少なくとも、あまりにもできすぎた偶然の一致よりはあり得そうな話
変わり者を探している、か……。そんなところまであの御仁と被るとは。偶然にしてはあまりにも出来すぎているように思えるが……
ミヅキの目的が変わり者探しと聞いて真っ先に浮かんだのは“元凶”との関連。まして、あの御仁が探していたのも“エイコ”という名の持ち主だった、のではあるが……
やはり偶然の一致だろう。
少し考えてそう結論付ける。
ミヅキとあの御仁に直接の接点があったはずはない。
「変わり者を探している、ねぇ……。まるで鏡追いの名の由来になった人みたいじゃないのさ」
「鏡追いの名の由来……。それってちょっと興味あるかも。どんな人だったの?」
「と言われてもねぇ……。あたしもごく最近にそこのダンナから聞いた話だから……」
俺がそんなことを考えている間に、女将はそんなことを思っていたらしい。そして――やはりというべきなのか――ミヅキはあの御仁のことは知らなかったらしい。さすがにハルクたちのおかげで予想は出来ていたが、それでも一抹の寂しさというやつがあった。
「鏡追いの名の由来って……なぁ、ダンナ。それってひょっとして、“元凶”のことなのか?たしか……ミキオとかいう名前だった――」
そんな感傷はさて置くとして、ハルクはハルクでそんなことを考えたらしい。けれど、言いかけた言葉は途中で途切れさせられていた。
ガタンッ!
なぜなら――
「ミキオ!?今ミキオって言ったよね!ハルクサン、アイツのこと知ってるの!?」
「お、おぅ……」
椅子を跳ね飛ばすように勢いよく立ち上がったミヅキが、血相を変え掴みかからんばかりの勢いでハルクに詰め寄ったからだ。
「お願い!教えて!どんなことでもいいから!」
「いや……その……なんというか……」
あまりに唐突だったからなのだろう。ハルクは困惑、コーナスたちも呆気にとられていた。無論、お嬢ちゃんや女将も同じく。
「ミヅキ。お前さんは少し落ち着け」
「だって……やっと手掛かりが見つかったんだよ!だったら……」
とりあえず制止をかけてみるも、よほど頭に血が昇っているのか、相当に鼻息が荒い。
「ミヅキ!」
だから肩をつかみ、少し強めに名を呼ぶ。
「それでも、落ち着けと言っている」
「あ……」
「そう詰め寄られたら、ハルクだって返答に困るだろうさ」
「そう……だよね……」
それで少しは落ち着きを取り戻してくれたらしい。
「ありがとね、ダンナ。ハルクサンも、ごめんなさい」
「あ、ああ。それは別に構わねぇけどよ……」
「……ミヅキ。ダいじょうブフィト」
「ラペット。リーディ、ケイコ。プレシュ クスィー」
ハルクもさして気にした様子は無く、心配そうに問いかけたお嬢ちゃんにも穏やかに返しつつ、椅子に座り直す。
さて、これはどういうことなのか……
今までに接してきた印象では、どうやったところでミヅキが短慮な女とは思えない。ならば、ミヅキにとって探し人というのはよほど重要な存在、ということなのだろうかな。それはそれとして……
続く展開を想定して、少し気が滅入った。ハルクにあの御仁――ミキオの名を教えたのは俺。そして、ミヅキの探し人とは別人なのだから。
察するに、ミヅキの探し人の名は“ミキオ”なのだろう。そして、あの御仁――ミキオが探していたのはエイコ。ついぞ先ほどまで、ミヅキが名乗っていた名前だ。付け加えるのなら、“ミキオ”も“エイコ”も、共に極めて珍しい名前。ここまでくると、偶然としてはあまりにも不自然すぎはするが――それでも、あの御仁の探し人がミヅキであったはずはなく、ミヅキの探し人があの御仁であるわけもない。
そう確信するだけの根拠もある。
つまるところ、この後ミヅキがぬか喜びをするのは確定しているわけで。
「それで、ハルクサン。あらためて聞かせてほしいの。ミキオについて知ってることを。なんだって構わないからさ」
「そう言われてもな……。俺もダンナからチラッと聞いただけなんだからよ」
