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続きは、また明日にでもやればいいのだから

 あの3人と共にあの世へ逝けるのであれば、それはそれで悪くないことだろうからな。……いや待て!


 ごく自然に無意識の中から浮かんできた発想に怖気が走る。


 俺は今、なにを考えていた!?


 今この瞬間にも、あの“ばくだん”をどうにかするためにイスズもケイコもミヅキも、必死になっているというのに。


 そんな中で、あいつらが揃って死んでもそれはそれで悪くない……だと!?


 本当に俺は、どこまで見下げ果てた男なのやら……


 顔を上げようと思い立ったつもりではいたが、ずっと投げやりに生きてきた代償というやつは俺が思う以上に大きかったらしい。


 腑抜けきった思考をやらかした理由自体には見当が付いていた。


 この40年間を共に生きてきた諦観は、心の奥底にまで入り込んでいたのだろう。だから、ふとした拍子に顔を出す。


 無論、自業自得以外の何物でもないのだろうが。


 止めだ止めだ!


 頭を振って余計な思考を振り払う。


 ここでクサクサしていてもどうにもならぬ。今俺がすべきは“ばくだん”への対処であり、そのために心身の状態を万全にすること。


「ふぅ……」


 吸った息を吐き出す。下らぬことに気を取られている場合ではない。萎えかけた心を奮い立たせ、乱れた思考を冷まさねば……うん?


 不意に、感じるものがあった。


 この雰囲気は……イスズか。


 それは衣服越しに伝わるほのかな暖かさであり、ささやかな重さ。


 どうやらイスズが、背中を預けるようにして座っていたらしい。


「ねぇ、ティーク」


 こちらから問うよりも先にかけてくるのは、静かで穏やかで――いつになく優し気な声。


「私は、幸せですね」

「……急にどうした?」


 この切羽詰まった状況で言われても返事に困るのだが。


「だって、あなたと再会を果たして、こうして言葉を交わせているんですよ。それに、私を姉と慕ってくれる可愛い妹分がふたりも出来た」

「後半に関しては否定せぬが」


 ミヅキの方は少々困った部分もあるが、どちらも気のいい娘には違いないことだろう。


「だから、ね……。そんな、大好きな3人と共に終われるのなら、今生がここで終わったとしても、悔いはありません」


 そして穏やかなままに告げるのは、今しがたに俺が思ってしまったものとよく似ていた。


「ふふ、次にあの世に行ったらどうやって過ごしましょうか?無理をしてこの世に戻る理由はもうすぐ消えますからね。いっちょ好き放題に快楽を(むさぼ)ってやりましょうかね」


 やれやれ……


 ため息は胸中だけに留めておく。


 本当に、つくづく、どこまでも果てしなく、情けないことだ。


「今のティークに抱いてもらうのもいいかもしれま――」

「イスズよ」


 戯言を遮る。これ以上続けさせるのも気分が悪い。


「……あまり舐めてはくれるなよ?」


 何を言うべきか。少しばかり悩んだ末に俺が選んだのは虚勢。阿呆な考えをやらかしたばかりの俺にそれを言う資格があるとも思えぬのだが。


「ごめんなさい。少し、悪趣味が過ぎましたね」

「ああ。まったくだ」


 それでもイスズはすぐに非を認め、詫びの言葉を返してくる。


 俺ならばまだしも、あのような諦観がイスズの本心であるはずがなかった。


 どうせイスズのこと。俺の奇行から原因に見当を付け、試すように探りを入れてきたに違いない。


「だが、謝罪には及ばぬよ。お前の危惧(きぐ)は正しかった」

「正しい、ではなくて正しかった、ですね?」

「ああ。正しかった」

「……少し、残念でもありますね。一度くらいは、へしょげているティークのケツを蹴り飛ばすってこと、やってみたかったんですけど」

「そうかい」


 イスズの懸念(けねん)が的中していたことは、一応は過去形だ。自力で諦観を振り払うことは出来たのだから。まあこのあたりは些末(さまつ)な見栄でもあるのだが。


「でもね、ティーク。今この場に居合わせられていること。そこに幸運を感じているのは本当ですよ」

「……何故にそう思う?」


 口先だけの諦め以外には、その根拠は見当たらぬのだが。


「40年前。私とあなたの道が別れた日のことは、今でも覚えていますよね?」


 問いかけへの返答代わりなのか、唐突にそんなことを言い出す。


 「覚えていますか?」ではなくて「覚えていますよね?」と来たか。


「無論だとも」


 まあ、忘れたくとも忘れられぬ記憶というやつだ。死ぬまで……いや、イスズから聞かされた話。あの世にまつわるあれやこれやを踏まえたならば、死んでも忘れることは叶わぬのだろう。


