この3人と共にあの世へ逝けるのであれば、それはそれで悪くないことだろうからな
「いえ、結果的にではありますが、無駄話ではなかったと思いますよ?」
「……本当に大した奴だよ、お前は」
それだけでも言わんとすることは理解出来た。ミヅキの話を鍵として、何かしらの打開策を用意したということなのだろう。
イスズであれば、その程度は今更驚きに値しない。
まあ、頼り切りというのはどうかとも思わぬではないのだが。
「ただ……」
「ただ?」
言い淀む。
「お恥ずかしい限りなのですが、いくらかの無理は必要になるんです」
「……そうかい」
「あと、結構無茶な話ではないかと」
「…………そうかい」
「それと、はっきり言って無謀ですね」
「……………………そうかい」
そう重ねられるうち、水を差された気分になっていく。
なにせこのイスズ、“魔法”による治療が出来るからとはいえ、腹の中に隠れて機を待ち続けるなどということを平然とやってのける女なのだから。
そのイスズ曰く、無理で無茶で無謀。果たしてどこまで常軌を逸した手なのやら。
ま、いいけどよ……
それでも、このまま座して死を待つよりはマシと言うものか。
「とりあえず、言うだけは言ってみてくれ」
だから聞くことにする。そうしなければ始まりはすまい。
「簡潔に言ってしまえば、爆発で生まれる爆風を全て、空の彼方に飛ばしてしまおうという話です」
「……ミヅキの話から連想したということは理解出来る。だが、具体的にはどうするつもりだ?」
それこそ、“魔法”でもなければ不可能と思えるのだが。
「そこはティークに任せるということで。言っておきますけど、ふざけてはいないつもりですよ?」
「……俺にどうしろと?」
そうは言われても、見当もつかぬ。
「たしかティークは、“魔力”は一切感じ取ることが出来ないのでしたね?」
「ああ」
昨夜には、そんな話もした記憶はある。
「そうなると、“魔力”に干渉することも出来ない、と考えるのが自然ですよね」
「だろうな」
試したことは無かったが、認識も出来ぬものに干渉しろと言われても困るというもの。
「けれど、“魔力”によって生み出された物、あるいは現象に対してはどうです?例えば――」
「……まさかとは思うが」
その考えが頭に浮かんでしまった。たしかに、“魔法”で生じたものであっても力の流れを感じ取ることは出来る。
「爆風とかは?」
やはりそう来たか。
「……つまりお前はこう言いたいわけか?爆風の力の流れに入り込み、向かう先を全方位から真上に変えてしまえと?」
「幸いにもこの場は山の上ですからね。真上が難しいのなら、真正面でも被害は大きく減らせると思いますよ」
補足はされたが、否定はやってこない。つまりはそういうことらしい。
考えてみる。たしかに、爆風も力の流れであることに違いないだろう。“魔力”でないのならば、認識することは出来よう。であれば入り込むことも――少なくとも、不可能と断言は出来そうにない。
問題があるとしたら、そのひとつは、経験の無い試みになるということか。それはそうだろう。爆発なぞ、そうそうお目にかかれるものではないのだから。
「幸いにも、あなたには似たような経験がありますし、ね?」
そんな胸中を見透かすように言い、自身の白い首筋をそっと指先でなぞる。
「……そういうことか」
「ええ、そういうことです。あなたの首に巻き付いていた光輪。私の“魔法”ではどうすることも出来ず。ならばと力任せに押しても、非力な子蛇の身体ではどうにもならなかった」
まあ、そんなお前の感触があったから、あの場で投げ出さずに済んだのだが。