「……ダンナ?」
「ああ。ハルクにその名を教えたのは俺だ」
ま、いいけどよ……
ぬか喜びをさせたことに対する恨みごとの100や200は聞かされるやもしれぬが、運が無かったと諦めようか。
そんな後ろ向きな覚悟を決めつつ、ミヅキに向き直る。その頬は薄く紅潮していた。期待の表れだとは、容易に想像出来た。
「結論から言ってしまうが……」
ならば、落胆に変わるのは少しでも早い方がいいだろう。その方が、傷は浅く済む。
「俺の知るミキオという御仁とお前さんの探し人は、赤の他人だよ。間違いなく、な」
「……いや、それは無いでしょ。だってさ、あたしもあちこち回って来たけど、“ミキオ”なんて名前は一度も見かけなかったんだよ?それに、ダンナの言う御仁は変わり者を探してたんでしょ?多分それってあたしのこと……アレ?御仁って言い方するのって……。それに、鏡追いの名の由来って……まさか!?」
やはり頭の回る女だ。話すうち、そこに気付いてくれたらしい。
「ああ。お前さんの考えている通りだろうよ。俺が知る“ミキオ”――あの御仁と出会ったのはまだ俺が駆け出しだった頃。50年ばかり前のことだ」
「50年……前……」
「当時のあの御仁は、今の俺と同じか、あるいはもっと歳が行っている風だった」
あの日、声をかけてきたのは向こうから。最初の印象が「なんだ?この爺さんは?」だったことは今でも覚えている。
「ちょっと待ってよ……。だったらその人って……」
「付け加えるのなら……」
問いかけにはあえて答えない。
「飯を食わせてもらってあれこれと話も聞かせてもらって……その3日後だったよ。あの御仁が黄泉路に旅立ったのは、な」
酒場で飲み明かして宿に戻った翌朝、起きてこないからと宿の者が様子を見に行ったらベッドの上で冷たくなっていた、とのことだった。
一度会ったきりということもあってか、さほど悲しいとは感じたわけでもなく。それでも一飯の恩はあった相手ということで、俺も花を供えた。
あの御仁が成したことの大きさが身に染みるにつれ、亡骸への手向けをぞんざいに済ませてしまったことへの後悔を繰り返したものだ。
「頭の悪いお前さんじゃない。これでわかっただろう?」
あの御仁が生きていた時期にミヅキはこの世に生まれておらず、ミヅキが生きてきた時期のどこにもあの御仁は生きていなかった。
ゆえに――
「どれほど起こりえない偶然であったとしても、俺の知る“ミキオ”とお前さんの探し人が重なるということはあり得ないんだ」
「…………………………そっかぁ」
しばらくの間があって、ミヅキが目を閉じて天井を仰ぎ、声を発する。俺が伝えた内容から、あるいは雰囲気から察したのか、この場にいる全員が沈黙している中で、その小さなつぶやきはよく通っていた。
妙だな。
そんな中で、俺が感じたのは違和感。どこがどう、とは言い表せそうもない。それでも、今の反応は俺の思い描くミヅキからはずれているように思えた。
「……そうなのかぁ」
つぶやきが続き、閉じられていた目が開く。そこに湛えられていたモノ。違和感はますます膨れ上がる。
この反応はまるで――
「……そうだったのかぁ」
そう繰り返す声には、どことなく空虚な色も宿っていて。
「ミヅキフィト!ミスティフィト!」
顔を正面に戻した弾みでか、涙が流れ落ちる。その様に異常を感じたのだろう、ケイコお嬢ちゃんが肩に手を当てて呼びかける。
「大丈夫だよ、ケイコちゃん」
そんなお嬢ちゃんに優しく微笑み、かけた言葉はアネイカ言語で――
「……クゥレフィト」
「ね、ダンナ」
呆気にとられるお嬢ちゃんをそのままに、俺の方に目を向ける。
明らかに普通ではなかった。
それによく見れば、今のミヅキとよく似た目を俺は知っていた。アイツ――ケイトを失ってからしばらくの間は、鏡を見るたびにそこにあったものだ。
この様子からして……俺の知る“ミキオ”とミヅキの知る“ミキオ”が同じだと確信したのか?だが、何を根拠とした?
