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気取った言い回しをするならばそれは――

「ただ身体の動くままに行かせてもらう。性根を据えてかかって来るといい」


 そう告げたのは意思表示でもあり、挑発になれば儲け物という下心もあった。


「かかって来るといい……だと!?この俺様にむかって……!?」


 安っぽい挑発は見事に成功。クソ虫の顔が怒りの赤に染まる。ケイコの身体でやってほしくない表情ではあるのだが。まあ、上手く運べばあと数分で終わり。我慢しようか。


「ほざけ老いぼれが!殺してやるぞ!」


 揺れを感じたのは踏み込みによるものか。クソ虫は瞬きするほどの間に目の前に迫っており、その速度は俺の見立てを大きく上回る。


 なるほど、見誤(みあやま)っていたらしい。


 遠巻きに見た印象では、俺の手に負えるかどうかといったところだった。だが実際に対峙してみると、初撃すらいなせるか怪しいといった程度。命のやり取りの中で甘い見立てをやらかしてしまうとは、俺も耄碌(もうろく)したということなのか。まあ、この場合はさした問題にはなるまいがな。


 至近からクソ虫が手を振り下ろしてくる。手刀ではなく殴り下ろしでもない。5本の指を広げたままで――近いところを挙げるならば、鉤爪で切り裂きに来るような動作。


 全くもってなってはいない。そんな攻め手では、逆に自身の指を痛めてお終いとなることだろう。


 もっとも、非常識なほどに強化された身体で繰り出す分には話も違って来るのか。


 あれほどに八頭大蛇を殴り飛ばしても手を痛めた様子が見えなかったあたり、身体は相応に頑丈にもなっているのだろう。そして尋常ではない速さと膂力(りょりょく)が組み合わさったなら、俺の身体程度は容易くバラバラに出来ることだろう。


 マトモに入っていたら、の話だがな。


 他人事(ひとごと)の様にそんなことを思う内、俺の左手が動く。振り下ろされる右手に()うように触れ、クソ虫の振り下ろしは、俺の肩をかすめるにとどまる。


「馬鹿な!?」


 わかりやすい動揺を見せてくれるが、別段どうということではない。左手で受け流すというのは、俺が常日頃からやり慣れている手口。速すぎるせいで当たらぬ程度に逸らすだけで手一杯にさせられているあたりはさすがと言うべきなのかもしれぬが。


 生じた隙を狙い、さらに俺の身体が動く。ここまで接近されては、突きは繰り出しにくい。だから右に持った仕込み双刃を振るう先は、クソ虫の目をかすめるように。目玉に対してであればそれでも有効打となるわけだ。


 刺突以外には不向きとも思える得物だが、こういった使い道もあるわけか。なるほど、勉強になるものだ。


「うわぁっ!?」


 が、クソ虫の身体能力はその上を行っていたらしい。情けない悲鳴を伴っていたとはいえ、大きく後ろに跳ぶことで反撃を空振りさせていた。


「クソっ!なぜこんなことに!さっきは簡単に行ったじゃないか!」


 そう言って地団駄を踏む様は、どこまでも見苦しい。


「どこまでも卑怯な真似をしやがって!」


 そして卑怯と来たものだ。ヤーゲ(クソやろう)といい、敵対した輩からは俺はそう見えるのだろう。俺に言わせれば、ケイコを人質に取っているような状況である以上、卑怯なのはお前さんの方だろうとも思うのだが。


 まあ俺に対しては、汚い手口と笑わば笑えというやつだ。イスズたちに顔向けできぬほどの外道にまで堕ちるのは困りものだが、その手前までで済むのであれば、卑怯も卑劣も大いに結構。


 それに事実として、1対1の様相でありながらその実、格上の力を借りている俺は、たしかに卑怯者と言えるのだろう。


 意とは無関係に身体が勝手に動くというのは、これまでにも脅威と感じた時に幾度(いくど)と引き起こされて来たこと。そして勝手に動く身体というやつは、俺が意識して動く時よりも格段に腕が立つ。


