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そうかい。それは許せぬな

「それで、用向(ようむ)きは?」

「そりゃ気付くよね……」


 女将はすでにベッドの中なのだろう。誰も居ない食堂にやって来た俺の初動は飲み水を用意すること――ではなくて、適当な椅子に腰を下ろしての問いかけ。ミヅキもすぐに応じ、苦笑混じりに向かいに座る。


「オジサンとサシで話したいことがあってさ、区切りの良いところで適当に膳立てしてくれって、イスズ伯母さんに頼んでたの」

「そんなところだろうな」


 あれだけ白々しい話の振り方をしたくらいだ。イスズにしても、そのことを隠すつもりは毛頭無かったのだろう。


「イスズ伯母さんはゆっくりでいいって言ってたけどさ……さっさと言っちゃうね」

「ああ」

「よかったね、オジサン。形はともかく、大事な人が帰ってきてさ」


 言葉だけを見るならばそれは祝福。そして、ミヅキの気性を踏まえるのなら、口先だけではないのだろう。が……


 やれやれ……


 俺としては、冷や水を浴びせられたようにも感じていた。


 “大事な人が”とミヅキは言ったが、そんな存在を失ったのはミヅキとて同じことだったはずだというのに、そこに思い至ることが出来ていなかった。


 割れながら情けの無いことだ。アイツが戻って来たことで、随分と浮かれていたらしい。


 不覚としか言いようがあるまい。


「すまな――」

「謝ったりしてくれやがったらぶん殴る」


 けれど、言わんとしたことは脅迫まがいに中断させられる。


「……その様子だとさ、あたしに負い目感じてるでしょ。『ミヅキだって大事な人を亡くしたっていうのに俺は……』とかなんとかさ」


 イスズならまだしも、ミヅキにまで腹の内を見抜かれるとはな……


「……そこまでわかりやすい方でもないと思っていたのだがな」

「別にイスズ伯母さんのお株を奪うつもりもないけどさ……」


 そう言ってミヅキはため息をひとつ。


「オジサンのところに来る前にさ、3人で話してたって言ったでしょ?その時に聞かされたのよ」

「何をだ?」

「ミキオがイスズ伯母さんに託してた遺言、らしきものを」

「そうか……。うん?」


 相槌を打ちかけたところで、妙なことに気付く。


 ニホンにおいては、ヤツハタ・ミキオよりも先にイスズ・セイコが逝ったと聞いている。


 ケイティア・コルネットだった頃には、あの御仁とヤツハタ・ミキオが同一だという確信は持てなかったと言っていたことを踏まえれば、この世界でのケイトがあの御仁に遺言を託されたとも考えにくい。だとすれば……


 おかしなことは言えぬな。イスズがミヅキに嘘を吐くことは絶対にない、などとは思わない。


 けれど、悪意を持って騙すとも思えなかった。なれば、ミヅキを気遣っての嘘だという公算が――


「すぐには信じられなかったんだけどさ、あんな証拠を突き付けられちゃうとね……」


 浮かびかけた仮説諸共に、俺の思考を中断してくる。ミヅキには、その遺言らしきものとやらを信用する根拠があるようだが。


「その証拠とやらは?」

「ミキオが、あたしにぷろぽーず……じゃない、えーと……こっちの言葉だと……求婚してくれた時の言葉。さっきの愛の棒発言じゃないけどさ、あたしとミキオ以外は誰も知るはずがない言葉。それにさ、それを言われたのは、イスズ・セイコサンが亡くなってからのことだったから」

「ふむ」


 当然のように出てくる疑問もある。


「だが、イスズはどこでそれを?」


 そのことを、イスズが知り得たはずはないのだが。


「あの世」

「……は?」


 あまりに簡潔な応えに、間の抜けた声を上げさせられる。


「あの世というのは……」

「今あたしたちが居るのがこの世。んで、死んでから行くところがあの世らしいよ」


 どうやら俺が思うあの世と似たようなものらしい。


「たしかに、そこでならイスズがあの御仁と言葉を交わすことも出来そうなものではあるが……」


 どうにも現実味が薄い。まあ、それを言ってしまえば、生まれ変わりとて同じようなものなのだが。


「まあ、そこはそういうものだってことで。それでさ、イスズ伯母さんが預かって来た遺言なんだけど……」


 軽く言葉を切り、小さく息を吸う。


「俺という存在はもうじき消えて無くなる。だから、もう義理立てはしなくていい。どうか、選んだ道の先で幸せになってほしい。そして、良い巡りあわせを見つけてくれ。だってさ」

