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にしても……何者なのだろうかな、このお嬢ちゃんは

「ケイコ」


 数十秒前に知ったばかりの名前を呼ぶ。ケイトとケイコ。音にしてひとつだけの差ではあるが、今度は揺らぐこともなく声に乗せることができた。


「クゥレフィト」

「これからケイコを(ふもと)の村に連れて行く」


 呼び捨てだが、余計な呼称も今は省く。


 そして手招き。話したのが数分程度とはいえ、俺の印象では、頭の悪いお嬢ちゃんではない。付いて来てくれ。そんなメッセージは伝わったはずだ。


「……ラペット」


 すぐにお嬢ちゃんは頷く。互いの名前を知ったことは、案外やり取りをスムーズに進めるおまけもあったのかもしれぬな。


「じゃあ、付いて来てくれ」


 そして、麓の方へ足を進めるとお嬢ちゃんも付いて来て……その後ろからは蛇共もゾロゾロと付いて来やがった。


「……って、そいつらもか!」

「……クゥレ」


 思わず上げてしまった声に、何かに気付いたような顔をするお嬢ちゃん。つまりは、蛇の大群を連れ歩くということが普通でないとは理解しているらしい。


 とはいえ、お嬢ちゃんにとっては親しい相手らしいとも理解はできるわけで。


 お嬢ちゃんに何もなければおとなしくしているだろうとは思う……思いたい。とはいえ、蛇共まで村に連れて行ったら、大騒ぎは確定だろう。はてさて、どうしたものか……


 ……近くまで行ってから考えるか。


 少し考えて出たのは、思考停止同然の先送りという結論。経験したことも無いような使い方を続けたせいで頭も疲れていたのだろう、ということにして。




 にしても……何者なのだろうかな、このお嬢ちゃんは。


 (ふもと)への道すがら、頭を占めるのは、これまたお嬢ちゃんのことだ。蛇共と殺り合おうとしていた時以外は、出会ってからずっと、このお嬢ちゃんのことを考えさせられてるような気もするが。


 言葉さえ通じるのなら、疑問の大半は片付くのだろうが。まあ、言葉が通じないということがひとつの手がかりではあるのか。


 世間一般の大部分において、使われている言語はひとつ。つまりは、それ以外の場所出身、ということだろう。


 真っ先に思い当たるのは、航路どころか存在すら確認されていない大陸、あたりか。見慣れているものとは微妙に異なる服装も、そんな思い付きを補強する材料にはなる。


 とはいえ……


 それならそれで、なんだってこんなところ――内陸の山奥――にという話になるわけだが。


 そういえば……このお嬢ちゃんを見かける直前、妙な光と揺れがあったか……アレはまるで――


 って、そんなわけはないか……


 一瞬考えてしまった可能性は我ながら失笑ものだった。別世界からの来訪者、などとは、おとぎ話の中だけで十分だ。


 ガキの頃は一時期、そんな物語に夢中だったか。指先から火の玉を出したりとか、怪我で死にかけている奴を一瞬で治したりとか、無限に物が入る袋なんてのがあったり、馬を走らせても数日かかる距離を瞬時に移動したり、なんて芸当――別世界では当たり前に使われてるという筋書きの“魔法”というヤツに(あこが)れていた頃もあったか。懐かしい話だが。


 まあ、現実には存在しないからこその憧れなのだろうが――うん?


