日目。あるいは、薄曇りのある日
83/85

あの世に行き、生まれ変わりを迎えるその時まで、忘れることはないだろう

「本当に、いろいろとあったものだ。なあ、お前さんもそうは思わぬか?」


 しみじみと思いながらで、振り向くことなく問いかける。存在はすでに気配で捉えていた。


「ティーク」


 俺の名を呼ぶのは、ひとりの同業者。若い、を通り越して幼いと言えそうな容貌。表向きにはまだ鏡追いらしいことは何ひとつもこなしてはいないのだが、本人がそうと思い立ち、覚悟を決めた以上、鏡追いであることは誰にも否定出来ぬ。


 もっとも……


 今の(・・)中身はといえば、鏡追いとしてはそれなりの日々を旅の中で暮らしてきた者なのだが。


「呼び名を変えたのか?まあ、それはそれで別段構わぬのだがな、ミヅキよ」

「な、なにを言っているんですか?あたしはミヅキでは――」

「一人称がボロを出しているぞ。ついでにミヅキに対する呼び方でもな」

「……はぁ。やっぱ手強いわこの人」


 本来のそれに戻した口調でそうため息を吐くのは、イスズのフリをしていたミヅキ。


 拙い芝居以前に、雰囲気でわかってはいたのだが、そのあたりは言わぬが花というやつか。


「この世界を救った『太陽の女神』が人を騙すようなことをしていいのか?」


 代わりに別の追撃を仕掛けてやれば、効果は十二分。


「お願いだからそれだけは勘弁してよぉ……」


 泣き言混じりに肩を落とす。


「不本意なふたつ名を押し付けられることの面倒臭さは俺も身に染みているのでな。役に立てるかは怪しいところだが、愚痴を聞くくらいのことはするぞ」


 俺とて、『頭潰し』というふたつ名は望んだものではなかったのだから。


「しょうがなかったってのはわかるつもりだけどさぁ……。おのれぇ……それを差し引いてもイスズ姉さんめぇ……」


 隣に腰を下ろしたミヅキが恨み言を向ける先はイスズ。『太陽の女神』という呼称を考え出した張本人だった。


 では何故に『太陽の女神』なのかといえばそれは、しばらく前へと遡る。


 瓦礫と化した砦跡で意識を失った俺が目を覚ましたのは、そこから5日後のこと、だったらしい。寝かされていたのは宿ではなく、医者の爺様が営む診療所の一室で、その時(かたわ)らに居たのはイスズ。目覚めた俺に対し、真っ先にしてくれやがったことはといえば、口に指をあて、「おとなしくしていてくださいね。素直に従った方が身のためですよ?」などと、耳元でのささやき。


『暗殺者かお前は!』と、叫びそうになるのを抑えるのに苦労させられたものだ。


 面白がっている部分が皆無だったとは思わぬが、無論その行為も理由あってのことではある。


 あの日ユグ山で何が起きたのかを説明をしようにも、俺は簡単には目覚めぬほどに眠りこけ、八頭大蛇に姿を変えたミヅキが外に出るわけにも行かず、イスズはそもそも人として認識されていない。


 となれば残るのはケイコひとりなのだが、そのケイコはアネイカ言語を話せない――ということに表向きはなっている。


 そんなわけで、詳しい話は俺が目を覚ましてからという運びになった。とのことらしい。その際、村の連中に説明するにあたっての口裏合わせも必要だったのだろう。だから俺が目を覚ましたと周囲に気取られぬよう、黙らせたというわけだ。


 そこまではいい。別段構わぬのだが、寝起き早々に俺が吹き込まれたのはイスズが組み上げた筋書きであり、その内容と言うのが――




 おとぎ話のような異世界を舞台に邪神(オウバことクソ虫)と女神が戦いを繰り広げていたのだが、差し違えるような形で互いに深手を負ってしまう。


 そこで悪あがきにと邪神が取った行動は、目についた子供(ケイコ)をさらい、別の世界(この世界)へ逃げ込むというものであり、女神もすぐに後を追った。


 この世界に来た時のはずみでケイコだけが別の場所に辿り着き、女神と邪神がやって来た場所は街道近くの森の中で、そこではひとりの男(ヤーゲことクソ野郎)とひとりの女(ミヅキ)が刺し違え、息絶えた直後。クソ野郎がミヅキを強姦しようとした結果だったとのこと。


