物語に出てくる”魔法”としてはかなりの有名どころだ
「オジサンってば、今何やったのさ!?」
「……お前さんが望んだことだろうに。結界と件の芸当、どちらが勝つのか興味があると言ったのは……ミヅキよ、お前さんだったはずだが?」
「いや、そりゃそうだけどさ……」
だというのに何を驚いているのやら。結界に自信があったのやもしれぬとは思わないでもないが、それにしては驚き方が大仰に過ぎる。
「朝気付いたんだけどさ、あたしの結界って、受けた攻撃がどれくらい威力のあるものだったのかわかるのよ。大雑把に、ではあるけどね。痛みは感じないんだけど、体の一部みたいな……とでも言うのかな?」
「……それは便利なことだ」
仕組みはともあれ、有用な場面というものがそれなり以上には存在しそうな性質ではある。手傷を負う必要が無いというあたりが特に好ましい。
「ちなみに……今朝は2回、オジサンの攻撃を受けたわけだけどさ、1回目と比べると2回目の威力は20倍くらいあったのよ」
「ほう……。それは興味深いな」
手抜きの振りと本気の突き。ふたつの間にはそこまでに差があったということか。なるほど、それは俺も知らなかったことだ。
「んで、その時の感覚からしたら……2回目の100倍程度は楽に防げると踏んでたんだけどねぇ……」
100倍とは随分大きく出たものだが……
まあ、それを疑いはすまい。嘘や誇張を入れる理由なぞ、ミヅキにあるとも思えはしないのだから。
だが――
その上で貫かれたのだとしても、先の反応は大げさにすぎやしないだろうか?アレは予想に対して大きく上を行かれたといった風ではなかった。予想とはまるで異なる結果を見せられたといった方が違和感無く受け取れるようなもの、というのが俺の受けた印象だが。
「今受けた頭潰しはさ……まるで威力を感じなかった」
「……どういうことだ?」
手持ちの中ではもっとも威力のあるモノ。俺の中であの芸当はそういった位置づけなのだが。
「なんていうのかな……結界をすり抜けて来た、とでも言えばいいのか……」
すり抜ける、か。
たしかに、先の結界にせよ、大岩にせよ、鉄製の剣にせよ、頭蓋にせよ、あの芸当で貫く時には、決まってたいした手応えを感じなかったものだが……
「そう言ったこともあるのかもしれぬな。なにせ俺自身、あの芸当の仕組みをわかっていないのだから」
「……どういうことなのさ、それって?」
「どうもこうもない。アイツの――ケイトの思い付きから始まった芸当なのでな」
「ケイトって……ケイティア伯母さんのことだったよね?」
「ああ。アイツが思い付くままにああだこうだと言ってきて……次から次と取り入れた結果がご覧の通りというわけだ。今となっては情けない話だが、当時は深く考えもしなければアイツを問い詰めようとも思わなかったのでな、そこにどんな思惑があったのかは、すでに闇の中だろう」
それでも、アイツの思い付きを現実に落とし込むというのは楽しく、ひとつ成し遂げるたびにアイツが見せる喜ぶ様を、俺は好きでたまらなかったのだが……待てよ?
あの頃を思う内、ふと気にかかったことがあった。それは――
アイツの思い付きというのは、異世界の知識がもとになっていると考えられはしないか?