 右足に感じた軽い引っ掛かりが思考を現実に引き戻す。


「……また器用な真似をする蛇だな。お前さんが容易く人を殺せる程の毒持ちで、俺を敵と見なしてくれていたならよかったものを。それならば、さっさとアイツのところに……いや、このお嬢ちゃんがどうにかやっていけるようになるまではそうも言えぬか」


 引っ掛かりの正体は一匹の蛇。生憎と蛇の顔なぞ区別もできぬが、お嬢ちゃんの連れと見て十中八九間違いないだろう。痛みは無い。ズボンだけを貫くようにして――俺に一切気取らせること無しに――牙を突き立てていた。俺自身の生き死にはどうでもいいとして、この蛇共が俺を引き留める理由といったら、思いつくものはひとつしかないわけで――


 振り向けば、肩で息をして、腕で額の汗を拭うお嬢ちゃんの姿があった。細っこい見た目通りに、そこまで体力のある方ではなかったらしい。俺を見る蛇共の目が、どこか恨みがましく感じるのは……多分気のせいだ。そういうことにしておく。


「すまぬな。急ぎ過ぎたらしい。ここらで一息入れるか」


 それでも、気付いてやれなかった俺が迂闊(うかつ)だったことに違いは無い。だから足を止め、木に寄りかかって地面に腰を下ろす。これで意図は伝わるはずだ。


 (ふもと)まではまだしばらくかかる。急ぐ理由はあるわけでも無し、だ。無理な強行よりはずっといいだろう。


「ラペット。ズース……」


 が、お嬢ちゃんは困り顔。地面が湿っているのが気になるのか?近くに岩のひとつでもあれば良かったのかもしれぬが。


 そんなことを考えていると、蛇共の一部が辺りに散って行き、十数秒ほどで戻って来る。


 その口に乾いた葉を咥えて。


「クゥレ……ピジュティ」


 そして、蛇共に何かを言い――状況から察するに、ありがとう、ごめんなさい、ご苦労様、あたりか……いや……


 その場に出来上がった葉の上に腰を下ろすお嬢ちゃんの表情には、負い目は無く、蛇共に指示を出した様子も無かった。


 つまるところ、お嬢ちゃんが言う“ピジュティ”は“ありがとう”ということか。


 そして――


 ……すごいものだな、蛇とは。


 申し訳程度以下に謎言語を理解した一方でそんなことも思う。


 素直に感心させられたことなど、食い物か酒の旨さ以外では何年ぶりだろうか。なんてくだらないことまで考えてしまう。少なくとも、俺なぞよりは遥かに気が利く蛇共だ。


「喉、乾いているだろう?」


 対抗意識、などは毛の先ほども無い。だが、汗をかいているのなら、ということで背負い袋から引っ張り出した革袋を手渡す。最初は戸惑い顔だったお嬢ちゃんだが、栓を外し、口元に寄せて見せると、すぐに理解したようだった。


 ちなみに、中身はひとつまみの塩と砂糖を溶かした水だ。昔、アイツに勧められたもの。汗をかいた時には塩と砂糖も摂れ、とのこと。理由を聞く機会は無かったのだが。


 ともあれ、初めてからは体の調子も良くなった――ような気がしなくもないわけで、なんとなく今も続いている習慣だ。


「ピジュティ」

「どういたしまして、だ」


 再びの“ピジュティ”。やはり、“ありがとう”と見てよさそうだ。


 コクコクと白い喉を鳴らすお嬢ちゃんの礼に定例句を返し、俺も懐に入れておいた小瓶に口を付ける。


「……喉に染みるとは、こういうのを言うのだろうかな」


 ついさっきも口にした酒だ。


 旨い。実に旨い。


 もちろん、今はひと口だけで止めておくが。


「……くぁ」


 お嬢ちゃんと蛇共を眺めつつ、あくびをかみ殺す。いい歳ではあるが、俺自身はこの程度の山歩きで参る程にヤワな鍛え方をしているわけでもなければ、さっきと今のふた口程度で動きを鈍らせる程酒に弱いわけでもない。


 だが、強張っていた身体を脱力させる心地良さが嫌いというわけでもない。


 日が落ちるまでにはだいぶ余裕もある。お嬢ちゃんも疲れているらしい。もう少し休んでいくとするか。


 目を閉じる。聞こえて来るのは風が起こす葉擦れの音と、耳に心地のいい――透き通った声。内容は全く分からんが、蛇共となにやらを話しているのだろう。心なしか、楽し気に聞こえる。


