叶うことならば、俺もその傍らに身を置きたかったが
「では、手はず通りに」
「心得た。さっさと終わらせるとしようか」
爆発まで残りわずか。最終確認を終え、互いの配置場所に向かう。
散々歓談に興じておいてさっさと、というのはどうなのかとは思わぬでもないのだが、どうせやるのはクソ虫のクソッタレな置き土産を処理するだけのこと。傍迷惑の度合いが常軌を逸しているだけで、ゴミの始末と同じようなものだ。扱いなぞ、その程度にぞんざいでも構うまい。
「ダンナ、ルクレ!」
「ああ、やってくれ」
ケイコに応える。
俺が立つ場所は、“ばくだん”の目の前。至近で見ると醜悪さもひとしおだが、そこは我慢する。
「フォン!」
ケイコの立ち位置は俺の右手後方。機を完全に合わせるために、3つの数を数えるという手法は、この世界でもケイコの世界でもよく使われるものらしい。
「セフィ!」
だから、今ケイコが叫んだのは、ニホン語で1と2を意味する単語――とのことだ。
「キノン!」
そして3つ目。同時にケイコも動く。風切りを伴って投げられた小石は――かつて幾度と向けられたことのある――矢よりもはるかに速い。年端もゆかぬ娘相手に使うのはどうかとも思う言い回しだが――ケイコの剛腕から放たれた小石には、貫く力も桁外れに宿っていたのだろう。吸い込まれるようにして、“ばくだん”へと突き刺さる。
さて、
小石をきっかけとして、“ばくだん”に変化が起きる。
まずは“ばくだん”がある一点へと急速に縮んでいく。なるほど、ミヅキが言っていた通りだ。気を抜いていたなら、消えたようにも見えたことだろう。そして――
来たか!
次の瞬間、俺でも認識できる力の流れ、
ここで!
爆風が発生する。
抑える!
その一点に向けて踏み込み、左右から挟み込むように両手を突き出して。力の流れに入り込み、抑え込む。
両手の間にあるモノは、赤色の光球とでも呼ぶべきか。ひと抱えほどのソレは――差し当たっては――その場に留まっていた。
「ぬ……ぐぅっ……!」
だが俺の口から洩れるのはそんな声。
「どうしました?」
「勢いが強すぎる」
小石を投げてすぐに、ケイコはイスズと交代していた。とっさの対応と言う点では、3人の中でも頭抜けているのがイスズだったから。
持ち前の察しで異常を読み取り、問うてきたイスズに俺が返すのは端的な言葉。
「すぐに手を考えます!」
「速いところ頼む」
やれやれ……悪い予感と言うやつは当たるとやり切れぬな。
何が問題かと言えばそれは、懸念していたことが現実になってしまったということ。
爆風と言う形での力の流れ。その強さは、俺にどうこうできる範疇を超えていたということだ。少しでも抑えを緩めたなら、その瞬間に全てが消し飛びかねぬ。これでは真上どころか、正面に飛ばすことすら出来ぬというもの。
しかも困ったことに、その程度をイスズが想定していなかったはずはなく、その上で――現時点でも――対策無しだということ。
つまるところ、いかにイスズといえどもそう易々と打開策を見つけ出せるのかは、かなり怪しいということだ。
おまけに――
「くっ……、っとと……!」
抑え込めてはいるものの、現状を例えるならば、手綱も鞍も無しで暴れ馬にしがみついているようなもの。
これでは、長くはもたぬな。そう遠くないうちに振り落とされる。
なにか手は無いのか……!?このままでは……
抑えに意識を集中させ、残る部分で思考を回すも、妙案は見つからず。それどころか――
「ぐっ!?」
致命的なヘマをやらかしていたと気付いたのは、痛みをきっかけとして。
爆風を抑えていたのが数秒だったのか、あるいは数分に及んでいたのか、そのあたりはわからぬ。だが、このような切羽詰まった状況でならば当然のように起きることを、俺は見事に失念していた。
額に浮かんだ汗が流れ落ち、右目に入り込む。
それは意識の外側からであり、俺に対しての完全な不意打ちとして成立していた。
結果として、爆風に入り込んでいた手の動きがわずかばかり乱れていたのだろう。
なんの衝撃も、痛みすらも伴わず。一瞬のささやかな熱だけを残して、右の手首から先が跡形もなく消え失せていた。
「……は?」
俺が上げていたのは呆けた声。
本当に、全く。何が起きたのかを理解出来ず、心身の全てを止めてしまっていた。
「ティーク!?」
……っと!いかん!