 すでに、俺は十分すぎるほどにクソ虫を脅威と感じていたわけで、条件は整っていた。


 故に、俺はクソ虫の相手を身体任せにしたというわけだ。結果は見ての通り。これならば、十分に食らいついていけるらしい。


「許さん!絶対に許さんぞ!殺してやるからな!」


 そんなセリフも散々聞いた気がするが、いい加減飽きて来た。


 ま、いいけどよ……


 クソ虫の相手はひとまず俺の身体に任せて、今のうちにこの後の手順を確認しておくとしようか。




 流しては振るい、振るっては避け、避けては振るい、振るっては流す。


「当たれっ!当たれぇっ!何故だ!?俺様に相応しい無敵の身体を手に入れたはずなのに!何故こんな老いぼれを殺せないんだ!?」


 そうして思考を巡らせる傍らでクソ虫を眺めることしばし。クソ虫はますます頭に血を昇らせ、激していく。こちらが終始無言でいることもまた、そこに薪をくべているのやもしれぬが。


 無論、こうしている今も続いているケイコの抵抗もまた、追い風となっていることだろう。恐らくは、これまでは何もかもをイクシディアで意のままにして来たであろうクソ虫。それが使えず、目の前の老人ひとりに翻弄(ほんろう)されるというのは、さぞや腹立たしかろうな。


「クソっ!」


 返しにと繰り出す双刃のひと振りがクソ虫の目元をかすめ、まつ毛がかすかに揺れる。


 ただでさえ雑であったクソ虫の動きは目に見えて大振りとなり、こちらの反撃は、あと一歩で決まるところまで来ていた。


 となれば、そろそろか。ここまではおおむね筋書き通り。


「さっさと死ねっ!」


 怒声を伴った横殴りがやって来る。上体を使い、これまでに無いほど振りを大きくした一撃。たしかにその分だけ威力は――不必要に――増していることだろう。お前さんが対峙している相手なぞ、小振りなものをひとつ入れれば十分に砕けようものを。


 当然ながら、そんなやらかしを見逃すほどに俺の身体は甘くない。予備動作が無駄に大きくなったおかげで左手での流しが完全に追いつき、クソ虫の右腕が大きく逸れる。


「うわあっ!?」


 それこそ、勢いで態勢を崩させる程度にまで。


 さらに俺の身体は、そんな崩しと同時に予備動作に入っていた。右手と右足を引き、あの芸当――強化されているであろう頭蓋(ずがい)さえも貫ける一撃の。


 ここが勝負所、上手く行ってくれればいいのだがな。


 そして放たれた刺突に、クソ虫が大きく目を見開く。この状況では回避も不可能。刹那の後には、その頭は潰れていることだろう。


 ここで仕掛ける!


 身体の動きに割り込み、挙動を変える。それは、初めての試みではなかった。弟子入りを賭けたミヅキとの勝負で一度経験していたことが効いてくる。おかげで、狙い澄ました通りの瞬間を捉えることが出来た。


 双刃が額に届くその寸前に、傍観者から当事者へ身を滑り込ませる。右手の双刃を俺の意思で引き下げ、その反動を使って左手を突き出す。


 その左手はクソ虫に届く位置でなければ、直接に一撃を入れることが目的でもない。


 袖の隙間を広げるようにして手首を下げてやれば、左手を突き出す勢いを利用して飛び出す存在。


 赤茶の鱗が月明りに照らされたソレは、1匹の子蛇。


 目指す先は、驚きに開かれたクソ虫の口。


 ケイコとクソ虫とでは――認めるのは(しゃく)だが――現状では一応はクソ虫の方が優勢なのだろう。だが、ケイコの口を介して、蛇の1匹でも心の中に入れることが出来たなら?