 結局俺は、何もしてやることは――


「あなたが何も出来なかった、とは思っていませんよ。少なくともあなたのおかげで、私――ケイトは幸せな気持ちで終わりを迎えることが出来たのだから」


 こちらの思考を遮るように言葉を被せてくる。


「でも、あなたの心には深い傷を負わせる結果になってしまった。あなたの自己評価が低いこと。あなたの中に諦観が染み付いていること。どちらも元凶は私。これって、私の思い上がりですかね?」

「……嫌な聞き方をしてくれる」


 そう問われては、肯定も否定もやりづらい。


 肯定すれば非の在りどころをイスズに求めることになる。否定したならばそれは、俺にとってケイトの存在が些末だったと認めてしまうことになる。


「ええ。わざとですから」


 そんな葛藤も織り込み済みと言わんばかりに、涼しげに言ってくれる。


「まあそのあたりはさて置きましょうか。ともあれ、こうしている今も、死が私に近づいている。これは事実ですよね?」

「あ、ああ」


 妙な方向へと話が飛んだが、そこは変わっていない。


「あの日のように、ね?」


 意味ありげにそんな風につなげる。背中合わせで見えぬというのに、悪戯を仕掛ける悪ガキさながらの表情が脳裏に浮かんだ。


「今この時はあの日の再現。かつてのあなたはここで私の死を覆す手段を持たず、私を失い、心に深い傷を負った。でも今は違う」


 芝居なのか素なのか、イスズの声が熱を帯びていく。


「これからあなたは、クソッタレな過去を踏みつけて、乗り越える。そんな、最高に素敵な瞬間を間近で見ることが出来るんですよ?ね、私は幸せ者でしょう?」

「……そうかい」


 言わんとすることは理解出来た。イスズらしからぬ強引な解釈だが、いくらかの筋は通っているのだろう。


 ま、いいけどよ……


 それに結果として、話す内に頭には冷水を浴びせられ、心には焼けた石を放り込まれたような気分。これならば、肝心の作業にも支障をきたすことにはならぬだろう。


「ところでさ、オジサン」


 だからせめてもの礼くらいはと、そう思っていたのだが、早々とイスズは引っ込んでしまったらしい。代わりに出てきたのはミヅキ。


「昨日話したことなんだけどさ、覚えてるでしょ?」

「だからイスズと言いお前さんと言い、なんだって唐突な話を……」

「なにさ。イスズ姉さんの話は聞けてもあたしの話は聞けないっての?」

「質の悪い酔っ払いか?ま、いいけどよ……」


 まだ時間に余裕はあるということなのだろう。であれば、少しくらいは付き合うとしようか。


「それで、昨日の話とは?」

「だから昨日話したことなんだけど、もしかして忘れちゃった?」

「ひと言で昨日の話と言うがな、昨日も相当にいろいろとあったのではなかろうかな。果たしてお前さんが言いたいのはどの話に関してなのかと思ってな」


 昨日やったことはと言えば大まかには、ケイコとミヅキを伴って砦跡に向かい、宿に戻って寝たくらいのもの。


 だが現実には砦跡でも、帰り道でも、宿に戻ってからも、少なくない出来事があった。


「……それもそっか。あたしが言いたいのはさ、この世界そのものがミキオの生きた証なんじゃないか、って話」

「そのことならば覚えている」


 夜更けの食堂で、ミヅキとふたりだけで交わしたことだ。


「それは何より。オジサンには否定されちゃったけどさ、やっぱりあたしとしては思いたいわけよ。この世界がミキオの生きた証なんだ、って」

「そうかい」


 ミヅキがそう思いたいのであれば、わざわざ反論しようとも思わぬ。俺の勝手な考えを押し付けることもないだろう。


「けどさ、繫ぎ屋くらい創大なのはともかくとしても……生きた証ってのは、実はそこかしこに転がってるんじゃないかなぁ、とも思うのよ」

「……というと?」

「例えばさ、今日の昼飯の後でケイコちゃんは女将サンの手伝いしてたでしょ?」

「ああ」


 たしか、ケイコを宿に残して行ったのは、そのあたりが理由だったはずだ。


