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ならばあらためて、よろしく頼むぞ、イスズ

「私とケイコさんの名前って、(まぎ)らわしいですよね?」


 ケイトが言い出したのは、昨夜にもミヅキが言っていたようなこと。ミヅキを見やれば、同意するような首肯を返してくる。


「たしかにな」


 まあ、言い分自体はなにも間違ってはいないだろう。事実、出会った時には、俺とてそこを聞き間違えていたのだから。


 ああ、そういうことか。


 そして思い至る。


「だから、“イスズ”となるわけか」

「はい。先ほどミヅキさんが口を滑らせてしまいましたよね?」

「ぬぐ……」

「ああ」


 悔し気に(ほぞ)を噛むミヅキだが、そこを責めようとは思うまい。自分の正体を俺に伝えるためではあったのだろうが、あんな発言をやらかしたケイトの方が悪い。


「まあそんなわけでしてね。イスズ・セイコ。それが、前世のそのまた前世……前々世、と呼ぶことにしますけど、そこでの名前です」

「イスズ・セイコか……」


 昨夜に聞いたミヅキ・エイコの例からすると……


「イスズが姓でセイコが名、ということになるのか?」

「ええ。せっかくですし、ミヅキさんに倣ってみました。お気に召しませんか?」

「ふむ……」


 正直なところを言えば、ケイトというのは俺にとっては特別な意味を持つ名だ。これからも呼び続けたいという思いは無いわけではない。のだが……


 紛らわしいというのも、まごうこと無き事実。ケイトとミヅキが居るのなら、お嬢ちゃんがアネイカ言語を使いこなせるようになるのは時間の問題であるとはいえ、今はまだ不慣れどころではないわけで。


 そんな状況であれば、混同しやすい要因は可能な限り削り落とすべきではある。事実、ミヅキはそのために名乗りを変え、俺もそれを受け入れた。にも拘らず、ケイトだけはそのままで。というのは、いささかみっともないのではなかろうか?


 様子を見る限り、ケイト本人は名乗りを変えることに抵抗を見せていないのだからなおさらのこと。


 まあ、俺の中にそんな――矜持らしきものが残っていたことには軽い驚きも無いではなかったが。


 それに……


 こうも思う。


 そんな風に思えるようになったのは昨夜からではあるが――いつまでもあの頃に縋りついてばかりいるのもどうだろうかという話だ。ならば、俺自身に区切りをつけるという意味でもちょうどいいのかもしれぬな。


 あるいは……俺がそう考えることすらもケイトの手の上なのではなかろうか?といった疑念も浮かばないではなかったのだが、その時はその時だ。


「イスズ、か……」


 感覚を確かめるように、声に乗せてみる。この世界では他で聞いたことのない名ではあるが、響きは悪くない。


 一度立ち上がり、向かい合う。


「この先、お前とは長い付き合いにしたいものだ」

「同感です。今にたどり着くまでに40年ほどかかりましたからね……。それを思えば今後の40年くらいはお付き合いを続けたいものです」

「……中々に無茶を言ってくれる」


 その頃には、俺は105になる計算だ。100を超えて生きた人間というのも居ないわけではないのだが、極めて少ないのも事実。


 それに、蛇の寿命というのもよくはわからぬが……生き物の寿命はある程度は大きさに比例すると聞いた記憶がある。なれば、蛇が人以上に長く生きるのも難しいのだろうが……


「ですよね。まあ、私の方は気合でなんとかしますよ」


 恐らくはケイトもそのあたりは理解しているのだろう。それでも、あっけらかんとそんなことを言ってくる。


「そうかい」


 気合で。それは、昔からケイトが好んで使っていた言い回しだ。死に瀕し、腰から下が千切れた状況でさえ、穏やかに微笑んでみせたことすらもあった。そして――自分以外には決して求めないことでもあった。


『自分を奮い立たせるためならまだしも、他人に無理を強要するために根性論精神論を持ち出すような(やから)は死ねばいいんですよ』


 こんなことを言っていたのはいつのことだったか。我ながらよく覚えているものだ。


 まあいい。


「ならば、俺も無茶を通すために尽力をするとしようか。気合でな」


 張り合ってみるのも一興だろう。


「では、40年後を楽しみにしましょう」

「ああ。次の40年後に悔やまぬためにもな」

「ならばあらためて、よろしく頼むぞ、イスズ」

「ええ、こちらこそ。ティーク」


 そうして、互いに手を伸ばし、握り合い、どちらからともなく笑いあい、


「時に、イスズよ。ちと気になったのだがな」


 再び隣に腰を下ろしたところで、新たに湧いてきた疑問をぶつけることにする。


「はい。なんでしょうか?」

「ニホンに居た頃のお前の名はセイコだったのだろう?」

「ええ。先ほど言った通りに」

「ミヅキよ。ニホンでのお前さんは、たしかエイコという名だったな?」

「だね」

「そしてお嬢ちゃんの名はケイコだったな?」

「……そのことね」

「ああ。どれもこれも似すぎているのではないかと思ってな」


 ケイトとケイコは紛らわしく、エイコとケイコも紛らわしい。だが、セイコという名もケイトやケイコやエイコと並べた場合、負けず劣らずに紛らわしいのではないか?