 流れを変えるには十二分だろう。仮にそれだけで形勢が変わらずとも、少しでも動きが止まれば、その隙に追加の蛇を送り込むことが出来る。そうなれば後は時間の問題というやつだ。


 故にこの蛇は、入りさえすれば勝負を決する一撃。


「ひいっ!?」


 が、その一撃は虚空を突き抜けるのみ。ギリギリとはいえ反応して見せたクソ虫が、首をわずかに動かすことで避けたからだ。


「しくじった、だと……」


 俺は唖然とした声を出し、立ち尽くす。右手に握っていた仕込み双刃も取り落としていた。


「……………………………………………………………………………………馬鹿め!」


 そうして次の行動を起こさずにいる内、硬直から脱したクソ虫が右手を伸ばしてくる。


「しまっ……がっ!?」


 そのまま首を掴まれ、軽々と吊るすようにして持ち上げられる。気道は塞がれておらず息が出来ることは幸いと言うべきかもしれぬが。


「この……!」

「余計なことはしない方が身のためだぞ?」

「まだだ!蛇は右腕にも――」


 右の袖にも左と同じように蛇は仕込んであった。だからそいつをクソ虫の口に飛ばそうとするも――


「無駄なことを」


 左手で俺の肩を掴み――


「ぐああああああああっ!?」


 聞こえた音は、乾いた枝を束ねてまとめてへし折った時のそれと似ていた。そして俺の口から出て来るのは苦痛にまみれた叫び。本当に小枝を折るように容易く、俺の右肩は砕かれていた。


 そして、力無く垂れさがった右の袖から地面に落ちた緑鱗の蛇は、逃げるように離れていく。


「ちくしょうめ……」

「ハハハ!お前ごときの浅知恵など俺様にはお見通しだ。だが、これ以上妙な真似をすれば、今度は首を握りつぶしてしまうかもしれないなぁ?」


 俺の生殺与奪(せいさつよだつ)を握れたことが余程ご満悦らしい。先ほどまでの怒り狂っていた反動もあるのだろうが、なんとも嫌らしいニヤケ顔を向けて来る。


 たしかに、こうなっては下手に身動きも取れぬ。この状況で出来ることがあるとすれば、


「……ケイコ!」


 こうして呼びかけることくらい。


「目を覚ませ!お前さんは、こんな奴に好き勝手されるような器ではあるまいよ!ミヅキだってそう信じているはずだ!だから頼む!目を覚ましてくれ!頼む……頼むから……」

「フン!無駄なことを……ん?」


 鼻で笑っていたクソ虫が、何かに気付いたように首を傾げる。


「ケイコ?ケイコなのか?そうだ!お前さんはそんな奴に負けるような娘じゃないはずだ!さっさとそいつを――」

「ククク……」

「何がおかしい?そうか!?さてはお前さん。ケイコに負けそうになっているのだろう?だから恐怖で――」

「アッハハハハハ!愚かさもここまで来ると愉快だぞ?」

「だから何がおかしい?」

「お前の愚かさだと言っているだろう。それすらもわからないとはな。まあいい。今の俺様は気分がいいからな。愚かなお前にもわかるように教えてやろう」


 そうして、言葉だけでなく心底愉快そうに口元を歪める。


「たしかに、さっきまではこの小娘は俺様に逆らっていたぞ。おかげでイクシディアを使うことも出来なかったのだからな!」

「……お前さんがイクシディアを使わなかったのは、ケイコのおかげだったと……いや、待て!?さっきまでは……だと?まさか!」

「その通りだ。どうやら小娘も俺様に屈したようだ。ハハハ!お前が捕まったことで諦めたようだな」


 だとしたら、やはりケイコにも目の前の光景が見えているということか。


「い、いい加減なことを言うな!どこに証拠が……」

「ならば見せてやろう」


 そう言ってクソ虫が左の人差し指を立てると、そこに灯った光が俺の右肩に飛んでくる。


「うわあっ!……なんだ?」


 思わず悲鳴を上げてみるも、その光は俺に害をもたらすものではなく。


「肩が……」


 砕かれ、激痛を感じていたはずの右肩から、嘘のように痛みが引いていく。試しに手を動かしてみるも、何の問題も無く。


「た、助けてくれたのか……?」

「助けただと?」


 俺のつぶやきに反応してか、苛立(いらだ)たし気に眉をひそめる。


「こうするために決まっているだろう!」

「……があああああああっ!」


 俺が発したのは絶叫。クソ虫は俺の右肩に再び手を伸ばし、先と同じようにして容易く握り潰す。


「な、なんで……」

「フン!あれだけ俺様に逆らったお前への罰に決まっているだろう。俺様はな、逆らった奴らが糞を漏らすのを見るのが大好きだが、痛めつけては治すのを繰り返して、泣き叫ぶ姿を見るのも大好きなんだ!」

