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差し当たりの行き先としてはちょうどいい

 (すが)りたかった、か。


 そんな言葉を口にしたミヅキの顔を見やる。その視線は満月に向けられているようでもあり。それでいて、さらにはるか遠く――あの御仁の前世と過ごした日々を見つめているようでもあった。


「……聞いてくれないの?『どういうことなんだ?』って。あたしとしては、洗いざらいぶちまけ……もとい、吐き出してしまいたい気分なんだけど」

「そうかい。ならば仰せのままにと行かせてもらおうか。縋りたかったというのは、どういうことなんだ?」


 気になっていたことは事実。ならば乗らせてもらうことしようか。


「希望に」

「何の希望に?」

「また、ミキオとの日々を過ごすことができるんだ、って希望に。たとえそれが幻だったとしてもね。……さっきも言ったけどさ、前世のあたしとミキオはほぼ同時に同じ場所で死んだと思うの。それで、その片方、あたしがこの世界に転生していたわけよ。だったら、ミキオもそうなってる……かもしれないって考えるには十分でしょ?」

「……少なくとも、その可能性を否定する術は思いつかぬな」

「でしょ?だから、あたしはミキオを探そうと思った。結果は御覧の有様だったわけだけど」


 あはは、と自嘲気味に笑う。


「多分だけどさ、ミキオが変わり者を探してたってのは、この世界でのあたし――異世界からの転生者はきっと変わり者扱いされてるって考えたからだと思うの。自分の経験から」

「そうかい」


 相槌(あいづち)を繰り返しながら、思考を走らせる。たしかに、ミヅキの言う通りと仮定すれば、謎の多かったあの御仁の軌跡(きせき)にも筋が見えてくる。


 だが――


 それは雲を掴むどころの話ではない。そもそもが、探し人が転生しているかどうかすらも……


 ああ、だからなのか。


 だから、縋りたかったのか。


 たとえその希望が幻だったとしても。


 腹の底で(うず)くものがあった。それは、ケイトを失ったあの瞬間から今に至るまで、俺の中に居座り続けてくれやがっているモノ。共感らしきものを感じるのも道理というものだ。形こそ違えど、ミヅキもあの御仁も、惚れた相手が突然に居なくなるという経験をして来たのだから。


「正直なところを言っちゃうとさ、10年以上も前に理屈ではわかってた。ミキオが転生してるかなんてわからない。仮に転生してても時代が違うかもしれない。この時代に居るとしても、あたしとの道が交わることは無いのかもしれない。全部全部わかってたよ。けどさ……」


 言葉が途切れる。口に出すうち、こみ上げるものがあったのだろう。


「ちっちゃい頃からいつも一緒だったんだよ!読書感想文が賞をもらった時はあたし以上に喜んでくれて!あたしがブチギレて不良のたまり場に殴り込もうとした時は引っ叩いてでも(なだ)めてくれて!白猫のミケ丸が死んじゃって泣いてた時は落ち着くまで黙ったままずっと(そば)にいてくれて!あたしが告白を受け入れた時は正気を疑うくらいに喜んでくれて!こんなにもあたしを夢中にさせといてさ……っく……なんで……いなく……っ……ちゃったのよ……」


 それは涙であり、嗚咽(おえつ)


