そのあたりは、知りたくなかったぞ……
「ただいまー……って、ありゃ?」
「どうかしたのか……。ああ、そういうことか」
ケイコお嬢ちゃんとイスズの待つ部屋のドアを開けたミヅキが怪訝そうに首を傾げる。気配はあるのだが、などと思いつつ部屋の中を見て、俺にもその理由がわかった。
「寝ちゃった?」
ベッドに座ったままのお嬢ちゃんは目を閉じ、ミヅキの帰還にも無反応だったのだから。
だが……
「それにしては妙だな」
「妙ってなにが?」
「姿勢がな」
座ったままで眠る。俺もここ数日続けてきたことではあるが、その時は柵に背中を預けてのことだった。寄りかからずに、というのも経験はあるのだが、その場合は足を組んでのこと。何故かというなら、そうでもしなければ不安定となり、容易に背中から倒れてしまうからだ。
今のお嬢ちゃんはと言えば、足を前に投げ出した――言うなれば、背もたれの無い椅子に座るのと同じような状態。待つ内に眠ってしまったとは考えにくいのだが……
「……クゥレ、おカエリ ダンナ、ミヅキ」
そうこうする内こちらに気付いたようで、目を開けて声をかけてくる。寝起き特有のぼんやりした様子が無いあたり、やはり眠っていたわけではないらしい。そして、まとう雰囲気や言葉からして、イスズではなくケイコお嬢ちゃんの方だった。
「クゥレ、イスズニかワル……。おかえりなさい。もう少しゆっくりでもよかったんですよ?」
代わって現れたイスズはそんな白々しいことを言ってくる。
「はて?俺たちは水を汲みに行っただけであったはずなのだがな?」
そんな口実で出て行ったはずの俺たちが手ぶらで戻ってきたことへの言及も一切無し。
「まあそのあたりはどうでもいいとして……ミヅキさん、ティークがなにかやらかしましたか?」
「ふぇ!?」
「何故にそうなる?」
それよりも、と言わんばかりに、なにやら気に食わぬ問いかけを向けてくる。
「いえね、ミヅキさんがしてきたであろうお話にはこじれるようなところは無かったと思うのですが、その割には釈然としない様子でしたので」
「そうかい」
先ほどにひと悶着あったのは事実。俺が原因という決め付けはともかくとしても、相も変わらず的確な読みをしてくれるやつめ。
「と言っても深刻な風ではありませんし、さて置くことにしましょうか。では、あらためまして」
そこで一度言葉を切り、その間に俺とミヅキは腰を下ろす。
「ミヅキさんお待ちかねの、生まれ変わりとはなんぞや?という話をしましょうか」
「お待ちかね?」
「うん、お待ちかね。ここに来る前に3人で話してたって言ったけどさ、途中で切り上げてたのよ。どうせオジサンにも話すんだし、二度手間でしょ」
「それはそうだが……。お嬢ちゃんはどうするのだ?」
「え……?……あ!」
ここに来る前の話であれば、ニホン語を使えば3人とも理解は出来ただろう。が、今話しているのはアネイカ言語。今のお嬢ちゃんにはほとんどわからぬものだと思うのだが。どうやらミヅキは失念していたらしい。
「その点はご心配なく。これから話そうとしていたことは、すでにケイコさんには伝えてありますから」
「って、いつの間に!?」
「それはもちろん、おふたりが水汲みをしていた間に」
「いや、たしかに他に時間は無かっただろうけどさ……。そんなに短く済む話だったの?」
「いえ、話自体はかなり長くなると思いますよ?」
「だったら……」
「そういうことか」
ミヅキを余所に、俺の中ではひとつの仮説が組みあがっていた。
「……先ほどのお嬢ちゃんは目を閉じたままで座っていたように見えたが、眠ってたわけではないのだろう。思考に意識を集中する際、目を閉じるというのはよくあることだが」
