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あの日のケイトと同じような体験をすることになろうとはな

「俺様の言った通りだったな。やはりイクシディア適性を持たないお前は無力なのだ」

「……らしいな」


 自身が大した男ではないということはとうに認識していたが、それを差し引いたとて勝ち誇る顔が腹立たしい。完全に身動きを封じられた俺にクソ虫が向ける目は、侮蔑の一色のみが浮かんでいた。


「女。やはりお前が言ったことは間違いだったな。俺様の前にはこの老いぼれは手も足も出なかったぞ。やはり、俺様は常に正しいということだ」

「あーはいはいそうですねそれはよかったですねーおめでとうございまーす満足したならさっさと消えろ寄生虫野郎」

「まだ俺様にひれ伏さないのか!?」


 ミヅキに向けても勝ち誇るが、そこへ返すのは上っ面だけは同意しつつも、投げやりであることこの上ない言葉。


 他にやれそうなことが思い当たらぬと言ったところなのだろうが、良くも悪くも大した度胸だ。


 いや、それだけではないか。


 ミヅキとて頭の悪い奴では無ければ、たやすく捨て鉢になるような柄でもない。逆上を誘い、そこから――たとえ何かの間違いでも、万にひとつでも――活路が開けたら、とでも考えているのだろうか。


「まあいい。その態度がいつまで続くか見物だ」

「多分アンタが死ぬまで続くんじゃないの?残念だったね。終わるところを見れなくてさ。ホント、ご愁傷(しゅうしょう)(さま)。かわいちょうでちゅねぇ。おおよちよち」

「黙れ!」

「やーだよ」


 なおも(あお)り続け、


「もういい!すぐに吠えづらをかかせてやるぞ!」

「……ぐぅっ!?」

「オジサン!?」


 そうしてクソ虫が腕を振れば、光の輪に無理矢理持ち上げられるようにして俺の身体が浮き上がり、ミヅキと向き合う位置に移動する。


「何をするつもりだ?」


 と言っても、ロクなことになる予感はせぬが。せめて現状を変えるきっかけに出来ればいいのだが。


「言ったはずだ。俺様の道具として使ってやると」

「……了承したつもりはないのだがな」

「お前の意思に意味は無いとも言ったはずだ。女!これがお前への罰だ」


 そして指を鳴らし、呼応するようにして力の流れが生まれる。


 二度目ということもあってか、先ほどよりは速やかに感じ取ることも出来た。


 もっとも、身動きが取れぬ現状では対処のしようも無かったのだが。


「あがっ……!?」

「オジサン!?」


 それ以上に問題だったのは、力の流れを感じた場所。


 視認出来ぬ場所ではあったが、それがどこなのかは――


「か……は……っ……」


 唐突にやってきた息苦しさが、如実に語っていた。


「アンタまさか!?」

「ハハハハ!その通りだ。今からこの老いぼれを絞め殺してやるぞ!」


 悪い予想ほど的中するとはよく言ったもの。手足を拘束しているそれと同じようなものが首回りにも現れ、締め付けているらしい。おかげで呼吸すらも出来はしない。


「目の前でじわじわと苦しみながら死んでいくところを見るがいい」

「この……腐れ外道!」


 俺としても同感ではあるのだが、先ほどまでと変わり、クソ虫を罵るミヅキの顔は、苦悶に染まっていた。


「ハハハ!ずいぶんと辛そうじゃないか?お前がこの老いぼれを気に入っていることなど俺様にかかればお見通しだ。どうだ?俺様に逆らった罪を思い知ったか!」

「こんのぉ……っ!」


 クソ虫に逆らうことが罪とはまるで思えぬが、それでもミヅキへの嫌がらせとしては有効だったということか。


 ミヅキが俺を好いているのか嫌っているのか。序列で言えばお嬢ちゃんやイスズ以下ではあるだろうが、どちらかで言えば前者なのだということくらいは、俺でも理解出来ていた。