 この世界で行動するためには身体が必要だったということもあり、女神はミヅキの遺体に、邪神はクソ野郎の死骸に入り込み、それぞれが行動を開始した。


 邪神がこの村にやって来たのは、失った力を取り戻すため。ユグ山の山頂には異世界へと続く門があり、邪神はそこから引き出した瘴気を取り込んでいた。“魔物化”はその副産物だったのだとか。


 一方で女神がこの村にやって来たのはケイコを保護し、元の世界へ帰すため。


 女神の存在に気付いた邪神は人質とするためにケイコをさらい、砦跡で決戦となった。


 勝利した女神は邪神を完全に消し去ることは出来たが、自身も深手を負い、死に瀕することになった。


 これでは元の世界に帰すことが出来ぬとケイコに詫び、巻き込んでしまったことへの償いとして、最後に残っていた力でケイコに加護を授け、女神は消えていった。




 と、こんなところだった。イスズ曰く『ケイコさんとミヅキさんの立場を守りつつ、現実に辻褄を合わせることを優先しました』とのことだ。


 たしかに、全ての非はクソ虫とクソ野郎へと集まっていた。連中の尊厳であれば、どれだけ踏みにじろうとも心は痛まぬ。むしろ物足りぬとすら思う。


 それに “魔物化”やミヅキが使った治療の“魔法”。尋常ではないほどに強化されてしまったケイコの身体能力などに関してもそれなりの整合性は取れた筋書き。


 そんなわけで、一応は村の連中やハルクたちからもある程度の納得は得ることは出来た。


 そもそもが非常識な事態の連続であったのだから、という側面もあったことだろうが。


 そして、夜空を夕焼けのように染め上げた光に関しては、女神が放った“魔法”ということで通した。その様が太陽さながらだったということで、ミヅキは『太陽の女神』になってしまったというわけだ。


 八頭大蛇は邪神の本性ということにするつもりだったが、姿を見た者が居なかったようなので、その案はお蔵入りになった。というのは余談か。


 ついでに付け加えるなら、俺が寝こけていたのは、邪神の最後の悪あがきからケイコをかばったため、ということになっている。その後に女神が傷だけは治してくれたのだそうな。


 イスズの書いた筋はところどころで俺たち4人だけが知る事実をかすめてもいたのだが、そのあたりは『嘘を信じ込ませるためには、事実を軸として組み立てるべき。というのが基本ですから。大切ですよね、基本って』とのこと。まあそのあたりには俺としても否は無い。


 終わってみれば、クソ虫のせいで失われた唯一がミヅキの人としての姿。けれどそのミヅキが気に病んでいないあたりは俺たち全員にとって救いとなっていた。ミヅキが言うには、それほどまでにケイコの中は居心地がいいらしい。それはそれとして――


「『太陽の女神』なんて柄じゃないってのよ……。そんなこと、ない」


 なおも不貞腐れるミヅキだが、唐突にまとう雰囲気が変わる。


「ケイコか。調子はどうだ?」

「うん。すごく、いい」


 うなずくケイコだが、そこには不機嫌そうな色もにじんでいた。理由は見当が付く。大好きな姉貴分が自身を卑下しているのが気に入らず、黙っていられなかったと。そんなところだろう。


「ミヅキお姉ちゃん、太陽みたいに、明るく、照らして、くれる」


 無論、ミヅキが苔の一種さながらに発光しているわけではない。ミヅキの明るく陽気な気性を好いているという意味だ。


「イスズお姉ちゃんは、月みたいに、優しく、見守って、くれる」


 イスズのことはそう評する。ケイコの性格上、そこに世辞はなく本気でそう思っているはずだ。恐らく今頃は、イスズもミヅキも赤面しながらも、満更ではなさげにしていることだろう。あのふたりはケイコには恐ろしく甘いのだから。親バカならぬ姉バカというやつか。