「ええ。その時にです。今の私はケイコさんの心の中に居るわけですが、その状態だと言葉を口に出さなくても――言い換えるなら、考える速度で会話が出来るんです」
「それはまた……」
同じ内容であれば、言葉に出すよりも頭の中で考えるだけの方が格段に速いというもの。俺の知るケイトは頭の回転も異常なほどの速かったが、お嬢ちゃんに合わせるなぞ容易いことだろう。
「そういうことですね」
俺の思考を読んだかのように合いの手を入れてくるが、それもケイトであればいつものことだった。だから驚きはしない。むしろ――
「お前がお嬢ちゃんに伝えたというのは、生まれ変わりにまつわるあれこれだけでもないのだろう?」
「ええ。この世界の言葉。アネイカ言語と呼んでいるようですが、そちらも少々」
「だろうな」
先ほどのお嬢ちゃんは「イスズに代わる」と言っていた。アネイカ言語を教えるのはミヅキにも頼んでいたが、なんだかんだでそのために取れた時間はさほど多くない。
「そんなわけでしてね、ケイコさんを置き去りにしてしまう心配はご無用というわけです」
「らしいな。ならば、ミヅキがお待ちかねだという――」
「その前にさ、イスズ伯母さんに聞きたいことが出来たんだけど、いいかな?」
「それは構いませんが……」
生まれ変わりに関する話を。そう言いかけたところに割り込んできたのは、待ちわびていたはずのミヅキ。イスズが不思議そうにするのも道理というもの。
「ふふん」
そんなミヅキが俺に向けてくるのはわかりやすいニヤケ顔。なにやらを企んでいるのだと、はっきりと書かれていた。
「あのさ、オジサンとの馴れ初めとか知りたいなぁ、って。あと、どんなところを好きになったのか、とかも」
やれやれ、しつこいやつめ。
思惑は理解出来た。食堂でのやり取りをまだ根に持っているらしい。
つまるところ、イスズに俺の長所を挙げさせた上で、それを口実に俺の自己評価を改めさせようとでも言うのだろう。
ご苦労なことだ。
何故に、そんな下らぬことに労力を費やせるのか、俺にはまるでわからぬが。
「……イスズ?」
とはいえ、面倒ならば無視してもいいぞとでも言ってやろうかと思い、イスズの方を見れば、当のイスズは大きく目を見開き、驚きを露わにしていた。突然阿呆なことを聞かれたのだから、驚くこと自体は不思議でもない。
だが、あのイスズがあそこまで顔に出すほどのことか?
そんなことに内心で首を傾げる内、イスズの表情が変わる。口の端がつり上がり――先のミヅキとよく似た――ニンマリ、なんて表現が似合いそうなものへと。
「気になりますか?そうですよね!そうでしょうとも!もちろん、喜んでお話しさせていただきますとも!」
「え、えっと……」
唐突な食いつきぶりに、話を振ったはずのミヅキは逆に困惑し、俺も似たような心境だった。
「イスズよ、急にどうした?」
それでも気を取り直して問いかける。
「あ……。ごめんなさい。ずっと憧れていたことだったのでつい……」
そう謝ってくるのだが、その間にも口の端が上がろうとする。顔がニマニマとなることを抑えきれないといった風か。それに、
「何に憧れていたんだ?」
この流れでそのようなものは見当たらないのだが。少なくとも、俺の目には。
「いつか子供が生まれて恋愛に興味を持つようになったら、私たちがどんな恋をして来たのを話してあげたいな、って」
「……そうかい」
少しばかり耳が痛い話でもあった。40年前のあの日、なにかひとつでも俺の行動が違っていたのなら、叶えてやることが出来たやもしれぬことだから。
「イスズ伯母さんもそういうこと考えるんだ。ちょっと意外かも」
「そうですかね。まあ、イスズ・セイコは恋愛とは無縁の生き方をしていましたからね」
「そうなのか?」
たしかに、先ほど聞いたイスズの前々世において、そのような話題は出て来なかったが。
