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あらためて……この先もよろしく頼むぞ、ミヅキ

 だんだんとうるさくなって来やがる腹の虫をなだめつつ宿に戻る。そこで俺を待っていたのは、立ち昇る湯気の勢いが随分と弱々しくなった川魚の煮込みスープとニンジンの炒め物。そして、


「ダンナ、遅い!」「ダンナ、おソイ」


 スープ以上に冷ややかな目を向けてくるエイコと可愛らしく口を尖らせたケイコお嬢ちゃん。ふたりが向けてくる、奇麗に重なった言葉だった。


 うん?


 気にかかるところはないわけでもなかったが、それはさて置く。他に優先すべきがありそうな状況。


「済まぬ。少しばかり話し込んでしまってな。先に食っててくれてもよかったのだが」

「……いやさ、ケイコちゃんの性格考えた上でそれ言ってるの?」


 だから素直に謝るも、エイコの言い分は至極(しごく)もっとも。


「……そうだな」


 返す言葉もございません、というやつだった。


 たしかに、少し考えれば分かろうもの。見落としていたのは俺の落ち度以外のなにものでもあるまい。


「ケイコ、リーディ(済まない)


 だから、俺が知る数少ないニホン語で重ねて詫びるのだが、


「キーシュ」


 お嬢ちゃんは否定の言葉と共に首を横に振る。


「おカエリ、ダンナ」

「……うん?」


 またしても、なにやら違和感があった。


「ダンナフィト」


 続けて2度。先のものも含めれば3度。「ダンナ」という単語が出てきた。


 お嬢ちゃんは俺のことを「ティーク」と呼ぶわけだが、ここまでのやり取りの中でそれがただの1度も出て来なかった。これまでに交わしてきた会話――言葉が通じないやり取りを会話と呼んでいいのかは疑問もあるが――を思い返すに、それはそれで不自然ではなかろうか。


 そして、これまでにお嬢ちゃんの口から聞いたことがない「ダンナ」という単語。


 付け加えるのなら、俺のことを「ダンナ」と呼ぶ奴は――どういうわけか――かなり多い。今この村にいるだけでも、キードの坊主と女将。エイコに、ハルク、ミッシュ、コーナスあたりも該当する。


「……エイコよ」

「あー……うん。わかってる」


 もしやと思い水を向けてみれば、そう言ってバツが悪そうに頬をかく。やはりというべきか、そうなる原因はエイコにあったらしい。


「今話しててさ、聞かれたのよ。『どうして誰もティークのことをティークって呼ばないの?』って」

「ふむ」


 それはわからなくもない。現状では、俺がティークの名で呼ばれるところをお嬢ちゃんが耳にする機会というやつは、あったかどうかすら疑わしいくらいだったわけで。


「んで、そこら辺を話してたら『ダンナ』って言い回しを気に入っちゃったらしくてね」

「……なるほど」


 お嬢ちゃんの方を見やれば、


「ダンナフィト」


 “どうしたの?”と言わんばかりに見つめ返してくる。


 ま、いいけどよ……


 正直なところを言えば、アイツと同じ声で『ティーク』と呼ばれることに心地の良さを感じていたのは事実。だが、しがみ付くようなことではあるまいし、それはそれでみっともないことだろう。