 相当に溜め込んでいたのだろう。そして、それを突き崩したのは俺、なのだろうな。


 だから、羽織っていた上着を脱ぐ。頑丈で水を弾く革を使い、指先程の鉄板を多数仕込んだ特注品。そういった時には邪魔になることだろうから。


「ほれ」


 そして背を向けてやる。


「ダン……ナ……?」

「さすがに泣いている女を捨ておくのは気が引けるのでな。背中くらいは貸してやる」

「……っく……あはは……ダンナのお人好し」

「知るか。それと、泣くのか笑うのかくらいははっきりしておけ」

「……んっ……。じゃあ……さ……ちょっとだけ……甘えるね……」

「……ほどほどでな。あの御仁の嫉妬を買うことだけは勘弁願いたい」

「はは……大丈夫。ミキオは……そんなに小さい……ひっく……人じゃないから」

「そうかい。ならば、好きにするといい」

「うん……。そうするね……」


 そうして背中にしがみつき――


「……バカ!ミキオの大馬鹿野郎……。散々あたしのこと振り回しておいて……っく」


 隠すことも無い涙声を吐き出す。


「あたしはさ……ひっく……あんたがいないとダメなのよ……。それくらい……わかってた……よね?」


 ミヅキにとっては、あの御仁とこの世界で再会出来るかもしれないという希望は、初めから叶うとは夢にも思えなかったであろうもの。何かの間違いで上手く行ったら儲け物、程度の認識だったのだろう。


「あたしが……こうして生まれ変わったんだから……あんたもあたしの傍に……生まれ変わるべきだったんだよ……。それくらいの甲斐性見せてよ……あんたなら楽勝でしょうが……」


 それでも、縋ることは――拠り所とすることは出来ただろうから。


 例えば……アネイカを隅から隅まで探して見つからなかったとしても、コーニスのどこかに居るのかもしれない。コーニスのどこにも居なかったとしても、まだ発見されていないであろう未知の大陸のどこかにいるのかもしれない。あらゆる大陸をすべて探して出会えなくとも、空の彼方にある星のどこかで暮らしているのかもしれない。


 探し人が存在しないという明確な根拠を掴むのは恐ろしく困難。ほぼ不可能と言ってもいいだろう。そして、そんな希望に縋り続ける内、時の流れや新たな出会いが忘れさせてくれるか、あるいは自身の生が終焉(しゅうえん)を迎えたはずだ。もしかしたなら、本当に探し人と出会うことが出来るのかもしれない。


 幻のようなものであり、だからこそ不壊(ふえ)であったはずの拠り所。


「あんた空気読むの得意だったじゃないのさ……。なんなのよ……50年前って……」


 けれど、事実がそんな拠り所を粉砕した。


「なんで肝心な時にあんたは……。バカ!アホ!間抜け!責任取って今すぐあたしの前で土下座しろ……。それで死ぬまであたしの面倒見ろ!そしたら許すからさ……。お願いだから……。また、仕方ないやつだなって……呆れながら苦笑いして見せてよ……」


 そして、心が完全に受け入れてしまった。もうこの世での再会は叶わない、と。長年この稼業をやってきた身の上。似たような場面は何度も目にして来た。


 さて、どうなるのやら……


 その上で考えるのはミヅキの今後。


 今は俺の背中を涙と鼻水でベトベトにしているミヅキだが、ほどなくして正気付くことだろう。この、ままならない世の中との付き合いはそのあとも続いていくのだから。


 思いつく最悪は後追い。そうでなくとも、ケイコお嬢ちゃんに言葉を教えるという役目はさて置くとしても――俺がやってきたような――ロクでもない生き方に走ってほしくないとは思う。まあ、「余計な事実を教えやがってこの野郎」とばかりに俺への恨みつらみが活力になるというのならそれはそれで構わぬが。


 なんにせよ……こうなった責が誰にあったのかと言えば、それは俺だろう。望まなかった事実をミヅキが知る羽目になる原因を作ったのは俺。ならば、出来る限りのことをするべきか。


 そんなことを考える内、背中から聞こえていた涙声が収まっていたことに気付く。


「ありがとね、ダンナ。少しは落ち着いたよ」


 離れたミヅキの顔を見れば、せっかくの器量(きりょう)()しが台無しになっていた。それでも、目の奥に(くら)い色が見当たらなかったことにはいくらかの安堵を覚えたが。どうやら、俺が思う最悪にはならずに済んだらしい。


「それは結構なことだ。ほら」


 懐から引っ張り出した布切れを渡してやると、素直に受け取って顔をぬぐい始める。こちらとしては、同じような様になっているであろう背中が不快ではあるが、それはあとで着替えればいいだろう。部屋に戻れば、背負い袋に予備がある。