 とはいえ、ミヅキばかりを気遣ってもおれぬらしい。


 経過につれて息苦しさは増し、腹の一部を焼かれるような感覚が押し寄せて来る。


 どうにかせねば、あと数分といったところか。


「それにな、俺様は逆らった愚か者が苦しみながら糞を漏らして死んでいくのを見るのが大好きなんだ。だが――」


 腐れ野盗共の頭目だった輩は、聞きしに勝るゲスだったらしい。そして、続く物言いは容易に予想出来る。どうせ――


 俺様に忠誠を誓え!そうすれば、考えてやってもいいぞ。


「俺様の下僕になれ!そうすれば考えてやろう」


 やはりか……


 あまり嬉しいとも思わぬが、おおむね当たっていたらしい。


「……くぅっ……わかっ――」

「よ……せ……か……ひゅ……ミヅ……キ……」

「オジサン!?」


 一部だけだった焼けるような痛みは腹の中全てに広がり、すでに声を出すことすらもおぼつかぬ。それでも、泣きそうなほど苦し気な顔を歪めたミヅキが折れようとしたことは制止する。ソレだけは、させるわけにはいかぬ。


「けど!このままじゃ……!」


 何を情けない顔をしているのか。お前さんは陽気にカラカラと笑っている方が似合うだろうに。俺はそんなミヅキを気に入っていたのだし、多分イスズやお嬢ちゃんも同じだろう。そんな顔をされては調子が狂うというもの。


「むだ……がっ……!こと……ば……ぐほっ!」


 どうせこの手の輩がやることなぞ決まっている。わざわざご丁寧に「考えてやろう」なぞとほざいたのは、そういうことだろう。ミヅキが何をやったとて、俺を助けるとは到底思えぬ。


 クソ虫を喜ばせるためだけにミヅキが折れてやることには、何の理由も価値も有りはしない。


 手足や頭が膨れ上がるような感覚に加え、そこかしこが意思に反してガクガクと震え出す。握りしめていた鉄杖も、いつの間にか取り落としていたらしい。


「おまえさ……は……がぁっ!なに……げはっ!……まちがっ……ぁ……いな……がぁっ!」


 刺激せぬように慎重にと立ち回った俺だが、いくらかの情報を引き出せたとはいえ、肝心にところは結局何も掴めなかった。それならばミヅキがやったように、挑発主体で行くべきだったのかもしれぬ。


 いよいよもってマズいか……


 いつの間にやら震えが収まっていた。それだけであればよかったのだろうが、四肢に力が入らなくなってくる。


「いいぞ!そのまま――――――なが――――死―――け!」

「――サン!やだ―――――をけて―――!」


 ミヅキやクソ虫の声も遠くかすんできた。醜く歪む表情を張り付かせた、整っていたはずの顔立ちをかすむ視界の最期に、まぶたと首からも力が抜け落ちた。


「すま……な……い」


 半ば無意識に漏らした言葉を最後に、すべての音も消えていく。




 やれやれ……。世の中というやつがままならぬとは理解していたつもりだったが、まだまだ俺も甘く見ていたのやも知れぬな。


 なにもかもが消え果てた闇の中でぼんやりと、どこか他人事(ひとごと)の様にそんなことを思う。


 この40年。ずっと焦がれ続けて来た死神はロクに仕事をしなかったというのに。


 なぜ今になって勤勉さを発揮するのだろうかな?


 お嬢ちゃんと出会い、


 ミヅキと出会い、


 イスズと再会して、


 ようやっと顔を上げることが出来て、


 明日を楽しみと思えるようになって、


 くすんだ色合いをしていたこの――鏡色をした世の中が、色を取り戻し始めた矢先だというのに。


 ま、いいけどよ……


 これも慣れと呼ぶべきなのか、俺の思考は毎度おなじみのところへ。


 この数日間を冥土の土産に持って行ける。詰まらぬ我が身には過ぎた幸福と思うべき――うん?


 不意に、消えていたはずの感覚がやって来る。


 なんだ?