静止が一瞬で済んだことは幸運だったのか。イスズの――いつになく取り乱した声が逆に、俺の平静を引き戻す。
間に……合えっ!
今にも弾け飛ぼうとする爆風を、再度抑えにかかる。
幸いにも左手は無事。右も、手首から先は感覚が無いとはいえ、言い換えるならそれは、手首までならば動かせるということ。
無論、手首だけで力の流れをどうこうというのは初めての試みだが、迷えるだけの余裕なぞあるはずも無し。
そして――
首の皮一枚は、といったところか。
抑えること自体は成ったのだが、状況は輪をかけて悪化していた。
先ほどに暴れ馬と例えたが、今の状況はと言えばそれは、片腕だけでしがみついているようなもの。
いよいよもって進も退も極まったらしい。
この様では、いつ振り落とされても――全てが吹き飛んでもおかしくはない。
「どうして私は……こんな時に何も……。このままじゃティークが……!」
察し取れてしまったのか、イスズの声にも泣きが混じり始める。希少なことではあるのだろうが、喜ばしいはずもない。
はてさて、ここからどうしたものか……
この状況でも諦観せずにいられるあたりは、溢れんばかりに詰め込まれた心の焼け石が効いているのだろう。俺にしては上出来が過ぎるというもの。
ミヅキの言う“てんぷれ”ではないが、奇跡を頼りに正面に飛ばしてみるか?
それでも思いつくのは、そんな愚にもつかぬ案くらいのもので。
早まるんじゃないぞ?一瞬でも抑えを緩めたらその瞬間に……うん?
そこではたと気付く。ついぞ先ほどに右手が消し飛んだ時。俺は完全に呆け、抑えまでもを止めてしまっていた。だというのに、何故に俺はまだこうして生きているのか、と。
理由がどうであれそれは、俺にとって都合のいい展開であったことには違いない。
上手く運んでいる時にこそ、その理由に目を向けろ。
遠い日、ケイトから学んだことであり、俺を今日までに幾度と生き残らせてくれた一因でもあった思考方だ。
無論、的外れとなる見込みもある。そうなれば残されたわずかな時間を浪費することになるのだろうが……
信じたからな。
無責任な信頼を託すのは、その先に光明があるのだと告げてくる俺の勘へと。50年の鏡追い暮らしで研ぎ澄まされてきた――のだと思うことにして。
まずは――わずかな瞬間でも抑えを緩めたならそこで全てが消し飛ぶという俺の見立てが誤解だったのだとは、まったく思えぬ。俺自身、力の流れを注意深く観察してきたつもりであり、その上でそう判断したのだから。仮にその判断が間違っていたのならばお笑い種なのだろうが。だからといって、このまま無策で正面に飛ばそうとはまるで思えぬ。
次に考えるのは、あの瞬間に何かしらの理由で、爆風を成す力の流れが止まっていたのではなかろうか、というもの。
思い返してみれば、俺が我に返り、再度の抑えにかかった際に感じた力の流れは、一度止まったものが再び動き出そうとしているのだと、そんな印象があった。
では、何故にそうなったのかという話になるのだが……
その前後で起きたことと言えば、俺の右手が消し飛んだことくらいのもの。
この大陸を消し飛ばしても余りあるほどの膨大な力が、果たして俺の片手を消し飛ばしたくらいで一瞬とはいえ止まるものだろうか?