「ごめん。迷惑かけたよね」

「ああ。だが、弟子というのは師に迷惑をかけるものと相場が来まっているだろう」

「……………………ああ!」


 しばらく考え込み、思いついたように手を叩く。その様はまるで――


「お前さん、忘れていたな?」

「うん。奇麗さっぱり忘れてた」


 何ひとつ悪びれた風でも無しに、軽く返してくる。


 ま、いいけどよ……。いや、それ以前に……


 思い返せば、ミヅキが弟子入りを望んだのは目的があったから。そして、その必要は消えて無くなったわけだ。


「……そういえばさ、一応あたしってダンナの弟子だったわけだけど……」

「ああ。一応はな。だから、これからどうするかはお前さんの好きにしたらいい」


 ならばむしろ、俺の弟子などという立場も今後は(かせ)にしかならぬだろう。


「うん。そう言ってもらえるとありがたいかな」


 つまるところ、上っ面だけの師弟関係はものの数時間でお終い、というわけだ。正直なところを言えば、俺はミヅキのことをそれなり以上には気に入っており、面白い奴だとも思っているが、固執(こしつ)するようなものでもないはずだ。


「……じゃあさ、これからもしばらくはダンナの弟子でいさせてもらうね」

「……うん?」


 ところが、やって来たのは俺の予想とは真逆のもの。


「何故にそうなるんだ?」

「差し当たっては落ち着いたけどさ、完全に吹っ切れたわけでもないのよ。まあ、ダンナだったらそれくらいはとっくに気付いてると思うけど」

「それはな……」


 ミヅキにとって、あの御仁の前世がどれだけ大きな存在だったのか。ある程度は理解出来ているつもりだ。それを思えば、こうしている今とて葛藤(かっとう)を抱えていると考えるのが自然。


「けどさ、おいそれと誰かに話せるようなことでもないでしょ?」

「だろうな」


 前世で恋仲だった相手の生まれ変わりを探していましたが、実は50年前に亡くなっているということが判明しました。


 ミヅキの現状はこんなところなのだろうが、そんなことを聞かされて真に受ける者などそうそういるわけでもなく。


 ああ、だからか。


 理解出来た。つまるところは、弟子入りを望んだ理由と同じということ。


「でもさ……詳しい事情を知ってるダンナだったら、話は違うよね?」

「ああ」

「だからさ、あたしが顔を上げられるようになるまでの間だけでいいから……支えてほしいの。それなら、弟子って形の方が面倒は少ないでしょ?」


 俺を利用しようというわけだ。


 ま、いいけどよ……


 それでも別段腹が立たなかったのは、ミヅキのことを多少は気に入っているからなのか、はたまた同情からなのか。まあ、それはどうでもいいことか。


 それになによりも……曲がりなりにも、ミヅキは顔を上げようとしていた。そこにあるのは、ある種の強さだと俺は思っている。昔の俺には無かった(たぐい)の。


 当時の俺にそんな強さがあったなら――きっと、ここに至るまでの40年間はもう少し鮮やかな色をしていたことだろう。今となっては(せん)()き話だが。


 そして、(なら)うことが出来るとは到底思えない。長年続け、心身に染みついてしまったものだ。容易くどうこうできるのならば苦労は無い。それこそ――ケイトの生まれ変わりと出会えでもしない限りは……うん?


