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お前さんの名は?

「ついに!ついに手に入れたぞぉっ!」


 目の前に居る黒髪の娘が淀みのないアネイカ言語で叫ぶ。


「ケイコフィト!ヒッカ ミスティフィト!」


 雰囲気が変わったが、これはイスズのものでもない。さりとて他の蛇共とも思えぬ。であればこいつは……


 その尋常でない様に俺は思考を巡らせ、ミヅキは肩に手をかけて呼びかける。


「女が……!俺様に触るな!」


 それに対して黒髪の娘は苛立たし気に呟き、次の瞬間。


「……うおっ!?」

「うひゃあっ!?」


 黒髪の娘を中心として風が吹いた。それも、俺やミヅキの身体を容易く吹き飛ばすほどに強い――自然では、おいそれとは起きるはずもないような風。まるで“魔法”のような。


「っとと、怪我は無いか?ミヅキ」

「う、うん……大丈夫……だけど……。今のって“魔法”だったよ!なんでケイコちゃんが?それもあたしたちに向けるのさ!」


 これはまずいな。


 俺はどうにか着地できたものの、吹き飛ばされ、尻もちをつかされたミヅキ。起こしてやったはいいが、当人は取り乱しかけていた。あり得ない状況に出くわしたのだから無理も無いのだろうが、良い兆候ではない。


 相手を取り乱させるということはいろいろと有効な場面が多い。けれど、自身が取り乱したとて、そこに有るのは100の害だけ。ひとつの利すら有りはしない。


 俺が冷静でいられるのは、先ほどまで見苦しいほどに我を忘れていたという理由もあるのやもしれぬが。まあ、それはさて置こうか。


「お前さんはまず落ち着け」

「そうは言うけどさ、これって落ち着いてられる状況なの!?」

「普通ではないだろうが……。だからこそ落ち着けと言っている」

「……そうだよね。ごめん。オジサンに当たってもしかたないよね」


 どうにか一定の落ち着きは取り戻してくれたらしい。それはいいのだが……


 差し当たり、現時点でわかっていることをまとめるか。


 今更ミヅキを疑う理由は無い。なれば、ケイコお嬢ちゃんが使うことの出来なかったはずの“魔法”を、黒髪の娘が使ったということ。


 イスズが身体の主導権を預かった時には、雰囲気そのものが変わっていた。そして、今感じ取れる雰囲気はケイコお嬢ちゃんのソレでなければ、イスズのソレでもないということ。


 口調から一人称までもが変わり、表情もまるで違うということ。


 流暢にアネイカ言語を話したということ。


 そして先ほどの苦しみようと、そんな中でイスズを俺に託したということ。


 このあたりを重ね合わせれば、何が起きたのかは――漠然とではあるが――見えてくる。


 何者かが――恐らくは無理矢理に――ケイコお嬢ちゃんの身体を乗っ取ったということなのだろう。


 “普通”に考えてあり得ないなどという思考は、何を今更というもの。


 となれば、どうやって身体の主導権をお嬢ちゃんに戻すかという話になるわけだが……


「フン!見苦しい奴だ!これだから女は愚かなんだ」


 こちらを見下し切った傲慢な――お嬢ちゃんの容姿にはまるで似合わぬ――口調で黒髪の娘はそう吐き捨てる。


 話が通じるかはわからぬが、言葉は通じるらしいな。無論、言葉の通じぬお嬢ちゃんよりもマシだとは毛頭ほどにも思えぬが。ともあれ、少しでも情報を引き出すことからか。


「だからどうしちゃ――オジサン!?」

「お前さんは黙っていてくれ。ここは俺が引き受ける」

「……わかったよ」


 反射的に何やらを言い返そうとするミヅキを下がらせる。まずは、会話を試みてみようか。


「俺の名はティーク。お前さんの名は?少なくとも、ケイコではなかろうて」


 最初に投げかけるのはそんな問い。なにかしらの呼び名は必要だろう。名乗らぬのであれば適当な呼称を用意すればいい。


「ほう……。俺様がこの小娘でないと見抜いたか。イクシディア適正を持たないケダモノ同然の老いぼれにしては、知能があるようだ」


 どこまでも見下した口調と言いまわし。人となりは少しずつ見えて来たか。イクシディアというのが何を意味するのかはわからぬが。


「まあいいだろう。今の俺様は気分がいいから特別に教えてやる。俺様の名はオウバ。かつてこの世界を支配していた者。そしてこれからのこの世界を支配する者だ」


 お前さん、一体なにを言っているんだ?