「まさか……俺にもそれをやるのか……?」

「当然だろう?さあ、もう一度治してやろう」


 そうして痛みが引いていき、


「そして罰を受けるがいい!」

「いぎゃああああああっ!?」


 遥かに上回る苦痛が生まれる。


 砕かれた状態の痛みを10とするなら、砕かれる時の痛みは50にも100にも達しそうなところ。確かに、拷問としては有効なのだろう。


「さて、治すぞ?」

「やめ……やめてくれ……」


 そんな俺の頼みが聞き入れられるはずもなく、


「がああああっ!?」


 すぐさまに肩を砕かれる。


「直接この手で砕くというのも、中々いいものだな。この感触がたまらないぞ。参考までに教えてやるが、過去に同じような罰を与えた奴の中で一番長く耐えたのは……たしか53回だった。お前はどこまで耐えられるか、楽しみだな」


 そう言って楽し気に口の端を歪める様は、俺がこれまでに見て来たどんな腐れ外道よりも醜悪だった。




「さあ、これで53回目だ!よく耐えたと褒めてやろう」

「あ……が……」


 そうして延々と肩を砕いては治しが繰り返され、いつの間にやら50回を迎えていたらしい。一方で俺の方はと言えば、吐き出す叫びも徐々に小さなものになっていた。


「……む。……てくれ」


 そして俺はぐったりと脱力した身で(うめ)くように、ひとつの懇願(こんがん)を口に出す。


「聞こえないぞ?俺様にものを言うのなら、はっきりと言え」

「頼むからひと思いに殺してくれ!もう嫌だ!こんなの、耐えられない……」


 叫び求めるもの。それは自身の死。このような拷問を受けた身としては、ごく自然な発想なのではないかと思う。


「そうかそうか。お前は死にたいのか。そうかそうか」


 わざわざ確認するようにクソ虫が返す言葉は心底嬉しそうなもので、いちいち(かん)(さわ)りやがる。


「俺様は寛大だからな。お前がどうしてもと言うのなら叶えてやってもいいが」

「本当か!」

「だがな……口の聞き方には気を付けろ!」

「あ、ぐあっ!?」


 唐突に、今度は肩ではなく肘が握り潰される。


「俺様にものを頼むというのにその態度はなんだ?正しい態度というものがあるだろう?さぁ、あらためて哀願(あいがん)するがいい。俺様を満足させることが出来たなら、望み通りに殺してやろう。出来なければ……ククク、次はどこを砕こうかな?」


 そうほざくクソ虫の目からは、愉悦(ゆえつ)以外の色を見て取れぬ。どこまでも(なぶ)り殺しにするつもりらしい。


 ま、いいけどよ……


 無駄に長く生きて来たことも、時には役に立つらしい。すでにこの世界からは風化しつつある事実の中に、このクソ虫の気を引けそうな話が転がっていたのだから。


「たしかに、あんたに逆らうなぞ愚の骨頂と言うやつなのだろうな。ベティーラドやらイクシディアについてはまるでわからぬが、100年前のこの世界。前世のあんたが成し遂げる寸前だったことは知っている」

「100年……?そうか、あれから100年が過ぎていたのか……」


 案の定と言うべきか、興味有り気に食いついてくる。生まれ変わる際、あの世へと続く川で留まっていた月日がどれほどなのかなぞ、普通であれば知らぬこと。クソ虫も例外ではなかったらしい。