 不意に、何かが引っかかった。嫌な感覚は無かったのだから、流してもよさそうではあるが……


「……ダンナ?どしたのさ、急に難しい顔で黙り込んで。……やっぱり虫が良すぎたかな」

「いや、そこは気にしていないから安心するといい。もっとも……」


 まあ、今は考える必要もあるまいか。


「厚かましい奴め、とは思っているがな」


 取り(つくろ)いにそんなことを言ってやれば、


「あっははは~。お忘れかなぁ?弟子入り志願の時点でこれ以上ないくらい厚かましかったと思うんだけど」


 ケラケラと笑ってそんな返しを仕掛けてくる。


「無理ほどほどにしておくことだ。度が過ぎれば余計に辛くなるぞ」

「……お見通しか」

「それは、な。さっきの今でそこまで笑えるものでもあるまいさ」


 ミヅキが陽気な性分の持ち主だとは認識しているつもりだが、さすがに不自然が過ぎるというもの。


「お前さんが言っていたことだろう。事情を知る俺しかいないところでまで、無理をする必要はあるまいさ」

「……それはそうなんだけどさ、あたしはこうも思うのよ。いつまでもいつまでもべそべそしてたらさ、いつかあの世でミキオと再会した時に胸張れないでしょ」

「……なるほど」


 理屈では理解出来る。それはそれと……


 やれやれ……。なんだって痛いところばかりを突いてくるのやら……


 耳が痛い話でもあった。ミヅキの言い回しを借りるなら、俺は40年もの間ずっと、べそべそをやってきたのだから。せめて最後に交わした約束だけは守り続けてきたとはいえ、あの世でケイトと再会出来る日が来たとして、胸を張れる自信など毛の先ほども無い。


「強いな、お前さんは」


 気が付けば、そんな言葉が口をつく。


「そんなんじゃないよ。ダンナを頼りにできるから強がっていられるだけ……なんだと思う。だからさ、ダンナ。しばらくは頼らせてもらうけど、あまりに度が過ぎると思ったら、その時は容赦(ようしゃ)なく放り出して……いや、いきなりだとキツイか……。その時は、まずビシッと指摘してほしいの。それでも改善が見られないようなら、その時こそ、遠慮(えんりょ)なく放り出してほしい」

「……注文の多い奴め。しかもややこしいと来た」

「ぬぐ……。まあ、それはそうだけど……。とにかく!ダンナがそれでいいって言ってくれたわけだし、肩は借りる。けどさ、おんぶ抱っこにはなりたくないの。立つのも歩くのも自分の足でやりたいのよ」

「あの世であの御仁と再会した時に胸を張りたいから、か?」

「うん」

「そうかい」


 頼みごとの上乗せではある。それでも、情けないとは思えなかった。むしろ……


 そんな風に思えることも、ある種の強さなのだろうかな。まったく、アイツといいコイツといい、なんだって俺の弟子になるやつというのは俺の先ばかりを行ってくれるのやら。


 正直なところを言えば、ミヅキのそんな心根にはやっかみすら抱き始めていたところ。無論、そんなものを表に出してやりはしないが。それでは、あまりにも情けないというものだ。


「ま、いいけどよ……。そこまで含めて、任されるとしよう」

「そっか……ありがとね」

「礼には及ばぬさ」

「そういうのもダンナらしいけどさ……この件は借りておくよ。なんとしてでも返すからね。ダンナってば馬鹿が付くほどのお人好しなんだもん。そう思い続けてないと甘えっぱなしになりそうで怖い」

「……好きにするといい」


 どうせ先は長くない身の上。そのまま踏み倒されようとも知ったことではないが、それが決意だというのなら、尊重してやるべきだろう。


「ってわけで、これからもよろしくね。ところでさ……それはそれとして、ミキオのこと、聞かせてくれないかな?」

「あの御仁のことならお前さんの方が……。いや、この世界での“ミキオ”のことを聞きたいのか」

「うん。ちょっとわからなくてさ……ダンナは『あの御仁』なんて呼び方してるけど、それってさ、多少は尊敬してるってことだよね?」

「ああ。多少どころではないが」


 世の中から忘れ去られているのはなんとも切ない話だが、俺は今でもあの御仁を心底に尊敬している。


「けど、“元凶”なんて呼ばれ方もしてるよね。そんな風に言われるのって、ロクでもないことやらかした奴って考えるのが自然でしょ。あたしとしては……ミキオは悪党になれるようなタマじゃないと思ってるんだけど……」