それは、あり得ないと俺が断じたこと。
「悪いけどさ、先に休むね。少し、ひとりになりたいの」
そのまま引き留めることも出来ず。返事も待たずにミヅキは去っていった。
はてさて……
ミヅキが行ってほどなく、場はお開きとなっていた。事情は掴み切れていないが、歓談に興じるような雰囲気は跡形も無しに霧消していたからだ。
なにがどうなっているのやら……
そうして部屋に戻った俺はベッドに寝転がり、頭を悩ませていた。原因は言うまでもない。目線の先に居るであろう、一応の弟子。ミヅキだ。
先の言動を振り返るに、ミヅキはなにかしらかの形で自身の探し人があの御仁だと確信した。そう仮定すれば辻褄も合うのだが、何故にそう断じることができたのか。それが皆目ほどにも見当が付かない。思い当たる節といえば、
俺が知らない“てんぷれ”あたりなのだろうかな。
その程度にしか考えが付くことも無し。
まあ、放っておくわけにもいくまいな。
名目の上では弟子であるから。妙な血迷いを起こした挙句、お嬢ちゃんに言葉を教えるという役目を放り出されては困るから。久方ぶりのベッドなのだから、余計な憂いは無しで眠りたいから。
理由はあれやこれやとあるが、おかしな展開になることを俺は望んでいない。ならば……
お節介を焼くとするかな。柄ではないのだが……
「よっこら……うん?」
そうと決めて身を起こした矢先、気配のひとつが部屋の前で止まる。
「……ダンナ、ワたし、ケイコ」
控え目なノックに続いてやって来たのは、まだ拙いアネイカ言語。ドアを開けてやれば、そこに居たのは名乗りの通りにケイコお嬢ちゃんで、浮かべる表情は曇ったもので。
「とりあえず、入るといい」
そう迎え入れて椅子を勧め、俺もベッドに腰を下ろす。
「それで、どうしたんだ?お嬢ちゃん」
伝わっていないことも承知の上で、そんな問いを投げかける。原因も予想は出来てはいたのだが。
「クゥレ……。ダンナ、ミヅキ、ダいじょうブフィト」
お嬢ちゃんが使うことの出来る限られたアネイカ言語で問うてきたのは、やはりというべきかミヅキのこと。比較的歳の近い同性で、現状では唯一まともに言葉が通じる相手だから、というのも無いわけではないだろうが、純粋にミヅキを案じているのだとも伝わってくる。
まあ、元より放置するつもりも無かったわけだが、話をしにいく理由がひとつ増えたということだろうかな。
正直なところを言えば、俺が話に行ったせいで自体がさらに悪くなるというのはあり得ないことではないのだろうが……
「サブートゥ」
ただのその場しのぎになるかもしれないとは思いつつ、半ば無意識に俺が返していたのはそんな返事。さらに自分の胸元をドンと叩いて見せる。
「ラペット。ダンナ、オねがい」
そうすれば、意図は伝わったらしい。
これで後には引くこともできなくなり、なんとしてもどうにかせねばならなくなったわけか。安請け合いは好きではないのだが、少しでも早死にできればと続けてきたことは、すっかりと身体に染みついていたということなのか。まあ、あとは話をしながら考えるとしよう。
お嬢ちゃんが戻っていったあと、俺が足を向けたのはミヅキの部屋――ではなく、宿の外だった。女将には戸締りの都合もあるだろうということで、その経路はミヅキに倣い、部屋の窓を使うことにして。
ミヅキが部屋に居ないことはとっくにわかっていた。俺が部屋に戻ってすぐ、近くにあった気配のひとつが上方向に移動していたからだ。たしか、外には登るのに都合のよさそうな木が立っていたはず。念のためにとミヅキの客室を見れば、灯りは消え、窓が開いていた。
「ほぅ……。これはまた……」
感嘆が口をつく。
木を登り、屋根に上がって空を見れば、今宵は見事に満ちた月夜。月明りを遮る灯りも無く、物思いに耽りつつ眺めるにはうってつけと言えそうな。
「邪魔をするぞ」
