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どんな形であれ、アイツとの縁を感じられるというのは悪くない

 もうじき夜が明けるといったところか……。屋外で座ったままに夜襲を警戒しながらとは、疲れの抜け具合がまるで違うものだ。


 目が覚めたのは、まだ薄暗くもあり、すでに薄明るくもある。そんな時間帯。身体を起こして感覚に意識をやれば、ここ数日付きまとってくれやがっていた怠さは奇麗さっぱりと消え失せていた。


 さて……これからどうするか。


 今から起きたところでやることもなし。二度寝と洒落込むのも乙なものではあるのだろうが、生憎とそんな気分にもなれず。


 そういえば、あれからケイコお嬢ちゃんとミヅキはどうなったのやら?


 気にかかることが湧いて出たので、気配を探る。同じ宿にある気配は7。ミヅキの部屋は……ふむ、心配は不要らしいな。


 そこにあったふたつの気配は、寄り添うようにぴったりとくっついていた。抱き合うようにして同じベッドで穏やかな寝息を立てる姿が容易に想像出来る。この様子ならば、とりあえずはミヅキも妙なことにはなるまいて。


 ミヅキと言えば……前世ではあの御仁の恋人で……血筋の上ではアイツの姪だったらしいが……


 次に浮かんでくるのは、いろいろありすぎた昨日の中でも、特に印象が強かったことのひとつ。


 合縁奇縁(あいえんきえん)というやつなのだろうかな……


 辿り辿ってみれば、ミヅキが鏡追いとなり俺の前に現れたのは、俺が一因と来たものだ。


 そして――ずっと誤解していたであろうアイツの真意。


 昨夜はそれなり以上の衝撃を受けたつもりだが、今あらためて内面に意識をやってみれば、自分でも意外と思えるほどに落ち着いていた。


 感情の整理は出来た、ということらしい。


 さて、そろそろ起きるか。


 そうこうする内に、窓から差し込む光も徐々に強まって来る。今日もいい天気になりそうな様子だった。




「……あれ?ダンナ?」

「……ふあ?」

「おう。おはようさん。これから出るところだろう?」


 水差しとグラスを拝借して食堂で待つことしばし。気配のふたつが動き、姿を見せたのは、多少眠そうながらもはっきりと目を開けたコーナスと、まだ何割かは意識が眠っていそうなアルバ。これから番に付く予定のふたりだ。


「ほれ。眠気覚ましの代わりだ」

「あ、ありがとうございます」

「……」


 水を入れたグラスを差し出してやれば、コーナスは受け取って飲み干すのだが、アルバは無反応。よく見れば、立ったままでまぶたがくっつきかけていた。


「アルバ……。お前なぁ……」

「コーナス、お前さんは少し離れていてくれ」

「ダンナ?」


 呆れつつもアルバを起こそうとするコーナスだが、それは止める。いかに駆け出しといえど、さすがにこれはどうだろうかと思う。だから、少しばかりキツめの眠気覚ましにと殺気を叩きつけてやれば、


「ひぃっ!?」


 そんな声を上げて飛び上がる。


「よう。おはようさん。目覚めはどうだ?」

「あ、あれ……?ティークさん……?俺、ベッドにいたはずじゃ……。それに、なんか寒気がするような……」

「そうか?今日もいい天気になりそうだが。それよりも、今から出るのだろう?眠気覚ましにどうだ?」

「あ、ありがとうございます」


 そう言って水を飲み干す。今度はしっかりと目も覚めたようだ。一番危険な時間帯が過ぎたとはいえ、それなりに経験のある(せん)(だつ)が同行するとはいえ、寝ぼけたままでことに当たり、死神に足を掴まれたとあっては俺も夢見が悪いというもの。


「はは、ありがとうございます。ダンナ」

「なに、礼には及ばぬさ」


 俺がやったことを察したらしいコーナスのささやきにはそう返しておく。俺にも利があってのことなのだから。




「よう。お疲れさん」

「ああ。本当にな……」

「……どうも」


 コーナスたちを見送ってほどなく、入れ替わるようにして帰って来たハルクはわかりやすく疲れ顔。ネブラに至っては、マトモに返事をする気力すら失せているという有様だった。


 無理もない。ただでさえ視界が悪い上、お客さんがいつ来るのか、来ないのかさえもわからず、さりとて役目を放棄(ほうき)するわけにも行かず。しかも普段であれば眠っている時間帯と来たものだ。夜中の番というやつは、本当に疲れるものだ。