 そういえば、アイツと組んで初めての仕事も、こんな山奥だったか……


 アイツと同じ声が、()び付く程の月日を経ても鮮やかなままの記憶を浮き上がらせる。


 あれは……確か……山菜を採って来いとの依頼だったのだが……なぁ……


 あの頃は俺達もまだヒヨッコで……バッタリと熊に出くわして……「上等だ!ここんとこ、ロクなモン食ってなかったからな。俺の晩飯になりやがれ!」「ええ!今夜はいっちょ豪勢に行きますか!」なんて叫んで喧嘩を売って……さばき方に問題があったのだろうが、それを差し引いてもクソマズかった熊鍋の味は忘れられぬ。まあ、あの件をきっかけに覚えた解体のイロハと、飯炊きのあれやこれやは今でも現役なのだし、結果的には良かったともいえるのかもしれぬが。


 今思えば、無謀にも程があったが……。ま、アイツ――ケイトがいたから晩飯に出来たのだろうが。ひとりだったなら、晩飯にありつけたのは熊の方だったことだろう。


 それから、ヒヨッコだった俺たちでいろいろやらかして、一人前を名乗れる程度まではどうにかこうにか運良く生き残れて……


 また、ね。ティーク。


 脈絡(みゃくらく)()しに浮かんできた記憶は、何よりも強く焼き付けられた場面へと切り替わる。


 やれやれ……


 世の中というやつはままならないものなのだと、つくづく思う。アイツとの時間は、そのほとんどが愉快なものだったはずなのに。


 思い出すたびに必ず浮かんでくるのは、唯一のロクでもない場面と来たものだ。


 本当に、いつになったらアイツのところに行けるのやら……


 胸中の愚痴と一緒に感傷を振り払い、お嬢ちゃん達の方へ目を向けて、気晴らし代わりに、気がかりをひとつ潰すことにする。


 ……10……20……25……30…………45……50……


 おとなしくしているのは好都合。おかげで数えやすい。


 80…………100……110……115…………130……


「ラペット。セイル ピジュティ。リンク……サブートゥ。スィガ ヘイクフィト。サブートゥ」


 また“ピジュティ”が出てきたか。蛇共に何かしらのことで礼を言ったということか?“ラペット”も何度か言っているらしいが。使用頻度の高い単語か?


 そういえば、お嬢ちゃんには蛇共の声が聞こえているのか?俺には何も聞こえぬが、口ぶりやら相槌(あいづち)からすると、何かしらが聞こえているのだろうが。


 210……255…………270……280…………300前後といったところか。


 お嬢ちゃんと蛇共の会話――らしきもの――を軽く分析しつつ、大雑把な勘定が終わる。精度はさして高いわけでもないだろうが。ずれは大きく見ても2割程度だろうか。


 あとは……お嬢ちゃんの“設定”でも考えておくか。


 お嬢ちゃんがユグ村の関係者だったなら、起きたことを馬鹿正直に話しても何ら問題は無いだろうが、その可能性は低いと俺は見ている。


 それなら、何かしらが起きた時に、お嬢ちゃんの立場が悪くならぬような小細工くらいは用意しておいた方がいい。


 言葉が通じないのが、何よりも厄介なのだが……。そのあたりを上手い事誤魔化すにはどうするか…………住んでいたところは……適当にでっち上げて…………野盗共には濡れ衣を着せてやるか。死人に口無し、最期くらいは役に立ってもらうとしよう。…………最悪、お嬢ちゃんを連れて逃げればいい。その先は……クファナの繋ぎ屋を使うか。あいつには貸しが3つばかりあったからな。否とは言わせぬ。