 それになによりも――ケイコお嬢ちゃんはアイツの代わりではないのだから。


「なんでもない。それよりも、早いところ飯にしよう。さっきから腹の虫がやかましくてかなわぬのでな」

「あはは、それもそうだね。ケイコ、ホミィ アードフ」

「ラペット」




「……時に、エイコよ」

「何?」

「クゥレフィト」

「……うん?」


 そうして始まった晩飯の最中。気にかかっていたことがあり、エイコに声をかけたはずなのに、返事をしてきたのはエイコとケイコお嬢ちゃんのふたり。


「……いや、お嬢ちゃんじゃなくてエイコの方なんだが……」

「クゥレ、リーディ」


 聞き間違えが起きたのだとは、すぐに分かった。エイコの方を指さしてやれば、お嬢ちゃんもすぐにそれを理解してくれる。


「……たしかに、あたしの名前とケイコちゃんの名前ってよく似てるよねぇ」

「ああ」


 付け加えるのならば、アイツの名とケイコお嬢ちゃんの名もよく似ている。事実、俺も聞き間違いをやらかしたことがあったわけで。


「……よし!」


 そして、何かを思いついたようにエイコが手を叩き、


「紛らわしいのは事実だし、あたしの名前を変えよっか」


 そんなことを言い出した。


「いや、名前を変えるって……ああ、そういえばそうだったか」


 エイコという名は偽名だったはず。ならば、そんな発想もおかしなものではないのか。だが――


「簡単に言うがな、偽名というやつを馴染ませるのも一朝一夕とはいかぬだろうに」


 そう。仮に名乗りを変えたとして、それに慣れるのは楽ではない――と思う。生憎と俺にはそんな経験も無いのだが。


 ともあれ――新しく名乗ることにした偽名を呼ばれても、すぐにそれを自分のことと気付いて本名の時と同等に反応出来るかといえば、答えは否だろう。鏡追い稼業をやっていれば、そんな些細なズレが死神を招くというのもありそうな話。


 なのだが――


「そこは大丈夫。前世……前の世界にいた時の名前だから」


 声を潜めて、それでいて自信ありげにそんなことを言ってくる。


「ミヅキ・エイコ。それが、あたしの前世での名前。ちなみに、姓がミヅキで名がエイコだからね」


 なるほど。今の名乗りもそのあたりが由来だったわけだ。それはそれとして――


「……お前さん、前世でもいいところのお嬢さんだったのか」

「……へ?どゆこと?」

「いや、姓があったのだろう?」

「……ああ、そっか」


 なにやら()み合わないやり取りをしていると、合点がいったようにポンと手を打つ。


「あっちの世界、というか……あたしやケイコちゃんの住んでたところではさ、普通にみんなが姓名持ちだったのよ」

「なるほど。細かいところではちらほらと差異(さい)もあるわけだ」


 となれば、お嬢ちゃんにも姓はあったのだろうが、それを一度も名乗らなかったのは……


『あっちの世界には全く未練は無い。ってことらしいね』


 少し前にエイコが言っていたこと。そのあたりに理由があるのだろうかな。まあ、追及はするまい。


「そんなわけだからさ、これからのあたしはミヅキって呼んで」

「……俺は構わぬが、一応はお嬢ちゃんにも言っておけよ?」

「わかってるって。クゥレ、ケイコ――」




「ラペット。カーサル ミヅキ」


 そうしてニホン語でのやり取りを見守ることしばらく。お嬢ちゃんもミヅキ呼びを受け入れたらしかった。


「エイコよ、お嬢ちゃんも納得したと見ていいのだな?」


 お嬢ちゃんの様子からはそう判断できたが、念のためというやつだ。そう確認を入れてみれば――


「うん。事実を話したらすんなりとね」

「そうかい。ならば、俺も(なら)うとしよう。あらためて……この先もよろしく頼むぞ、ミヅキ」

「はいな、こちらこそ」

「それで……ミヅキ、お前さんに聞きたいことが――」


 そうして問おうとしていたことは、再び(さえぎ)られた。複数の気配が近づいて来たからだ。それから間もなくして、宿の扉が開く。


「おや、遅かったじゃないのさ。温めなおすから少し待ってなよ」

「早いところ頼むぜ。さすがに腹が減ってかなわねぇからよ」


 やって来たのはハルクたち。すぐに気付いた女将とそんなやり取りをし、こっちに向かってくる。


「女将も言っていたが、随分と話し込んでいたようだな。とはいえ――」


 ハルクやコーナスの顔を見るに――空腹は全く隠せていないとはいえ――表情そのものは明るい。


「ダイトの方は首尾よく行ったのか?」


 だから、答えが見えている問いをあえて投げかける。


「おうよ。あれくらいは当然だぜ」

「それは結構なことだ」


 胸を張るハルクだが、その後ろではアルバとネブラが笑いをこらえるのに苦労している様子。


 まあ、よくある話ではあるが。


 察するに、ハルク、ミッシュ、コーナスの失敗談語りでもやっていたのだろう。死神に捕まっていない鏡追いにしても、失敗の10や20はあってもおかしくないだろう。無論、俺とて例外ではない。まあ、俺の場合は無駄に長く生きていることもあってか、桁がひとつばかり違うのだが、そのあたりは些末(さまつ)なことだ。