「けれど、文字通りの意味であの瞬間を間近に見ていましたからね。あなたなら、“魔法”で作り出された力の流れを操ることも出来る、と」
言われてみれば、たしかにその通り。あの時は無我夢中だったが、感覚自体は手に残っている。
それでも、問題は他にもある。
例を挙げるなら、放り投げられた小石を受け止めることが出来るからと言って、同じように巨石が飛んで来たらどうなるのか、という話だ。
大陸ひとつを消し飛ばしても余りあるだけの力なぞ、接したことも無い。無論、そんなものがおいそれと在っても困るのだが。
「やれやれ……」
嘆息をひとつ。
「無理を言ってくれる」
「自覚しています」
「無茶な話だ」
「ええ、それはもう」
「無謀以外の何物とも思えぬな」
「存じております」
相槌を打つ声色は、落ち着き払ったもので。喜色がにじんでいるという部分が腹立たしくすらある。なにせそれは――
「だが……」「ですが……」
そら見たことか。俺の応えに重なるように――ではなく、意図的に合わせてくる。
「「出来るわけがあるまいよ、とは言えぬな」」
そして、一字一句も呼気すらも違わぬ言葉を向けてくれやがる。
――わずかながらの可能性はあると俺が感じたこと。それを見抜いてきたという証なのだから。
ああ本当に、お前には敵わぬな。
「現時点では最もマシな選択、なのだろうな」
「ええ」
ため息をひとつ。どの道選択の余地は――現段階では――無さそうか。
「ならば、やってみるとしようか」
「はい」
だからその意を伝えてやれば嬉しそうに――イスズが見せるものとしては比較的珍しい――満面の笑みで頷きやがる。
「では、行動に移りましょう。あの“ばくだん”の中を流れる“魔力”に関して聞いておくべきかと。そのあたりはミヅキさんに」
「わかった」
「仕掛け時は……爆発を待つよりもこちらで任意の機を選んだ方がよさげですね。ケイコさんに小石のひとつも投げつけてもらえば、いつでも爆発は引き起こせます」
「ああ」
「それと、こちらでも引き続き手を考えておきます。より確実そうな方法が見つかったなら、これから始める準備は無駄になってしまいますが、その時は了承してくださいな」
「それこそ願ったりかなったりというもの。不満はあるまいさ」
他にやりようが見つからないから進めるのであって、このような手段なぞ、勘弁願いたい。
「では私はこれにて。ミヅキさんに代わりますね。……やっぱこの人たち、頭おかしいよ」
「まだ言うかお前さんは」
そうして出てきたミヅキは一声から、そんなことを言ってくれやがる。
「だってさ、イスズ姉さんの発案も大概だけど、それを出来るって言えちゃうオジサンって……」
「そうかい。ともあれ、あのけったくそ悪い“ばくだん”に関しての説明を頼む」
「ほいきた。アレの中ではこうしてる今も“魔力”が流れを作ってるね。あたしが見た感じ、規則正しい形で」
呆れ目を向けてくれやがっていたミヅキも、現状は把握していたらしい。すぐに切り替え、必要なことを話す。
「具体的なところはわかるか?」
「うん。あの“ばくだん”を水瓶に見立てると考えやすいと思うんだけどさ、まずてっぺんでぐるぐると渦を巻いてるのよ」
そう言って“ばくだん”の最上部を指差し、
「そこから巻き込まれて行って――」
ゆっくりと下げていた指が途中で止まる。水平、ミヅキの肩あたりの高さで。
「このあたりで一点に集まって、今度は底の方に向けて拡散していく。最後はそのままぐるりと外側を回って浮かび上がって――」
「再び渦に巻き込まれる、ということだな?」
「そういうこと」
だとしたら――
「流れの中心と呼ぶべき箇所があるとしたらそれは――」
「――渦に巻き込まれて集まるところ、だろうね。だから爆発も、その一点から起きるはず」