「ああ。恐らくは、あんたがあんな死に方をしなければ、今でもこの世界の至る所でその名が語り継がれていたことだろうさ」


 悪名としてだろうがな。とは、腹の内だけで付け加えておく。


「生憎と、今のこの世界では、あんたの名を知る者の方が少ないらしいが」

「フン!これだからイクシディアを知らないケダモノどもは……」

「もっとも、俺はあんたの名も前世での偉業(いぎょう)も知っている身だがな。食い詰めた何でも屋たちを束ねてこの世界を統べる寸前まで行っていたのだろう?俺も、その時代に生まれたかったよ。そうすれば、あんたの覇道(はどう)に貢献できたものをな」

「ほう……ただのケダモノと思っていたが、少しは知能があるらしいな」


 口先だけのおべっかに余程ご満悦らしい。口元は笑いを隠せていなかった。


「光栄だな。これでも英雄譚の類は好きなのでな。そんなあんたに歯向かった罪ならば殺されたとて文句は言えぬだろうが……冥土の土産代わりだ。ひとつ、知りたいことがあってな。聞かせてはもらえぬだろうか?」

「いいだろう。今の俺様は気分がいいからな。特別に教えてやろう」

「ありがたい。ならばお言葉に甘えさせてもらうとしよう。さて、ずっと気になっていたのだが――」


 そこで一度言葉を切り、深呼吸。そして、今までにクソ虫が散々やってきたように口元を歪めて、


「前世でくたばった時、お前さんはどんな気分だったのだろうかな?」


 口調を小馬鹿にしたものに切り替え、そう言い放ってやる。


「……なんだと?」


 そうすればそれだけで、上々だったクソ虫の機嫌は急降下。


「お前さんの最期も伝え聞いているぞ。お前さんを殺ったのは、まだ年端(としは)も行かぬひとりの子供だったのだろう。お前さんに身内を殺されたというその子供……いや、その御仁(ごじん)と言っておこうか。彼は自身の身体に毒を仕込み、敢えてお前さんの相手をしたそうじゃないか?幼い同性にしか欲情しない。そんな腐りきった嗜好(しこう)の持ち主であるお前さん以外には通用しないことだろうがな」


 初めてその逸話(いつわ)を聞かされたのは、よりにもよって食事時。飯をマズくするのはやめろと抗議したものだ。だが、それが今役に立つ。


「貴様……!馬鹿にしているのか!?」

「それは心外だな。まだ幼い身でありながら、自身の命を代償に仇を取ろうとした。その覚悟には敬意すら抱いているさ。ゆえに、その御仁と呼んだのだが。……ああ、ケダモノにすら劣るお前さんの知能では理解出来なかったかな?だとしたら、済まぬことをしたと詫びさせてもらおう」

「な、な、な……!」


 よほど頭に血を昇らせているらしく、顔を真っ赤にしながらも、すぐには言葉が出て来ない様子。


「……殺されたいのか!」

「……そのセリフもいい加減飽いて来たのだがな」


 ようやく出てきたのは、面白みの欠片もない言葉。


「もう少し気の利いたことを言ってほしいものだ」


 やれやれとため息を吐いて見せてやる。


「先ほどから何度も殺す殺すと聞かされているが、未だに俺もミヅキも生きている。察するにお前さん、殺しなぞ出来ぬのではないか?」

「ふざけるな!お前なんて俺様が本気になれば……」

「出来もしないことを偉そうにほざくのは見苦しいと思うのだがな。すでにお前さんの底は見えている。殺しのひとつも満足に出来ぬ腑抜けだとな。そうだろう?そうなのだろう?」

「黙れ!黙れ黙れ黙れっ!」

「黙らぬよ。だが……あまりにも惨めなお前さんに情けをかけてやろうか。もしもお前さんが、まだ違うと言い張るつもりならば証明する機会を与えてやるとしよう」


 そうして先ほど蛇共に治してもらったばかりの腹を叩いて見せる。


「このどてっ腹をその拳で、見事ぶち抜いて見せるといい。それが出来ぬなら、お前さんは()()けた(おく)病者(びょうもの)ということだ」

「……いいだろう。そこまで死にたいのなら……望み通りにしてやるぞ!」


 叫ぶと同時に左の拳を固く握りしめ、


「死ねっ!」


 左腕を引き、突き出してくる。相も変わらず腰が入っていないが、それでも俺の腹程度は容易く突き破るだけの威力があることだろう。


 首を掴まれた現状では避けることは出来ず、先ほどの様に蛇共に治してもらうことをクソ虫が見過ごすはずもないだろう。


 そして――


 そう来るのを待っていたぞ!


