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あとは任せおくといい

 とはいえ……


 ケイコを助ける具体的な手段までを掴み取ることが出来たのはいいとしても、そこでまた別の壁に突き当たってしまう。


 行き着くところは、どうやってその一撃を入れるのか、という話。


 こうしている今にミヅキがやろうとしているのも同じこと。けれどその全ては、あの尋常ならざる速さに阻まれていた。


 立ち回りを見るに、阿呆のクソ虫はソレに対しては無警戒どころか考えが及んですらいないようだが、そのことを差し引いてなお、ミヅキが真に狙う一撃は通せていない。


 マトモにやったところでまず通らぬ。さりとて、速すぎるせいで不意打ちは不意打ちたり得ぬ。


 俺の方は動けるようになったとはいえ……


 えぐられた腹が完全に元通りとなったのはこの時。取り立てて違和感は感じず、これならばやり合う自体は可能だろうが……っと、なんだ!?


 不意に、視界が暗くなる。今宵は満月だったはずの空を見れば、そこにあったのは月明りを遮る蛇頭。思考に意識を取られ、接近に気付けなかったそれは、8つあるミヅキの蛇頭。そのひとつだった。


「どうした?」


 イスズの例からして届くとも思えぬ問いをかけてみれば、蛇頭は、地に伏せるようにして俺の前に降りて来る。


 そして、俺の肩に乗っていたイスズがクイクイと上着を引っ張る。


 乗れ、とでも言いたいのか?


 ミヅキに何かしらの思惑があるのならば、拒む理由もあるまいか。どの道、手詰まりを感じていたところだ。


 だから従うことにする。俺の身の丈ほどもある蛇頭によじ登り、片膝を付いた形で姿勢を安定させれば、すぐに蛇頭が動き出す。


 つくづく、世の中とはわからぬものだな。こんな体験をすることになろうとは。空を飛ぶ夢想とは、誰しもが一度はやることなのだろうが、多少は近いのやもしれぬ。


 俺を落としてしまわぬようになのだろう。ゆっくりと持ち上がる蛇頭の上でそんなことを思う。そうして連れて行かれた先。大木のような胴が8つに枝分かれしている部分に居たのは……いや、“居た”という言い回しは正確ではないのかもしれぬ。


「やっほう、オジサン」


 肩から下が八頭大蛇の胴に埋もれるような様で軽い声を投げかけて来たのは、ここ数日ですっかりと見慣れていた顔。


「……ミヅキ、なのか?」

「うん。手元に鏡なんて無いし、自分の見た目がどうなってるのかまではわからないけどね。ま、あたしがあたしだってことと、この先あたしがあたしじゃなくなるってことは無さそうってことだけわかってもらえれば十分かな。それに――」


 カラカラと笑っていたミヅキが表情を引き締める。


「楽しくおしゃべりしてる余裕は無いだろうし」

「だろうな」


 ミヅキの身体はすでに大半が八頭大蛇に埋もれていた。そして残っている部分も、こうしている間に、目に見える早さで呑み込まれつつあった。


 これも“魔物化”の進行なのだろう。完全に“魔物化”が終わり、人の姿が消えても、ミヅキの自我は消えないらしいというのは幸いと言うべきなのか。


 気にかかるところは他にも多々あるが、そのあたりも後に回す。必要であれば、ケイコを介して後日にあらためて聞くとしよう。


 ミヅキの身体が完全に飲み込まれてしまえば、直接に俺が言葉を交わすことは出来なくなる。であれば、残りの時間はこの上なく貴重。


 感傷は切り離し、思考は現状の目的――ケイコの救出――を最優先に。


「お前さんが足止めを買って出た理由、その姿を選んだ訳、そのあたりはわかっているつもりだ。今の狙いと、本命の一撃を通せずにいるというあたりも」


 眼下を見やれば、こうしている今も7つの蛇頭がクソ虫に突っ込み、弾け飛ばされては元通りを繰り返していた。“魔法”で治せるとはいえ、“魔法”は使うたびに消耗するとのことだったはず。であれば、いずれ力尽きてしまうのだろう。そうなってしまえば、状況はますます厳しさを増す。