 ともあれ、(せん)(だつ)にもそんな過去があったのなら、ということで顔を上げるというのはさして珍しくもないこと。そして、その場しのぎとしては悪くない。付け加えるのなら、俺がダイトに話そうとしていたのも、そんなことだった。


「クゥレ、ミヅキ」

「ミスティフィト」


 そんな折、ハルクたちを見ていたお嬢ちゃんがミヅキの袖を引き、なにやら耳打ちを始める。


「ガゥン……」


 そしてなにやらを納得したようなミヅキがお嬢ちゃんにニホン語で耳打ちを返す。


「なぁ、ダンナ。そのふたり、何をやってるんだ?」

「……さて、なんだろうかな」


 予想は出来ていたが、あえてはぐらかす。ここで俺の口から言ってしまうのは無粋(ぶすい)というやつだ。


 そんなことを考えていると、お嬢ちゃんが立ち上がり、続いて立ち上がったミヅキがその肩に手を乗せる。


「リッツ!ク、クゥレ……」


 そして息を吸い込み、意を決したような表情を向ける先はハルクたち。


「わタシ、ケイコ、でス。よロシク、おネガイ、しマス」


 続けて口にしたのはそんな言葉。聞き取りやすい、からは程遠い。それでも聞き取ることは出来た。


 伝えたい言葉をニホン語でお嬢ちゃんがミヅキに伝え、同じ内容をミヅキがアネイカ言語でお嬢ちゃんに伝え、お嬢ちゃんはそれを繰り返す。


 今やったのはそんなこと。ついぞ先ほど、女将に対してもやったことだ。


「ミ、ミスティフィト……」


 が、ハルクたちは無反応。正確に言うなら、どう反応していいのかわからない、といったところか。


 しかたあるまいな。


 だから助け舟を出すことにしようか。お嬢ちゃんとハルクたち、その双方に。


「ハルクよ。今このお嬢ちゃんは自分をケイコだと名乗り、よろしく頼むと言ったように聞こえたのだが、俺の聞き違いだったか?」

「いや、それは俺もわかったけどよ……」

「いわゆるところの挨拶というやつだろうな。なら、お前さんはどう応える?」

「あ、ああ。そういうことか……。俺はハルクだ。よろしく頼むぜ。ケイコ」


 そうすれば、残る3人もハルクに続く。それをミヅキがニホン語で耳打ちしてやれば、お嬢ちゃんはホッとしたように、そして嬉しそうに頷いていた。


「ところでよ……ちっこいお嬢ちゃんとは昼にも会ったが、そっちの女は?」


 そうこうする内に料理が運ばれてくる。せっかくだからと3つほどのテーブルをくっつけ、パンをかじりながらハルクが視線を向けたのはエイコ……もとい、ミヅキに。


「ああ。こちらさんはターロの繋ぎ屋が寄越してくれた同業者だ。名は……」

「初めまして、だよね。あたしはミヅキ。ハルクサンたちのことは繋ぎ屋から聞いてるよ。それで、あたしが来た要件なんだけど――」




「……ってわけなのよね、これが」

「なるほどな……。そういう経緯でヤーゲのクソ野郎が来やがったわけか」

「あまり気分のいい客じゃなかったけど、実際ロクなやつじゃなかったんだねぇ……」


 やはりというかなんというか、ヤーゲに対する印象は悪くなる一方だったらしく、途中で話に加わって来た女将までが眉をひそめていた。まあ、アレの所業を思えば当然ではあるのだろうが。