「そうかい」


 遺される者に送る言葉としてはありきたりな内容。けれど、だからこその重さも感じ取れるような気がした。


「ほんっと、ミキオってばどうしようもない馬鹿だよね。最後の最後、最期の最期に残す言葉でまで、あたしのことを気遣うんだもん。思えばさ、あたしたちが死んじゃった時だってそうだった。あたしをかばってふたりして死ぬくらいならさ、ミキオだけでも逃げてればよかったんだよ。そうに決まってるよ……」

「そうかい」


 あの御仁への罵りは、昨夜にも聞いた。けれど、今のミヅキはその時とはどこか異なっていた。


 自分の中で、区切りが付いたということ、なのだろうかな。


 取り乱す風でなければ、涙を流すわけでもない。ただ静かに事実を受け入れる。そんな目をしていた。


「馬鹿……。本当に、どうしようもない大馬鹿野郎」

「そうかい」


 だから、俺も相槌を返すのみ。気安く踏み込んでいいようなことではないだろうから。


「けど、もうミキオという存在はこの世にもあの世にも居ないんだって確信出来てさ、踏ん切りは付いたんだ……と思う。というか思いたい。だからさ、()れ物扱いはしなくていい……っていうか、やめてほしいかな」

「……わかった」


 ほどなくして気を取り直したミヅキが望むのはそんなこと。当人がそう言うのであれば、俺に否を口にする道理はないというもの。


「それでも辛くなる時はあるかもしれないからさ、その時は泣きつくと思う。助けてくれるんでしょ?」

「……その時はな」


 情けなくも聞こえそうなことを、堂々と胸張りながらに言ってくる。昨夜にも似たような話はあったのだし、これまた俺に否は無いところ。


 だが、昨夜とは決定的に異なっている点もある。


「もっとも……その必要があるとは到底思えぬのだがな」

「なんでさ?」

「そういったことは、イスズの方がよほど適任だろうさ」

「そ、それは……」


 言葉に詰まる。ミヅキがイスズと出会ったのはついぞ先ほど。交わした言葉も相応に少ないことだろう。それでも、ミヅキはミヅキなりに、アイツの恐ろしさに気付いていたらしい。見る目があるというのは実に結構なことだ。


「まして、お前さんとは同性と来ている。なれば、俺の出る幕なぞあるとも思えぬよ」

「……否定できない」

「つまりはそういうことだ。むしろ、下手に出張ろうものならば余計に事態をこじらせかねないところだろう」


 その役割をこなせる者が他に居なかった昨夜ならまだしも、それが今現在の事実。


「むろん、イスズをアテに出来ぬ状況であれば尽力するつもりではいる。無いよりはマシ、程度にやれれば御の字だろうがな」

「……なんていうかさ」


 俺はそう締めくくるのだが、向けてくるミヅキの表情は何故か不機嫌そうな――あるいは、苛立たし気なものになっていく。


「オジサンってば、自己評価低すぎ!」

「それは無いと思うのだがな……」

「いやいや!あたしだってそれなりの数、他の鏡追いを見てきたけどさ、実力も人望も切れ者っぷりも、どれを取ってもずば抜けてるじゃないのさ!?これでもオジサンのこと、尊敬してるつもりだよ」