「私は、今は、まだ、照らして、もらって、いる、だけ。だけど、いつかは、みんなを、支えられる、ように、なりたい」

「そうかい」


 続くのは一種の決意。本気の色が見て取れるそれを茶化そうとは思えなかった。鏡追いになると決めたことにせよ、クソ虫の一件でケイコの中にも変化があったのだろう。今日という日に際した部分もあったのかもしれぬが。


 俺個人の考えとしては、鏡追いという稼業を勧めたくはないのだが……


『聞くところによればティークは鏡追いとして無駄に名が知られているようですからね。道を共にする以上、弟子という体裁を取るのが無難かと』

『あたしもイスズ姉さんも弟子入り経験者なんだしさ、ケイコちゃんも同じでいいんじゃない?まあ、下手すりゃオジサンより強いかもしれないけど?』


 と、姉ふたりに押し切られた感もある。冗談と思えるほどに強化された身体を持った今のケイコは、それだけで相当に強いことは事実なのだが。


 ま、いいけどよ……


 そして俺が、諦観混じりの納得をしていることも事実。


 それはそれと、直接に会話を交わせる日がこうも早くやって来るとは思わなんだ。


 今ケイコが話しているアネイカ言語は、イスズやミヅキに言われるままではなく自身の考えで発しているもの。


 俺が目を覚ますまでには5日もかかったとのことだが、そこからもすでに15日が過ぎていた。原因を断ち切ることは出来たものの、“魔物化”した動物が残っている恐れは十分にあるということで、俺もケイコも、残る鏡追い4人(・・)もまだこの村に滞在していたのだが、その合計20日間。文字通りの意味で付きっきりに、イスズとミヅキが指導をしていたこともあり、拙いながらもケイコはアネイカ言語でのやり取りを身に着けていた。


「クゥレ、ダンナ」

「どうした?」


 それでも、“クゥレ”だけは中々抜けないらしい。もっとも、その程度ならば少々風変わりな口癖のひとつと言ってしまえるだろう。


「私、この、場所で、ダンナに、出会えて、本当に、良かった」

「……そうかい」


 向けられるのはまっすぐな目と言葉。ケイコの純真さは、すっかりと捻くれてしまった俺には時として気恥ずかしさを連れて来る。それでも――


「奇遇だな。俺も、ここでお前さんと出会えた幸運には感謝しているところだ」


 そう思えるのも俺の本心なのだが。


 あの日、大揺れと奇妙な光の後に感じた気配を辿り、この場所でケイコと出会った。大量の蛇共に囲まれていた姿は実に衝撃的であったのだが……


 そのあたりは差し引いたとて思う。俺がこの先どこまで生きられるのかは知らぬが、転機となったその瞬間を死ぬまで……いや、あの世に行き、生まれ変わりを迎えるその時まで、忘れることはないだろう、と。


 だから最後にもう一度だけと、この場に足を運んだ理由の大半は感傷。


「うん!私も、ダンナと、同じ。イスズお姉ちゃんと、ミヅキお姉ちゃんにも、出会えて、よかった。……本当に、ケイコさんのこういうところは、すれてしまった私たちには照れ臭いと言いますか……」


 今度はイスズが現れる。


「ま、そのあたりは追々慣れていくとして……。ねえ、ティーク。私は今、すごく幸せですよ。あなたはどうです?」

「……唐突だな」


 そんなことを問うてくる。ケイコにしてもそうだが、ひとつの区切りとなるであろうこの日に感傷的になっているのは俺だけではなかったということか。


「それでも構いませんので言ってくださいな。言質を取ろうだとか、そういった意図はありませんから」

「そうさな……」


 内面に目を向ければそこには、すぐに目に付く答えがある。


「満たされている、のだろうな。それで?」

「それで?とは?」


 問いに問いを返してくる。


「言質取りでないのならば、どんな思惑があるのかと思ってな」

「ああ、そのことですか。いえね、昔……。前々世でのことをふと思い出したんですよ。人間というのは面白いものでしてね、自分が発した言葉に流されてしまうものらしいんですよ。それが本心であろうとなかろうと、ね」