 反射的に浮かんだのはそんな思考。冗談や芝居ではなく本気で言っているようだが、よほど頭がおかしいのだろうか、などと半ば本気で考えてしまった


 そして、さすがにミヅキも目の前の身体を動かしているのがお嬢ちゃんではないと気付いたらしく「何を偉っそうに」とか「頭大丈夫なのコイツ?」などとつぶやくが聞こえた。幸いと言うべきか、オウバと名乗った輩には聞こえていなかったようだが。


 それはそれと――


 オウバという名には覚えがある。100年近く前に腐れ野盗共――今で言うのならば、食い詰めて道を外れた鏡追いといったところ――を束ね、両大陸を散々に荒らしてくれやがった野郎の名だ。


 まさかな……


 そうなると気にかかるのは、かつてこの世界を支配していた、という部分。さすがに支配していたというのは言い過ぎだろうが、過去に存在していたオウバは、ソレに多少近い位置には居たと言ってもいいだろう。


 もうひとつ気にかかったのは、“この世界”という言い回し。わざわざそのような言い方をすることに理由があるとしたならそれは――


 その可能性は、ケイトやミヅキ、ミキオという形ですでに見て来たわけで。


「オウバ。コーニスとアネイカに広く知られたその名を持つ男が過去に存在したことは知っている。まさかとは思うがお前さん、その後で異世界に転生したのではあるまいな?」

「ほう。そこまで見抜くとはな。ケダモノ風情にしては知恵が回るようだな」


 いちいち見下さねば喋れぬのか、とは思わぬでもないが、返って来たのは肯定。


 本気で言っている様子からして、伝え聞くオウバの生まれ変わりというのは事実らしい。とはいえ、あまり切れ者と見えないところは気にかかるが。


 オウバという野郎はクズである上に変質者であったと聞いている。だがそれでも、腐れ野盗共を統べるだけの手腕はあったはずなのだが、見る限りでは、傲慢なだけの阿呆でしかない。


 まあ、敵が阿呆であるというのは結構なことか。


 お嬢ちゃんの身体を無理矢理に乗っ取った以上、敵以外の見なしようもなぞあるはずもなし。


「寄生虫にケダモノ呼ばわりされる筋合いはないってのよバーカ」


 また、ミヅキがつぶやく。


 寄生虫、か。


 たしか、魚の皮や鱗の下に住み着いている虫のことをそう呼ぶのだったか。せっかくだ、オウバの呼称はクソ虫とでもしておこうか。それはそれと――


 少しずつ見えて来たぞ。


「お前さんの転生先というのが、空の穴の向こうというわけか」

「その通りだ。この世界で非業(ひごう)の死を遂げた俺様は生まれ変わったのだ」


 やはりか。非業の死という部分についても、一応は同意しておいてやろうか。間抜けであることこの上ない末路ではあるのだし、俺としては「自業自得だざまぁみろ」程度にしか思わぬのだが、本人にとっては非業なのだろう。


「ベティーラド最強のイクシディア使いとしてなぁ!」


 そうして再び出て来たイクシディアという単語。このクソ虫はソレを扱う技術に秀でているらしい。


 自称最強という部分はさて置き、ベティーラドというのはなにかしらの括りか。そしてそのことを誇りに思っているらしいが。


 少し誘導をかけてみるか。


「そう自慢されてもな。ベティーラドやらイクシディアやら言われても、なんのことやらわからぬ身としては反応のしようもないのだが」


 知らぬのは事実だが――こちらの無知を前面に出す。気位の高い阿呆というのはこうしてやれば、ベラベラとしゃべり倒してくれるものだが。


「フン!これだからケダモノは……」


 そう吐き捨て、


「ベティーラドというのは俺様が生まれ変わった世界のことに決まっているだろうが。そしてイクシディアはさっき見せてやったばかりだ。まったく、どこまで低能なんだ!」


 あっさりとばらしてくれる。


 ベティーラドはいいとして、さっき見たものといえば……


「俺たちを吹き飛ばした風。アレが、イクシディアとやらによるものということか」

「その通りだ。ようやくわかったようだな」


 つまりイクシディアというのは“魔法”のことか。そしてクソ虫の口ぶりからして、ベティーラドとかいう別の世界では、イクシディア――“魔法”は珍しいものではないらしい。


「この世界で愚かなガキの手にかかった俺様は、赤子としてベティーラドで生まれ変わったのだ」


 偉そうにふんぞり返ることが余程ご満悦だったらしい。聞いてもいないことまで喋り出す。


 まあいい。こちらとしても、抜き取れる情報は多いに越したことは無かろう。今は好きに喋らせておこうか。


 このクソ虫がお嬢ちゃんの顔と声で喋ること自体は不快この上ないのだが、そこも今は我慢しておく。


「コーニスもアネイカも手に入れるはずだった俺様が無力な赤子に生まれ変わったのだ。この絶望がわかるか?」


 わかるはずがあるまいよ、とは、無論口に出さずにおく。


 実際にクソ虫が両大陸を手に入れる未来があったとは到底思えぬ。前世のクソ虫を始末したのはひとりの子供だったと聞いているが、仮にそこを生き延びたとて、遠くない内に別の終末が死神に連れられてやって来たのではなかろうか。