「あの、ティークさん」

「どうした?」


 ひととおり話し終えたところで、スープの皿を置いたネブラが不安そうに声をかけてくる。


「それで、ターロの繋ぎ屋はどうなるんですか?たしか繋ぎ屋って、そういうことをしたらマズいんですよね?」

「ああ、マズいな。……察するにお前さん、ターロの繋ぎ屋に世話になったことでもあったのか?」

「はい。ターロに来たばかりの頃、飯を食わせてもらって……ハルクさんを紹介してくれたのもその人なんです」

「そうか」


 見れば、アルバも同意するように頷いている。恩義を感じている、ということか。


「たしかに、繋ぎ屋が鏡追いに対して不義理(ふぎり)を働くのはご法度(はっと)だ。場合によっては首が飛ぶことだってあるだろうさ。ふたつの意味でな」




 鏡追いが繋ぎ屋から受ける恩恵は極めて大きい。そして、あまりにも素行が悪すぎれば、繋ぎ屋から拒否されることにもなりかねず、そうなれば廃業か死神かの二択だろう。


 そんなわけで、鏡追いが繋ぎ屋に不義理を働くというのはやたらとあるものではない。


 その点だけを見れば、繋ぎ屋が鏡追いに対して一方的な優位にも思えるわけだが、まっとうな鏡追い相手に繋ぎ屋が不義理を働くというのも、これまた極めて珍しいことだ。


 なぜかといえば、それは繋ぎ屋の経歴が根拠。繋ぎ屋を任されるのは、引退した鏡追い。それも、現役時の功績やら人柄やらがそれなりを大きく上回っていた者に限られる。


 同業者からの評判が極めて良い者に限られる、と言い換えてもいいだろう。


 そしてそんな連中はといえば、鏡追いにとって繋ぎ屋というのがどれだけ重要な存在なのかを――文字通りに身をもって――理解している。加えて、鏡追いとしての経験も豊富となれば、当然のように肝も据わっているのだろうし、簡単に脅しに屈するようなこともない。


 ゆえに、不誠実な真似をする繋ぎ屋というのは(まれ)。無論、例外もあるわけだが、そうなったらそうなったで見せしめも兼ねて――他の繋ぎ屋から――厳しい処分を受けることとなる。それこそ、胴体と頭がお別れをする、なんて話もあるくらいだ。


 このあたりの事情こそが、鏡追いと繋ぎ屋は互いに誠実であることを強要されている、と言われる由縁(ゆえん)




 そのあたりを考えれば、ネブラの不安も至極最もではあるわけだが――


「今回の件ならば、そう重い処分にはなるまいさ」


 気休めでもなんでもなく、それが俺の結論。


「聞いた限りでは、本人が腐っていたわけでもなし。助手が独断でやらかしただけ、とのことだからな。無論、手抜かりではあったことだろうが、被害にしても……この場にいる面子があの阿呆のせいで不快な思いをさせられたくらいのものだ。首が飛ぶということはあるまいよ」

「そうなんですね!」

「よかったぁ……」

「それを聞いて俺も安心したぜ」

「ですよね。俺らとしても、大事にならなくてよかったっていうか」


 胸を撫で下ろしたのは、アルバとネブラだけでなく、ハルクとコーナスも。なんだかんだでターロの繋ぎ屋は信頼されていたらしい。それに、すぐにヤーゲのことを調べ上げ、ミヅキを差し向けてくれたあたり、対応も悪くない。そのあたりまでを考えれば、今後も続けてくれた方がありがたいというもの。


「まあ、当の本人は相当落ち込んでたみたいだし、引退も考えてたらしいけどね。幸いというかなんというか――」


 そんな中でそんなことを言い出したのはミヅキ。そして、なぜか俺の方に含みのある目線を向けてくる。


「……何が言いたい?」

「後任のアテもあるわけだしね」


 またかよ……。勘弁願いたいところなのだがな……


 言わんとすることはすぐに理解出来てしまった。なにせ、この手の話も初めてではなかったのだから。


 正直なところを言えば、過大評価も大概にしてくれといったところ。鏡追いを続けてきた年月の長さだけならば、コーニスでもアネイカでも俺は上位にくることだろうが、ただそれだけでしかない。自分がそれほどの器だとは、毛頭程にも思えはしない。それくらいには自身のこともわかっているつもり。


 にもかかわらず、現役の繋ぎ屋からそんな打診を受けたのは片手の指には余るほど。そのたびに、悪意の見えぬ頼みごとを断るというのもいい気分はしないものだ。


 おまけに……


 そんな話が他の鏡追いの耳に入ればどうなるか、それも幾度と経験して……させられてきた。


「まあ、ダンナだったら役者不足ではないだろうけどよ。そうなったら俺は協力するぜ」

「同じく。俺もダンナには随分と世話になってきましたしね」


 そら見たことか。周りの連中まで乗り気になってくる始末。


 ま、いいけどよ……


 いつもであれば「ひとつところには留まれぬ性分なのでな」とでも言ってしまうところだが、今回は対応を変えることにする。要らぬことを言ってくれやがった弟子への意趣返しも兼ねて。


