そうやって川に留まるうち、なにが起きた?
「では、生まれ変わりのふたつ目。地獄経由の話をしましょうか」
「さて、天国とやらがやり過ぎなほどに好き放題できるところだったことを考えれば……」
「地獄ってのはさぞや悲惨なところ、なんだろうね。ちょっと怖い気もするけど」
「まあ、そこまで怖がることもないでしょう」
「それって、そこまで酷くはないってこと?」
「ミヅキさんが思うよりもマシということはまずないことでしょう。ですのでご安心を」
「そっかぁ。だったら……って、どこを安心しろってのさ!?」
「ふふ。いい反応をありがとうございます。けれど、ミヅキさんが固くなる必要は無いというもの。どうせ他人事ですし」
「そりゃそうだけど……」
やれやれ……
40年を経てもいい性格をしているところは変わらぬな。俺も昔は、似たようなことを散々やられたものだ。
「イスズよ。それくらいにしておけ」
「そうですね。ミヅキさんがあまりに可愛らしいのでつい……」
「つい、で脅かさないでよ。イスズ伯母さんの性悪」
そんなことを言いつつも、ミヅキはどこか楽し気で。先ほどの――子供じみたと言ったら子供に非礼となりそうな――言い争いの結果、距離が近まったというやつだろうかな。
「それで、地獄行きについてだが」
「そうでしたね。まず、天国行きとの違いは、生前の行い。よほどのド外道でもなければ、地獄行きとはならないようです。このあたりは、先ほどもチラリと言いましたかね」
たしかに、そんなことを聞いた。
「地獄行きになるかどうかの基準は、魂の穢れ具合だそうです」
なるほど、そういうことならば想像もしやすい。
「悪行を重ねれば重ねるほどに、魂も穢れるということだな?」
「ええ。あまりにも穢れが酷すぎて天国では浄化できない。そんな連中が送られるのが地獄というわけですね。さて、その地獄はどんなことをやるのかと言いますと……」
「拷問とか?」
「そこで受ける仕打ち自体は拷問以外の何物でもないでしょうけど、あくまでも目的は魂の穢れを除くこと、ですからね?」
そこははき違えないように、とでも言いたげにミヅキを見やる。
「それで、具体的にはどうするのかと言いますと……まず、魂を手頃な大きさに切り、沸騰したお湯の中に放り込みます」
「料理かよ!?」
「ええ。よく似ているらしいですよ」
思わず突っ込むも、イスズは涼しい顔でうなずくばかり。
「そうして、じっくりコトコト煮込むと、灰汁のように出てくるものがありましてね、ソレが魂に溜まった穢れというわけです」
「まるで……というかまるっきり地獄の釜じゃないのさ」
「ですよねぇ。そんな釜で100年ほど時間をかけて、丁寧に灰汁を取り除くわけです」
「100年の釜茹でか……。しかも切り刻まれた上でと来た。なるほど、たしかに地獄と呼ぶに相応しい」
「最後に、灰汁抜きが終わった魂は粉微塵にすり潰され、それを材料として新しい魂が出来上がり、どこかの世界に送られる、というわけです。これがふたつ目の生まれ変わりになります。余談ですが、すり潰されるあたりまで、キッチリと苦痛はあるとのことです。まあ、どうでもいいことですけどね」
最後の最後まで他人事の様に言い放つ。まあ、実際に他人事ではあるのだろうが。
「地獄怖すぎ!あたし、真っ当に生きることにするよ……」
「まあ、よほどの外道に堕ちなければ地獄行きにはならないでしょうけど。ともあれ、この場合にも、当然ながら記憶は残りません。結果だけを見るのであれば、天国に行った魂も地獄に落ちた魂も同じようなものなんでしょうね」
「……過程には、それこそ天地の差があるだろうがな」
「そのあたりは些末なことですがね。そして、生まれ変わりの大半は、今話したふたつのどちらかになります」
「そりゃそうだ。前世の記憶持ってる奴なんて、滅多にいる者じゃないだろうしね」
