それでも万策尽きてはいないと思いたい
「フン!たしかに女であるという点は気に入らないがな。この身体はイクシディア適性だけは素晴らしいのだ。俺様に相応しいと言えるだろう」
クソ虫が口にしたのは、俺が積み上げて来た思考とは真逆を行くものだった。
どういうことだ?
お嬢ちゃんは俺と同じく、まるで“魔法”を使えなかったはずだが。
まあいい。分からぬことは聞いてみるか。幸いと言うべきか、このクソ虫を操るのは難しいことでもない。
「そんなはずはない!お嬢ちゃんも俺も、イクシディアはまるで使えなかったはずだ!」
「ハハハ!やはりケダモノは愚かだ!」
少しばかり取り乱す風を演じてやればあっさりと、
「イクシディア適性とは、2種類あるのだ」
望むことを吐き出してくれる。
「2種類……だと?」
「そうだ。ひとつは魂のイクシディア適性」
魂というモノに関しては、生まれ変わりのあれやこれやで昨夜から幾度か耳にしていたが、“魔法”にも関係していたらしい。
「これが高いほど、上手くイクシディアを扱えるのだ。この俺様のようにな!」
ふむ。
つまり、先ほどまで俺が考えていたイクシディア適性とは、魂の適性のことだったわけか。
となればもうひとつが身体の適性ということになるのだろうが。
「ならば、身体のイクシディア適性というのは?」
続きを促す。
「イクシディアによる変化をどれだけ受け入れられるかということに決まっているだろう!どこまでも無知な奴め」
……なるほどな。
思い当たりはあった。少し前に強化の“魔法”を試したミヅキは理性を失っていた。それは、身体の適性が低かったために強化を受け入れられなかったということなのだろう。
“魔物化”も恐らくは同じようなものか。蛇共が正気を保っていたのはお嬢ちゃんの影響があってのことだろう。
そして――
今になって気付く。お嬢ちゃんの身体が高適性だと示す根拠を、俺はすでに持っていたことに。
心の中に蛇共を入れておく、などという離れ業ができるようになったのは数日前。あの時は、蛇共が“魔法”を使うことでお嬢ちゃんの身体を変化させたということなのだろう。
その前後で、お嬢ちゃん自身が暴走するようなことは一切無かった。
ミヅキがおかしくなった件を考えるに、蛇共にそのあたりまでの考えがあったとは思えぬが、そこは単純にお嬢ちゃんが適性を備えていた幸運に感謝するべきか。今思えば背筋が寒くなりもするが。
付け加えるのであれば、先ほど“魔法”を使ったことに関しても説明が付く。
クソ虫の魂がお嬢ちゃんの身体を好き勝手にしているというのが現状というわけだ。
厄介なことになったものだ。
内心で歯噛み。そういった事情とあらば、クソ虫はそう簡単にはお嬢ちゃんの身体を明け渡しはしないことだろう。
「俺様ほどになれば魂も身体も、ひと目で適性がわかるのだ。どちらの適性も持たないケダモノ風情には想像も付かないだろうがな」
戯言は聞き流すとして、粗方の事情は把握出来た。この際だ、残る疑問にも答えさせておこうか。
「なれば、お嬢ちゃんがこの世界に来たことも、お前さんの仕業だったということだな?」
この点については、俺の中でも断定は出来ていない。クソ虫はこの世界を目標としていたという話だが、ニホンとやらはまるで無関係だったはずだ。まあ、正解であろうとなかろうと、それなりの――無駄に偉そうな――返答が来ることだろう。
「その通りだ。この身体を見つけることが出来たのは偶然だったが、俺様ほどの存在になれば幸運も自ずとやって来るのだ!」
偶然に幸運?