 否定するも、ミヅキは納得できないと言わんばかりに大きく首を振る。


 またか……。そう内心でため息。


 どういうわけなのか、俺を持ち上げようとする同業者は不自然に多い。ミヅキもご多分に漏れてはいなかったということか。


 そのように思われるのは好きではないのだが、


「ま、いいけどよ……」


 すでに慣れ、諦めていることでもある。


 だからため息をひとつ。あとは好きに言わせておこう。


「なんかあたしがゴネてるみたいになってる!?……はぁ。あとでイスズ伯母さんに相談しよ」

「そうかい」


 俺を見誤るなぞ、アイツにはあり得ないだろう。願わくば、ミヅキの目を覚まさせてほしいと思うのだが……まあ、それはさて置くことにする。


「まあ、オジサンの自己評価が不必要に低いのは要改善として……」

「まだ言うか」

「オジサンの自己評価が低すぎるせいで話が逸れちゃったけどさ、こうも思うのよ」


 ご丁寧にも2度、そう繰り返した上で、ミヅキは話を戻そうとする。


 話がおかしな方向に転がった原因はお前さんにあると思うのだが……それは言わぬが花というやつか。言ったところで、面倒が増える予想しか思い描けないのだから。


「さっきイスズ伯母さんも言ってたけどさ、鏡追いってのは、みんながみんな、繋ぎ屋の世話になってるわけだよね?」

「ああ」


 何やら唐突に、俺にとっては常識である話が出てくる。


「そして鏡追いが居なかったら、それ以外の人たちも大いに困る。そうだよね?」

「よほど真っ当でない連中を除いてはな」


 他者に勧めたい稼業だとはまるで思えぬが、それでも、鏡追いという存在はそれなり以上には必要なもの。


 ここ数日、あまりにもいろいろとありすぎたこともあってか随分昔の様にも思えるが、俺にとっての発端――ユグ山に住み着いていた野盗どもにしても、荒事慣れしていない村人の手には余る存在だった。


「つまり、この世界に生きるほとんどの人たちはさ、大なり小なりに繋ぎ屋の恩恵を受けてる、って言ってもいいんだよね?」

「ああ」

「そして、繋ぎ屋を作り上げたのはミキオ。つまりさ、あたしが生きていくこの世界そのものが、ミキオの生きた証ってことにならない?」


 そんな結論にたどり着いたらしく、得意げに言い放つ。それならば、惚れた男の生きた証の中で生きていける、ということになるのだろう――


「…………それは、少しばかり言い過ぎだ」


 が、俺としては手放しで同意するつもりにはなれなかった。


「そうかなぁ……。我ながらいい考えだと思ったんだけど」

「ああ。そうだろう」

「そうなのかなぁ……。我ながらいい考えだと思うんだけど」

「ああ。俺とてあの御仁を尊敬している身だがな、それを踏まえても、少しばかり言い過ぎというものだ。少しばかりは、な」


 そこを繰り返してやる。ミヅキとて頭は悪くない。これだけで十二分だろう。


「そっか……少し言い過ぎか」

「ああ。少しばかり言い過ぎだ」


 うまく伝わったらしく、ミヅキはニンマリと笑う。言い換えるなら、世界そのものが生きた証だと言い切ってしまっても、言い過ぎの度合いは少しばかりで済んでしまう。俺はあの御仁の功績をそれくらいのものだと考える。


「となると……」


 先ほど聞かされた、あの御仁の遺言を思い出す。


「お前さんは苦労するやもしれぬな。あの御仁の遺言、なかなかに無理を言っているぞ」

「……どういうことさ?」

「良い巡り合わせを、とのことだが、お前さんの基準はあの御仁になるのだろう?」

「そうなるけど……」

「なれば、目に適う男というのは果たして存在するのやら……と、思ってな」


 なにせ、あれほどのことを成した御仁。それを見慣れて来たであろうミヅキにしてみれば、よほどの男でなければ話にすらならぬだろう。無論、色恋だけが幸せの在り方などとは思わぬが。


「そ、それはたしかに……」


 そう言って天井を仰ぎ、


「オジサンがあと30年若かったらよかったのに……」


 続けてきたのは、なんとも阿呆な発言。


 そして、どんな意味合いで言ったのかなぞ容易にわかろうというもの。


「馬鹿を言うのは休み休みでも構わぬがな、寝言を言うのは寝てからにしておけ」

「そうかなぁ……。自分で言うのもアレだけどさ、あたしってそこそこいい女でしょ?」

「……たしかに、自分で言うようなことではないが」

「同意するのはそっちなんだ!?」

「もっとも、お前さんがいい女だという部分も否定はせぬがな」

「あ、うん。ありがと……」


 問いかけに対して、俺の思うままを返す。そうすれば、ミヅキは照れたようにうなずく。


 なんだかんだで根は素直。こういうところも、長所なのだがな。


 歳の割には腕が立ち、頭も悪い方ではなく、度胸もあり、心根には強さを備える。顔立ちは整っているが愛嬌もあり、近づきがたいわけでもない。明るく陽気な気性は親しみやすいと言えるだろう。少しばかり厚かましいところもあるが、それくらいの瑕があった方が玉の輝きも際立つというもの。