 場所は首筋。けれど、俺の呼吸を止めていたソレとは違う。


 なぜなのか、やたらと気にかかる。俺の存在はじきにこの世から消えるというのに。ソレを確かめたとて、すぐに無意味と化すはずなのに。


 ソレを見届けろという衝動が噴き出し、心が言うことを聞かなくなる。


 ま、いいけどよ……


 さりとて、わざわざ抗う理由もあるまいか。


 だから目を開ければ、うなだれていた俺がかすむ世界で最初に見たものは地面とつま先。


 なんだ、コレは?


 そして、首からぶら下がるように揺れていた、白い紐のようなモノ。


 コレは……なんだったか……


 散り果てる寸前の思考。その中でも、コレが大切な存在だと訴えかけてくる部分がある。コレは……コレは……


 是が非でも思い出さねばと心が叫ぶ。


 首筋の感覚は、首を絞めつけるモノを押そうとでもしているように思えるが……


 ああ……。そう言えば、前にもこんなことがあったか……


 不意に蘇るのは、遠い日。世の中がくすむなどということをまだ知らなかった頃。俺が心から満たされていた頃の記憶。


 それは、俺とケイトの関係が変わった日。


 あの日、下手を打った俺は今の様に絞め殺されかけていた。ケイトが駆け付けるのがあと数十秒でも遅かったなら、あの日に俺は終わっていたことだろう。


『絶対に4人で生き延びてやりますとも!ええそれはもう、なんとしてでも!』


 脳裏に響いたのは、涼やかに透き通った、凛とした声。あの日、アイツはそう言って――


 いや、そうじゃない。


 違和感が首をもたげる。


 あの日。あの時。俺たちはふたりだった。だから、取り戻したばかりの荒い呼吸で膝を付く俺を守るように得物を構えたアイツはこう言ったはずだ。


『絶対にふたりで生き延びてやりますとも!ええそれはもう、なんとしてでも!』


 だったら、どうして?


 そんな声が聞こえたのか?


 ……………………………………………………………………ああ、そういうことか。


 そして気付く。


 今聞こえたものはきっと幻聴。俺の無意識が俺の中から勝手に生み出した、俺に都合の良いだけの言葉。それが何を意味するのかと言えば――


 どうやら俺は、まだ死にたくないと思っているらしい。


 ただ単純に、そういうことだったらしい。


 やれやれだ。本当にやれやれだ。自身がロクでなしだとは自覚していたはずなのに、さらに見損ない直すことになろうとは思わなんだ。


 投げやりに生きて来た40年の代償というやつは、思う以上に高くついていたらしい。


 この程度の些末(さまつ)なことで、諦観(ていかん)に流されてしまうのだから。


 あるいは、これが老いというものなのか。言い訳としては手頃なのだろうし、そういうことにしておこうか。


 確かに俺が置かれている現状というやつは、数分どころか、あと数十秒以内に対処しなければ死神に捕まるといったところだろう。


 言い換えるなら、すぐにどうにかしてしまえば死にはしないと、その程度でしかない。


 40年前のあの日にケイトが置かれた状況。不可避の死が目前に、などという状況に比べたら、ぬるま湯もいいところ。


 そんな中でケイトは最期まで微笑んで見せたというのに俺がこのザマでは、あまりにも締まらないというもの。


「情けない人ですね」などと呆れられるのならばまだ我慢もできよう。けれど、「そういうこともありますよ。元気出してください」などと慰められた日には、立つ瀬が消えてしまうというものだ。


 ともあれ、死にたくないと思っているらしい以上、これまでと決め付けるには、まだ少しばかり早かろうな。


 先ほどまでぼやけていたはずの意識は、いつの間にやら澄み切っていた。死に瀕した際に、日頃ではありえぬほどの力を発揮できた、などという話はたまに聞くが、そういうことなのだろうかな?まあどうであろうとかまわぬ。追い風になるというのであれば、今は何であろうと歓迎するまで!