「俺もお前さんと同じ狙いまでは行きついたが、あの速さを突破する術が思い付かぬ」


 だから、可能な限り手短にまとめる。


「あはは……。そこまで気付いてるとか、やっぱすごいわこの人。あたしは蛇になって初めて、感覚的にわかったことなのにさ。けど……」


 表情が曇る。


「オジサンでもその先は無理か。あたしじゃここまでが限界だけど、オジサンだったらもしかしたら……なんて思ってたんだけど、ね」

「済まぬな」


 残念ながら、応えてやることは出来なかったらしい。


「……ホントに!?」


 うん?


 唐突にミヅキが声を上げる。まるで誰かと話している最中に驚かされたような反応だが……


 この場に居るのは俺とミヅキだけ……ではなかったか。


 ミヅキの目線が向く先は俺の肩。そこに居たのは、俺なぞよりも遥かに頼りになる存在。


 今の状態であれば、アネイカ言語と蛇の言葉、その双方を理解し、話せるというわけか。


 それに――


 ミヅキの目。そこからは喜色が見て取れた。


 さすがはイスズということか。この状況で打開策を見い出したらしい。


「……うん。……うん」


 そうしてイスズと話すうちにもミヅキの身体は埋もれていく。何を話しているのか、気にはかかるが、ここで俺が割り行ったところで邪魔にしかならぬだろう。だからじっと待つ。


「承知したよ!」


 やがてミヅキがそう頷く頃には、その身体は首までが完全に飲み込まれていた。


「それでミヅキよ」

「わかってる。あたしの方は、出来るところまで食い下がってみるからさ。オジサンの役目は、イスズ姉さんが伝えてくれるって」

「心得た」


 どうやって、などとは問わぬ。イスズならば、そのあたりまでも、とうに織り込み済なのだろうから。


「オジサン、イスズ姉さん」


 そうこうする内、ついにミヅキの身体が下あごまで飲み込まれ、


「頼んだからね!お願いだからね!絶対、ケイコちゃんを助けてよ!」


 それが、ミヅキが口にした最後のアネイカ言語。言い切り、笑みを浮かべたままでミヅキの顔が完全に見えなくなると同時に、俺を乗せていた蛇頭がゆっくりと地面に降りていく。


 俺が降りるなり、手の空いた蛇頭はクソ虫への攻撃に参加する。ならば俺もやるべきことを果たすとしようか。


「さて、イスズよ」


 そうして目を向けてやれば、イスズもすぐに行動を起こし――




 まったく、どこまでも無茶を考える奴め。そういうところは、あの頃とまるで変わらぬな。


 イスズが示した策は理解出来た。細かい部分は俺の方で詰める必要があるとはいえ、たしかにこの方法でなら、最後の一撃はそれなりの不意打ちになることだろう。


 とはいえ、“それなり”程度では不十分。いかにして“確実”に近づけるかと言う話だが。


 ある程度まで組み上げた手順を見直すのと同時進行で、ミヅキとやり合うクソ虫を見る。ミヅキだけでなく、俺の方も多少なりとて食い下がってやる必要はある。少なくとも、一瞬で倒れ伏しました、では話にならぬ。


 こうして遠巻きに見る内、少しは速さにも慣れて来た。その上で考えるに――


 先読みやらを最大限に生かしたとして、それでも俺の手に負えるかは……かなり際どいところか。


 そう結論付ける。


 その程度(・・・・)であれば、問題はあるまいか。どの道、俺自身よりも格段に腕の立つ存在に心当たりがある。クソ虫と正面切ってやり合うのは、ソイツに任せてしまえばいい。この際だ、手段選びはほどほど程度にしておくとしよう。


 うん?