そんな見事な光景を独り占めにしていた先客の隣に腰を下ろす。
「隣を許可した覚えはないんだけど?」
「この場所がお前さんの所有物というわけでもあるまいよ」
「それはそうだけどさ……」
ひと安心、か。ミヅキを案じたのが、俺やお嬢ちゃんの取り越し苦労で済んでいたのはなによりだ。
気安いやり取り。声色に耳を澄ましてみれば、食堂で別れた時のような虚ろな様子は無く。沈んだ雰囲気こそあれ、少しはマシになっていたらしかった。
「……聞かないの?」
「聞いてほしいのか?」
何を?とは、お互いに敢えて語らない。
「わかんないや……。どっちなんだろ?」
「そうかい。なら、問わせてもらうとしようか。ベッドで眠るのは久方ぶりなのでな。どうせなら、少しでも晴れた気分で眠りたい」
「って、それダンナの都合じゃないのさ」
「そのとおりだが。何か問題でもあるのか?」
「いや、無いけどさ……。まあいいや。あたしとしても気晴らしにはなりそうだし、ダンナを利用させてもらおっかな」
「ああ。好きにするといい。それで、どんな“てんぷれ”なんだ?」
「……へ?」
問いかけへの答えは間の抜けた声。まあ、言葉不足が過ぎたのだろうが。
「俺の知る“ミキオ”とお前さんの探し人が同一であったはずがないと、俺はそう思っている。あの御仁が逝ったのはお前さんが生まれる前で、お前さんが生まれたのはあの御仁が逝ったあとなのだから。だがお前さんの考えは違うらしい。その根拠としてあれやこれやと考えてみたが、まったく思いつかなかった」
「なるほど……。だからダンナの知らない“てんぷれ”があると考えたわけだ。さすがはダンナってところか。多分それで合ってるよ」
「そうかい」
「たしかに“てんぷれ”のひとつなんだろうけど。そうだねぇ……」
そう言って頬をかきつつ考え込み、
「例えば、の話だけどさ。今この瞬間に、ダンナが異世界召喚されたとするでしょ?」
「召喚……?異世界とやらに呼び出される、ということか?」
「ああ、そこも説明がいるのか……。あたしの故郷にあった物語だとさ、異世界の人を呼び出すって始まりも多いのよ。異世界転移の一種と考えてもらえばいいかな」
「ふむ……。それで、わざわざ呼び出すのには理由もあるわけだろうが……」
「そりゃあ、ね。一番多いのは……悪の大魔王的な存在に世界を支配されたり滅ぼされたりしそうだから助けてくれ、って流れかな」
「……なんとも他力本願な話だな。いや、それ以前に……誘拐とも大差ないように思えるのだがな。その上で面倒なことこの上なさそうな頼み事をするというのは、厚顔に過ぎるだろう……」
正直なところを言えば、馬鹿も休み休みに言え。といったところだ。
「それはそうなんだけどさ……。そこは今は気にしないでくれる?というか、そこらへんまで考え出すとキリがなくなりそうだから。とにかく!ダンナが異世界に召喚されてこの世界を救ってくれと頼まれたとするね」
「ああ」
「それで、3年くらい旅をして幾多の苦難を乗り越え、最終的には世界を救いました」
「人さらいの上に3年も苦労させようとはな……。いっそその世界は滅んでもいいように思えて来るのだが……」
よく考えてみれば、ガキの頃に好きだった物語の主人公も似たような境遇だったか。物語として楽しむ方はそれでいいとして、当人にすればたまったものではないというわけか。
「だからツッコミ禁止!話が進まないから。とにかく!3年かけて異世界を救ったダンナは再びここに戻ってきました。さて、ここで問題です」
「あ、ああ」
ピンと指の一本を立て、唐突にそんなことを言い出す。
「その時、あたしは何歳になっているでしょうか?ちなみに今は16ね」
「ふむ……」
素直に考えれば16+3で19となるわけだが、わざわざ問うてくるくらいだ。19以外の答えを望んでいるということになるの……いや、待てよ?