 首筋にぶら下がる存在の正体にも、ようやく思い至れた。白子蛇――ずっと寝こけていたイスズも、ようやくのお目覚めらしい。


 また、助けられたか。


 恐らくはイスズなりに状況を理解し、俺の首を絞めていたモノを外そうとしていたのだろう。非力な子蛇の身体で、などと言うのは無粋。少なくとも、きっかけを与えてくれた上に、俺の心に大量の薪をくべてくれたのだから。


「ぬっ……ぐっ……がああああああああっ!」


 音が戻って来た耳に届いたのはそんな獣めいた女の叫び。


「はっ……!ずっ……!れ……!ろおおおおおおおっ!」


 顔を上げれば、そこにいたのは鬼の形相で咆哮を上げるミヅキ。力任せに、自分の身体を破壊してでも束縛を抜け出そうとする姿。


「いぎっ!?」


 そして鈍い音を伴ってミヅキの右手首が妙な形に歪み、束縛を抜けた。


「よっしゃあっ!」


 苦悶混じりに、それでも上げる叫びは快哉。


 やれやれ……。どこまで俺を惨めにしてくれるのやら。


 イスズだけでなくミヅキも、まだ諦めてはいなかったらしい。


「なんだ?まだ生きていたのか?早く糞を漏らして見せろ!」

「オジサン!待っててよ!すぐ助けに行くから!」


 顔を上げたことに気付いたミヅキとクソ虫が叫ぶ。


 悪いが、どちらにも応えてやるわけには行かぬな。


 クソ虫の言い分は論外として、この上でミヅキに助けられたとあっては、あまりにも情けないというもの。


「……っ!……かはっ!」


 絞め殺される寸前の苦痛は気合で抑え込む。拘束を抜ける術はミヅキが示してくれた。片腕だけでも自由になれば、活路は開けるやもしれぬ。いや……全身(ぜんしん)全霊(ぜんれい)全力(ぜんりょく)死力(しりょく)の全てを絞りつくしてでも、切り開いて見せねば、格好がつかぬというもの!


 まずは左手から。手首と首を固定され、取れる身動きが限られているとはいえ、肩と肘を使ってやれば動く範囲は確保出来る。あとは力の流れを上手く扱えば、関節のひとつやふたつを外すことは難しくないはず。


 なんだ?


 そうして力を込めた矢先、感じ取れたもの。光の輪に触れた左小指が拾い上げたものがあった。


 こいつは……


 それは手首の囲むようにして流れ続ける力。光の輪そのもののような……


 試す価値はありそうか。


 “魔力”は感じ取れぬ俺だが、“魔力”によって生じた存在であれば話は別。ミヅキが“魔法”で作り出した不可視の壁がそうであったように。


 小指を光の輪に触れさせ、


「そうだ!あがけあがけ!その方が面白いぞ!」


 なにがそれほど愉快なのかは知らぬが、クソ虫は無視しておく。


 これで……


 力の流れに潜り込ませて一部と成し、


 どうだ!


 巡っていた流れの向きを――外側にずらす!


 カリッ!