「それだって、ケイコちゃんが生きた証のひとつではあるわけよ」

「面白い考えだ」


 口先ではなく、本気で思う。


 大なり小なりはあるのだろうが、なるほど。確かに、成してきたひとつひとつ、そのすべてが生きた証だという考え方もあるのだろう。


「で、急に話変えて悪いんだけどさ、さっきケイコちゃんとイスズ姉さんと蛇たちであの寄生虫野郎を袋叩きにしたらしいのよ」

「……本当に唐突だな」


 感心した矢先にそんなことを言い出す。


 先ほど、イスズがケイコの中に入った後のことだろう。たしかにイスズや蛇共は、あのクソ虫に対しては怒り心頭――それこそ、殺しても飽き足りぬほどに立腹していたことだろう。ケイコとて、相当に怒っていたことには疑いの余地はない。


「ホントはあたしも参加したかったんだけどね……」


 ミヅキが参加しなかった――参加出来なかった理由。それは、俺の治療を優先したから、だろうかな。


「別にオジサンを恨むつもりは無いよ。かなり危険な状態だったわけだし、それを放置して死なせちゃった、なんて笑い話にもならないからね。もう少し軽傷だったらあたしもあの野郎を八つ裂きにしてやれたんだけど……」

「済まぬな」


 我ながら無茶をしたものだとは、今更ながらに思う。


「だからオジサンは悪くないってばさ。ただそれでもさ、あの野郎の不細工なツラに一発思いっきり食らわせてやりたかったとも思うわけよ。正直、少しもやもやしてる」

「わからぬでもないがな。それはそれと、あのクソ虫は不細工だったのか?」

「イスズ姉さんが言うにはね。ブクブクと膨れ上がった不潔そうな奴だったってさ。違和感無いって言うか、あたしが抱いてた印象通りでもあるね」

「……そうかい」


 外見で人をどうこうと言うのも問題とは思うが、確かに俺としても、あのクソ虫が整った容貌の持ち主とは思いたくはない。


「その薄汚いツラ、苦痛で歪めてやりたかったんだけどねぇ……」

「そうかい」


 似たような感情は俺の中にもある。だが実際に憂さを晴らそうにも……


 クソ虫の成れの果てを見る。あの肉塊の醜悪さも、本来のクソ虫とは似ているのかもしれぬが……。ともあれ、代わりに殴ってやりたいとは思わないでもないのだが、当然ながら出来ようはずもない。


「あの“ばくだん”をぶん殴るわけにも行かないからねぇ……」

「だろうな」


 ミヅキも同じことを考えていたらしい。


「で、話を戻すけどさ、最後の悪あがきってのも、生きた証のひとつ……最後に残す生きた証、ってことになると思うわけよ」

「……なるほど、そう繋がるというわけか」


 だから、生きた証が云々という話を持ち出してきたのか。


「だからさ、あの寄生虫野郎が最後に残そうとしてる生きた証がドチャクソに踏みにじられる光景を見たいなぁ、って思うわけよ。そしたら、少しは腹立ちも紛れるだろうからさ」

「かもしれぬな」


 不十分ではあるかもしれぬが、いくらかの溜飲が下がることには違いないだろう。そしてミヅキの言う「寄生虫野郎が最後に残そうとしてる生きた証がドチャクソに踏みにじられる」が何を意味するかと言えばそれは――


「ね?可愛い姪っ子のお願い、聞いてくれるでしょ?」


 身内に甘えるような口調で頼み込んでくる。


「……不思議なものだな」

「なにが?」

「ケイコの身体から発せられた甘え声だというのに、お前さんが口に出していると思うと、なぜだか背筋が寒くなる」

「酷っ!?」


 俺としても辛辣なことを言っている自覚はあるのだが、事実なのだから仕方がない。


「ま、いいけどよ……」

「いや!よくないからね!?」

「構わぬだろう。どの道、あの“ばくだん”。クソ虫の悪あがきになぞ、何ひとつとして奪わせてなるものかよと、俺はそう思っているのだからな」


 クソ虫の生きた証を台無しにするというのは、あの“ばくだん”に被害を出させないということ。


「……そこまで言うからには頼んだからね?」

「ああ。言われるまでもなく」


 さて、次はどうなるかな?