「ふむ……それも悪くないかもしれぬな。……そうなれば、弟子なぞ育てている余裕も無くなることだろうが……。残念だが、お前さんには放り出されてもらうよりあるまいな」

「……うぇ!?」


 そうやり返してやれば、すぐにミヅキは顔を引きつらせる。


「当然ながら、繫ぎ屋ともなれば、特定の鏡追いだけに肩入れをするわけにも行くまいよ。名を挙げたいというのなら、自力でどうにかしてもらうより他はなくなることだろう。いやはや、申し訳ないとは思うが……まったくもって気の毒なことだが、受け入れてもらわねばな」


 そんな理由で弟子入りしてきたのはどこの誰だったのやら……


「あ、あの……ダンナ……」

「……些細(ささい)なひと言が死神を呼び寄せる、というのもよくある話だ。これに懲りたら、要らぬことは口にしないことだな」

「……ですよねぇ」


 すがるような目をしてくるミヅキに、教訓めかしてそんなことを言っておく。まあ、これまでに経験してきたことと照らし合わせたのなら、さして間違ってもいないのだが。


「……うん?どうかしたのか?」


 ミヅキが要らぬことを口にした件はこれにて終了。そう思って前を見れば、今度はハルクとコーナスがいぶかしげな目をこちらに向けていた。


「なあ、ダンナ。今の口ぶりだと、ミヅキがダンナに弟子入りしたように聞こえるんだが」

「俺にもそう聞こえましたけど……」

「それはそうだろう。一応は、名目の上では、形だけとはいえ、今のミヅキは俺の弟子ということになっているのでな」

「いや、ダンナ……。そこまで強調しなくてもいいと思うんだけど……」

「お前さん自身、俺を利用すると明言していたのだろう。ならば、妥当なところだと俺は思うが?」

「そう言われればそうなんだけどさ……」


 実際、これほどまでに中身の(ともな)わぬ師弟関係というのは、そうそうあるものではないだろう。どういうわけか俺にとっては2度目となるのだが。


「いや、そうじゃなくてよ……。ダンナが弟子を取らないってのは割と有名な話だろ?」

「……それは初耳だな」


 駆け出しの面倒を見ることが多々あったとはいえ――アイツを逝かせて以来弟子を取ることはしなかった。


 弟子入りしたいと言われて断ってきたことは……数えるのも面倒になる程度にはあったと思うが、それが有名な話になっていたとは驚きだ。


 そんなことをわざわざ伝え広めるような酔狂(すいきょう)(やから)が存在したのか、という意味合いでだが。


「……そういうところもダンナらしいが。とにかく、ダンナはミヅキを弟子にしたってことでいいんだよな?」

「……だからそう言っているだろうに」


 なにゆえにそこまで驚かれるのか。まったくもってわけがわからん。


「……随分昔のことだが、俺が同じことを頼んだ時はにべも無かったよな、ダンナ」

「……俺の時もそうだったし、ミッシュも同じこと言ってましたよ。あの頃は結構恨みましたよ、俺」

「……そんなこともあったか」


 たしかに、言われてみればそんな記憶も浮かんでくる。とはいえ――


「ミヅキにしても、最初は断るつもりだったぞ。お前さんたちの時と同じでな」


 そこを踏み越えてきたのは、紛れもなくミヅキ自身。その一点においては、敬意すら抱かされた。まあ、アイツと被ったから、というのも小さくはなかろうが。


「じゃあ、なんで認めたんです?さすがに今更やっかみはしませんけど、気にはなりますよ」

「だよな。無理にとは言わねぇし聞く権利があるなんて言うつもりもねぇけど」

「ふむ……」


 そう言ってくるコーナスとハルク。


 さて、どう答えたものか……


 ミヅキの方を見やれば、返ってきたのは小さな首肯(しゅこう)。任せた、ということか。


「簡単に言ってしまうなら……」


 ならば、事実の一部分を話してしまうとしよう。多分だが、それが一番手っ取り早い。


「勝負を()()けて来たのさ。一撃入れたら弟子入りさせろ、とな。結果は御覧(ごらん)の通り、というわけだ。ちなみにだが、油断をしたつもりも無ければ手心を加えたわけでもない」