「なるほど。上下の位置はお前さんの肩あたりのようだが、前後左右は?」
「ど真ん中だね」
「なるほど」
「それと、爆発の瞬間なんだけどね、あの塊全部が流れの中心に引き込まれて……一気に縮む、とでもいえばいいのかな?多分だけど、傍目には一瞬、あの“ばくだん”が消えたようにも見えるんじゃないかなって思う」
「つまるところ、爆発にはそんな前兆があるということか」
ならば、多少はやりやすくなるというものか。
「……ゴメン、今のあたしだとこれくらいが精一杯だわ。少しでも役に立ててればいいんだけど……」
「少しどころとは思わぬがな。爆発の起点がわかったのは、大いに助かるというもの」
「……ありがと」
そう言うミヅキはやけにしおらしい。ミヅキの“魔法”には多大な恩恵を受けてきたのだが、そのあたりは自他ともに認めるものだったらしい。だから、それを無くした反動というものもあるのだろうかな。
そして俺は、そんなミヅキに対して少しばかり苛立ちを感じてもいた。“魔法”だけがお前さんのすべてでもなかろうに、と。
ああ、だからなのか。
不意に理解する。
「ミヅキよ。昨夜お前さんは言っていたな。俺が、自身を過小評価していると。そのことが気に入らぬと」
「はへ……。あ、うん。言った……けど?」
急にどうしたのさ?とでも言いたげな目を向けてくる。
「その言い分には今でも同意出来ぬが、お前さんがそのことに腹を立てていた理由は実感出来た」
好きか嫌いかで二分するならば、俺にとってミヅキは間違いなく前者。そんな奴が自分を卑下するというのは――なるほど、見ていて気分のいいものでもない。
ハルクなどもそうだったが、俺のことを持ち上げようとしていた――ように見えた同業者は過去にも多数居た。あるいは、そいつらもミヅキと同じように思っていたのやもしれぬな。
とはいえ、容易くどうにか出来るものではあるまいか。
ま、いいけどよ……
いつもの言葉が心に浮かぶ。結局俺は、そこへ行きついてしまうらしい。
「……実はオジサンって、結構余裕あったりするの?」
「……ああ、笑っていたのか」
たしかに、口の端が吊り上がっていた。無論それは、苦笑であったわけだが。
「場数踏んでるから度胸もあるってことかな?」
たしかに「今度こそは死ねるかもしれぬな」などと感じ、裏切られたことはこれまででも、両手の指に余る程度にはあったが、
「どうだろうかな?度胸の基準とやらは知らぬのでな」
「そりゃそうだ。けど、こんな時でも変わらないあたりは心強いかな。おかげで、あたしも取り乱さずに済んでるわけだし」
「それは結構なことだ。もっとも、お前さんの度胸も相当なものだとは思うがな」
俺が腹をえぐられて動けずにいる間にクソ虫に立ち向かったこと。自身を八頭大蛇に変えてまで時間を稼ぎ抜いたこと。並の心根で成せるとも思えぬ。
「あはは、オジサンにそう言ってもらえるのは光栄かもね」
そう、おどけるように笑って見せる。やはりミヅキも、それなり以上には肝が据わっているらしい。
取り乱したところで、それが有利に働くことなぞ極めて稀というもの。むしろミヅキが忘我するほどに慌てていたなら、その時点で死が確定していた恐れすらもあったことだろう。
もっとも、イスズがそれを見過ごしたとも思えぬか。言葉巧みに思考を誘導する程度のことは――平時ならともかく――錯乱したミヅキ相手であれば容易いことだろうから。
「けどさ、異世界に転生しただけでもアレだってのに、まさか世界が滅びるその場に居合わせることになろうとはね。よく考えたら、そこまでの流れも含めて“てんぷれ”の中の“てんぷれ”じゃないのさ」
ふむ?