 イスズ、ミヅキと立て続けに、一見関係無さそうでありながらその実、俺への激励めいた話をしてきたこと。これもどうせ、イスズの差し金に違いない。


 大方、俺の様を見て「なにやらティークがへしょげているようですし、ここはいっちょ、私たちでケツを蹴飛ばしてあげましょう」とでも言い出したのだろう。ミヅキならば間違いなく、嬉々としてその申し出に乗るはずだ。


 残るひとり。ケイコはどう動くのか。


「……」


 いっそ期待混じりに思うのだが、言葉はやって来ない。雰囲気からして今はケイコであるのだが。


 まあ、厳しいのかもしれぬか。


 年齢を考えても、イスズやミヅキほどに場慣れはしていない。まして、俺に通じる言葉をほとんど使うことが出来ないという不利まで背負っているのだから。


 少し寂しくはあるが、無理強いすることでもあるまいか。


「クゥレ……!ダンナ」

「どうした?」


 そんなことを考えていると、意を決したような声をケイコが発してくる。


「イクス……ミヅキオネエチャン チェノウ イスズオネエチャン チェノウ ダンナ チェノウ セイル チェノウ、メント パズ ルクレ、メント ウトゥラ オフ、タヌ タヌ ネーリヌ ヴィキス ラスナ オゥグ!サイオ……モゥブ!」


 その声色には、どこか恥ずかしそうな色があった。イスズやミヅキほどの思い切りがケイコにあるとは考えにくい。だから、勇気を振り絞ってというやつなのだろう。向き合っていたなら、ケイコは赤面していたに違いない。


 そして――


 背中合わせという形を選んだのも、そのあたりに配慮した結果ということなのだろう。なにせイスズなのだから。


 まあそのあたりはともかくとして、やはり俺ではニホン語はわからない。だがそれでも――


 俺とイスズとミヅキの名が出てきたことと、“オゥグ”という単語。4人での何かを望んでいるのだろう。


「ケイコ」


 そして言葉の意味以上に……いや、言葉が通じないからこそと言うべきか。ケイコの感情は痛いほどに伝わってくる。


 だから返すのは、その望みを受け入れ、果たすために必要なことをこなして見せるという決意を込めた、俺が知るニホン語。


サブートゥ(だいじょうぶだ)

「ダンナ……。ラペット!」


 そうすればケイコも、嬉しそうに肯定をを返してくる。


「さて、ティーク」


 また、雰囲気が変わる。


「どうした?イスズよ」

「今ケイコさんが言ったこと。意味を理解出来たわけではないですよね?」

「ああ。何かを望んでいるというくらいにしかな」

「それだけでも十分ではありますけどね。よければ私の方でアネイカ言語に言い換えましょうか?」

「そうさな……。確かに気になりはするが……今は止めておこうか」

「理由を聞いても?」

「無粋ではなかろうかと思ってな。いつかケイコが自分の口で、あの時はこんなことを言ったのだと教えてくれる日を気長に待つさ」

「なるほど。そういうことでしたら、私からは何も言いません」

「ああ。そうしてくれ」

「それで、ケイコちゃんが言ったことなんだけどね。『私……ミヅキオネエチャンとイスズオネエチャンとダンナとみんなと、いろんなところに行って、いろんなことをして、もっともっとたくさんの景色を見てみたい!だから……お願い!』だってさ」


 その矢先だった。急に表に現れたミヅキが、ケイコの言った意味をしゃべり倒してくれやがったのは。


「……ミヅキよ」

「あっはは~。残念でした」


 少し低く抑えた声を向けてみるも、ミヅキはおどけるように返すのみ。


「オジサンの言い分もわからなくはないけどさ、せっかく頑張って言ったのに、意味が伝わってなかった、ってのも悲しいでしょ?」

「それはそうかもしれぬが……」

「あたしとしてはさ、ケイコちゃんとオジサンのどちらに着くかって二択なら、迷わず前者を選ぶわけよ。イスズ姉さんも同じだってさ」

「そうかい」

「どうせオジサンのことだからとっくに気付いてるんでしょ?あたしたちの企み」

「……そういうことか」


 そういったところまで含めて、イスズが筋を書いていたというわけだ。


 そもそもが、ミヅキが暴露しようとしたところをイスズやケイコが看過するはずがない。例外があるとしたら、全てが筋書き通りだったという展開くらいのものという可能性くらいのもの。