そもそもが、アイツの発想自体、俺には及びもつかぬことを多々含んでいた。その中には、異世界由来のものもあったのではなかろうか?だとすれば……
「どしたの?」
目の前にいる弟子のようなもの兼姪のようなものを見る。
「ミヅキよ。お前さんに聞いてほしいことがあるのだがな」
「聞くだけなら」
「件の芸当。その元となった、アイツの思い付きについてだ。同じ異世界で生きて来た記憶を持つお前さんなら、なにか気付くことがあるのではと思ってな」
「いや、興味も無いわけじゃないけどさ……あたしが聞いちゃってもいいの?それってオジサンの貴重な手札に関することだろうし、ケイティア伯母さんとの大事な思い出だったりもするんじゃないの?」
「たしかにな。あの芸当に関してだけは、これまでに他者に話したことは無かったさ。それは事実だが……」
それでも――
「知るすべが失われたと思っていたアイツの思惑にたどり着く手がかり。お前さんならば持っているかもしれないと思ってな。それに……」
「それに?」
理由は他にもある。
「お前さんにならば、話してしまっても構うまいよ。これでもお前さんのことは信用しているつもりだぞ。無意味な吹聴や、ケイトを貶めるような真似をするとは思えぬのでな」
「……ありがと。そこまで言われて尻込みしてたら女が廃るってね。じゃあ……聞かせて?」
「ああ。柱になっているのは主にふたつ。ひとつは、力の流れだ」
「と、言いますと?」
「文字通りの意味だ。動きひとつひとつを徹底的に洗い、思いつく限りの無駄を削ぎ落す。そうすることで、生じた力全て連動させ、突きに乗せることができる、とな」
「……いや、言いたいことはわかる。わかるよ?けどさ、それって滅茶苦茶難しくない?」
「たしかにな。常日頃から力の流れを意識するよう心掛けて……ある程度やれるようになるまでに7年はかかったか?」
それも今となってはいい思い出だが。
「……やっぱこのひと頭おかしい」
「失礼な奴め」
「いや、だってさ……。あれ?ちょっと待ってよ?風の噂で聞いたんだけどさ、オジサンって左手もヤバいんだっけ?」
「どんな噂だそれは……」
左手と言われても……思い当たることと言えば、向けられた攻撃を受け流すために多用していることくらいなのだが……
「捉えた、と思ってたのに、オジサンの左手に触れた瞬間、武器が明後日の方向に逸れていく、って感じの噂だけど」
どうやら普段から左手でやっていることを言っていたらしい。
「たしかに、頻繁に使う手口ではあるがな。ある意味では、今話した力の流れに関するあれこれの副産物ではある」
いつからか、力の流れというやつがわかるようになっていた。あとは応用だ。
「力の流れを見極め、左手を介して潜り込む。その上で方向そのものを変えてやる。と、そんなところだが」
「……………………やっぱこのひと頭おかしい」
「だからお前さんは……。ま、いいけどよ……」
ミヅキはそういう奴なのだと、割り切ってしまおうか。どの道、自身への悪口の100や200で立つような腹は持ち合わせていない。
「それで、ふたつめの柱だが……」
そんな些末なことはさて置き、話を先に進めることにする。
「接触の瞬間に勢いを抑え込むことで溜めを作り、触れた状態から押し込むように突き入れる。その際に捻りも加えてな。殴るのではなく拳で押すように、とでも言えばわかりやすいか?あとは、今話したふたつを完全に連動させてやれば、あの芸当になるというわけだ」
「……よーくわかったよ」
「そうか!」
声が弾む。気分が高揚していることも自覚できた。無論、アイツから聞きそびれたことにたどり着けるかもしれぬという期待から。
「それで、なにがわかったんだ?」
「うん。オジサンは本気で頭おかしいってことが」
「……うん?」
なのだが、やってきたのは何度目かになる罵倒。
「いや、だってさ……。言うのは簡単だけど、実際にやってるのって出鱈目にもほどがあるじゃないのさ。ましてそれを実戦の中でやってるわけだし……。それをさも当然みたいに言われてもねぇ……」
「……そういうものか」
たしかに、初めて成功させるまでに10年はかかった芸当だ。アイツ以外の誰かに話すのは今回が初めてであり、当然ながら基準なぞわかろうはずもなし。
ま、いいけどよ……
結局は収穫無しだったが、失ったのはわずかな時間だけ。なれば、どうでもいいと片付けてしまおうか。
「けど……まさかね?」
俺がそんなことを思う一方でなにやらを思案していたミヅキが発したのは、気にかかることが浮かんできたと感じさせるようなつぶやき。
「なにか思うところでもあるのか?」
「えっとね……それこそただの思い付きなんだけどさ、なんというか……ケイティア伯母さんが言ったことって“もとねた”があるんじゃないかなって」