 よし、こんなところか。


「よっこらせ、っと……」


 それらしく聞こえないこともないであろう出まかせと、大雑把なその後の計画が組み上がったところで立ち上がる。キリもいい。小休止は切り上げる。


「クゥレ……。チェット」


 それだけで察したらしく、お嬢ちゃんも立ち上がる。


「……うん?」


 その仕草に違和感があった。かすかにだが、重心が左にずれているような……


「そういうことか」


 さっきまで使っていた葉の上にもう一度座らせ、左の靴を脱がせる。


「ミ、ミスティフィト!」


 何やら抗議のように聞こえる声を上げるが、それは無視。特に反応が無いあたり、蛇共も気が付いているらしい。あるいは、指摘もしていたのかもしれぬ。


 それなりにしっかりした作りだが、山歩きには不向きか。もう少し長さがあれば良かったのだろうが。それに……新品といった風。だからか……


 軽く靴を眺めてから、靴下も脱がしてみれば……


 一歩手前、か。


 かかとの少し上あたりが赤く腫れあがっていた。このまま下山を続けたら、(ふもと)に着く頃には水膨れになるのではなかろうか、と思える程度には。


「クゥレ……サブートゥ」


 サブートゥ……この状況と表情から見ると……大丈夫、といったところか?


「どの口が言うのやら……」


 確かに、怪我という程ではないだろう。少しばかりの悪化をしたところで、数日で治りはするだろう。


 が、未然に防げる面倒は未然に防いでおいた方が楽でいい。


「ほら」


 靴と靴下を返し、背負い袋と得物を脇に下ろし、お嬢ちゃんに背中を向けてしゃがむ。麓までの距離を考えたところで、子供一人。その程度の“荷物”なら、大したことでもない。


「クゥレ……ゴウ……」

「おぶってやる。さっさと乗ってくれ」


 お嬢ちゃんはためらっているようだが、取り合ってやるつもりもない。


「ほら。子供がつまらん遠慮なぞするものじゃない」

「……………………リーディ」


 先に根負けしたお嬢ちゃんを背負い、立ち上がる。予想よりは少しだけ重かったが、それでも許容範囲だ。


 あとは……


「……っておい!?」


 泡を食った声を上げさせられたのは、俺の荷物に蛇共が群がっていたから。


「……いや、お前さんたちが器用だとはわかっているつもりだったが……」


 呆れ声を引き出されたのは、約300の蛇共が列を作り、その背中に俺の背負い袋と得物を乗せていたから。


「セイル、ピジュティ」


『ケイコをおぶってくれた礼だ。お前の荷物は運んでやるよ』


 蛇語なぞ俺にはわからぬが、多分連中が伝えたいのはこんなところだろう。俺としても、楽になるのは事実だし、受け入れることにする。


 ここ2時間ばかりで蛇という生き物に対する認識を大きく変えられたような気はしないでもないが、それも今は考えないでおく。


「じゃあ、行くか」




「ティーク」


 そうして歩くことしばらく。お嬢ちゃんが名を呼んでくる。


「どうした?」

「クゥレ……リーディ」


 “リーディ”はさっきも聞いたか。後ろに目をやれば、そこにあったのは怯え。不安の色がにじむような口調といい、意味するのは謝罪。ごめんなさい、か。


 やれやれ……


 内心でため息を吐き出した原因は呆れ。


 謝るべき時、というのは確かにある。だが、今のお嬢ちゃんがその時とはまるで思えなかった。悪意があるのなら話は別だろうが、子供がかけて来るこの程度の迷惑なぞ可愛いものだ。


 あるいは……真っ当とは言い難い環境にでもいたのか?そう考えれば、一応の筋も通る。もっとも、それはそれで気分の悪い話だが。


 それに……


 人相がよろしい方ではないと自覚しているとはいえ、アイツと同じ声でよく似た名前をしたこのお嬢ちゃんに怯えられるのは、俺としても気分のいいものではない。


 だから、というわけでもないのだが、一度お嬢ちゃんを降ろす。


「クゥレ、リーディ!」


 さっきよりも切羽詰まった風の“リーディ”