たしかに、現状この世界はクソ虫の悪あがきで滅ぼされる寸前であると言えるのだろうが、それ以上に気にかかったのは――
「“てんぷれ”というのは物語でよくある展開のことだったか?」
「うん。“らすぼす”……もとい、悪の親玉をぶちのめしたはいいけど、『おのれー!こうなったら貴様らも道連れにしてやるぞー!』って感じで」
「……悪党の思考としては自然なのだろうが、せめて物語の中でくらいはそのまま大団円を迎えさせてやれと思うのだが。ままならぬのはこの世の中だけでたくさんではなかろうかな」
「あたしにそう言われてもねぇ……」
「違いない。ちなみにだが、その続きは?」
「……へ?」
「悪の親玉……“らすぼす”というのか?そいつの悪あがきはどんな末路を迎えるのかと聞いている。さすがにそいつの思い通りとあっては物語としての後味も悪かろう。なれば、どう対策をしたのかと思ってな。今を切り抜ける参考になれば儲け物というやつだ」
「えーっと、ね……」
しばし思考を巡らせるように目を閉じ、
「主人公の恋人がどうにかすることが多いかな。『大丈夫!ここは私に任せて!』『まさかお前!?アレをやるつもりか!?駄目だ!そんなことをしたらお前は……』『わかってる!それでも!私はこの世界を!そしてなによりも愛する人を護りたいの!たとえこの命を失っても……』って流れで」
やけにスラスラと例が出てきたのは、ミヅキにとって思い入れの深い物語だったからなのか。
「それで悪あがきを止めてめでたしめでたし、と」
「……どこがめでたい?」
その流れで仮に世界を救えたとしても、肝心の恋人を失っては元も子もあるまいに。
「大体の場合、恋人も助かるから」
「……何故に?」
流れを見るに、死を代償としているようにしか思えぬのだが。
「奇跡が起きるから」
「……おい」
いかに物語とはいえそれはそれでどうなのかとも思う。
「一応、そうなる布石は仕込まれてることが多いから。実際、助かるだろうなって予想出来てても泣けるもんだし。良い物語ってそういうものなんじゃないのかな」
「……そう言われては反論も出来ぬか」
たしかに、奇跡が起きることに十分な説得力があれば、感動と共に受け入れることも出来ようが。ひとつだけ言えるとしたらそれは――
「この場を切り抜ける参考にはならぬということか」
「だね。残念ながら」
「やれやれ……」
「……あ」
そうして肩をすくめていると、不意にミヅキが空を見上げる。
「どうした?」
「たった今、ね……空の穴が完全に閉じたから」
「そうか」
クソ虫もさすがに今頃はあの世生きの川を流れていることだろうし、“魔力”の流れも絶えた今となっては、どうということにもならぬのだろうが――
一連の騒動はクソ虫が空の穴を開けた瞬間から始まったとも言える以上、これがひとつの区切りとなるのか。ともあれあとは、
「あの“ばくだん”をどうにかしてしまえば俺らの方は、ついでにこの世界もめでたしということか」
「いや、ついでって……」
ミヅキは呆れ気味の目と声を向けてくるのだが――正直なところ、世界がどうのと言われても、規模が大きすぎて実感が湧かぬ。
長いこと旅暮らしを続けてきた身の上。行く先々で世話になった結果として、俺が好感を抱いている連中はこの世には山のようにいることだろう。
ここ最近でなら、宿の女将やキードの坊主。あとは、ハルクたちも含まれるか。
仮にだが、そいつらが理不尽な危機にさらされており、手の届く場所に俺が居たならば、身体を張る程度はやったことだろう。
現状はその全員に等しく迫っている危機があるのだが、そのあたりもどうにも実感が薄い。
どうでもいい、というわけではなく、優先順位の問題というやつだ。
今の俺にとって何よりも大切なのは、イスズ、ケイコ、ミヅキの3人。とはいえ、さすがにこの中で優先順位を決められる自信は無いが。
そしてこの3人が生き延びることが出来るかどうか……いや、生き延びさせることこそが最優先であり、今のところ――イスズが妙案を見つけ出すまでの間――は俺にかかっているというわけだ。