「“もとねた”とな?」
これまた初めて耳にする言葉だが……
「それもまた“てんぷれ”というやつか?」
「違うから。って言うかさ、ニホン語は全部“てんぷれ”って言えばいいと思ってない?」
「たしかに……。言われてみればそうかもしれぬな。思考を放棄しての決め付けで痛い目に合うというのもよくある話か。俺も緩んでいたということだろうかな」
「いや、そこまで真面目に返されてもねぇ……。まあいいや。“もとねた”って言うのはさ、発想の……材料にしたもの、とでも言えばいいのかな?」
「ふむ……」
「なんて言うのか……今オジサンが言ったふたつの柱ってさ、異世界に溢れてた物語の中に出て来そうな感じがしたから」
「なるほど」
異世界の物語というやつに関して俺が知っているのは、それこそ昨日今日でミヅキから聞いたくらいのもの。だが、そういうこともあるのやもしれぬか。
「うん?そういえばお嬢ちゃんは?」
なんだかんだとミヅキとは話し込んでしまったが、いつの間にやらそれ以外の話し声は聞こえなくなっていた。
「ありゃ、そういえばやけに静かだね」
お嬢ちゃんがいるであろう場所は、少し離れたところにある蛇山の中だ。姿は見えずとも、気配は把握している。そして――飯を食ったあとの休憩中という現状を思えば、何が起きているのかは容易に想像出来る。
「実はさ、ふたりして明け方まで起きてたんだよね……」
そんな申告をしてくるあたり、ミヅキも同じ想像をしたらしい。
「昨夜、俺が最後に見た時はすでにお嬢ちゃんは眠っていたようだが?」
「そうなんだけど、あたしが部屋に戻った時の音で起こしちゃったらしくてさ。んで、いろいろ話すうちに空が明るくなっていました、と」
「……そうかい」
それならばうっかり眠ってしまうというのもあり得る話。
とはいえ……
「最悪でも、日暮れ前には村に戻りたいところだが」
「だよねぇ……。“魔物化”した動物がうろついてる夜の山は勘弁願いたいわ」
「ならば起こすよりあるまいな。……おーい!ケイコ!寝ているのなら、さっさと起きてくれ!」
だから、心を鬼にしてとまでは言うつもりも無いが、大きめの声で呼びかける。
「ふぁっ!?」
蛇だかりの向こうから返って来たのは、なにかに驚いたような声。蛇の群れがふたつに割れ、その向こうに見えたのは、予想の範囲に収まる光景。寝ぼけ眼を手でこするお嬢ちゃんの姿だった。
「さて、ミヅキよ。例によっておじょ……なんだ?」
お嬢ちゃんへの説明をミヅキに頼もうとしたところで、感じたものがあった。
「オジサン?」
ミヅキの目には、俺が唐突に空を見上げたように映っていたことだろうが。
これは……何日か前にも似たようなことがあったな。
俺が感じたのは、向けられた視線。宿る感情はロクなものではなく、その出どころは空。けれどそこには、鳥の影ひとつ見当たらず。
「どうしたのさ?急に」
「誰かに見られているような感覚があったのだが……」
「誰かってことは……あたしでもケイコちゃんでも蛇たちでもない感じ?」
「ああ。どこの誰なのかはわからぬがな。それに――」
よく晴れた青空を見据える内、視線は消えていた。
「今は何も感じない。気のせい、ではないと思うのだが……。気には留めておくべきだろうかな」
「……そういうところもさすがだよね、オジサンは」
「なにがだ?」
唐突に褒められても、なにがなにやらだ。
「“ふらぐ”はキッチリ潰しておくあたりがさ」
「……それも“てんぷれ”……もとい、ニホン語か?」
「そういうこと。まあ、これ以上話し込むのは宿に戻ってからだよね。とりあえずは、今から下山するって伝えたらいいかな?」
「ああ。それで頼む」
「さて、これからのことだが……」
お嬢ちゃんが完全に目を覚ましたところで、今後について話すことにする。
「山の中に長居はしたくない。日が落ちる前には村に戻りたいわけだが、時間を考えれば多少の余裕はありそうなところ。というのが現状だ」
「まあ……そんな感じだろうね。で、オジサンがわざわざそう言うくらいだし、その時間をどう使うのか、アテはあるんでしょ?」
「ああ。ケイコお嬢ちゃんが現れた場所に行ってみようと思っている」
「イクスフィト」
自身の名に反応したのか、お嬢ちゃんは不思議そうに首を傾げる。
「そういえば……ケイコちゃんって、気が付いたらこの山の中に居たんだっけ……。その場所ってどのあたりなの?」
「登って来た山道のちょうど真ん中あたり。そこからすぐ近くだ。前にも足を運んでみたものの、結局は何も見つからずじまいだったわけだが……。ミヅキよ、“魔力”を探れるお前さんならば、あるいはと思ってな」
「それはいいんだけどさ……。ここに来る途中にもすぐ近くを通ったわけでしょ?特に何も感じなかったけど……」