いい加減うんざりとさせられていた傲慢な物言いはさて置き、妙な単語が混じっていた。
「最初にこの世界への道を開いた時は、間に別の世界があったのだ。その結果として、道が不安定になり、通ることは出来なかったが、その際に見つけたのがこの身体だった」
つまるところ、お嬢ちゃんはそれに巻き込まれてしまっただけということか。お嬢ちゃん自身がこの世界に来たことを由としているのは幸いなのだろうが、このクソ虫のせいと思うと良い気分はせぬな。
「俺様ですら目を疑ったよ。これほどまでに高い適性を持つ身体が存在していたんだからな。そこでとっさに道を調節し、この身体をこの世界へと移動させたのだ!魂だけならともかく、物体を異なる世界に移動させるのは俺様でも確実ではなかったからな。失敗すれば身体は世界の狭間に飲み込まれ消えていただろう。だが、結果は成功。やはり俺様は偉大だったということだ」
とんでもないことをサラッと抜かしやがる。
このクソ虫……。お嬢ちゃんをそんな博打の賭け金にしやがったのか……
どこまでも腹立たしい。あのクソ野郎――ヤーゲ勝るとも劣らぬほどに。いや、この場合は劣るとも勝らぬと言うべきなのか?
「二度目に開いた道を通して俺様はこの世界にイクシディアルを送り込んだ」
イクシディアル。察するに、“魔法”がイクシディアならば“魔力”がイクシディアルということか。
「そして下僕を使い、この身体を我がものとしたのだ!」
下僕というのは……クソ野郎ことヤーゲのことか。
村で対峙した時には、何者かと話すような素振りを見せていた。そして、やたらと連呼していた神の正体はクソ虫であり、“魔法”によって“魔物化”させられていたのだろう。一応は力を与えてくれた相手。神と慕う発想も理解出来ないことは無い。
それなりに理性を保っていたのは、身体の適性がそれなりにあったから。クソ虫が乗っ取ろうとしなかったのは、その適性がお嬢ちゃんよりは格段に低かったから、と言ったところか。
「すべては必然!すべては俺様に従うのが定めなのだ!」
そうして、そんな形で締めくくる。
当然ながら、同意なぞ出来ようはずも無しだ。
「さて、それではこの身体を試そうか」
クソ虫が空に手を掲げる。
「……ウソでしょ!?」
「どうした?」
ミヅキが声を上げるも、クソ虫の方からは何の変化も感じ取れない以上、“魔法”を使ったと見るべきなのだろうが、
「なんなのよコレ!?」
“魔力”を見ることが出来るミヅキの反応が普通では……いや、尋常でなかった。
鏡追いとしての旅暮らしの中で命のやり取りを経験してきたということもあり、それなりに肝は座っているはず。そんなミヅキが分かりやすく顔を青ざめ、俺にしがみついて、ガタガタと歯をならしていていたのだから。
「あり得ないよ、こんなの……」
「ミヅキ!」
混乱しかけていたところに、あえて強く呼びかけることで意識を引き戻す。
「オジサン……」
「何が起きている?お前さんには、何が見えている?」
「とんでもない量の“魔力”が空の穴から……。って、ダメっ!?」
怯えていたミヅキが声を上げる。
「これって強化の“魔法”じゃないのさ!あれだけの“魔力”で強化なんてやったらケイコちゃんが!?」
「……こいつは!?」
そしてある瞬間を境に、俺にも変化が分かった。
「ふっ……」
クソ虫が笑う。
生憎と俺には“魔力”を感じることは出来ぬが、“魔力”によって生じたモノ――火の玉や見えない壁のような存在――であれば話は別。
「はははは……」
クソ虫が笑う。
俺の意識。俺の感覚。俺の勘。俺の身体。その全てがけたたましい警鐘を打ち鳴らす。
「あっはははははははははっ!」
クソ虫が笑う。
シャレにならぬぞこいつは……
強化の結果なのだろうが――目の前のクソ虫を、俺がこれまでに対峙してきた何者よりも遥かに恐ろしい相手だと、認識させられていた。
「素晴らしい!素晴らしいぞ!これほどまでのものだったとはな!まさに、俺様のためだけに存在しているような身体だ!女だというのは気に食わないが、作り替えてしまえばいいだけのこと。この身体ならばそれすらも可能だ」
