俺と共にあった日々は……お前が望んだようなものだったのか?
「まあ、いろいろとありましてね、ようやく商会の調子が上向きになってきたある日のことでしたかね。私が……………………殺されたのは」
「ほう」
それは、俺がケイティア・コルネットと出会うよりも更に前のこと。付け加えるのなら、その結果が俺の知るケイトなのだろうが――
どこのどいつかは知らぬが……機会さえあればこの手でぶち殺してやろうか。
それでも俺が下手人に対して抱くものは、明確な殺意。
「ふふ。その様子だと、怒ってくれているみたいですね。結構なことです」
一方のイスズは、楽しげにすら言ってくる。さらに見れば、ミヅキも不快そうに眉をひそめてはいるものの、揺らいだ様子は無い。少なくとも、ミヅキは知っていたということか。
やはり、なにか企んでいるな。
確信した。だから、熱くなった部分を意図的に切り離し、頭を冷やす。
「あらら、もう落ち着いちゃいましたか」
「おかげさまでな」
「では、私の狙いも言ってしまいましょうか。万にひとつもあり得ないこととは思いますが、その万にひとつが起きた時に協力して頂けたらな、と思いまして」
「お前の言う万にひとつとは?」
「イスズ・セイコを殺してくれやがったゲスが私の視界に入りやがった時に、です。とうにくたばっていることでしょうが、私やミヅキさん、ヤツハタさんのように転生する可能性までは否定しきれませんからね」
「お前の言う協力。その詳細は?」
「そうですねぇ……。現時点では具体性に欠けますけど……」
おとがいに指を当て、考えることしばし、
「そのゲスの尊厳を粉微塵にすりつぶした上で、いたぶり殺してもらえないかな、と」
「でぇえええ!?」
相も変わらず穏やかなままで、そんな頼みごとをしてくるイスズ。ミヅキはわかりやすく驚愕しているのだが、
「なんだ。そんなことか」
俺は逆に拍子抜けしていた。
「いやいや!?そんなことかって……。滅茶苦茶ヤバいこと言ってるじゃないのさ!」
「仕方ありませんよ。今の私は無力な子蛇ですからね。とはいえ、ティークの手を後ろに回させはしませんとも。立案には全力を尽くさせていただきます」
「それは心強い」
「いやいやいやいや!?そういうことじゃなくてさ……」
「ちなみに、イスズ・セイコが最期に見たのは殺してくれやがったゲスの顔でしたけど、ヤツハタさんを貶めていたのも同じ顔でしたかね?」
「よし殺そう。その時はあたしにも協力させてよ。というか、むしろトドメもほしい」
「大した手のひら返しだな」
「そりゃあ、ね。困っている人を助けるのに理由がいるかは意見の分かれるところだと思うけどさ、恨み重なる奴を潰すのに理由はいらないでしょ?」
「そこは否定しないが」
「それにさ、イスズ・セイコサンが来る前のミキオって、毎日すっごい辛そうにしてたんだよ。家族とかあたしに心配かけたくないから隠そうとしてたんだろうけど、それでも隠しきれてなくてさ。それなのにあたしは何もしてあげられなくて……」
「そうかい」
そういうことならば仕方もあるまい。それに、ミヅキとてとうに手を血で汚している。それならば、今更俺がどうこう言う筋でもあるまいか。
「では、おふたりは協力してくれるということで?」
「ああ」
「もちろん」
「では、万にひとつの時は是非に」
つまるところ、これが狙いだったわけか。見事に誘導されたぞ。
やはり、まだまだお前には敵わぬな。
「さて、少しばかり話が逸れてしまいましたが……」
そうして、話を逸らせた張本人が話を戻す。
「私の前々世はこれにて幕引き。ご清聴、ありがとうございました」
いくらかは理解も出来た。それはそれとして……
「お前とミヅキ、そしてあの御仁がニホンに居た頃にも縁を持っていたということはわかったが……」
ミヅキも言っていた通りに、世の中というやつは存外狭いものなのかもしれぬ。であれば、
「もしやとは思うがな……お嬢ちゃんとお前たちの間にも、縁があったのではなかろうな?」
そんな疑問が出てくるのも、おかしな話ではないわけだが。
「それはありませんね」
「やけにはっきりと否定するな……」