 そんな中、1匹の蛇がなにやらを俺のところへ運んでくる。イスズの指示を受けていたのだろう。俺が使っていた鉄杖の――なれの果てとでも呼ぶべきモノだった。


 恐らくだが、俺がクソ虫に腹をえぐられた際、足元に転がっていたところを――桁外れの脚力で――踏みつけられたのだろう。真っ直ぐだったはずの鉄杖は、直角に近いところまで折れ曲がっていた。


 さして高くもない数打ち品。そう考えればさして惜しいものでは無いのだが……


 それでも、手に馴染んだ得物が使い物にならぬというのは痛手か。さて、困ったな。


 そんなことを思っていると、さらに少し遅れて、別の蛇も何かを持ってくる。一見すれば短めの木の棒。これも見覚えがある。ミヅキが得物として使っていた仕込み双刃であり、こちらは原型をとどめていた。


 俺の鉄杖と比較した場合、展開した時には長く、そのままであれば短いといったところだったはず。ケイコを助けるためであれば、使い潰したとてミヅキも不満は無かろうが。果たして素手とどちらがマシなのか……


 ……これは!?


 何気なく手に取ったその瞬間。奇妙な感覚がやって来る。


 ミヅキが使っているところは何度か目にしていたが、実際に手に取るのは初めてのこと。


 だというのに。


 標準的なものと比べて短め――80メィラ――の鉄杖を使い続けて来た俺。それが何故かと言えば、故郷を飛び出した日に持ち出したものが80メィラであり、なんだかんだで同じ型をずっと使い続けて来たからだ。


 言うなれば、俺自身が80メィラの鉄杖に適応してきたということ。


 けれど、仕込み双刃を手にして俺が感じるのは、初めて持ったはずなのに、ずっと昔――幼い頃に使い慣れていた玩具と再会したような、そんな不思議な感覚。


『手練れが真に己に合った得物と出会った時にはな、初めてなのに懐かしくもあり、使い慣れているような感じがするらしいぜ。いつかお前にも、そんな出会いが来るかもしれねぇな』


 やけに先輩風を吹かせたがる同業者にそんな話を聞かされたのは……まだ駆け出しの頃、アイツと出会う前のことだったか。


 その時は適当に聞き流していた。どうせ眉唾物だろう、くらいにしか思わなかった。だが――


 俺が手練れであるか否かは怪しいところだが、その点を差し引いたなら、その話は事実だったらしい。


 双刃を出し入れするための仕掛けは簡単に見つかった。肝心の時に手間取っては困るからとミヅキが考えていたからなのだろう。


 右手に持って軽く振ってみる。


 この軽さは悪くない。そしてなによりも、木造りである上に仕込みをするため中をくり抜かれた中心部と、両端にある金属の錐が生み出す独特の重心配分は、不思議と心地がいい。しかも――


 木製である上に細工をしてあるせいで強度が低く、そこを補うためにミヅキは手甲を付けていたわけだが――


 もとより、自身の腕力不足は自覚しており、得物で流すことはあっても、得物で受け止めることなぞ、ここ数年でもほとんどやった記憶が無い。


 それならば、俺が使う分には脆さは弱みたり得ぬということ。


 なるほど、たしかに今の俺には合っているらしい。


 思わぬ追い風が吹いたか。ミヅキよ、悪いがお前さんの得物、使わせてもらうぞ。




 さらに思考を重ね、思いつく限りの事態を想定する。そうするうち、俺の出番が近づいて来たらしい。


「くそっ!さっさと死ね!なんで俺様に逆らうんだ!」


 なおも苛立ちを吐き出し続けるクソ虫は見苦しくはあったが、そのあたりはイスズの目論見通りでもあり、先への布石でもあるのだからいいとしても、


 そろそろ限界か。


 クソ虫は気付いた様子もないが、ミヅキの方は徐々に動きが精彩を欠きつつあった。可能な限り食い下がるとはいったところで、身体は精神ほどに無理を出来るわけではなく。度重なる“魔法”の使用による疲労は確実に蓄積していたということか。そして――