が、そのあたりとは別で、なにやら聞き捨てならぬ内容が出て来た。
「どういう意味だ?」
「なんだと?」
「どういう意味だと聞いている!」
情報を吐かせるために抑えてはいたが、俺も限界だったらしい。意図したわけでもないところで、語気が荒くなっていた。
ま、いいけどよ……
ここまで来たならば、やり合うことは不可避というもの。なれば、遠慮も要らぬ。
「俺様に向かってそんな口を――」
「聞こえていなかったかクソ虫。どういう意味なのかと聞いている」
戯言を遮る声は、存外低かった。どうやら自分で思う以上に、はらわたも煮えくり返っていたらしい。無理もあるまい。これだけの腐れ外道の相手をしていたのだから。
だが、今気にすべきは、クソ虫がほざいたことだ。
先日蛇共がお嬢ちゃんにやったことは、問題無しということにしておく。結果的には上手く行ったのだし、お嬢ちゃんも同意の上だったのだから。
施したばかりの強化に関しても、どうにかこうにかではあるが、我慢してやれぬこともない。
だが、今ほざきやがったこと。そこから推測出来てしまったことは、許せる範疇に留まっていなかった。
「よもやとは思うがお前さん。お嬢ちゃんの身体が女であることが気に入らぬからと、男のそれに作り替えようと言うのではあるまいな?」
「……って、何よそれ!?」
俺が言ったことの意味、そのおぞましさに気付いたミヅキも声を上げ、
「フン!それのなにが悪い?この身体は俺様の物だ。どうしようと俺様の勝手だろう?それに小娘だって、俺様に身体を捧げることが出来た栄誉を喜ぶべきなのだ!」
クソ虫がほざきやがったことは、俺の怒りに薪をくべるもの。
「アンタ……寝言ほざくのも大概にしなよ……」
それはミヅキも同じだったらしい。射殺さんばかりの目で、底冷えするような声を出す。
「お前たちこそ、俺様に逆らう意味が分かっているのか?まあいいだろう。俺様の偉大さを思い知るがいい!」
「やるぞミヅキ!」
「承知!」
それぞれの得物を抜き放つ。
「これでも食らえ!」
先に動いたのはクソ虫の方。その初動は、無造作に右手を振っただけ。
マズいっ!?
一瞬遅れてやって来たのは、人の身体程度は容易く吹き飛ばすほどの風。とっさに鉄杖を突き立てた俺は、どうにか踏みとどまることができた。
「この……」
そして、吹き飛ばされたミヅキもすぐに起き上がる。手傷を負った風ではなさそうか。
「ははは、イクシディアを使わなくてもこれほどとはな」
クソ虫が口にしたのは悪い冗談にしか聞こえぬ……いや、悪い冗談であってほしかったもの。
厄介な。ただでさえお嬢ちゃんを助ける術すら見えていないというのに……
手を振っただけであれだけの風を起こすほどに強化されたという身体。当然ながら、それだけというわけでもあるまい。
「これはお返し!縛り付けろ、風っ!」
態勢を立て直したミヅキが“魔法”を放てば、クソ虫の周囲で渦を巻くように風が吹く。
「フン、この程度か」
「……うそ」
動きを止めるつもりで放ったのであろう“魔法”の風は、無造作な腕のひと振りだけで霧消していく。
「見たところベティーラドでも五指に入るだけの適性はあるようだが、しょせんは女ということか。俺様が見本を見せてやろう。イクシディアとは、こう使うんだ!」
パチンと指を鳴らす。
「うああっ!?」
「ミヅ……キ?」
悲鳴に釣られてミヅキに目をやり、言葉を失った。
「このっ……!離せっての……っ!」
数秒前までは、何も無かったはずの地面からは無数の、光の鎖とでも呼ぶべきようなものが伸び、ミヅキのみならず、その場にいた蛇共までもが1匹残さずに絡めとられていた。
「だったら“魔法”で!ぶった切れ!風!」
ミヅキが叫び、
「なんで……!?“魔力”が来ない!?」
何も起こらなかった。
「魔法?魔力?下等な女らしい下等な呼び方だな」
そこにクソ虫が嘲笑を浴びせやがる。
「その鎖は、イクシディアルの使用を封じる効果もあるのだ。どうだ?俺様の偉大さがわかったか?ならば崇めるがいい!」
「お断りだっての!」
それでもミヅキの戦意までは衰えず。
とはいえ――
ますます状況は厳しいな。
