勝手に罪の意識を抱くような無粋は……してくれるな
「はい。生まれ変わりの4つ目。それが、今の私が経て来たもの。先に挙げた3つとの最大の違いは、転生に関するあれこれを……意図的に操作したということですね」
転生を操作した。そう聞かされて真っ先に浮かぶのは、最期にアイツが言ったこと。生まれ変わって俺の元に帰るという言葉。
ソレを本気で実現してしまうとはな……。本当に、どこまでも、恐れ入るところ。
「先ほど言ったように、私は天国に行ったわけですが、そこで真っ先にやったのが、あの世にまつわる“でーたべーす”を片っ端から調べることでした。望む生まれ変わりをする方法が馬鹿正直に記されているとは思いませんでしたが、手掛かりや指標くらいは掴めたらと思いまして」
「お前があの世に関してやけに詳しかったのは、それが理由か?」
「ええ。知識として持つ分には損ではありませんでしたから。ともあれ、運良く正解を引けたんでしょうね。そうこうするうち、漠然とですけど、転生を操作する術の影が見えて来たんです」
「……そうかい」
言葉にすればさほど長くない。けれど、実際にはどれほどのことだったのか。
『その場所では飢えや疲労、眠気なんかは感じないので、40年間飲まず食わずの不眠不休、なんてことも可能でしたね』
先ほど何気無しに言っていたこと。「可能ですね」ではなく「可能でしたね」と。それが何を意味しているのか。
それに、天国では制限を除いては望むモノはなんでも手の入るとのことだが、イスズはそのことを他人事の様に言っていた。多分それは、本当に他人事だったからなのだろう。
それほどまでに、脇目も振らずにいたのだろう。
やれやれ……。本当に俺は何をやっていたのやら……
情けない限りだ。
ケイトが俺の元に帰るために必死で足掻いていた頃、俺はただただ不貞腐れて死にたがっていただけ。全くをもって見下げ果てた話だ。
「そうして、一応の形が出来上がったのは、私が天国に行ってから38年後のことでした」
うん?
「38年?」
そんな後ろ向きな思考を引き戻したのは、イスズが口にした数字。
ケイトが逝ったあの日から今に至るまでに過ぎた時間は40年だったはずなのだが。
「その2年の空白はなんなんだ?と、お思いですね?」
「ああ」
38年であっても、決して短い時間ではない。そんな中でさらに2年を開けるのであれば、相応の理由があるのだろうかな。
「望む転生に関してですけど、仕組みが出来たとは言っても問題も山とあったんです。まずひとつ目。あの世とこの世を分かつ壁のようなものがあったんですけど、そこを超えることは人の魂では不可能という結論になりましてね。しかたなく、自身の魂を蛇にあった形へと作り替えたわけです」
「あのさぁ、何度も言ったと思うけどさ……イスズ伯母さんってば本気であたまおかしいよ……」
ミヅキはそんなことを言う。イスズには悪いが俺も近いことは思った。
自分の魂を作り替える。あの世の理というやつもあるのだろうが、正気で成せることとは思い難い。
むろん、それも俺の元に帰りたいという一念からだったのだろう。そう考えれば、俺は感謝以外の情を抱くべきではないのだろうが。
「まあ失礼なことを言うミヅキさんと失礼なことを思っていそうなティークは放っておくとして、人の身体では潜れない網目でも、蛇ならばすり抜けられる、くらいに思っていただけたら。そして、問題はまだありました」
半目でこちらを睨みつつ、さらにそう続ける。今イスズが話している対象こそがミヅキと俺なのだが、そこは指摘するまい。
「生まれ変わりその3でも言いましたが、本来宿るはずだった魂を押しのけるわけにも行きません。つまり、転生先は死産予定の蛇以外に選択肢が無かったんですよ」
「だからお前はあの白子蛇に転生したというわけか。だが……」
「ええ。それは、2年の空白の説明にはなっていません。私がやって来た転生にはさらに問題がありましてね。仮に蛇として転生できたとして、その場所はどこになりますか?」
「あ、そっか……」
「たしかにな。たとえこの世界であっても海の向こうなのかもしれない。それどころか、別の世界だった日には目も当てられない、か」
「そういうことです。もちろん、そのあたりも対策はしていました。ティークの魂を探し、その近くに転生する仕組みも用意していたのですが……」
「なんでもアリだね、ホントにさ……」
それについても同感ではあるが、口には出すまい。
「どういうわけか、ティークの魂を見つけることができなかったんです」
「……お前が作ったという仕組みに穴があったとは思いにくいのだがな」
真っ先に浮かぶものはあったが、イスズがそんなヘマをするだろうかという疑問も同時に浮かんでくる。
「私もその線は疑いましたよ。ですから2年近くかけて何度も確認したんですけど、異常は見つからず。あの世にやって来た人の記録も毎日確認していましたから、ティークが生きていることは間違いなかったはずですし。もっとも、川で渦に捕まっていたのなら完全にお手上げでしたが」
だから2年の間があったというわけか。