 俺の機嫌を損ねた、とでも思っているのか。


 蛇共の気配が剣呑(けんのん)さを帯びて来る。


「ケイコ」

「ラ、ラペット」


 目線を合わせ、名を呼ぶ。


 何年前だったか……引退した知り合いの鏡追いを訪ねた時に、産まれて半年ほどだという赤ん坊を抱いたことがあった。俺の顔を見るやに大泣きされ、苦肉の策というやつでやったこと。数秒で泣き顔を笑い顔に変えた手段があった。


 それをここで使うことにする。


 両の口の端を大きく挙げ、まなじりは可能な限界まで下げる。


 速い話が、全力の作り笑い。赤ん坊に有効だったのなら、きっとこのお嬢ちゃんにも有効なはず。


「……」


 パチクリとお嬢ちゃん目を瞬かせる。


「……」


 お嬢ちゃんが不思議そうに首を傾げる。


「……ティーク」


 お嬢ちゃんが俺の名を呼ぶ。こころなしか、視線が生暖かいような気がするが。


「サブートゥフィト」


 その声は妙に優しく、気遣わし気なものだった。


「……」

「……」


 黙って見つめ合うことしばし。


 ようやく理解できた。


 “サブートゥ”の意味は“大丈夫”らしいが、この状況で気遣うように言うということは『この人、頭大丈夫かな?』と思われたのではなかろうか、と。


 何をやっているんだ俺は……


 穴があったら入りたい、とはこのことか。冷静に考えてみれば、かつて赤ん坊にやった時は、変なものを見て可笑しさのあまり笑っただけだったのではないか?


 それを、まともに思考ができるお嬢ちゃんにやったところで何がどうなるのやら、だ。


 馬鹿にされないだけ、このお嬢ちゃんは気立てがいいということなのだろうが。


「ティーク」


 頭を抱えていると、お嬢ちゃんが俺の名を呼んで来る。顔を上げた先にあったのは、見た目の幼さに不相応なほどに穏やかで、それなのに不思議と心惹かれる微笑み。


「ピジュティ」


 そして、見た目相応に無邪気な声でかけられた“ありがとう”だった。


 まあいいだろう。怯えられるよりはずっとマシだ。


 俺がやらかした奇行については、さっさと記憶から消し去るとしよう。


「さ、さて、日が暮れる前に山を下りるぞ」


 再び背中を向けてしゃがむ。今度は素直に負ぶさって来て、さっきは遠慮がちに肩に乗せるだけだった手を前に回してくる。そして――


「ピジュティ」


 耳元でもう一度言われた礼は、嬉しそうな色をしていて、何ともこそばゆい響きを感じさせるものだった。




 いろいろあって下山を再開し、ようやく見えてきたユグ村は、出立した朝と同じようにのんびりとした様子だった。少なくとも、さっきの揺れで大きな被害が出た、ということはなかったらしい。


 とはいえ、このままで団体様を連れて行くわけにもいくまい。一度お嬢ちゃんを下ろす。名残の惜しさを感じたのは多分気のせいだ。


「そいつらを――」


 蛇共を指差し――


「村に――」


 村を指差す。


「連れて行くことは出来ない」


 首を横に振る。


 言葉は通じなくとも、身振り手振りへの認識は大して変わらない。その程度にはお嬢ちゃんを理解できていたつもりだ。だから、簡単な仕草で示してみる。


「クゥレ……ラペット」


 予想通りというか、お嬢ちゃんもすぐに理解したようで、首肯をひとつ。蛇共に向き直って何やら話し始めた。


「ワイス、イーン セイル アトレ ディガ」


 お嬢ちゃんによる説明だか説得だかが失敗する可能性はすでに考えていない。よほどでもなければ、蛇共はお嬢ちゃんに従うだろう。ここに来るまでに見せられた光景は、そう決めつけるに十分だった。