「ふむ……」


 “元凶”というのは、あの御仁自らが名乗ったものと聞いているが、何故にそのようなことをしたのかは、俺も知らない。そして、


「俺としても、気にかかっていることはあってな。あの御仁の前世を知るお前さんならば、違った見方を出来るかもしれぬな。興味があるのなら話そうか?あの御仁に関して俺が知る全てを」

「うん!聞かせて!」

「心得た」




「と、こんなところだが」

「……なんというか、間違いなくあたしの知ってるミキオだわ」


 そうして話したのは、何日か前にキードの坊主や女将に聞かせたのと同じこと。相槌を打ちつつ聞いていたミヅキは、そんな風にため息混じりでまとめていた。


「思うところがあったらしいな?」

「まあね。“元凶”って名乗った理由も、自分の基準なら自分は悪党だって言った理由も、よくわかるよ」

「……ほう」


 つまるところ、前世が関係しているというわけだ。


「前々から似てるとは思ってたけど……繋ぎ屋って、ほとんど“冒険者ギルド”じゃないのさ。しかもその資金源はまんま“ギンコウ”だし……」


 なにやら初耳となる言葉が出てきたが、ここ数時間の経験からすると……


「それも“てんぷれ”なのか?」

「うん。特に“冒険者ギルド”なんて“てんぷれ”中の“てんぷれ”」

「……済まないが、説明を頼んでいいか?」


 “てんぷれ”というのはよくある話といった意味らしいが、それだけではわけがわからない部分の方が多い。


「前世では“知識ちーと”なんて呼ばれてたんだけどさ」


 またしても知らぬ単語が出てくる。


「そうだねぇ……」


 なにやら考え込んだミヅキは、右手の親指と人差し指を立て、その人差し指を俺に向けて――


「ばきゅーん!」


 と、そんなことを言ってくる。


 はて……これまた意味が分からぬが……


「やっぱそうなるよね」


 首を傾げていると、そう言って苦笑気味に肩をすくめる。


「あたしたちが前世で生きてた世界ってさ、この世界よりも数百年は進んだ文明があったのよ」

「ああ。それは昼間にも聞いたが」

「だからさ、今のこの世界には無いような強力な武器もあったわけよ。コレとかね」


 先と同じ形の指を俺に向けてくる。


「具体的にはどんな武器なんだ?」

「えっとね……まあ、あたしはそこまで詳しくないんだけど……小さい物なら手のひらに収まるくらいで……子供でも簡単に扱えて……鉄板をぶち抜くくらい普通に出来ちゃって……数十とか数百メィラくらいまで届く武器……かな?あ!あと、目に見えないくらい速くて、10数える間に20発……じゃなくて、20回以上連続で撃てる」

「飛び道具なのか?強力な弓矢と言ったところか?」


 察するにはそんなところ。まあ、弓を作っている連中や使っている連中にしてみたらタチの悪い冗談のようなシロモノだが。


「まあ、そんな解釈でいいや。とりあえず“てっぽう”って呼ぶことにするけど、“知識ちーと”の定番中の定番なわけよ」

「……ふむ」


 なんとなく見えてきたぞ。“てっぽう”とやらを使えば、子供でも俺のあの芸当を優に超える破壊力を生み出せるわけだ。仮に、そんなモノを自分たちだけが多数確保出来るなら――アネイカとコーニスの全土を征服することすら、夢物語ではなくなることだろう。