「そうかい。本当にお疲れだったな」


 一応の雇い主は俺だから、というのも無いわけでは無いが、そう(ねぎら)いの言葉をかけ、先ほどと同様に水を差しだしてやる。


「おう。ありがとよ」

「……どうもです」

「それで、これといってなにかしらはあったか?」

「……いや、ネズミやら野犬やらウサギは全部で4回やって来たが、それくらいだな」

「そうか。大したことが無かったのは結構なことだ」

「そうだな。悪いんだが、飯の時間になるまで俺は少し寝るわ」

「ああ。ゆっくり休むといい」

「それじゃあな。ほら、行くぞ、ネブラ」

「……はい」




「あれま、随分と早起きじゃないのさ」

「目が冴えてしまったのでな」


 そうこうするうち、今度は女将がやって来る。こちらは朝飯の支度やらだろう。


「とはいえ、やはりベッドというのはいいものだな。久しぶりによく眠れたぞ。おかげで調子もいい」

「そうかい。それはなによりだね」

「ああ。まったくだ。それと……これから番に付くコーナスたちは先ほど出かけたところなのでな、昨日の夜と同じように運んで行ける飯を頼む。夜の番をしていたハルクたちは戻ってきて朝飯の時間までひと眠りするとのことだ」

「あいよ。任せときな」


 そう言って、ドン!と胸を叩いて見せる。なんというか、その仕草はやけに様になっていた。


「それはそうと……ミヅキちゃんだったっけ?あの銀髪の娘さんは大丈夫かねぇ……。昨夜は随分と辛そうだけど。それに、ケイコちゃんも戻ってこなかったし……」

「そのことならば心配は無用だろう。あれから少し話をしたが、ミヅキなりの整理は出来ていた様子だった。ケイコお嬢ちゃんはそのままミヅキのところに泊まった……うん?」

「どうかしたのかい?」

「ああ。少しばかりな……」


 寄り添うようにしていた気配が動く。部屋を出て……ここは……俺の客室か……


「そのふたりはすぐにここに来るようだぞ」


 目が覚めて俺のところに来たら部屋はもぬけの殻だった、といったところだろう。ならば続く行動は容易く予想出来よう。


「おっはよー」

「お、おハヨウ……」

「……あらら、ほんとに来ちゃったよ」


 問題は無さそうか。結構なことだ。


 ふたりの表情を見るも、妙な影は見て取れず。


「おはようさん。その様子だと、よく眠れたようだな」

「うん、おかげさまでね。とりあえずは落ち着けたよ」

「らしいな」


 そして、そんな様に胸を撫で下ろしていたのは俺だけではなかったようで、


「あたしも心配したんだよ。普通じゃない様子で急に泣き出すからさ」

「だよねぇ……。ごめんなさい。妙なところ見せて心配かけちゃって。けど、もう大丈夫だから」


 そこで一度言葉を切り、俺の方を見る。何故か口元にはニヤリ、と言った表現が似合いそうな笑みを浮かべて。


 なにか企んでいるようだが……


 そして、そんな疑問への答えはすぐに出てくる。


「そこにいる、オジサンのおかげで」


 俺を指差して言ったのはそんなこと。


 オジサンどころか、すでにジジイ呼ばわりの方が似合うだろうというのが今の俺。だから、その点では特に気にはなるまい。


 ミヅキが俺にとっては姪のようなものであることは事実。それに――あらためて考えてみれば――ずっと独り身でやってきた俺に同行する理由としては、弟子入りよりは自然……いや、違うな。