 だったら、今やるのは……謎言語を少しでも把握しておくこと、あたりか。今のところで理解できているのは、断片程度以下。そして、言葉が通じないことがどれだけ厄介なのかは、すでに学習させられ済みなのだから。


 そんなことを考えつつ、お嬢ちゃんと蛇共に視覚聴覚と意識を向ける。


「クゥレフィト……パージャ イーン ニホン キーシュ カースィ……。ゴウ、ティーク スカー トーナ リレント」


 雲行きが怪しいか?お嬢ちゃんの口調が困惑気味になってきているようだが。


 それはそれとして、“クゥレ”と“クゥレフィト”の違いも見えて来たぞ。“フィト”が付く時は、困惑気味になる傾向がある。“フィト”は疑問符的な扱いなのかもしれぬ。要観察、だな。


「……ピュリク、オウン マクス プレ。ピュリク クデム カッド ヒセルフ ハッブ リレント。ラペット、ピュリク ターン」


 声色が明るくなったな。上手く納得させたのか?


 あとは、“リレント”もちょこちょこと出てくるようだが……これも常用の単語なのか?


「ラペット。サブートゥ」


 ともあれ、お嬢ちゃんが俺の方に向き直って来る。まとまった、ということらしい。あとは……サブートゥが“大丈夫”らしいから、そこに繋がるとすれば……“ラペット”は肯定と見てよさそうだな。そして、“キーシュ”は否定、と。あるいは、“はい”“いいえ”も兼ねているのかも――


「って、おい!?」


 謎言語の考察を中断させてくれやがったのは――お嬢ちゃんの肩に顔をのぞかせた蛇数匹がやらかしてくれたこと。そいつらがスルスルとお嬢ちゃんの……その……胸元に潜り込みやがった。


「ひゃんっ!」


 子供にしか見えない容姿に似つかわしくもない、やけに艶めかしい声のおまけつきで。


 しかも、それだけでは終わらない。今度は2匹が足を這い上がり……その……なんというか……スカートの中に入り込んだ。


「あぅ……ん……くうっ……」


 だから、アイツそっくりの声で喘ぐのは止めてくれと言いたい。付け加えるなら、蛇共が原因なのだろうが、薄手の上着の中がもそもそ動くのも目のやり場に困る。


 お嬢ちゃんと出会ってからの短時間で驚かされっぱなしだが、多分その中でも――いや、ここ数十年で一番狼狽させられているのが今この時なのではなかろうか?半分以上本気でそんなことまで思う。


 腹の中で3つ数え、深呼吸をひとつ。平静を装えたところで、改めてお嬢ちゃんを見やれば、スカートの中から2匹、胸元から2匹、両腕の袖口から各1匹の合計6匹の蛇――ほかの連中と比べたら、随分と細い。仔蛇、とでも呼べばいいのか――が、こちらに目を向ける。


「いや、だからそれでも目立ち過ぎると……」

「サブートゥ」


 その一言を合図に、6匹の蛇が一斉に引っ込んだ。


 なるほど、確かに見た目では蛇が居るようには思えぬな。さっきのやり取りから推測するに、護衛というところか。


「……ま、いいけどよ」


 バレなければいいだろう。ということで、俺も妥協することにした。というか、ここを認めまいとしたら、蛇共が納得しないことだろう。連中が無理矢理村に入ってきたなら大騒ぎは避けられないだろうし、その展開は面倒すぎる。


 そして、お嬢ちゃんはもう一度蛇共――この場に残していく約300匹の方――に向き直る。


「セイル デスィン。ロウアー リレント ベーイ ヴェル。パシブ ディガ」


 多分だが、無理するなとか気を付けろとか、そんなことを言ったのだろう。


「行くか」

「ラペット」


 わさわさと山の中に消えていく蛇共を背に、俺達はあらためてユグ村に向かう。


 朝に村を出た時の想像を大きく超える疲労が圧し掛かってくるように思えるのは、多分気のせいではなかったことだろう。

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