「ええ、それはもう。なにせ、ケイコさんがニホンで生まれ育ったのは、私やミヅキさんが死んでから200年以上後のことですからね。面識など持てたはずもありません。というか、そうでないと辻褄も合いませんし」
「はぁ!?」
それはまったくの初耳だった。
「あ、あはは……。昨日の時点では、その発想は無かったというか……。ゴメンナサイ」
ミヅキに目を向けてみれば、自身もうかつだったことは認識している様子で、素直に謝って来る。が、
「いや、お前さんが謝ることではあるまいさ」
昨日の時点でそこに思い至れなかったのは、俺とて同じこと。
「一応補足しておきますけれど、聞いた限りでは、私たちが生きた時代とケイコさんが暮らした時代の間に、そこまで大きな差は無かったようですね」
「ふむ」
200年といえば、決して短い時間ではないとも思うのだが。
「いろいろあったそうなんですよ」
イスズが言うのは、実に便利な言葉。
「薪に相当するものが尽きたり、気候そのものが大きく変わったり、大規模な諍いがあったりしたらしくてね、一時は文明自体が大きく後退したそうです。ようやく持ち直し、私たちが生きた時代程度まで復興したのが、ケイコさんの生まれた頃だった。と、いうことらしいですよ」
「……そういうものか」
「ええ。そういうものです」
今ひとつ想像も出来ぬが、見たことも無い異世界のこと。そういうものだと納得しておくか。
「ちなみにだけど、あたしとミキオが死んだのは、イスズ・セイコサンが亡くなった半年後のことだったの」
バツが悪い部分はあるのか、そんなあからさまな話題逸らしを仕掛けてくるミヅキ。
ま、いいけどよ……
そこを指摘はするまい。ミヅキの死因については、事故だったのだと聞いている。そこに妙な話はないだろう。
「それにしてもさ……」
そうして、さらに続ける。
「イスズ伯母さんってさ、ホントにイスズ・セイコサンなんだよね?」
うん?
「ええ。そのことは納得していただいたと思っていましたが……」
俺もイスズに同感だった。この部屋にやってくる前に、そのあたりは受け入れていたように見えたのだが。
「いやさ……。思ってたよりも話しやすい人だったのはいいんだけど……ミキオから聞いてたイスズ・セイコサンとはだいぶ違ってたから……」
「ふむ……。私としてもそこは気になるところですね。ヤツハタさんに悪し様に言われていたとは思いたくありませんが……」
「いやいや!ミキオはそんなことは一度も言ってなかったってば。たださ……」
「ただ?」
「あたしが持ってたイスズ・セイコサンの印象って、もっとお堅い感じだったから」
「お堅い?イスズがか?」
むしろ俺にしてみれば、そんなイスズの方が想像は難しい。
「む……。なにやら引っかかる言い方ですね?」
当のイスズは俺を睨んでくるのだが、俺の知るケイトは奔放な印象の方が圧倒的に強いのだから仕方がないというものだ。とはいえ――
「前々世のイスズがどんな女だったのかは、俺も興味があるところだ」
今しがたに聞いたのは、前々世でイスズがやってきたこと。けれど、そこから掴み取れるイスズ・セイコの人となりというものはさして多くない。
「えーっとね……曲がったことが許せないひとで」
「……ほう」
「まわりにも厳しいけど、それ以上に自分に厳しいひとだって」
「…………ほう」
人違いではなかろうかな。
「なんですか?その『人違いじゃないのか?』とでも言いたげな目は」
「さすがだな。慧眼恐れ入る」
とはいえ……
あらためて過去の記憶と照らし合わせてみれば、表面上は真逆でも、芯の部分では重なるところも見えてくる。
ケイトは、自身が定めた筋はなんとしてでも通す女だった。そのためにどれだけの面倒を被ったとしても。
ケイトは、自分以外に無理を強要するようなことは決して無かった。少なくとも、俺の知る限りでは。
そう考えるなら、俺の知るケイトとミヅキの言うイスズ・セイコは、つながっているように思えないこともない。
「はぁ……」
そんな俺の思考を知ってか知らずか、はたまた見抜いたのか、イスズは疲れたようなため息を吐き、
「ま、いいですけどね……」