久しく忘れていたな、この感覚も。
いつの間にやら、心が熱を帯びていた。
「……で、今度は何が面白いのさ?」
再びの呆れ声。知らずの内に、どうやらまた顔に出ていたらしい。感情を表に出さぬことには慣れていたつもりだが、ここ数日の心境の変化で緩んでいたのか。はたまた、俺自身が少なからず浮かれているのやもしれぬな。
失わぬために求めない。
不幸自慢のようにも思えるあたりは何とも情けないが、ここ40年ほど、俺が選び続けてきた生き方だ。最初から無いよりも失う方が辛い、とも言えるだろうか。
今だから言えること。ケイトを失ってからというもの、俺は他者と深い関わりを持つことを避けてきたのではなかろうかと思う。
あの喪失と再会することを恐れたから。
そのことが必ずしも間違っていたとは思わない。
少なくとも、あの日以来致命的な絶望を見ずに――自分からの死を選ばずにに今日を迎えられたことは、その成果と言えなくもないことだろう。
その一方でこうも思う。
なんともつまらぬ生き方をしてきたものだ、と。
無論、これも今だから――ケイコ、ミヅキと出会い、イスズと再会出来たからこそ言えるのだが。
だから思う。
失える奴らが居て――
ケイコ、イスズ、ミヅキ。全員でなくとも、ひとりでも居なくなってしまったなら、俺はまたあの頃に戻ってしまうことだろう。そのことがたまらなく恐ろしい。
失いたくない奴らが居て――
だからこそ、死力のすべてまでもを絞り切る覚悟を持てる。
失わせたくない奴らが居る。
あんな思いをするのは俺だけでたくさんだ。心底に大切と思える連中には、あの喪失なぞ味わってほしくない。
そして――
そのために身体を張れるというのは、存外に心地が良い。今、俺が楽し気にしているとしたら、それが理由だろう。
本当に、あの頃はことあるごとにそんな熱さに浸れていたというのに、どうして忘れていたのやら。
ま、いいけどよ……
老いて耄碌したせいということにでもしておくか。細かな考察は暇な時に気が向いたらでいいだろう。
「大したことではないさ。少しばかり、嬉しいだけのことだ」
なにがおかしいのかというミヅキの問いかけに答える。
持たざる者の強さ、などというのもたまに聞く話だが、ここ数日で俺からは失われてしまったことだろう。
まあ、そんなものはクソ食らえだ。こいつらを奪わせてなるものかという心の熱が。終わらせぬために身体を張ることが出来るということが。たまらなく心地いい。
「だから何が嬉しいのさ?」
「そうさな。それは――」
「それは?」
言いかけてはたと気付く。本心ではあるのだろうが、それを口に出してしまうのは、いささかに気恥しいのではないか、と。
「――済まぬが、隠し立てをさせてもらう」
「引っ張っといてそう来るの!?」
「ああ。そんな気分なのでな」
追及は来ないだろうとあたりを付け、押し通す。
「ま、いいけどさ……」
案の定というべきか、ミヅキもそうして折れてくれる。ケイトからうつされた俺の口癖を真似たのは意趣返しのつもりなのか。
「聞かないであげるけど、貸しひとつね」
かと思えば、そんなことを言い出す。
「……貸しと出来るほどのこととも思えぬのだがな」
「いいからいいから」
「何がいいのやら……」
「けど、急に返せって言われても困るだろうし……」
こちらを無視して話を進めてくれやがる。
「どうやって返すのかは、今夜ひと晩ベッドの中でゆっくりと考えてからでいいからさ」
「……そうかい」
無事に明日を迎えろと、遠回しに言ってくれていたらしい。
「ならばその前に、あのゴミを始末せねばな」
ゴミ、とは言わずもがな。目の前にある“ばくだん”のこと。そのためにやるべきは――
自身の内面に意識を向ける。ユグ村に来てからというもの、ただでさえいろいろとありすぎたからだろう。積もりに積もった疲労は結構な量になっている。それに――