 今にも腹をぶち抜こうかという拳を眺めつつ、心の内で快哉(かいさい)を上げる。ここまでこぎつけるのは本当に、随分と苦労させられたものだ。


 イスズが示したわずかな情報から、そこに潜む目論見を読み取り、そのための手段を組み上げる。中々に骨は折れたが、あの頃――今でこそ認められるが、イスズに鍛えられていた頃――のようで、こんな状況だというのに楽しくもあった。結果として、どうにかこうにかであれ、応えることが出来てひと安心というもの。


 すべてはこの時のため。この瞬間を実現させるための仕込みだったのだから。


 身体任せを止めた直後のこと。左の袖から飛ばした蛇は、駄目で元々、何かの間違いで入れば儲け物程度の認識。むしろ見せることでこちらの狙いを刷り込むことを目的としていた。


 入れば決着となり得る一撃であったことは事実。それを凌ぐことで優越感を押し付け(・・・・)、もう一方の腕に仕込んでいた蛇を未然に防いだ――と思い込ませる――ことで、さらに助長させたというわけだ。


 唖然とした風で立ち尽くしていたのは芝居。


 そんな俺をクソ虫が痛めつけに来るというのも、狙った通りの流れ。


 ミヅキと俺のふたりがかりで十分に苛立ちを与えておいたのは、そのためという意味合いもあった。


 散々食い下がられて苛立ちを募らせているところに気分良く思い上がらせ、分かりやすい隙を見せたらどう動くのか?クソ虫の気性を考えたなら、即殺よりも気晴らしを選ぶと俺は踏んだ。


 無論、殺しにかかって来た際の対応も用意はしておいた。無防備をさらしているというのに中々硬直から抜け出そうとしないクソ虫に対しては、俺の方が苛立ちを覚えていた、などという事実もあったのだが。まあ、そのあたりは些末(さまつ)なこと。


 首を掴まれたままに見せた無様な姿にせよ、ほぼ全ては演技。吐き出した叫びだけは痛みに対して素直に出て来たものだったが、心が折れるほどではなかった。


 あれしきの苦痛なぞ、ケイトを失ってからの40年と比べたらどうということはない。まして、イスズやケイコやミヅキを失わぬためともなれば、耐えられぬ道理なぞあるはずもなし。


 そんな事情など知らぬクソ虫は、俺をいたぶり抜いてさぞやご満悦だったことだろう。そうしていい気分に浸らせた上で頃合いを見て叩き付ける挑発は、俺が思い付く限りで最も深く刺さりそうなものを選んだ。


 ことあるごとに「女のくせに」などとほざいていたこと。老いた男である俺に対してはこれといった反応をしていなかったことからして、クソ虫の嗜好性癖(しこうせいへき)は伝え聞くものから変わっていないと予想出来ていたのだから。


 狙いは見事に的中。落として上げて、また落とす。そんな形で感情を揺さぶられ、判断力を削ぎ落された上で怒り狂ったクソ虫は俺が指し示すままに、どてっぱらをぶち抜きに来たというわけだ。


 さて、やるとするか!


 腹に力を込める。


 それは、クソ虫の拳に耐えるためではなく、最後の一撃を放つため。そもそもが、到底耐えることの出来るようなものではなかったことだろう。


「うぉ……ぐ、げああああっ!?」


 拳が届くのと前後して俺の口から出たものはふたつ。ひとつは水気の強い叫び。


 そしてもうひとつは血飛沫ではなく、吐しゃ物でもなくて。気取った言い回しをするならばそれは――闇夜を貫く純白の一矢。


 それこそが、イスズの仕込んだ最後の一撃。


 イスズが潜んでいたのは、俺の腹の中。腹に納まった物は通常、どろどろに溶かされていくらしい。だから、この役目を果たせるのは“魔法”で自身を治せる蛇だけ。その中でも特に適していたのが、生後1日であり、最も小さな身体をしたイスズだった。とはいえ――