 多分だが、それさえも口実だ。どんな形であれ、アイツとの縁を感じられるというのは悪くない。


 故に――


 ま、いいけどよ……


 そう結論付けることにする。


「オジサンって……もしかして……ダンナの姪っ子だったりするのかい?」

「ああ。どうにもな……そのまさからしい。世の中というのは、時に狭い物らしい」

「なるほどねぇ……」

「そういうこと。あたしも驚いたよ」

「まあなんにせよ、ミヅキちゃんが元気そうで安心したよ」


 そう言って厨房に消えていく。今日の朝飯にも期待しておこうか。


「さて……。ケイコ、ヨドル オゥグ ケットフィト」

「……ラペット」


 それを見計らったようにミヅキが何事かをニホン語で伝え、お嬢ちゃんがそれにうなずき、


「ダンナ、おネガイ あル」


 たどたどしいアネイカ言語で伝えてきたのはそんなこと。


「……俺に頼みがある、と?」

「そういうこと。とりあえずさ、少し場所を変えない?多分その方が都合いいから」




「それで、何を頼みたいと?」


 ミヅキに連れられてやって来たのは、宿の裏手にある広場。昨日はヤーゲの阿呆やミヅキと一戦交えた場所だった。


「それは、ケイコちゃんが自分の口で言いたいみたいだから」


 ミヅキに問うてみれば、それが返答。


「……わタシ、やマ、いキタイ」


 そうしてお嬢ちゃんが俺に望んできたのはそんなこと。


「……ミヅキよ」

「うん。言いたいことはわかってるつもり」


 お嬢ちゃんの言葉の意味は理解出来た。だが――


 先日ならいざしらず、今のユグ山はかなりの危険地帯と予想が付く。当然ながら、お嬢ちゃんを連れて行けるような場所ではあるわけもなく。それに――


 流れから見るに、ミヅキはお嬢ちゃんの望みを知っていたと考えるのが妥当。ならば、俺に聞くまでも無く止めそうなところだ。


 にもかかわらずそれをしなかったというのは……相応の理由があるということか。


 なにやら面倒な話になりそうな気がしてきたが……


「ここから先はあたしが引き継ぐけど……ケイコちゃんの中にたくさんの蛇が居ることは知ってるよね?」

「ああ」

「それで、その蛇たちの知り合い……まあ、友人とか身内なんだろうけど……そいつらが結構な数、山に残ってるらしいのよ」

「……ふむ」


 そういうことか。


「その蛇共も回収したい。だが、魔物化のせいで凶暴になっていることも予想される以上、それを鎮められるお嬢ちゃんの同行は必須、ということか。幸か不幸かはさて置くが、魔物化した蛇が村にやって来たことはなかったが、そうなれば殺さねばならなくなる。そして、ハルクたちが来てくれたおかげで俺が身動きを取れるようになった。だから護衛を頼みたい。と、いうわけだな?」

「だからさぁ……先回りしないでってば……。まあそういうことだけど」


 さて、どうしたものかな?


 そんな事情であれば、引き受けてやりたいところだが……問題になるのはやはりお嬢ちゃんの身にも危険があるということ。


 どうやら蛇は俺の気配探りでは捉えられないらしいが、蛇共はお嬢ちゃんの近くに来れば落ち着くらしい。


 お嬢ちゃん相手でも平気で襲い掛かってきそうな動物であれば、俺でも気配は捕まえることができる。


 であれば、どうにかなりそうな気はしないでもない。蛇共も優秀な護衛にはなるだろうが、それでも不測の事態はあり得るだろう。さりとて、知り合いの知り合い程度であれ、蛇共が死ぬようなことになればお嬢ちゃんは悲しみそうなところ。


「……オジサンが悩んでるのってさ、ケイコちゃんに怪我させたくないからだったりする?」

「ああ。その一点さえどうにかできるなら、連れて行っても構わないと思っているのだがな……」

「なるほどね……だったらさ、あたしにいい考えがあるんだけど」

「ふむ」


 やけに自信ありげで、どこか楽しそうにそんなことを言ってくる。まあ、実際に妙案があるのなら、俺としても願ったりかなったりではあるのだが。


「聞こうか」

「実際に体験したほうが手っ取り早いかな。クゥレ……ケイコ モウア ルアセル オゥグ」

「ラペット」


 ミヅキが何事かを伝えれば、お嬢ちゃんはうなずいて距離を取る。


「で、なにをやろうと?」

「それはね……こうするの!出て来い、壁!」


 俺に向けて手のひらを突き出し、声を上げる。見た目にはこれといって変化も見られないが。


 なるほど……。“魔力”とやらは俺にはまるでわからぬが、“魔法”で現れたモノならば俺でも把握できるというわけか。思えば、“魔法”で現れた火の熱さは感じ取ることができた。なれば、当然と言えば当然。


「なるほど。“魔法”の壁……物語の表現を借りるなら、結界というやつか」


 そう。些細(ささい)な変化も見られないのは、見た目だけの話。ミヅキの言葉通り、目に見えない壁が現れていることは力の流れで感じ取ることが出来た。


「そういうこと。これくらいなら、あたしは息するくらい簡単に出せるみたいでね。もちろん、“魔力”が尽きるまでは、って(ただ)し書きは付くけど。……いいよ、試しても」