 勝敗如何に関わらず、なんてことも考えてはいたわけだが、それは口に出すまい。無駄に話がややこしくなるのは勘弁願いたい。


「って、本当かよ!?」

「……うん?」


 これで収まるかと思いきや、またしてもハルクが声を上げる。今度は何に驚いたのやら。


「いや、だってよ……俺も前にダンナに手合わせしてもらったことはあったけどよ、あの時は手もなくひねられちまっただろ?」

「……まあ、伊達に長く生きてはいないのでな」


 そんなことも記憶の片隅には残っていた。あの(ごう)(わん)は流し損ねたら一撃で(つぶ)されるだろうなと(きも)を冷やした印象の方が強いのだが。


「今思えばあの頃は調子に乗ってたんだけどよ、それでも……そこいらの奴相手には負け知らずだったんだよ。だから、ミヅキがダンナ相手にってのが少し信じられなくてよ。見たところ、まだそこまで長くはないんだろう?」

「まだ鏡追いを初めて……2年くらいかな」

「そうか……。なら、お前はすげぇと思うぜ」

「あ、うん……。ありがと」


 そう言って頬をかくミヅキが、少し気まずそうにしていた理由はわからないでもない。“勝負”の内容に関して、いくらかの誤解が生まれているらしいのだから。面倒なので訂正はしないが。


「それはそれとして……」


 助け舟、というほどではあるまいが、別の話題を振ることにする。それは、先ほどから何度か聞こうとして聞きそびれていたこと。


「ミヅキよ、何故にお前さんは名を挙げようなんてことを考えたんだ?」


 無論、鏡追いと言ってもいろいろだ。功名(こうみょう)(しん)の強い連中だって山のようにいることだろう。だが、ここ数時間で見てきた限り、ミヅキからはそういった印象は毛の先ほどにも見て取れない。


 ならば別の、なにかしらの目的があるのではなかろうかという結論になるわけで。


「ま、無理に話せとは言わないが」


 当然ながら、弟子入りの取り消しをチラつかせるつもりもない。数時間前にミヅキが口にした言葉を借りるなら、それは無粋、というものだ。


「いいよ。別に隠すようなことでもないし。……むしろハルクサンたちにも聞いてほしいかな。少しでも情報が欲しいし」

「あ、ああ。俺らが知ってることでよければな」

「……そこは、俺らが知っていて話せることでよければ、にしておくのだな」


 ミヅキの気性なら、それを言質(げんち)としてどうこうとはやらぬだろうが、一応は指摘しておく。そういった部分を突いてくる連中というのも、世の中には存在するのだから。


「あはは、ダンナってばホントにお人好しだよね。あたしやケイコちゃんにもダダ甘だしさ」

「……やかましいわ。それよりも、問いに答えてくれるのだろう?」

「そだね。あたしの目的。簡単に言ってしまえば、人探しなのよ」

「なるほどな。自分の名が広まれば、お目当ての相手が向こうからやって来るだろう、と」


 それはそれで道理ではある……のだが。


「随分とまわりくどいやり方だねぇ……」


 呆れ交じりに女将が言ったこと。それは俺が抱いた感想でもあった。


 それがわからぬほど頭の悪い女でもない。となれば、並行して正攻法の探し方もやっていると見るのが自然、か。


「それはわかってる。だから、行く先々での聞き込みもやってるよ」

「ああ、そうだったのかい」

「うん。そうだったのよ。だからさ、ここにいる皆にも聞きたいの」

「なるほど……。で、お前さんの探し人というのは?」

「変わり者」

「「「「「「……は?」」」」」」

「…………クゥレフィト」


 即座に帰って来たのは、あまりにもあまりな答え。だから――アネイカ言語を理解出来ていないお嬢ちゃんを除いた――全員が間の抜けた声を出してしまったのは、無理からぬことなのだろう。


「それも、とびっきりの変わり者を、ね」


 ミヅキの目的は、ごく最近に別のところで話した覚えがあるようなものだった。そして――


 そんな、なんともふざけたことを口にするミヅキの目は真剣に極まりが無く――その奥で揺れていたのは何かにすがるような光だった。

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