 伝わって来たのはそんな――生のニンジンをかじった時を思わせるような小気味の良い感覚。


「もがけ!苦しめ!俺様をもっと楽しませ……はへ!?」


 クソ虫の戯言が間の抜けた呆声に変わる。


 左腕に伝わって来たモノは、浮遊感。先ほどまで固定されていたはずの左腕は、だらりと垂れ下がっていた。


「…………かはっ!」


 自由になった左手をすぐさま首元へ。一度成せたことはさして難しくも無く、全く同じ要領で首を絞めていた輪も消えて無くなる。


「……はぁっ…………はあっ……はぁっ…………はあっ…………」


 荒い息を繰り返すうち、全身にのさばっていた苦痛が和らいでいく。


「ふうぅ……。ふぅぅ……」


 残る拘束。右手首と腹、足首にあった光の輪を外す頃には、呼吸にも落ち着きが戻って来る。


「……あはは、やっぱオジサンすごいや」


 どこか唖然(あぜん)としながらも、ミヅキはカラカラと笑う。


「ば、ばかな……!?」


 対照的にクソ虫は、わかりやすく動揺を見せ、


「俺様のイクシディアが破られた……?こんな、何の適性も持たない老いぼれに……?」


 一歩、また一歩と後ずさる。


「そんなことは……ありえない!ああああるはずが……ないのだ!」


 そうは言われてもな。


 実際に成せてしまったのだから仕方あるまいて。


「そ、そうだ!これは何かの間違いだ!そうに決まっている!」


 それは、現実逃避というものではなかろうかな。


 よほどの衝撃だったらしい。あるいは、初めての経験であったのやも知れぬな。どうにかつけ込みたいところだが……


「ならばもう一度だ!今度こそ!糞を漏らさせてやるぞ!」


 そう言って手を突き出す。よほど糞が好きらしいな。糞野郎には似合いの趣味ではあるのだろうが。当然ながら、ご期待に沿ってやるつもりなぞ毛頭無い。


 あの拘束は、前兆として力の流れが現れる。そいつが光の輪になる前に逃れてしまえばいい。仮に捕まったとて、完全に動きを止められる前に光の輪を崩すことも出来る。


 さあ、来い!


 対策を組み上げ身構えるも、“魔法”による拘束はやって来ず。


「……そんな、馬鹿な!なぜこんなことが……」


 代わりに、というわけでもなかろうが、さらにクソ虫が見苦しく取り乱す。


「くそっ!どいつもこいつも俺様に逆らいやがって!だったら、こうしてやる!」


 そうして次にクソ虫が取った行動は、右手を固く握り、右足に力を込めるというもの。


 殴りかかって来るつもり――こいつは!?


 不意に、クソ虫の姿が揺れた。


 いや!そうじゃない!


 揺れたのではなく、揺れたように見えただけだ。そうさせたのは、想像を絶する踏み込みの速さ。


 ……頼りになる、などと思ったのも初めてか。


 意識での反応は遅れた。けれど無意識は、俺の身体は反応していた。即座に横跳びの予備動作に入り――


「がっ……!?」


 まだ完全に戻り切っていなかった呼気が咳という形で動きを妨げる。


 それは恐らく一瞬。けれど、目にも止まらぬほどの速さで駆ける相手に対しては、致命的となり得る一瞬で、


 なんだ?


 まず感じたのは、風が身体の中を吹き抜けるような感覚。


 次いでやって来たものは高いところから飛び降りた時を思わせる浮遊感で、気が付けば俺は背中から地面に倒れ込んでいた。


 吹き飛ばされたにしては妙だがなにが起き――


「ぐ……ぶぱぁっ!」


 反射的に身を起こそうとした瞬間、口から噴き出したのはやけに湿った声と、鉄錆びの香りを帯びた飛沫。


「あ……がぁっ!」


 そして、上半身の至る所に焼けた鉄杭を突き立てられたのではと錯覚させられるような感覚。にもかかわらず、冬山で吹雪に見舞われたような寒さもやって来る。


「オ、オジサン……!?」


 大慌てで駆けよって来るミヅキ。その顔は、月明りでもわかるほどに青ざめたもので、


「ぃ……ぅ……ぃ……」


 名を呼ぼうにも、うめき以外の声が出てくれない。


 いったい何が……おき――


 目線だけで首から下を見て、思考が止まった。


 理屈では何が起きたのか、理解出来る。それでも、すぐに受け入れることは出来そうも無かった。


 悪い夢であってほしいのだがな……


 そんな、現実逃避めいたことまでを思う。


 何故に痛みを感じるのが上半身だけだったのか?


 背中から倒れ込んでいたというのに、俺の足は胴とほぼ直角で地面に横たわっていた。


 なるほど、寒いと感じるのも道理というもの。人間というやつは、大量の血を失うと寒さを感じるのだということは、知識としては知っていた。


 よもやこんな形で、あの日のケイトと同じような体験をすることになろうとはな。


 世の中というやつはままならないだけでなく、何が起きるのか分からないとは、よく言ったものだ。


 俺の腹はごっそりとえぐり取られ、下半身はほぼ千切れかけという様を晒していたのだから。

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