「ええ。そこで、生まれ変わりの3つ目。前世の記憶を持ち越した転生の話をしましょう」
ようやくそこに来れたか。
居住まいを正していたのは俺だけではなかったらしい。ミヅキを見れば、こちらも表情を引き締めていた。
「少し話は戻りますが、この世とあの世を結ぶ川について先ほど話しましたよね?」
「うん」
「たしか、魂が流れていく川だったな」
「ええ。ですがそこに、少し言葉を足してみましょう。魂が、木の葉のように流れていく川。というふうに」
「木の葉のように……?」
川を流れる木の葉というのは、結構な回数目にしてきたわけだが……。イスズのことだ。この例えにも必ず意味を仕込んでいるだろう。
俺やミヅキの反応を待つように、イスズは静かにこちらを見ている。
川を流れる木の葉……。川を流れる木の葉……。川を流れる木の葉……
思い描いてみるものの、イスズが込めたであろう意味はわからず。
「降参します?」
「うん」
「……少し癪ではあるがな」
図ったような間でかけられた言葉に、ミヅキは素直に、俺は不承不承に頷く。
「木の葉というのは、留まること無く海に向かっていくわけではありませんよね?地形によって発生した渦に捕まってぐるぐると回り続ける。そんな光景、見たことは無いですか?」
「……そういうことか」
難題であっても、答えを知ってしまえば拍子抜けするというのはよくあること。
「つまり、魂もそうやって足止めされることがあるわけだ。お前――イスズ・セイコとミヅキ、あの御仁が生まれ変わった時期にズレがある理由もそのあたりか。そして、お嬢ちゃんの生きた時代がお前の200年後でなければ辻褄が合わぬというのも……」
そして、そのことをきっかけとして、頭の中でいくつかの情報が結びつき、像を浮かび上がらせる。
「そういうわけです。ちなみにですが、川で足止めされ続ける魂があるというのは生まれ変わりという仕組み的には都合が悪いようでしてね。300年に一度、あの世を管理している方たちが川を巡回し、留まっている魂を連れて行くそうです。その先は例によって、天国か地獄になるわけですが」
「300年とはな……」
随分と気の長い話だ。
だが、
「そうやって川に留まるうち、なにが起きた?」
ぼんやりとしていた像。その輪郭がはっきりとしてくる。
天国地獄に連れて行かれたのであれば、記憶を残しての転生とはいくまい。
「これも繰り返しになりますが、その川はすべての世界とつながっているわけでして……渦がある場所と、どこかの世界からつながる場所が近いこともあるわけです。そして、近くにある世界に条件を満たす身体があれば……」
「魂はそこに引っ張られる、とか?」
「ええ。それが、今のミヅキさんというわけです。あの御仁やケイティア・コルネットもそうですね」
「なるほどな……。それで、条件を満たす身体というのは?」
「生まれながらに魂を宿すことができなかった身体であること。いわゆるところの死産ですね。さすがに、先客である魂を追い出すというわけにもいかないということでしょうか」
「なるほどな」
「少ないとはいえ、この例は時折発生することらしいですね。私たち3人が揃ってこの転生をしたのは、川の地形や、この世界とニホンがある世界の位置関係が原因。そして、ミヅキさんが転生してから程なくして、地形が変わり、こういったことは起こらなくなった、とのことです」
「なるほど」
説得力はある。それに、この世界に生まれ変わった時期に関するあれこれにも筋が通るというもの。
「そんなことがあったとはねぇ……。全然覚えてないや」
「まあ、身体を離れた魂は、あの世に着くか別の身体に入るかするまでは眠っているようなものですから。無理もないですよ。私だって、川を流れていた頃のことは覚えていませんし」
「それもそっか……。けどさ、かなりややこしいことになっちゃったね」