「本来はこの世界に無かったような強力な何かを異世界の知識で手に入れて、優位性を得る。“知識ちーと”というのはそういうことなのか?」

「……だから人の説明に先回りしないでってば。まあ、(おおむ)ねその通りなんだけどさ」

「繋ぎ屋の仕組みも異世界の知識に(もと)づくものなのだろうが。それで、何故にそれをやったあの御仁が悪党で“元凶”になるんだ?」


 そこはまだ見えてこない。


「そこで前世の話になるってわけ。ミキオのお爺さんは昔ながらの職人、木の板を削り出して包丁の柄の部分を作ってる人でね、あたしのことも可愛がってくれてたの」

「ふむ」


 また話が別の方向に飛んだようだが、おとなしく聞くことにする。


「それで、ミキオも当然ながらお爺さんに(なつ)いててさ、将来は後を継ぐんだって言ってたんだけどね……。結局、それは叶わなかった」

(なに)(ゆえ)に?」

「……時代の流れ、なんだと思う。安く大量に作れる技術が発達しちゃってね。だんだん儲けが出なくなって、結局はお爺さんの代で終わらせることになったの」

「そうか」


 珍しくはない話だが、当人や近しい者にしてみれば複雑な話なのだろうな。


「そんな経緯もあってさ、あたしもミキオも異世界モノは大好きだったんだけど、ミキオは“知識ちーと”だけは嫌ってたの。本人曰く『技術の進歩で古いものが淘汰されるのはまだ我慢も出来るけど、唐突に余所からやって来た技術で世界の在り方を変えるのは気に食わない』って」

「……ゆえに、自称悪党で“元凶”というわけか」


 あの御仁が作り上げた繋ぎ屋の仕組みは、間違いなく世の中の在り方を大きく変えていたのだから。


「そういうこと。あたしの生まれ変わりを見つけたい一心で、苦渋の決断だったんだろうね。この世界にとって繋ぎ屋の恩恵は大きかったんだろうけどさ『それでも、俺は俺を許せない』なんて思ってたんだろうね、きっと」


 そんな経緯があったとはな。恩恵を受け続けてきた俺にどうのこうのを言える筋があるとも思ぬが。


「それはそうと、なんでそのことを誰も知らなかった……あ、もしかして……これも時代の流れだったのかな?」

「だろうな。50年前は鏡追いの常識だったはずだが、最近の鏡追い――ハルクたちは誰も知らなかったらしい」

「そっか……。寂しいね」

「ああ。寂しい話だ」

「……ね、ダンナ。ダンナってさ、ミキオの遺体に花を手向けてくれたんだよね?」

「ああ。もっとも、その頃はまだあの御仁の偉大さもわかっていなかったがな」


 飯を食わせてもらう機会が無かったなら、「へぇ。有名な鏡追いが死んだのか」で済ませ、花を手向(たむ)けることすらしなかったことだろう。


「ならさ、お墓がある場所って知ってる?」

「お前さんも花を手向けに行きたいのか?」

「うん。それと、あたしは元気でやってるよ、って伝えてあげたい。もしかしたら、文句の100や200は言うかもしれないけどね」


 苦笑混じりに肩をすくめて見せはするミヅキだが、その表情は楽し気でもあり、悲し気でもあった。


「ならば、今の仕事とケイコお嬢ちゃんの件が落ち着いたら行ってみるか?ここからだと少しばかり遠くはあるが」

「ダンナさえよければ」

「決まりだな。久方(ひさかた)ぶりにあの御仁に花を手向(たむ)けに行くのも悪くない」


 もとより、俺の旅路には確たる目的地など無かった。ならば、差し当たりの行き先としてはちょうどいい。かつては逃げるように離れたコーニスに戻ることになるわけだが、あれから30年以上。いくらかはほとぼりも冷めていることだろう。それに――


 埋葬して以来ご無沙汰だったアイツにも会いに行こうか。あの御仁の墓からもさして遠くはなかったはずだ。


「ふふ。転生者のあたしが“えすきゅー冒険者”相当のダンナと旅をするわけか。これも、ミキオの導きってやつなのかもね」


 うん?


 また、“えすきゅー冒険者”という単語が出てきた。はてさて、聞いたのはどこだったのやら……


『鏡追いって、いわゆるところの冒険者ですよね。一番上が“えすきゅー”でしょうか』


「……ってまさか!?」

「ダンナ?」


 気が付けば、声を上げていた。


 なぜなら――記憶を辿るうち、脳裏(のうり)(ひび)いたのは忘れえぬと思っていたはずの声。


 雪解け水のように澄み切った声だったのだから。

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