「オマケに、私が普通の転生をする日も迫っていましたからね。あの時は本気で焦っていましたし。最悪、偶然ティークの近くに転生できる奇跡を願って賭けを打つ覚悟すらしていましたよ。けれどそんな折、なんの前触れも無くティークの魂を見つけることができたんです。それが……今から丸一日前あたりだったんですけど……。なにか心当たりってないですか?」
丸一日前といえば……屋根の上でミヅキと話していた頃か。思い当たることと言えば……
「その様子だと、なにかあるんですね?」
たしかに、無いわけではなかった。そしてイスズは、俺が見せたであろう表情の変化を目ざとく捉えてくる。
「ああ。ちょっとした心境の変化がな」
その時にあったのは、ケイトが最後に遺した言葉の真意を知り、少しだけ、顔を上げることが出来たということ。
魂というのは、心とは大差ないモノらしい。であれば、そういった変化で――恥ずかし気を我慢して表現するなら――魂の輝きが申し訳程度に増したというのもありそうな話だろう。
結果として、俺の魂を見つけ出すことが出来たというのも。
「……そうでしたか」
それだけで、イスズもすべてを悟ったらしかった。顔に浮かぶものは、申し訳の無さそうな色。
「ごめんなさい。私……ケイトが最期に遺した言葉は、ずっと貴方を苦しめていたんですね」
やれやれ……。こんな時くらいは、その慧眼を節穴にしてもよかったのだがな。そうすれば、無駄で無意味で無用な罪悪感も生まれなかったものを。鋭すぎるというのも、時に考え物だ。
お嬢ちゃんの顔で泣きそうにされるのも、イスズに泣きそうにされるのも、気分のいいものではない。
ならば、さっさとやめさせようか。幸いにも、そのために使えそうな理屈は手持ちにある。
「お前が悪いわけではなかろうさ。俺が勝手に誤解をして、勝手に苦しんでいただけのこと。付け加えるのならば、お前が過ごしてきた40年と比べたなら、俺の苦しみなぞぬるま湯もいいところというものだ」
「ですが……」
「無論、お前の40年をしかとは知らぬ。そこにどれほどの労苦があったのかもな。そんな俺に偉そうなことをほざく資格があるとも思わぬさ。その上で言うぞ」
軽く息を吸い、吐き出す。
「この40年の間に起きたことなぞ、どうだっていい。そんな些事に気を取られるよりも、ようやくたどり着けた今と、この先に続く時間の楽しみ方を考えた方が……面白おかしいと思わぬか?」
他ならぬイスズ自身が口にした言い回しを返してやる。
「面白おかしく、命の限り好き勝手にと。それがお前の求めた生き方だったのだろう?だったら、些末な罪悪感なぞ捨ててしまえばいい」
「……そのために大事な人を苦しめていいとは思えませんよ」
「そうかい」
まったく、いつもの柔軟さはどこへ行ったのやら。
ならばしかたあるまい。切り札を出すとしようか。
「だがな、俺は今だからこそ、思えることもある。もしも俺がもっと早くに顔を上げていたなら、お前は2年前の時点で蛇への転生を行っていたことだろう。けれど、その場合はどうなっていただろうな?」
その程度のことなぞ、イスズが思い至らぬはずもない。
「親蛇の腹から出ることもなく果てていたのかもしれぬ。あるいは、他の動物に食い殺されていたのかもしれぬな。あるいは――」
思いつく限りでも最悪の最悪。それは――
「俺の元にやって来たとて、ソレがお前の生まれ変わりと認識出来ただろうかな?薄気味の悪い蛇めと、俺がこの手で、俺の元に帰るために必死でやってきたお前を殺めるなんて、怖気が走るような結末すらもあり得たことだろう」
イスズが返すのは沈黙。
「だが現実には、俺はケイトの生まれ変わりであるお前とこうして言葉を交わせている。それを叶えてくれたのはケイコお嬢ちゃんだ。そして、ケイコお嬢ちゃんが居る時に、俺にお前の真意を気付かせ、顔を上げるきっかけをくれたのはミヅキだった」
そのふたりが居なかったなら。そう考えると背筋が冷たくなる。
「だから……今ならば思うことが出来る。お前が白子蛇に転生するのは、昨日でなければならなかったんだ。そして――」
後ろ向きで、屈折した生き方を続けて来た、苦痛にしか思えなかったこれまでの40年を振り返る。
「こうしている今。心の、魂の奥底から満たされている今を迎えるための代償だったとするならば、あの程度の日々なぞ、破格どころではない。捨て値もいいところというもの」
だが、そんな認識は今この場で終いにするとしようか。
「あの40年は必要なものだったのさ。ならばむしろ……あのロクでもなかった40年に感謝すらしてやりたいところだ。それどころか胸を張って誇ろうか。俺は……お前と再び言葉を交わせるという奇跡の代償を、見事に払いきってやったんだ、とな」
ためらい無く、そう言い切ることが出来た。よもやこのような日がやって来るとは、夢にも思わなんだ。けれどそれが、今の俺に宿る掛け値なしの本心。
「……本気、なんですね」
「ああ。それがわからぬお前ではあるまい。薄っぺらいとはいえ、一応は俺の誇りだ。勝手に罪の意識を抱くような無粋は……してくれるな」
そうして真っ向から視線をぶつけ合い、
「あはは……」
目の端に涙を湛えたままで、疲れたような声色で。それでも、先に笑い声という形で音を発したのはイスズの方。
「本当に、貴方ってひとは……」
ぽたりぽたりと雫が流れ落ちる。
屈託のない笑みは、雫が由来する感情を示す。
「ありがとう」
そうして言ってくる礼は、果たして何に対してだったのか?