 それは、果たして偶然なのか?気にかかったのはそんなこと。


「全くの偶然でしょうね」

「あたしもそう思う」


 返されるのは、揃っての即答。


「ニホンにおける女性の名前としては、どれも珍しいものではありませんよ?」

「だよね。ニホンではさ、ナントカコって名前の女は結構な数がいるのよ」

「ふむ」

「例えばだけど、あたしの知り合いだけでも……マユコにサクラコ、ナギコにカナコにマリコにワカコにメイコ、くらいは居たかな」

「なるほど」


 それならば、たしかに偶然と見るのが妥当か。


「それはさて置き……まさかミヅキ・エイコさんが私の姪に生まれ変わるとは、夢にも思いませんでしたよ」

「それはあたしも同感。まさかケイティア伯母さんがあのイスズブチョウだったなんてねぇ……。世の中って、たまに狭くなるよねぇ……」

「イスズ……ブチョウとな?」


 これまた知らぬ単語であるが、多分“ブチョウ”というのもニホン語なのだろう。


 だが、何故にそれがイスズとつながる?それに今の口ぶり。まるで……


「ミヅキよ。もしやとは思うが、前世のお前さんは、前々世とやらのイスズと縁があったのか?」

「一応は。知り合いの知り合いってところかな?」

「ええ。会ったことも無いわけではありませんが、ただ一度だけ挨拶を交わしただけの間柄ですよ」

「ほう」


 全く面識の無い伯母と姪。それが今生でのイスズとミヅキであるわけだが、ニホンで生きていた頃には接点があったのか。


「興味がおありで?」

「ああ」

「ならば、そこから話すとしましょうか。ティークが生きて来たこの世界にとって無関係ではありませんし、順を追うという意味でも、そこから行くのは悪くなさそうなので。ミヅキさんも構いませんか?」

「もちろん」

「ふむ?」


 出だし以前から、この世界と来たか。前世でミヅキの知り合いで、この世界にも大きな影響を与えた男をひとり、俺は知っているわけだが……


「あの御仁(ごじん)……ミキオと関係している話か?」

「ええ。ニホンでの名は、ヤツハタ・ミキオさん。私も、彼とは縁がありましてね」


 思い付きは的を射抜いていたらしい。ミヅキのみならず、イスズまでもがあの御仁とつながっていたわけか。


「もともとはさ、ミキオはとあるカイシャで働いてたのよ」

「カイシャ……?」


 ミヅキがそう続けるのだが、早々に知らぬ言葉が出てくる。


「商会、のようなものですね。ちなみにですが、先ほどミヅキさんが言っていたブチョウというのは肩書きと言いますか……。今となってはどうでもいいことですし……ちょっとした隊長、くらいの認識で構いませんよ」

「なるほどな」


 そう補足を入れて言葉を止める。どうやら、この話はミヅキに任せるつもりらしい。


「それでね……その商会がジョセイキン詐欺……えーと……助けてイスズ伯母さん……」


 続けかけたミヅキは、すぐに言葉に詰まり、助けを求める。


 ジョセイキン詐欺……。女を騙して金を巻き上げるようなものか?


「そうですね……産地を偽ることで儲けていた、くらいでも十分でしょう。あの事件の細部も必要はありませんよ」

「……この村で作った酒は旨いのだが、そこらで調達した二束三文の安酒をユグ村産と騙り、高値で売りさばく、ようなものか?」

「かなり違いますけど、クズ具合では似たようなものですし、そういうことにしておいてくださいな」

「なるほど……。そいつは、万死に値するな」

「……っていうかさ、オジサンもイスズ伯母さんも時々すっごい過激だよね!?」

「名酒を(おとし)めるような輩に生きる価値はあるまいよ」

「ですよねぇ。八つ裂きにされても文句は言えないでしょう」

「うわぁ……このふたり、やっぱ似た者同士だ……」


 奇矯なものを見るような目を向けていたミヅキにそんな納得をされてしまう。


「と、とにかく!ミキオの働いてた商会がやらかして信用無くしちゃったわけよ。オジサンだってそんなところからなにかを買いたくはないでしょ?」

「ああ」


 それはよくわかる。裏で汚いことをやっていた商会が(むく)いを受ける、などというのは、この世界でもよくある話なのだから。目の前の3人にしてもそうだが、この世界もニホンも、人の本質というものはさして変わりはしないのかもしれぬな。