俺に感染してくれやがった口癖を投げやりにつぶやく。
「前々世と前世の私がまるで違うのは事実でしょう。むしろ、真逆を意識して立ち回って来たくらいですし」
「どういうことだ?」
「そのままの意味ですよ。確かに、イスズ・セイコだった頃の私は、我ながら堅苦しい生き方をしていたと思いますよ。自分の正しさを盲信しないようにと自戒はしていたつもりですけど、正しくあることに固執していた面はあったことでしょうね。それこそ、自身の感情を押し殺し続けてまで」
そしてため息をもうひとつ。
「結果として得られたもの、遺せたものだってあったとは思っていますし、後悔はしていないつもりです」
「あ、ああ」
いつの間にか、イスズは真剣な表情になっていた。倣うように俺も居住まいを正す。
「でも、その結末は?」
今しがたに聞いた話から、想像は出来る。逆恨みによる殺害。数ある死因の中でも、特に理不尽なもののひとつだろう。
「そして、ケイティア・コルネットとして生まれ変わった。その時に誓ったんですよ。今生では……」
目を閉じてのひと呼吸。その日に思いを馳せているのか。
「想いのままに、素直なままに。心のままに、求めのままに」
歌うように、朗々と。
前々世で抑圧されて……いや、自身を抑圧し続けていたというイスズ。その反動もあったのだろうか?理解出来る、などと言う資格が俺にあるとは思えぬが、相応の苦しみがあったのだろうという予想くらいはできる。
「いつまでも、どこまでも。ただひたすらに面白おかしく」
うん?
なにやら雲行きが怪しくなってきたような気がするが……
「この命の限りを……好き勝手に生きてやろう、って」
「「おい!」」
魅かれかけていた気分が最後で台無しだった。ミヅキも同意見だったのだろう。イスズに向ける目が幾分か冷えているように見えるのは、俺の気のせいなのか。はたまた……
「でも、偽りのない事実ですよ」
静かに返してくるその目には、一切の揺らぎも無い。掛け値なしの本心ということか。
それならば、それでもよかろうて。イスズの本心なぞ、イスズ以外の誰にも変えることは叶わぬのだろうから。
「ならば……」
それでも、問わずにはおれぬこともある。
「俺と共にあった日々は……お前が望んだようなものだったのか?」
情けのないことだ。そう問うのに、わずかとはいえ怖じ気てしまう。
「ふふ」
返答は柔らかな笑みと、
「いいえ」
否定であり、
「私が思い描いた望みなど石ころ以下と思えるほどに、最高に煌いた日々でしたとも。どうか……そのことだけは疑わずにいてほしい」
肯定の上を行くものでもあった。
まったく、どこまでもお前という奴は……
その言葉。そしてそれ以上に――穏やかでありながら底の知れなさもまとっていた今までのものから一変した――眩しさすら感じさせるほどの真っ直ぐな笑顔に、俺は見惚れさせられていた。
「あれあれぇ?オジサンってば、耳まで真っ赤だよ?」
「やかましいわ!」
ミヅキがニヤケ顔で向けてくる茶化しも、事実に基づいたものなのだろう。
頃合い、ですか……
不意に、意識の片隅が拾ったのは、そんなつぶやき。そして、
「話していたらのどが渇いてきましたね。ティーク、お願いできませんか?」
「……水くらいしか用意出来ぬがな」
なにせ夜も遅い。今から女将に茶の用意を頼むのは気が引けるところだ。酒ならば背負い袋にあるが、お嬢ちゃんの身体に飲ませるわけにもいくまいて。
「それでも構いませんので。ティークひとりでは大変でしょうし、ミヅキさんもお手伝いを頼めませんか?」
「へ?あたしも……って、そういうことか」
「はい。そういうことです」
俺を余所に、イスズとミヅキには通じるものがあったらしい。今度はなにを企んでいるのやら……
ま、いいけどよ……
考え無しに従うのもどうかとは思うが、悪いことにはなるまいさ。イスズとて、そのあたりはわきまえているはずだ。
「なら、行くとするか。ミヅキよ」
「はーい」
「ごゆっくりどうぞ。それと、ミヅキさん。どうかご武運を」
部屋を出る背中にイスズがかけてきたのは、水汲みに向かう者へ向けるとは思えぬような言葉だった。