「だが、すぐに気付いたよ。俺様は……俺様こそが選ばれたものだったのさ!」


 先ほど処理したクソ野郎と言いこのクソ虫といい、何故に阿呆というのは選ばれたがるのだろうかな……


 そんなことを思いつつミヅキを見やれば、こちらもうんざりとした様子。


「ベティーラドはイクシディアが全て決める世界。そして俺様には、比類(ひるい)なきイクシディア適性が備わっていたのだ!」


 なるほど、イクシディア――“魔法”には適性があるということか。ミヅキはそれが高く、イスズはそれなり。お嬢ちゃんと共にニホンからやってきた蛇共はイスズ以上ミヅキ以下。俺やお嬢ちゃんはその適性が極めて低い――あるいは皆無ということか。だが……


 先ほど“魔法”を使ったのはお嬢ちゃんの身体ではなかったか?


 そんな疑問も浮かんだが、今はまだ黙っておく。下手に口を挟むよりも、今はせいぜい気分よく情報を吐き出してもらうことにする。


 それはそれと、このクソ虫が阿呆な理由も見えて来たか。


 最強だの比類なきだのと言っていたが、イクシディアの力にモノを言わせて何もかもを思い通りにしてきたのだろう。だからこその傲慢さ。そして、だからこその阿呆っぷりということか。


 知恵を絞らずとも何もかもをどうにか出来てしまえるだけの力。ソレを得てしまったことで、前世では切れ者であったであろうクソ虫は、力に溺れる阿呆に成り果てたというわけだ。


 とはいえ……


 その一方で不安要素も見つかった。


 このクソ虫が“魔法”を扱う能力は、それほどまでに高いということでもあるわけか。気を引き締めねばな。


 いかに使い手が阿呆とはいえ、俺にとっては得体の知れぬ力なのだから。


「結果、ベティーラドの全ては俺様のものになった。だが……」


 そう締めくくるクソ虫の表情には、自慢話を垂れ流してきたこれまでと異なり、苦々しげな色が浮かぶ。


 そこで満足していればよかったものを……


 異なる世界がどうなろうと、それは所詮他人事(ひとごと)でしかないのだから。


 わざわざこの世界にやって来たことといい、お嬢ちゃんの身体を乗っ取った時に見せた歓喜といい、まだなにやらがあるらしいが。


「俺様の人生における唯一の汚点。ケダモノ風情にはわからないだろうな」

「だろうな」


 そのようなもの、知るはずもない。それ以前に――お嬢ちゃんを助け出す布石になるかもしれぬという理由が無ければ――知りたいとすら思わぬ。


「そんなこともわからないとは、どこまでも無知な奴だ」

「それは済まぬな。良ければ、ご教授願えるか?」


 下手に出て見せる。阿呆相手に頭を下げて見せるなぞ、これまでにも飽きるほどにやってきたことだ。今更どうとも思わない。


「フン!これだからケダモノは!よく覚えておけよ!俺様の汚点。それは……この世界を支配出来なかったことだ。ベティーラドを手に入れた俺様が、イクシディアすら存在しないこの世界を手に入れられないなど、許されるはずがないのだ!」


 ……そうかい。


 下らない。本当に下らない。全くをもって心底に下らない理由だった。当然ながら、理解も共感も出来ようはずがない。


 まあ、何故にこのクソ虫がこの世界にやって来たのかがわかった点は(よし)とするべきか。


 そして明確になったことは他にもある。


 空の穴が開き、この世界に“魔力”が流れ込んで来たのは、このクソ虫が意図してやったことなのだろう。


 だが、だとしても……


 それでもつながらないこともある。


 聞く限りでは、ベティーラドとやらとニホンは別物だ。にもかかわらず、ニホンに居たというお嬢ちゃんがこの世界にやって来たのは何故だ?


 それに、クソ虫が乗っ取りの対象としてわざわざお嬢ちゃんを選んだことも。こうしている今の口ぶりや伝え聞いた話からすれば、むしろお嬢ちゃんは避ける対象ではなかろうかな?


「だから俺様はイクシディアを使い、この世界への道を開いたのだ。当然ながら、至高(しこう)の存在である俺様でなければ不可能だったがな」


 俺の思考を余所に、クソ虫は再び自慢話を垂れ流し始める。


「そして、思わぬ形で最高の身体を手に入れることも出来たのだ」


 うん?


 ようやくと言うべきか、俺の目的に関わり有り気な話になった。


「……最高の身体、か。伝え聞く話では、お前さんは大の女嫌いではなかったか?」


 誘導を兼ねて問いかける。有益な情報を吐き出し終えるまでは上機嫌でいてもらう必要もあるが、この程度であれば鼻を曲げることもないだろうと踏んだ上で。


「フン!たしかに女であるという点は気に入らないがな。この身体はイクシディア適性だけは素晴らしいのだよ。俺様に相応しいと言えるだろう」


 そうして口にしたのは、俺が積み上げて来た思考とは真逆を行くものだった。

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