「んで、その商会がどうにか信用を取り戻そうとして頼ったのがイスズ伯母さん……というかイスズ・セイコサンだったわけよ」

「……まあ、イスズならばな」


 イスズが切れ者であることには疑いの余地なぞ皆無。俺が知るイスズは鏡追いとしての姿だけだが、商才も備えていたところで驚きには値しない。


「いえ、そこまで大したことでもないんですよ。その商会はこの世界風に言うなら、アネイカとコーニス全土にまで商売を広げられるくらいにまで成長していたんですけど、そこには呪いの様に付いて回るものもあったんです。恐らくはどこの世界でも共通の、ね」

「……地位のあるものが腐りきっていた、ということか?」

「正解です。それはもう酷い有様でしてね……。賄賂(わいろ)やら横領(おうりょう)やらが横行しまくってくれやがった結果、真っ当で有能な人材は必要以上に貶められ、潰されるか出て行くかするばかり。オマケに、残るのが腐った無能な権力者ばかりとなれば、儲けは減り、蓄えも消えていくのは道理。そんな中でさらにやらかしてしまったわけです」

「……そんなところまで同じとはな」


 20年ほど前だったか。こちらの世界でも似たようなことは起きていた。


「そんなわけでしてね、私がやったのは……」

「腐った連中の徹底的な排除。それと、残っていた数少ないマトモな人間の育成。あとは、出て行った人材を呼び戻すこと、あたりか?」

「ええ。ごくごく当たり前のこと、なんですけどね」


 いつだったか、人を育てることについて激情混じりに語っていたのは、そのあたりが由来か。


「なら……ヤツハタ・ミキオだったか?あの御仁も?」

「ええ。不当に貶められていたひとりです。あの御仁……“元凶”の功績を見るに、期待していたつもりでいた私もまた、ヤツハタさんのことを過小評価していたんでしょうね。あのド外道どもと同じというのは、我がことながら情けない限りですが」


 イスズがこの世界でのあの御仁を知っていたという事実に安堵する。やはり、40年前の時点では、鏡追いの常識だったわけだ。


「いやいや、そんなことないってば!ミキオもイスズ・セイコサンには本気で感謝してたんだから。あたしだってそうだよ」

「ありがとう。でもね、私がやったのは本当に大したことじゃないんですよ?当たり前のことを当たり前にやっただけ。……むしろ、それすら出来ていなかった前任者の方がおかしいだけなんです」

「……それは同感だけどさ」


 はて?


 引っかかることも見つかった。


 ミヅキの反応を見るに、イスズの言ったことは事実なのだろうが……。それでも、俺の知るイスズは、自身の功績を無暗に吹聴(ふいちょう)するようなやつではなくて、むしろ逆だったはずなのだが。


 あの御仁との接点を聞いたのは俺だが、イスズならばそのあたりを有耶無耶にすることもできたのではなかろうか?


 いや、そもそもが――この話題のきっかけを作ったのはイスズだったな。だとすれば――


 なにやら企んでいそうだが……


 ま、いいけどよ……


 とりあえず、今は話に耳を傾けるとしようか。


「それに、恩返しというには十分すぎるほどに頂いていますし」

「……どういうことだ?」

「ヤツハタさん――あの御仁が作り上げた繋ぎ屋には、鏡追いならば誰もがお世話になっています。もちろん、あなたも、かつての私もね」

「たしかにな。時にイスズよ。お前は、あの御仁の正体にも気付いていたのか?」


 ミキオの名。エイコという人物を探していたということ。そのあたりは、当時のイスズも知っていたはずだ。あの頃を生きた鏡追いにとっては常識だったのだから。


「確信はありませんでした。なにせ、ミキオというのもニホンでは珍しくない名前でしたから。それに、恋人がいるとは聞いていましたが、その名前までは知りませんでしたからね。ともあれ、いろいろとありましてね……ようやく商会の調子が上向きになってきたある日のことでしたか。私が……」


 軽く言葉を切り、微笑みを浮かべて、


「殺されたのは」


 そんなことを告げてくれやがった。

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