 ためらいなくそれを実行に移すイスズは――ミヅキの言葉ではないが――頭がおかしいのではなかろうかとも思うのだが。


 ともあれ、俺の口を飛び出した白子蛇は勢いそのままに、クソ虫の口へと向かう。


 そしてクソ虫はすぐには対処出来ず。


 当然だろう。右手で俺の首を掴み、左手は俺の腹を貫いている。


 そんな、身動きを制限された状況を作り出す。それが俺の役目だったのだから。


 こうなっては、クソ虫に取れる手はかなり限られてくる。思い付くところでは――


 ひとつ。俺の身体を投げ捨て、自由になった両手でイスズを止める。


 ひとつ。首を振ってイスズを避ける。


 ひとつ。口を閉じてイスズを防ぐ。


 そして最後のひとつ。イクシディアで対処する。


 あたりだろう。


 これは俺の経験からだが、人間というやつはとっさの場合、最も手慣れた――身体に染みついた対応を取るものらしい。


 ではクソ虫に取って最も馴染んだものはどれかと言えば――


 目に見えぬ壁の出現を、力の流れで認識出来た。


 選んだ対応は、イクシディア。


 まあ、そうするのだろうな。


 ベティーラドでのクソ虫は、なにもかもをイクシディアで思い通りにして来たのだろう。なれば、ケイコに封じられていない今、必ずその選択をする。


 イスズはそこまで読み切っていた。故に――


 その瞬間にこそ罠を仕掛ける。


 ケイコが抵抗を止めた状況。そこに存在した不自然さにクソ虫は気付くことが出来なかった。


 もっとも、ミヅキと俺が食い下がり、時間稼ぎをやっていたのは、そんな不自然さを気取らせぬための布石という意味合いもあった以上、バレてしまっては困るのだが。


 ケイコが抵抗を始めたのは、窒息死寸前に追い込まれた俺がどうにかして抜け出し、クソ虫がそこへ再度のイクシディアを使おうとした瞬間。


 このままではダンナが殺されると、ケイコにはそう見えていたのだろう。だから必死で抵抗し、結果として奴のイクシディアを封じることが出来た。


 その後、俺の万策が尽きたかの状況で心が折れ、抵抗を止めた。


 なるほど、上っ面だけを見ればもっともらしく思えることだろう。だが、


 ケイコが抵抗を始めた直後に、俺はあえなく腹をえぐられ、再度死に瀕していた。そんな様を見てもなお、諦めることなく抵抗を続けていたケイコ。


 心根にそれほどの強さを備えた娘が、俺が捕まった程度のことで心折れるものだろうか?


 答えは否。


 だとすれば、抵抗は()めたのではなく()めたのだということ。


 何故にそのようなことを?


 そんなものは決まっている。俺が知る誰よりも、敵と見なした存在に対しては悪辣(あくらつ)になれる女の差し金だ。ケイコが目の前で起きていることを理解しているのならば、適当な蛇を伝令役に仕立てて指示する程度のこと、イスズであれば息をするほどに容易くやってのけるはずだ。


 では何のために?


 クソ虫にイクシディアを使うという選択肢を与えるためであり、土壇場での対応を固定するため。そして――


「んなっ!?」


 目の前に現れた不可視の壁が消え、機を同じくしてクソ虫の顔が驚愕の表情を作る。おあつらえ向けに、間の抜けた大口を開けて。


 与えておいたイクシディアを任意の――最も効果的な瞬間に奪い取るためだ。


 屈したと思っていたケイコが唐突に再開した抵抗。クソ虫に対しては、見事な不意打ちとなったことだろう。


 その動揺が、最後の一撃をしのぐ機会を失わせる。


 勝負あり、だな。


 クソ虫が俺を投げ捨てたのはこの時。時すでに遅し、というやつだ。


 宙を舞いながら、しかとこの目で見ることが出来た光景。


 純白の一矢にして最後の一撃。俺たち4人の合力は吸い込まれるようにして、クソ虫の口へと消えていった。

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