 何度目になるのかもわからぬ蛇頭の治療の後、力尽きるようにして巨体が倒れ込んだ先は砦跡。砂煙を伴って、ただでさえ老朽化していた建物が瓦礫に変わる。


 思えば、ここまで事態が面倒なことになったのは、俺とケイコとイスズとミヅキ、4人全員に失態があったからだ。


 護衛に全ての蛇を外に出すと、安易に提案してしまったことがミヅキの失態。


 そんな提案に対して、考え無しに同意したことが俺の失態。


 イスズの失態は、肝心の時にまで目を覚ましていなかったこと。


 そしてケイコは、クソ虫に乗っ取られかけた時にイスズを逃がすのではなく、叩き起こしてでも共闘しておくべきだった。


 どれかひとつでも違っていたなら、クソ虫は何も出来ずに終わっていた可能性すらあったことだろう。それでも、3人(・・)を非難しようとは思わぬが。


 ともあれ、そういった次第であるのならば、後始末は俺たち4人の合力を持って行うのも悪くないだろう。俺ひとりでどうこう出来るのであればそれでもよかったが、生憎とそんなことを言っていられる状況ではないのだから。


 そして、ミヅキは自身の役目を見事に果たして見せた。


 最後の力を振り絞るようにして持ち上がった蛇頭のひとつと目が合う。


 あと、お願いね。


 そんな声が聞こえたような気がした。


 それは恐らく幻聴。けれど、ミヅキがさして遠くもないことを思っていたのだとは予想出来る。


 よくやってくれた。お前さんの踏ん張りに心からの敬意を。


 だから、力を失って再び倒れ込む蛇頭に向けて、心の中でそう返す。


 あとは任せおくといい。お前さんの可愛い妹分と頼りになる姉貴分。そのついでに伯父のような輩にもな。


「まだ息があるのか!?しぶとい奴だ、八つ裂きにしてやるぞ!」


 そんなミヅキの様にクソ虫は、そんなことを思ったらしい。


 まあ、悪くはない判断だがな。


 敵の死を確実にしておく。これは意外と重要なことだ。あえて怪我人を生かしておくことによる嫌がらせというのも、時と場合によりにけりではあるのだが。今この場でならば、仕留めておく方が正解だろう。


 クソ虫の思考を評価するのはこれが初めてかもしれぬな。願わくば、最後にしたいものだが。


 無論、その選択を許すわけにはいかぬ。


「その前に、俺の相手をしてはもらえまいかな?」


 だからそう声をかけてやる。


「お前は!?…………そうか!イクシディアを使う蛇が治したんだな!」

「そういうことだ。自慢になるとは思えぬが、生憎と死に(ぞこな)い慣れをしているのでな」


 さしもの“魔法”でも上着までは元通りと行かず、夜風にさらされる腹を叩いて見せる。


「晩飯がまだで良かったぞ。食い物を粗末に扱うのは、気が引けるのでな」


 えぐられた時に、中にモノが残っていなかったことは、様々な意味で幸いだった。


「ふざけたことを!クソっ!あのまま死んでいればよかったのに……。まあいい。今度こそ俺様の手で殺してやるぞ!お前のような存在は許されないんだ!」


 そうやって、軽く肩をすくめて見せれば、容易くミヅキから俺へと敵意の矛先が移る。ベティーラドでは向かうところ敵無しだったであろうイクシディアが破られたことも、よほど気に入らなかったらしい。


「そうかい。ならばやってみるといい」


 俺とて当然ながら、はいそうですかと通してやるつもりも無いわけだが。


「先ほどのように行くとは思わぬことだな。こちらも――」


 思えばこれも初めてのこと。俺の意に反して勝手をしてくれやがったことはあっても、俺が自分の意思で望んだことなぞ、これまでにはただの一度も無かったことだ。


「全力、死力で――」


 散々疎んじておいて、有用になったからと頼るなぞ、我ながら見下げ果てた行為。


「ただ身体の動くままに行かせてもらう。性根を据えてかかって来るといい」


 だが、結局は優先順位の問題。だから俺の気分なぞ、扱いは塵と同じで構わぬ。俺――俺たち4人の求めるところを果たすために、持ちうるすべてを賭するとしようか。

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