吹き抜ける夜風の冷たさが頬に心地いい。
偽りがあったとは思わぬが、先ほどは我ながら随分と恥ずかしいことを考えていた。頭も少なからず茹っているらしいな。
この後に控えているのは、ただでさえ繊細さを要求される作業。ならば、頭も冷やしておくべきか。
「ミヅキよ。爆発までの猶予はあとどれほどだ?」
「えっと……30分くらい、かな?」
残り半分というわけか。ならば、
「済まぬが、ひと休みさせてもらう」
「オジサン?」
その場に腰を下ろす。
「少しでも万全に近づけておきたいのでな」
「たしかに……。さっきまでだってかなりの大仕事だったもんね」
ミヅキもそれだけで察してくれる。
「いっそひと眠りくらいは出来そうだけど」
「いや、さすがにそれはな……」
今意識を手放したなら、一気に深い眠りに落ちてしまう確信がある。
「準備に入るのは、残り10分を切ったあたりでいいだろう。それ以外でも、何かあったら遠慮は要らぬ。すぐにでも教えてくれ」
「承知。イスズ姉さんもそれでいいってさ」
「そうか」
「あたしは、“ばくだん”を観察しておくよ。何かわかるかもしれないし」
「ああ。頼んだ」
さて……
全身の力を抜き、呼気を鎮め、思考を冷ます。
可能な限り心身を理想的な状態へと持って行かねばな。
差し当たっての生き延びる理由としては、借りの返し方を考えねばならぬのだし。
一応はこの世界が滅ぶかどうかの分岐点にいるというのに、気負い無くそんなことを思う。
ミヅキなりの激励は、それなりには効果を発揮していたらしかった。
ミヅキが示した通りに、爆風の発生は中央部から。まずは両手を力の流れに潜り込ませる。
飛ばす先は真上ではなく正面。瓦礫を背にする位置に“ばくだん”がある以上、ユグ山の山頂は消し飛ぶのだろうが、無理に真上に向けようとしてしくじるよりはマシ。背に腹は代えられぬというやつだ。
すぐに飛ばすのではなく、一度手元で流れを馴染ませてからの方がよさそうか。
その際の動きは、肘を上手く使ってあまり刺激を与えぬように。
と、こんなところか。
幸いにも、頭はすぐに冷えてくれた。だから残る時間を費やす先は、本番に備えての思い描き。これも昔イスズから教わったことだが、案外馬鹿に出来ぬ効果があるとのことであり、事実その通りなのだとも経験上知っていた。
あとは実際にやってみてから、だろうかな。どうあがいたところで、経験したことが無いほどに規模が大きすぎるという不安要素は拭えぬのだから。
それに、身体任せには出来そうもないというのも辛いところか。
薄く目を開けて“ばくだん”を眺める。ミヅキから聞かされた話により、俺の意識はアレを脅威と認識しているが、身体の方はそうでもなかったからだ。
これは推測だが、身体が勝手に動く時というのは、長年の経験により染み付いたものによるのではなかろうかと、俺は思う。
根拠のひとつに思い返すのは、首絞めの光輪を使われた時。あの時も、意識より先に身体が動くことはなかった。
一方で先ほどにやり合ったクソ虫は、初めて見るほどに剛力かつ速かったのだが、俺がよく知っているモノの延長線上でしかなかったことも事実。だから、身体が動いてくれたのではなかろうか。
まあそのあたりの考察も、いずれ余裕がある時にでも、あるいはイスズに話してみてもいいかもしれぬ。
今重要なことは、俺が自分の思考でやるしかないのだということ。
ま、いいけどよ……
いつものように思う。
首尾よく行けばそれでよし。しくじったとて別にいいのだから。
この大陸を消し飛ばしても足りぬほどの爆発。俺もケイコも。ケイコの中にいるイスズとミヅキも、きっと瞬きするほどの間に消えてなくなるはずだ。それならば、苦痛を感じる間も無いことだろう。
同時に逝けるのであれば、置いていかれる苦しみを味わうこともないことだろう。それになによりも――
ごく自然に沸き起こる発想。
この3人と共にあの世へ逝けるのであれば、それはそれで悪くないことだろうからな。