「それで、いかがでしたか?」


 問うてくるのはイスズ。悪戯が成功したと言わんばかりに喜色の乗った声で。


「参った参った。俺の完敗だとも」


 本当に3人揃って見事なまでに、俺の心に大量の焼け石を投げ込んでくれたものだ。これだけの熱があれば少なくとも――“ばくだん”の対処を終えるまでの間くらいは、諦観が顔を出そうとも、即座に焼殺してくれることだろう。


 そして、そんなこいつらとの旅路がたまらなく楽しみとも思えてくる。


 さて、俺はどう返答するべきか。


 素直に礼を言ってもいいのだろうが、これだけの愉快な激励を受けておいてそれでは、あまりにも興覚めというもの。


 しばし考える。何も言ってこないということは、まだ猶予はあるということ。


「なあ、ケイコ、イスズ、ミヅキ」


 そして、返す言葉が決まる。結局はイスズの猿真似になってしまったが、そのあたりは仕方あるまいと諦めて。


「想いのままに、素直なままに」


 旅暮らしをしていれば、今は純真なケイコもそう遠くないうちに擦れていくことだろう。それでも、自身の想いには素直なままであり続けてほしいと、俺は思っている。


「心のままに、求めのままに」


 多分ミヅキは、家を飛び出してから今に至るまで、ずっとそうして生きてきたことだろう。正直なところとしては、羨ましくもあり、妬ましくもある。それでも、願わくばこの先も、そうあり続けてほしいものだとも思う。ほどほどで済むのならば、振り回されるのも悪くないことだろう。


「いつまでも、どこまでも。ただひたすらに面白おかしく」


 かつては10年で別れた俺とケイトの道。永遠にとは叶わぬだろうが、せめてこの先40年は繋ぎ止めたいものだ。そして――そんな年月を振り返り、あの頃はいつだって笑っていられたものだとしみじみ思う日を、いつか迎えたい。


「この命の限りを……好き勝手に生きてやろう」


 俺自身も、そんな生き方をしてみたいと、今は心底に思える。無論、道を外さぬよう、最低限の筋は通すが。


「そうやって歩いていく旅路は、さぞや鮮烈な色をしていることだろうな。その始まりを漫然と迎えたのでは面白みに欠けるというもの。だから前祝い代わりだ。今この場で、ちょっとした座興を披露しよう」

「座興、と言いますと?」

「座興は座興だ。ささやかではあるがな」


 それは――


「イスズよ!お前が求めた瞬間を!」


 俺が過去を踏み越えるところを所望するというのなら、俺の全てを賭して応えて見せようではないか。


「ミヅキよ!お前さんが求めた光景を!」


 あのクソ虫が成そうとしたことを台無しに。気休め程度の気晴らしにはなることだろう。


「ケイコよ!お前さんが求めた景色を!」


 大陸ひとつを消し去るほどの力を空の彼方へ。それはきっと、それなりには希少な場面になるはずだ。


「しかとその目に焼き付けるといい」


 3つまとめて果たせるというのは、実に好都合。


「俺の一世一代というやつだ。二度目は無いのでな。瞬きで見逃したとて、苦情は受け付けぬぞ?」


 そう締めくくり、立ち上がって振り返れば、


「……………………ぷっ!?」


 最初にやって来た反応は、思わず吹き出すような音。


「あっははははははっ!」


 そして、常に悠然としたイスズらしからぬ、こらえ切れぬといった風の、腹の底からの大笑い。


「まったくもうあなたは……どこまで私を楽しませれば気が済むんですか……」

「そうかい。ここは詫びるべきか?あるいは、感謝しろとでも言うべきか?」

「後者に決まっているでしょう。ああもう本当に。これだからあなたの隣は止められないんですよ。必死こいて戻ってきた甲斐がありましたとも」


 イスズが目元を拭う。浮かぶ涙は笑いすぎたからなのか、あるいは他の何かに起因しているのか。


「今更ですけど、流れで言っておきますよ。私の命運、あなたに預けます!」

「ああ、しかと預かろう。返す時に一切の利息は付かぬが、そこは我慢してもらうがな」

「いえいえ、そういうわけには行かせませんとも。まあ、座興の見物料と相殺ということで」

「商談は成立、だな?」

「ええ。さて……」


 言葉を切ったイスズが、握った拳を向けてくる。


「なんだ?」

「いえね、一度くらいあなたともやってみたかったことなんですよ、コレ」

「……ああ、そういうことか」


 それは、鏡追い同士では定番の仕草。そして、知識はあったが、俺としても初めてとなる行為。


 ケイトを失ってからの俺は同業者との関わりまでもを避けており、ある程度マシになる頃には――不本意ながら――悪名が広まってしまっており、やたらと俺を持ち上げる同業者が増えすぎていたからだ。