 生まれ変わりやら異世界のあれやこれやはさて置くとしても、昨日今日の付き合いの中で俺はこう思っている。ミヅキは、そこそこどころでは無しのいい女だと。


 それでもケイトと比較してしまうと数段……ああ、そういうことか。


 そして気付く。


「どうやら俺も、お前さんをどうのこうのとは言えぬらしい」

「ほぇ?急にどうしたのさ?」

「俺もお前さんと同じだったということだ。俺にとっては、ケイトが女の基準になっているのでな。さしものお前さんでも見劣りしてしまう」

「……そりゃケイトサンの生まれ変わりを見てれば、底知れない人だったんだろうとは思うけどさ……そこまでキッパリ言い切られると腹立たしいというか……」

「それもそうか……。すまない。非礼な物言いをしてしまったな」

「……そこで素直に謝られるのが余計に腹立つんだけど」


 落ち度を認め、頭を下げるのだが、ミヅキは頬を膨らませるばかり。


「あ、けど……」


 かと思えば、なにやら思いついたようにニヤケ顔になって、


「オジサンだってさ、いい男には違いないけど……ミキオと比べたらひと回りは劣るよねぇ……」

「ほぅ……」


 そんな――決して聞き捨て出来ぬようなことを口にしてくれやがった。


「な、なにさ……急にそんな怖い顔して……」


 無意識のうちに声を一段低くしていたらしいとは知覚できたが、どうやら表情にも現れていたようだ。


 もっとも……その原因となったのはお前さんなのだが。


「前世のお前さんとあの御仁が恋仲だったとはいえ……」


 この40年をずっと投げやりに生きて来た身の上。俺自身に関してならば、多少のことは「ま、いいけどよ……」で流していたのだろうが……


「お前さんは言ったな?俺が、あの御仁よりもひと回りは劣ると」

「い、言ったけど……」

「そうかい。それは許せぬな」


 敬意を向ける相手を悪し様に言われて、


「俺があの御仁よりもひと回りしか劣らないだと?俺なぞと比較するだけでも侮辱というもの」


 黙ってなぞいられるはずもなかった。


「あの御仁への愚弄。いかなお前さんと言えど、看過は出来ぬな」


「……へ?」


 俺の怒りは伝わっていたのだろう。薄くとはいえ怯えの色を見せていたミヅキの顔が、何故か唐突に間の抜けたものに変わっていた。


「……………………うわぁ」


 さらに表情を変え、俺に向けてくる目は、奇矯なモノを見るかのようなそれになっていた。


「筋金入りだよこのひと……」


 そして終いには呆れられた。


「俺は真面目に怒っているのだがな……」

「あぁ、うん。それはあたしにも理解出来たから。オジサンがミキオを尊敬してるのはわかった。あたしだってミキオを茶化すことはあっても、本気で馬鹿にするつもりはないから。はぁ……」


 疲れたように。そして、最後はため息で締めくくって来る。


「どうやらそのようだが……」


 そこに嘘偽りは見て取れない。俺としては釈然としない部分もあるのだが……


「さっきも言ったけどさ、オジサン自己評価低すぎ!」

「まだ言うかお前さんは……ああ、そういうことか」


 なるほど、たしかにミヅキにはあの御仁を愚弄する意思は無かったのだろう。比較対象の俺を過剰に持ち上げていただけで。


 そこに俺が、間の抜けた勘違いをしていただけだ。その点ひとつを見ても、やはり俺に対するミヅキの評価はおかしい。


「ま、いいけどよ……」


 そのあたりは口には出すまい。面倒なことにしかならぬことだろうから。


「だからなんであたしが『仕方ない奴だなぁ』みたいに思われてるのさ!」


 それも無視して、


「用向きが済んだのならば、さっさと戻るぞ」


 代わりにそう告げる。ミヅキがするつもりだった話はとうに終わっているのだから。


「そりゃそうだけどさ……。そうだね、戻ろっか。……なんか無駄に疲れたし」


 そう言いつつ、実際にどこかぐったりとした動きでミヅキが立ち上がる。


 それは俺のセリフだと思うのだがな。


 ミヅキを追う中で思い浮かんだのはそんなこと。けれどそれは、声に発せられることもなく、腹の中へと消えていった。口に出したとて、面倒が増える予感しかしなかったのだから。

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