「……わからぬでもないが」


 戦いに臨む際に「俺は強い!俺は勝つ!」などと自身に言い聞かせることで弱気を振り払うようなものだろう。


「でしょう?だから……あなたを引きずり込んであげようと思いましてね」

「怖い言い回しをしてくれるな」

「ふふ、ある意味では恐ろしいと思いますよ?あなたを(から)めとり、二度と這い上がれないほどに深い深い、幸福という名の沼の底へと沈めていくつもりですし」

「そうかい」


 それはそれで構わぬと割り切る。どうせイスズが本気だったなら、抵抗したところで無意味だろう。


「大した理由ではないんですけどね」


 いたずら小僧のような笑みから一転。真剣でありながら非難がましくもあるそれに表情を切り替える。


「バレていない、とでも思っていましたか?」

「……何のことだ?」


 見透かされたような気がした。少なくとも上っ面だけでは、平然と問い返すことが出来ていたと思うのだが。


「あなたが思い描きやがった、クソたわけたことについてですが?」


 そして今度は満面の笑み。それでも目の奥だけは笑っていなかったが。


「お見通しか」

「ええ。ですがご心配なく。こうしている今もケイコさんとミヅキさんは不思議そうにしていますが、この件はあの世まで持って行くつもりですので。まあ、あなたの態度次第では暴露しますけど。……間違いなくおふたりも怒るでしょうね。怖いですよね?」

「脅すつもりか?」

「はい」


 悪びれる様子もなく。


 間違いない。右腕を失くした俺がひとり隠居を決め込もうと考えたことを見抜いている。


 ま、いいけどよ……


 逆に考えるとしよう。一番の難敵であるイスズへの隠し立ては必要ないのだと。むしろ、俺の態度次第では隠蔽への協力も期待できるのだと。


「旅立ちを前にして、これで心残りのひとつは無くせたのでは?感謝してくれても、いいんですよ?」

「へいへい、どうもありがとうよ」


 口先だけの礼でこの話題は締めさせてもらう。幸いというべきか、手頃な口実も見つかった。


「それはそれと……腹も減って来た。そろそろ村に戻るとしようか」


 感覚的には、昼飯時まであと少しと言ったところ。今から村に向かえばちょうどいいだろう。


「女将の飯もこれで食い納めというのは残念だが……ああ、そういえば」


 ふと思い出すことがあった。


「先ほど、女将となにやらをやっていたようだが?」


 俺が宿を出た時、ケイコの姿は女将と共に厨房にあり、楽し気に話していたことを思い出す。恐らくは食い物に関するなにかしらだったのだろうが。


「ああ。あれはミヅキさんが……っと、代わりますね。せっかくだしさ、転移者転生者の義務を果たそうと思ってさ」

「義務、とな?」


 そんな話は初耳なのだが。


「まあ、義務って言うか“てんぷれ”なんだけどね。ちなみに、あたしが包丁持ったら指を落としちゃいそうだから、作業自体はケイコちゃんにお願いした」

「それはそうだろうな」


 歩くくらいならば、イスズやミヅキでも問題なくこなせる程度には慣れたとのことだが、刃物を使うとなれば話も違ってくるのだろう。


「それで、具体的には何をどうしたと言うんだ?」

「それは見てのお楽しみ、食べてのお楽しみ、と言いたいところだけど……」


 やはり食い物に関することらしい。


「“ぷりん”と“ぽてち”と“まよねーず”をね」


 そうして並べられた単語は例によって、どれもこれも俺の知らぬものばかりだった。

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