「そんなに難しく考えなくてもいいからさ、気楽に答えてよ」
「…………戻って来た時、お前さんは16のままだ」
考えた末に、俺はそう結論付けた。
「……その根拠は?」
「ああ。仮に19歳になっていたとしたら、俺はこの世界の連中から見たら、3年の間消息を絶っていたことになる。俺自身は天涯孤独の身の上。それでもさして困りはしないだろうが、身内が居たならばたまったものではないはずだろうし、心労に端を発した病死などされようものなら目も当てられぬ。物語として考えた場合、それではあまりにも後味が悪い。そんな問題を解決するのなら、異世界で過ごした時間は瞬きをするほどだったと済ませるのが最善だろう。物語であれば、すべては創り手の思うままなのだからな」
「もうヤダこの人……」
そんな結論を語ってみれば、何故かミヅキは天を仰ぐ。
「お気に召さないか?」
「うん。すっごく気に入らない。ふざけんな。いい加減にしろ。空気読めって言いたい」
かなりお怒りの様子。的外れだったということか。気楽に考えろとミヅキは言っていたが、素直に19と答えればよかったのか。考えすぎも時に仇になるというやつなの――
「なんでそこまで先回りしちゃうのよ。せっかくいろいろと講釈垂れてみたかったのに」
「……うん?どういうことだ?」
「つまり、ダンナの言う通りだってこと。もちろん、たくさんある異世界モノのそれぞれで細かいところは違うけどさ、早い話……世界が変われば時間の流れも変わるってのはよくある話なのよ」
「ああ。そういうことか。なら…………あの御仁もお前さんやお嬢ちゃんと同郷の?」
「だからそれはあたしが言おうと……。はぁ……もういいよ。こうやって話してるうちに元気出て来ちゃったしさ。むしろ語り足りなくて腹が立ってるんだけど?誰かさんのおかげでさ」
「そうかい。それは済まぬことをしたな」
それは理不尽がすぎるだろう。とは思ったが飲み込んでおく。想定とはいささか異なるが、恨み言を聞く覚悟はしてあったのだから。まあ、覚悟が無駄にならなかったことを喜ぶべきなのかはわからぬが。
「それで、ミヅキよ。あらためて問おう。お前さんの探し人とあの御仁を同一と断じた根拠を聞かせてはもらえまいか」
詫びの代わりに、というわけでもないのだが、そう促す。無論、今度は余計な口挟みをするつもりはない。生憎と、同じ轍を何度も踏むような趣味は持ち合わせていないのだから。
「そうだねぇ……。あたし、“ミヅキ・エイコ”とアイツ、“ヤツハタ・ミキオ”は幼馴染だったの。家が隣で両親も仲良し。おまけに生まれも3日違いの同い年。だからさ、いつも一緒だったんだよね。それこそ、双子の兄妹みたいに」
懐かしそうに月を眺めるミヅキの目線は、実際にはもっと遠い何かを見ているようで。
「そのままお互いを異性として好きになってさ、恋人になって婚約して……その矢先だったんだよね。“とらっく”に轢かれたのは」
“とらっく”、とか言うのは昼間も聞いた。たしか、荷馬車のようなものだったか。
「あの日もふたりで街を歩いててさ、急に道を外れた“とらっく”が突っ込んできて、あたしは驚いて動けなくて――」
荷馬車でも似たような事故はままあること。そして、とっさのことに竦んで動けなかったというのもたまに聞く話だ。
「アイツがあたしをかばうように前に出てさ……覚えてるのはそこまで。気が付いたらこの世界で赤ん坊をやっていました、というわけなのよね」
「そうか」
あの御仁も異世界の出自。そのことはすんなりと腑に落ちた。あの御仁が作ったといういくつかの仕組み。それらは、当時としては斬新にすぎるものだったと聞いたことがあったから。異世界の知識を礎にしていたと言われても、不思議とは感じない。そして――
異世界では時間の流れが違う、という発想を持っていたから、ミヅキは自身の探し人をあの御仁と結びつけることが出来たというわけだ。
少なくとも、あまりにも出来すぎた偶然の一致よりはあり得そうな話。
だが――
「生憎と俺には前世と記憶とやらも無ければ、前世のことを覚えているという知り合いはお前さんくらいしか居ないからよくわからぬのだがな、お前さんにせよあの御仁にせよ、探し人が同じように転生とやらをしているとは、どうやって確信出来たんだ?」
今ならばわかる。あの御仁が繫ぎ屋を作り上げた目的は、ミヅキを探すためでもあったのだと。
そして、だからこそそんな疑問も残る。
「そんな都合いい話なんてあるわけないよ」
が、返されたのはきっぱりの否定。
「……人探しのために名を挙げるという目的だったとはいえ、お前さんが弟子入りを望んできたのは本気だったと認識しているのだが、俺の目が節穴だったということか?仮に欺かれていたとて、別段腹を立てるつもりもないが……」
「失礼な。それは本気の本気だってのに」
「ならば、どういうことなんだ?」
どうしても、その一点だけがつながらない。
「へぇ……。さすがのダンナにもわからないことってあるんだ?」
「勝手に買いかぶって勝手に悦に浸られてもな……」
ニヤケ顔でからかうように言われても、他に返しようもない。なにせ俺自身、無駄に長くやっているだけの鏡追いでしかないのだから。
「簡単に言っちゃうと……縋りたかっただけなんだよね、あたしは。多分だけど、アイツもそうだったんじゃないかな?」
遠い目線を月に向けて、告げてきた言葉。そこに俺が感じたのは、安っぽい同情や共感だったのかもしれない。
それでも、「縋る」という部分がまるで他人事とは思えなかった。