 そして――師弟、相棒、恋人。そんな関係だったこともあってか、イスズとも交わしたことはなかった。


 そんな感傷とともに、俺も手を握り、軽く拳をぶつけてやる。


 この動作が意味するところは――互いが求めるところを果たすため、互いのすべてを賭するというもの。


「……あのさ、ここまでやっといてしくじったら最高に恥ずかしいからね?」


 代わって現れたミヅキは、からかい混じりに言ってくる。まあ、揶揄(やゆ)は口先だけなのだろうが。


「そうなれば俺は、あの世で悔やみ続けることだろうな。まあ、悔いて生きることに慣れている俺はどうでもいいにせよ、お前さんたちはそうも行くまいよ」

「あたしたち?」

「ああ。お前さんたちのことだ。ここで揃ってあの世に行ったなら『あの時の自分が不甲斐なかったせいで云々』などと悔やみ続けるのではなかろうかな?」


 イスズはもとより、ケイコやミヅキのことも、その程度は理解出来ているつもりだ。


「……たしかに」


 ミヅキも否定はしなかった。


「だろう?さすがにそれは気が乗らぬ。となれば、是が非でも成功させねばならぬというわけだ。どの道、俺とも利害は一致している。それを好都合と呼ぶべきかは知らぬがな」

「あはは、それもそっか。じゃあさ、仕方ないからさ、他に手段が無いからさ」


 そう言って、イスズに(なら)うように拳を差し向け、


「あたしの命運も、託したからね」

「ああ。しかと託された」


 俺も応える。


「……ダンナ」


 そして、代わって現れるケイコ。


「シューム オゥグ!」


 イスズやミヅキと同じく、握り拳を差し出し、言葉は端的にそれだけ。まあ、それでも十分というものか。なんだかんだで数日の付き合い。言葉は通じずとも、そこに宿る感情くらいは見て取れる。


「ああ。任せおくといい」


 だから俺も、同じように応える。


「ラペット!」


 ケイコは鏡追いではないのでは?などいうのは無粋だろう。


「……聞いたところだとイスズ姉さんは初めてらしいし、あたしも、当然ケイコちゃんもコレやるのは初めてなんだよね」


 再び現れたのは、ニヤニヤと笑うミヅキ。


「何が言いたい?」

「立て続けに3人の初めてを奪っちゃうとか……。やーい、オジサンの女ったらし」


 面白がり以外の何物でもないのだろうが、酷い言い方をしてくれる。


 ま、いいけどよ……


「寝言は聞き流すとして……」


 そろそろ頃合い、か。


「時にミヅキよ、そろそろ時間が押しておるのではなかろうかな?」


 なんとも心躍るひと時ではあったが、体感的にはすでに残り10分を切っていた。


「だね。あと5分くらいかな」


 だからそう問えば、すぐさま真剣な表情で答えを返してくる。


「そうかい」


 残り10分で伝えるようにと言っておいたのだが、別段責めようとは思わなかった。結果的にではあれ、今は最高の精神状態というやつだ。


「申し訳ありませんが、妙案を思い描くことは出来ませんでした」

「仕方あるまいな。無いものねだりをしても始まらぬ」


 イスズの詫びにも、思うところはない。この愉快なひと時の中でも、並行して知恵を絞り続けて来たことだろうから。それでも及ばなかったというだけのことだ。


「この流れで、簡単確実な手段を提案出来たらさぞや笑えることになっていたんでしょうけどね」

「たしかにな」


 そうなってはいろいろと台無しになりそうなところだが、笑い話の種にはなったことだろう。


「……名残は尽きぬが」


 こうして興じる歓談は実に楽しいのだが、いつまでもというわけにも行くまいて。


「始めるとしようか」


 続きは、また明日にでもやればいいのだから。

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