「それはそうだろうが、念のためというやつだ。その場に行ってみれば……ということもあるやもしれぬからな。それに……」
「それに?」
もうひとつ、気にかかかることも出来ていた。それは――
「先日あの場所を調べていた時にな、やはり視線を感じていたのさ。ついさっきと同じようなものを」
「それは気になるね。……というかさ、オジサンって視線まで探れるわけ?」
「一応はな。もっとも、自分に向けられたものに限った話ではあるのだが」
これも気配探りと似たようなもの。長いこと鏡追い稼業を続ける内、いつの間にやら身に付いていたことだ。
「……やっぱこの――」
「悪かったな。頭がおかしくて」
「……ぬぐ」
言いそうなことが予想出来たので先手を取ってみれば、悔しそうな目を向けてくる。どうやら予想は当たっていたらしい。
「なんでわかったのさ?」
「短時間でこうも繰り返されてはな」
「なるほどね……。それはさて置き、あたしは賛成かな。なんだかんだで妙なことになってるのが現状だし、調べられることは調べておいて損はないと思うよ」
「そうか。なら、お嬢ちゃんにも確認をいれてもらえるか?」
「はいな。クゥレ、ケイコ。ティーク、ケイコ レーユウフェク パズ ルクレ オゥグ シュラー ストウ――」
「ケイコちゃんもそれでいいってさ」
「そうかい。なら、さっそく――」
「あ、その前に……少しだけ時間もらえない?試したいことがあるの」
行こうか、と言いかけたところを遮り、ミヅキがそんなことを言ってくる。
「大して時間は取らせないからさ」
「……それで、なにを試したいと?」
「うん。結界と同じくらい定番の“魔法”。転移をね」
転移。たしかに、物語に出てくる”魔法”としてはかなりの有名どころだ。遠く離れた場所に瞬時に移動できるというものであり、その有用性は計り知れず。
「まあ、試すくらいなら構わないだろう」
「ありがとね、オジサン」
「なに、俺とて興味はあるのでな」
「その気持ちはわかるわ。じゃあさっそく……っと、その前に……。クゥレ、ケイコ」
「クゥレフィト」
「フィジク レード ラピェン “オートゥン” ソゥフ、モウア フィーユ オゥグ」
「ラピェンフィト!ラスナ オゥグ ラスナ オゥグ!」
恐らくは、これからやろうとすることを聞かされたのだろうが、お嬢ちゃんははしゃいだ様子。
まあ、無理もあるまいか。
現実には“魔法”が存在しない場所で生きて来たという点では俺もお嬢ちゃんも同じ。いろいろと、くすぐられるものがあるのだろう。
「じゃああらためて。……これでいいか」
そうして足元の小石を拾い上げる。まずはあれで試してみるということか。いきなり自身を転移させるのは避けたらしい。その慎重さは結構なことだ。
「……飛んでけ、石。…………飛んでけ、石!……………………飛んでけ!石!」
失敗、か。
俺としても多少の落胆はあった。ミヅキがそう繰り返しても、手のひらにある小石は微動だにせず。
そういえば、物語の世界では、転移というのは“魔法”の中でも高難度のシロモノだったか。
「ミヅキフィト。ディガフェクフィト」
「ラペット。ディガフェク……」
“魔法”といっても万能ではないということだろうかな。
「その様子だと、上手くいかなかったらしいな」
「それはそうなんだけどさ……」
「引っかかるところでもあるのか?」
「うん。さっきの……空の穴を塞ごうとした時はさ、心象と“魔力”が全然混ざらなかったの」
「ふむ」
たしか“魔法”の使い方は“魔力”と心象を混ぜる、だったか。
「けど、今のはさ……なんて言うか……混ざりそうで混ざらないというか……石じゃなくて自分を転移させるのなら、出来そうな気がするんだよね」
「だがそいつは……」
万一を考え、敢えて避けた選択だったわけで。
「わかってる。だからさ、ごく短い距離でやってみたいんだけど……ダメかな?」
さて、どう答えるべきか。
最悪を想定するなら、強引にでも止めるべきだろうが……
やれやれ……
自分の感情にため息が出る。
ミヅキはアイツの姪だと。俺にとっても姪のようなものだと。そう認識してしまったのがマズかった。それだけで、どうにも俺は甘くなってしまう。
「短距離でやるのならばな」
だからなのか、結局俺はそう答えていた。
そうして、お嬢ちゃんへの説明も終えての再挑戦。
今回の目標は、ミヅキの前方1メィラほどの位置。
「「「……」」」
目を閉じて意識を集中するミヅキを、俺とお嬢ちゃんも固唾を飲んで見守る。
「じゃあ……やるよ」
さらに深呼吸をひとつ。
「うん。今度は行けそう」
そして――
「飛んでけ……あたし!」
ミヅキが声を上げる。その瞬間に――ミヅキの姿は目の前から消えていた。