「そうなんですよ。穴埋めとして、興味が向いた先は物語。その中でも、異世界の転移や転生ものが大好物でしてね」
「そういえば、イスズ伯母さんが“えすきゅー冒険者”って単語をオジサンに言ってたんだっけ……」
「ああ」
そのおかげで、ケイトの真意に気付くことができたのが昨夜のこと。
「まあそんなわけでしてね、自分たちがしてきた恋を子供に話す、というのは、いつかやってみたいと思っていたんですよ。ミヅキさんは姪にあたるわけですが、そこは似たようなものだということで。ありがとうございます、長年の夢を叶えてくれて」
「あ、うん。それで、聞かせてくれるんだよね?」
「ええ。もっとも、少し照れますけどね」
照れるくらいなら止めてもいいのだがな。そんなことも思わぬではなかったが、口には出すまい。俺が叶えてやれなかった念願だったらしいのだから。俺としても照れ臭いが、そこも我慢するとしようか。
「それで、私たちが出会ったのは……コルネットとエゼム方面を結ぶ街道でしたね。途中で森の近くを通るんですけど……ミヅキさんはご存知ですか?」
「うん。知ってる知ってる」
「エゼムからの帰り道、その森の近くを通った時に私が乗っていた馬車が野盗に襲われましてね、そこを助けてくれたのがティークだったんですよ」
「そういえば、ケイティア伯母さんが家出したのって、その時の鏡追いを追いかけていったからだったっけ……。コルネット家の連中はみんな揃って、そいつに騙されたからだって言ってたけど」
懐かしい話だ。もしもあの時、保身を優先して知らぬふりをしていたなら、俺の道はまったく違うものになっていたのだろう。今となっては想像すらもつかぬが。さしずめ、あの瞬間が俺にとっての、運命の分岐点とでも呼ぶべきものであったのだろう。
「……そんなところだろうと予想はしていましたが、よりによってティークを詐欺師呼ばわりですか。いい気分はしませんね」
「たしかに、事実とは異なるな」
間違いなくアイツは、自分の意思で家を飛び出していた。対して俺は、帰れ帰れと両手の指で足りぬ程度には言ってやったはずだ。
「まあ、そんな胸糞悪い阿呆共のことはともかく……」
そんな風に話を切り替える。相も変わらず、気に食わぬ相手に対しては言葉が汚くなるやつだ。
「ティークのどこを好きになったか?でしたね。その気になれば100や200は挙げられるでしょうけど……」
姿形がケイコお嬢ちゃんだからというのもあるのだろうが、その様は実に愛らしい。
「さすがに100は聞かなくてもいいけど……。じゃあさ、第一印象的なやつは?」
「そうですねぇ……。最初に惹かれたのはもちろん……」
言葉を切る。まるで――というよりは、間違いなくもったいつけるつもりなのだろう。
「顔ですね」
「そっかぁ。わかるわかる。オジサンってなんともいえない渋さが……って、顔!?」
同意するように――あるいは、流されるように相槌を打っていたミヅキが、唐突に驚きの声を上げる。
「か、顔ってどういうことさ?」
「どう?と言われましても、そのままの意味だとしか。言い回しを変えるなら、外見、容姿、見た目。あるいは“るっくす”でも構いませんが」
“るっくす”というのはわからぬが、おそらくはニホン語なのだろう。
たしかに、そんなことを聞かされた覚えはあるが……。死に瀕していたあの時、たしかにアイツは言った。ひと目惚れだったと。
「え、えぇ……」
「正直なところはですね、あの瞬間まではこう思っていたんですよ。ひと目惚れ?そんなものあるわけがないでしょう?物語じゃあるまいし、と。でも、現実にも存在するものだったんですねぇ」
「そ、そうなんだぁ……」
呆然とするミヅキを余所に、イスズはしみじみと続ける。頬を赤らめたその様は、これまたお嬢ちゃんの容姿と相まって可愛らしくはあるのだが。