「礼を言う相手は俺ではなかろうさ」
けれど俺は、そんな返しをしていた。この40年でねじけた性根は、多分死ぬまで……いや、あの世に行っても直りはしないことだろう。
「……へ?」
そして、視線を向けられたミヅキが呆けた声を出し、
「ふふ。それもそうですね」
イスズも穏やかに微笑む。
「思えばミヅキさんとケイコさんには随分と大きな借りを作ってしまったわけですよね、私たち」
「ああ。くたばったなら、残りは踏み倒すことになるだろうが、後腐れなく返し切ってしまいたいものだ」
「うーん……そこまでのものなのかなぁ……」
そう首を傾げるミヅキだが、与えた側と受けた側で認識が異なるというのが恩義の常。ハルクなどはやたらと俺に恩を感じているようだが、俺としては余計な世話を焼いたかもしれぬというくらいにしか思えぬのだから。
「あ!だったらさ……お願いがあるんだけど……」
何かを思いついたらしく、ミヅキがポンと手を打つ。
「なんです?」
「うん。実はさ、昨夜ケイコちゃんと話してたのよ。あたしたち3人で旅をしたいな、って」
「3人というのは……」
昨夜の時点で、と言うのなら、お嬢ちゃんとミヅキと俺、だろうかな。
「けどさ、イスズ伯母さんも加えた4人だったら、もっと楽しそうでしょ?」
「……そうだろうな」
「それは……素敵ですね」
口元が緩みそうになる。イスズも同じ気持ちらしく、言葉だけでなく表情に現れていた。
お嬢ちゃんが好奇心に目を輝かせ、調子に乗ったミヅキが厄介ごとを呼び込んで、イスズがあっさりと解決策を示して……最後に面倒を背負う羽目になるのは何故か俺。
不意に脳裏を流れた光景は……眩しかった。
「ケイコさんも賛成だって言ってますね」
「ならば、全会一致ということか」
「ええ。他の蛇たちも同じ考えだそうです」
「……そうだったな」
忘れそうになっていたが、お嬢ちゃんの中には数百という蛇も居たのか。まあ、お嬢ちゃんが手綱を握ってくれることだろう。
「それで、あたしとケイコちゃんのお願い、聞いてくれるんでしょ?」
「ええ。むしろこちらからお願いしたいくらいです。けど……」
「俺としても断る理由は無い。のだがな……」
イスズの歯切れが悪い理由は手に取るようにわかる。なにせ、俺も同じなのだろうから。
「それでは借りの上乗せだろう」「それって借りの上乗せじゃないですか」
そう。この4人での旅と言うのは、俺にとってもあまりに魅力的な提案だったのだから。
「ま、いいけどさ……」
対してミヅキが向けてくるのは、肩をすくめた上での、そんな言葉。この状況で俺やイスズの口癖を真似てくるあたりには、軽い苛立ちも感じないではなかったのだが、それは呑み込んでおく。
「じゃあさ、あと10年してケイコちゃんがお酒飲める歳になったらさ、みんなで祝杯上げようよ。もちろんオジサンとイスズ伯母さんのオゴりで。今回の貸しはそれでチャラにしてあげるから」
「だがな――」
「異論は認めない。断じて認めない」
上げようとした異論に対しては、そんなことを被せてくる。
「あたしはさ、その10年後の一杯にはそれだけの価値があると思うことにした。まさかとは思うけど……」
そして見せる笑みは、悪戯が成功した時の悪ガキさながらで。
「あたしが胸張って価値を認めるものを貶めるような無粋は……してくれないでね?」
先ほど俺がイスズに言ったのと似たようなことを叩き返してくれやがった。
そうされては、俺もイスズも返せる言葉は無く。
「やれやれ……」
「一本取られましたか……」
引き下がるよりなかった。
間違いなくケイコお嬢ちゃんもミヅキに同調することだろう。
「ま、いいけどよ……」「ま、いいですけどね……」
イスズと揃ってため息を吐く。こちらに納得の行く返し方は、俺とイスズで追々考えていくとしよう。
このまま終わってなるものか。なあ、そうだろう?
もちろんですとも。終わりにさせてなるものですか。
声に出さず、目だけでイスズと言葉を交わす。
こうして今宵は更けていく。
そんな、穏やかで愉快で間の抜けた雰囲気が、たまらなく愛おしく、いつまでもとは行かずとも、寿命が尽きるその日までは続いてほしいものだと……この時の俺は心の底から思っていた。