散々自慢を繰り返してきた通りに、“魔法”の扱いには相当長けているらしい。恐らくはミヅキよりも格段に上。その上で身体能力は非常識なほどに強化されており、お嬢ちゃんを盾に取られているような状況でもあると来たものだ。
クソ虫をただ仕留めるのであれば多少は易くもなるのだろうが、その一撃がお嬢ちゃんの命にまで届いてしまう公算は極めて高い。
オマケに、ミヅキをアテに出来なくなったらしい。
「こんのぉっ!外れろっての!」
「ハハハ、無様だな。そのまま反省するがいい」
この状況、ミヅキの気性を考えれば、すぐにでも先に手を出すところ。にもかかわらずそれをしないということは、出来ないということ。あの束縛を抜け出すことが出来ぬということなのだろう。
こんな時にイスズの知恵を借りられれば……
そんな益体も無いことすら思う。当のイスズは俺の懐。動く様子が無い以上、まだ寝こけているのが現状であり、仮に目を覚ましたとて、お嬢ちゃんを介さなければ言葉を交わすことも出来ぬ。
考えれば考えるほどに、手詰まり感が増していく。
「さて、お前はどうする?」
俺に向き直るクソ虫。その顔に浮かぶのは、勝ち誇った表情。
「どうするかな?まあ俺ひとりになったとて、諦めようとは思わぬが」
時間稼ぎ目的にとぼけて見せる。苦しい状況であることに間違いはないが、それでも万策尽きてはいないと思いたい。
「ひとり?ひとりだと?ハハハハハ!これは傑作だ!」
「何がおかしい?」
クソ虫が返すのは、すでに聞き飽きた嘲り。
「イクシディア適性を持たないお前が自分を数に数えているとはな。思い上がりもここまで来ると愉快だぞ」
思い上がりの度が過ぎているのはお前さんの方ではなかろうかな。
「なぜ俺様がお前の動きを封じなかったと思う?」
「さてな」
「それはな、お前が何の力も何の価値も持たないからだ」
「……そうかい」
「フン!その目は、まだ理解出来ていないようだな。身の程知らずめ」
身の程を知らぬという点でもお前さんには及ばぬと思うのだがな。
「いいか、よく聞けよ!あの女の魂は、ベティーラドでも五指に入るほどの適性がある。魂の適性は低いが、イクシディアを扱う蛇というのも珍しい。適性の無い身体で強化をしたにもかかわらず暴走していない蛇も珍しい」
「……そうかい」
「まだわからないのか。どこまでも愚かなケダモノめ!」
戯言は話半分で聞き流し、必死で思考を巡らせる。
「奴らには、俺様の道具としての価値があるということだ。だがお前にはそれがない。死んだところで何も困らないということだ!」
「……そうかい」
畜生め!何も手が浮かばぬ!
その結果は、見事に空回り。
「好き勝手言うな!」
「なんだと?」
クソ虫に怒鳴りつけたのはミヅキ。
「オジサンはね、アンタなんかとは比べ物にならないくらいに腕利きで!切れ者で!男前で!一途で!あたしが知る限り、今のこの世で最高の男なのよ!馬鹿にすんな、この寄生虫野郎!」
持ち上げ過ぎだ。今のこの世でと前置いたあたり、あの御仁は除外したのだろうが、それにしたって過大評価が過ぎるというもの。それに――
「女のくせに俺様を馬鹿にするのか!ならば、罰を与えてやろう。いくら適性が高いと言っても、お前は俺様の道具だ!思い上がるなよ!」
案の定、クソ虫もロクでもないことを言い出す。抵抗できない状況で挑発をかける奴があるか!
「待て。お前さんの相手は、まだ俺が残っているだろう」
「フン!お前ごときが何を……。いや、そうするか」
制止をかけてやれば、何やらを思い付いた様子で向き直る。
「せっかくだ。お前にも俺様の道具としての価値を与えてやろう」
「お断りだな」
「お前の意思など何の意味も無い」
そう言って指を鳴らせば、両の手首と足首の周り、胴回りに妙な力の流れが生まれていた。
「しまっ……!?」
俺の反応は遅かった。動くよりも一瞬早く、生じた力は光の輪を成していた。
「ハハハハハ!」
クソ虫が嗤う。
「ぐっ……!ぬぅっ……!」
力を込めるもビクともせず。むしろ逆に、まるで抗えぬほどの力で光の輪が動き、十字に張り付けられるような形で、俺は完全に身動きを封じられていた。