「それに、元より家を飛び出すつもりではいましたからね」
「あ、そこはあたしと同じなんだ?」
「はい。そのための準備も進めてはいたのですが……」
その割には、無一文で俺のところに押しかけてきたようだがな。
そんなアイツに食わせてやった飯代は俺の懐から。しかたなく同行を認めさせられたケイトの旅装や鉄杖の代金も同じように、俺の懐を寂しくしてくれやがったのだが。
「最高に好みの男性だったということもありまして、この機会を逃してなるものか!と。せっかく準備したものは屋敷にあった私の部屋でホコリを被ることになりました。というわけです」
たしかに、今にして思えば、ケイトらしからぬ無謀な行為ではあったか。
「ま、いいけどよ……」
それでも、その先にあったもの。ケイトと共に在り続けた日々を思えば、文句も言えまい。
「そ、そうだったんだぁ……。あ、でもさ、オジサンのいいところって顔だけじゃないんだよね?性格とか、頭が切れるところとかさ」
イスズの言ったことは、悪い意味での予想外だったのだろう。疲れた様子のミヅキは、それでも気力を振り絞るように問いを続ける。
「そうですねぇ……。正直なところを言いますと、あの頃のティークって、顔以外はあまり好きじゃなかったですよ。他の鏡追いと比べても腕が立つ方ではありましたけど、それに頼り切って考え無しに突っ走るような人でしたから。頭の良し悪しで人をどうこうは言いたくありませんけど、考えることを放棄するような人はちょっと……」
「そ、そうなの!?」
「おい……」
が、イスズが返してくるのはそんな返答。ミヅキだけでなく、俺も半ば反射的に言葉を返していた。
それはそうだろう。たしかにあの頃の俺は未熟にもほどがあった。それは認める。だが――我ながら女々しいとは思うが――ケイトが俺に向けてくれていた好意は疑いたくはないわけで。
「だから思ったわけです。この人を私好みに育てよう、と」
「おい!?」
「って、まさかの“逆ヒカルゲンジ”計画!?」
あまりにもあまりな物言いだった。ミヅキはミヅキで驚きの声で意味の分からぬことを叫び、戦慄したような目を向けていたが、俺も声を荒げてしまっていた。
とはいえ……
少し考えてみれば、事実とはさしてかけ離れていないというあたりがなんとも情けない。あの頃には、随分と多くのことをケイトから学ばされた。認めてしまうのは少し癪だが、俺はケイトに育てられたようなものだろう。いかに形だけであったとはいえ、それで1年もの間ケイトの師匠を自任していたのだから、当時の俺はどれだけ蒙昧だったのやらという話だ。
「と、最初はそんな風に思っていたんですけど、当のティークは教えたことをみるみる吸収して育っていくものですから、いつの間にか私も本気で惚れさせられていったというわけです。本当に罪作りな人ですよ、貴方は」
そんな風に締めくくり、非難めいた目を向けてくる。のだが……
「それはお前だ!」「それはあんただ!」
対する反論は、俺もミヅキもまったく同じだったらしい。
やれやれ……
どれもこれも初耳ではあった。死の際に遺した言葉の真意と同じく、俺が知らずにいたケイトの真実なのだろうが……
そのあたりは、知りたくなかったぞ……
「あのさ、オジサン」
「どうした?」
「その……なんかゴメン」
「謝罪には及ばぬさ」
殊勝に謝って来るミヅキだが、責めようとは思えなかった。言い出したのはミヅキなのだが、どこかの誰かのおかげで大いに疲労させられた者同士。むしろ、今まで以上の親近感すら覚える。
「ま、いいけどよ……」「ま、いいけどさ……」
だからなのだろうか、ため息混じりのつぶやきは、またしても見事に重なっていた。