「ああ。そうさせてもらう」


 問題なのはその強度。軽く小突いただけで壊れてしまうなら、さして役には立つまいが……


「……行くぞ」

「いつでもどうぞ」


 背中の鉄杖を抜き、横振り。鈍い風切りを伴ってミヅキに迫ったソレは、


「……なるほどな」


 手前50シィラほどで止められていた。壁といっても、手ごたえは木や石、鉄のそれではなく、弾力も伴ったもの。近いところを上げれば、鍛え上げられた筋肉といったところ。


 腕の力だけで振った手抜きともいえる一撃。それも、いざの時は寸止めを出来るように意識した上での振り程度では揺るぎもしないわけか。


 それなりに頑丈だとはわかった。なれば――


「……次は本気で行くぞ」

「ほいきた」


 どの程度に堅牢なのかを見せてもらおうか。


 選択するのは、一点への力が最大となる突き。それも、全身を連動させてのものだ。これで抜けないのであれば、バケモノ熊あたりの(ごう)(わん)が振り下ろされたとて、多少は耐えられることだろう。


 そして、


「……大したものだ」

「お褒めに預かり恐悦至極、ってね」


 念のため、ミヅキの頬から10シィラほどの位置に狙いを定めてではあったが、どうやらそれも要らぬ気遣(きづか)いだったらしい。先の振りと同様に受け止められた。そしてミヅキは涼しい顔のまま。


 これならば、お嬢ちゃんの身の安全も問題はあるまいか。


「ついでに言うなら、蛇たちも同じ“魔法”は使えるよ。長時間は無理っぽいけど、交代でやる分には問題無いってさ」

「そうか。なら……ケイコ」


 どこか不安そうに、されど慌てた風は無くミヅキと俺の立ち合いを見ていたお嬢ちゃんに向き直る。


ラペット(いいぞ)


 俺が意味を知る数少ないニホン語で肯定の意を示し、頷いて見せる。


「ダンナ……アリガトウ!」


 そうすれば意図は伝わっていた。嬉しそうに、そう返してくれる。


「あたしからもお礼言っとくね。ありがと、オジサン」

「礼には及ばぬが……ひとつだけ条件は付けさせてはもらうぞ」

「何?」

「ひとりで先走るなと、それだけは伝えておいてくれ」


 そこだけは言っておかねばなるまいて。なにせこのお嬢ちゃん、すでに一度やらかしているのだから。


「……そんなこともあったらしいね。うん、そっちは任せてよ」

「まあなんにせよ、魔物化した蛇を相手にしなくて済むのは俺としても好都合というもの。それに……」

「それに?」


 お嬢ちゃんを見やる。


「俺を襲ったバケモノ蛇が返り討たれたとて、お嬢ちゃんが俺を恨むとも思えはしないが」


 それくらいには、ひととなりも理解しているつもりだ。


「悲しみはするだろうからな」

「それはそうだけど……」


 ミヅキはなにやら考えるそぶりを見せる。


「オジサンってさ、やっぱりケイコちゃんには甘いよね」

「……多少はな」

「いやいや、ダダ甘だって。でさ、それって……ケイティア伯母さん、ケイトサンと名前が似てるから?」

「それもあるだろうな」

「それも、ってことは、他にもあるわけ?」

「ああ。なにより、お嬢ちゃんの気立てを見ていればな。お前さんとてそれはわかるだろう?」

「……たしかにね」

「あとは……声がそっくりなのでな」

「誰と……って、もしかしてケイティア伯母さんと?」

「ああ。最初に名を呼ばれた時には、年甲斐もなく動揺したぞ」

「そっか……。ケイティア伯母さんって、ああいう声してたんだ。それがわかったのは、よかったかな。そういえば、昨日は結局聞きそびれてたよね、オジサンがケイティア伯母さんと過ごした頃のこと」

「そうだったな」


 それを話そうとした矢先に、アイツを介した縁があると判明したのだったか。


「いずれ、折を見て話してやるさ」

「うん。楽しみにしてる」


 そうこうする内、腹の虫を刺激するいい匂いが漂って来る。腹が減っては何とやら。ひとまずは、朝飯を済ませるとしよう。

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