「と、言いますと?」
「いやさ、ニホンで生まれた時期と死んだ歳。こっちで生まれ変わった時期なんかの順番は見事にぐちゃぐちゃだし……」
「たしかにな」
俺とて、一応の把握は出来たつもりだが、整理しきれているかと問われれば、首を横に振るところ。
「では、まとめてみましょうか」
そして、平然とそんなことを言うのはやはりイスズ。どうやら、イスズの中では整理されているらしい。
「書き出して見れば、わかりやすいと思います。なのでティーク、紙とペンを貸してくださいな」
「……ほれ」
「ありがとうございます」
そうして、イスズは紙に書こうとするのだが……
「あ、あれ……?」
走らせたペン先の軌跡が描くものは、ミミズがのたくったような線ばかり。
俺の知るケイトは、やけに字も達者だったのだが……
「お嬢ちゃんの身体を借りた状態では思うように歩けぬと言っていたが、指先の動きもままならぬらしいな?」
「不覚です……」
「仕方あるまい。俺が代筆をするぞ」
「……お願いします」
セイレキ1960年 ニホンにて、イスズ・セイコ誕生
セイレキ1984年 ニホンにて、ヤツハタ・ミキオ、ミヅキ・エイコ誕生
セイレキ2010年 ニホンにて、ヤツハタ・ミキオがイスズ・セイコの部下になる
セイレキ2012年 ニホンにて、イスズ・セイコ死亡。享年52歳
同年 ニホンにて、ヤツハタ・ミキオ、ミヅキ・エイコ死亡。共に享年28歳
セイレキ2122年 コーニス大陸にて、ヤツハタ・ミキオがミキオ(本名不明。後のあの御仁)に転生
セイレキ2180年 コーニス大陸にて、ティーク誕生
セイレキ2181年 コーニス大陸にて、イスズ・セイコがケイティア・コルネットに転生
セイレキ2194年 コーニス大陸にて、ティークがミキオと出会う
同年 コーニス大陸にて、ミキオ死亡。享年72歳
セイレキ2195年 コーニス大陸にて、ティークがケイティア・コルネットと出会う
セイレキ2205年 コーニス大陸にて、ケイティア・コルネット死亡。享年24歳
同年 あの世にて、ミキオが転生
セイレキ2229年 コーニス大陸にて、ミヅキ・エイコがエイナス・コルネットに転生
セイレキ2235年 ニホンにて、ケイコ誕生
セイレキ2245年 ケイコがアネイカ大陸へ転移し、ティークと出会う
同年 ティークがエイナス・コルネットと出会う
同年 ケイティア・コルネットが白子蛇に転生
「と、こんなところでしょうか」
「ふむ」
言われるままに書き出したわけだが、たしかにこうして並べてみるとわかりやすい。
ちなみにセイレキというのは、特定の時を起点として、そこから何年が過ぎたかを表しているらしい。ミヅキはごく自然に受け入れていたようだし、これもニホンにあった概念なのだろう。なるほど、たしかに便利だとは俺も思う。こうして記録していけば、たとえ500年以上先であっても、あの御仁が何年前に生まれたのかといったこともすぐに導き出せる。
「へぇ、こういう順番になってたんだね」
「ええ。ケイコさんがこの世界に転移したのがセイレキ2245年とわかったので、そこからの逆算で。ともあれ……」
イスズが俺とミヅキを順に見る。
「これが生まれ変わりの3つ目というわけです」
「そうかい」
ケイト、ミヅキ、あの御仁の例については理解出来た。だが……
「今ここに居るお前は、ソレとも違うのだろう?」
イスズは天国を経由して、この場にいるらしいのだから。今の例は、天国や地獄を介さない生まれ変わりだ。
「はい。生まれ変わりの4つ目。それが今の私が経て来たもの。先に挙げた3つとの最大の違いは、転生に関するあれこれを……意図的に操作したということですね」
どこか悪戯っぽく、片目をつぶってイスズが告げたのは、そんな――これまでの話を聞いてなお、とんでもないと思えることだった。