そこに理由があるとしたらそれは――
右の手首に目をやる。今更ながらに気が付いたのだが、結構な勢いで血が流れ落ちていた。
止血は後でイスズかミヅキに頼むとしよう。まあ、今はどうでもいいこと。それよりも重要なことは――
これは……ひょっとしたら、ひょっとするやもしれぬな。
奇跡頼みではない打開策が見えたということ。幻かどうかまでは知らぬが、何も掴めずにいるよりも状況が悪くなるということはあるまいて。
だが……
イスズ、ケイコ、ミヅキの未来を繋ぎ止める可能性が見えたことに高揚するその一方で、一抹の寂しさもある。
3人の旅路はきっと、さぞや愉快なものになることだろう。旅慣れたミヅキに加え、味方であれば心強いことこの上なしのイスズがいて、行く先々で出会う蛇共も味方するであろうことを思えば、ケイコもよろしくやって行けるはずだ。
叶うことならば、俺もその傍らに身を置きたかったが。
ま、いいけどよ……
諦観慣れも時に役立つのか、いつも口癖ひとつで胸中の整理はついてしまう。
「イスズよ」
「ごめんなさい」
感傷に浸るのは後回しでもいいだろう。今やらねばならぬのは“ばくだん”の始末。だから声をかければ返ってくるのは、どこか弱々しくもあり、なんとも申し訳のなさげな言葉。
「そうかい」
こんな時だというのにその返答を痛快と感じてしまうのは、思考でイスズに先んずることが出来たからなのか。思えば昔からずっと、思考の先回しでは負け越していたのだから。最後にいい思い出が出来たというものだ。
「イスズ、ケイコ、ミヅキ。俺の方では少しばかり思うところがあるのでな。これから最後の悪あがきを始めるぞ」
「ティーク……!?何か手があるんですね!?」
「ああ。一応は、な」
俺自身、上手く行くかどうかは怪しいと思っている。そして、現状では最もマシではなかろうかとも思う。
「まあそんなわけでな。上手く行きましたなら、その時は拍手喝采を願おうか」
「わかりました。どうか……」
さて……やるか!
俺が試みるのは、別に大したことではない。先ほどは偶然に起きた力の流れの静止を、今度は意図して引き起こそうというだけのこと。
先ほどに消し飛んだ右手は、力の流れに入り込んでいた。言い換えるならそれは、力の一部と化していたということ。ソレが消し飛んだから、一時的にであれ、力の流れ自体が完全に止まった。というのが俺の思い付いた理屈だ。我ながら無茶苦茶な理屈とは思う。だからこそ成功するかも怪しいのだが。
ま、いいけどよ……
今更四の五のは抜きだ。どの道、他にこの場を切り抜ける術は思い付かぬのだから。
手首から先が無くなった右手に目を向ける。
こうなった以上、今更惜しむことでもあるまいな。この際だ、ケチ臭いことは言わぬ。残る全て、くれてやるぞ!
本能から来るのであろう躊躇いをねじ伏せ、勢いのままに右腕を“ばくだん”に向けて突き出せば――
痛みを感じる暇も無かったということか。なんとも妙な気分だが……
先ほどと同じようにして、肩の近くまでが瞬時に消え飛ぶ。そして――
やれやれ、上手く行ってひと安心といったところか。
不安はあったが結果は良好。これまた先ほどと同じように、力の流れが完全に止まっていた。
思えば先ほどの俺は、降って湧いた好機だったというのに呆けて見過ごした間抜けだったわけだが、さすがに二度続けて同じヘマをやらかすような大間抜けではない――つもり。
早々に次の行動に移る。
このまま正面に飛ばしてもいいのだろうが……
その場合、この先にあるどこかに被害が出るやもしれぬな。
ここがそれなりの高地であるとはいえ、それはそれで後味が悪い。それに――
いつかケイコたちが足を運ぶかもしれぬ名所がこの先にあったなら、それこそ目も当てられぬ。
状況に余裕が出来たからなのか、そんな色気まで抱いてしまう。
ま、いいけどよ……
どの道この“ばくだん”を始末出来ることに変わりはないのだ。ならば、残せるだけのものをあいつらに残してやるとしようか。
だから、爆風を飛ばす先は正面ではなく真上。
「よっこらぁ……」
残る左手を真下に回り込ませる。力の流れが動き出したのはこの時。だがもう遅い。
「せえええええええいっ!」
掛け声とともに、ありったけの力を込めて、空の彼方に向けて爆風を飛ばす。
勢い余って背中から地面に倒れ込んだ俺の目に映ったのは、どこまでもそびえ立つような、赤い光の柱。
そして、夕焼けのように染め上げられた夜更けの景色だった。
「はは、恐れ入ったか……」
半ば無意識に口をついた言葉は誰に向けてだったのか。
ま、いいけどよ……
兎にも角にもはっきりしていたのは、あのクソ虫野郎にこれ以上何かを奪わせずに済んだということ。俺にしては出来すぎるほどに出来すぎた結末だということだった。




