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俺がケイコお嬢ちゃんにしてやれることは、すでにそう多くはない……ということか

 やれやれ、いまだにアイツといた頃の癖が抜けきらぬとはな……。あるいは、ここのところアイツを思い出させられる機会が多いからか?


 アイツ――ケイトだったなら、いくら俺が飛ばしたところで、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で。


 それが異常だったと気づいたのは、そんなアイツに合わせることが当たり前になってしまってから。


 そのせいで、アイツ以外とのやり取りにはいくらかの苦労をさせられたものだ。


「お待たせ」


 そんなことを考える内、ケイコお嬢ちゃんからの聞き取りを終えたエイコがこちらに顔を向けてくる。


「……重ねて詫びよう。お前さんには不快な思いをさせてしまったらしい。済まなかった」


 その表情にあった色は悔しさ。だからあらためて頭を下げるのだが、返ってきたのは横の首振り。


「いや、ダンナに腹立ててるわけじゃなくてさ、自分の間抜けさにね……。だってさ、“魔力”が原因の“魔物化”なんて“てんぷれ”中の“てんぷれ”じゃないのさ。なんでそれを異世界人のダンナに先に指摘されちゃうのよあたしは……」

「……できればアネイカ言語で頼みたいのだが」


 ま、いいけどよ……


 悔しがり方に関しては理解も出来ぬが、多分大したことでもないのだろう。と、いうことにしておく。


 少なくとも、表情を見る限りでは――ゴミ箱に向かって投げた紙屑(かみくず)が手前に落ちてしまった、程度の悔しさだと見て取れる。


「とりあえず……新しくわかったことを話すね」

「ああ。頼む」

「まず、“魔力”は有限……らしいね」

「その言い方からして、引っかかるところもあるのだな?」

「うん。使った分は間違いなく消えてるんだけど、もともとの量が多すぎて区別がつかないんだってさ」

「……海の水を桶に1杯すくってやればその分は間違いなく減るだろうが、それで実際に減ったと認識できるかは別問題、ということか?」

「あ、うん。そんな感じそんな感じ」

「なるほど。使い切ってしまえば、というのは簡単ではなさそうということか。なら、“魔力”の出どころは?」

「それについては見当もつかないって。少なくとも、あたしたちの故郷以外の異世界だったとしてもおかしくはないらしいけど」

「そうか。“魔力”と“魔物化”の関係については?」

「それに関してもよくわかんないって。ある時突然に体が大きくなったり羽が生えたりしなんだってさ。光の柱が現れる以前にはそんなことは一度も無かったらしいけどね」

「ちなみに、体が変化する前後で他の変化はあったのか?具体的には……血が騒ぐようになったとか」

「あるにはあったらしいよ。見るもの全てに襲い掛かりたい気分になったとか。けど……」

「けど?」

「ケイコちゃんのことを考えたら少し落ち着いた。ケイコちゃんの姿を見たら完全に落ち着いたって」

「……蛇に好かれるのはわかっていたが、それほどとはな」


 たしかに、お嬢ちゃんの連れている蛇共は基本的にはおとなしい。そういうものだと割り切るとしようか。頭の片隅には留めておくべきだろうが。


 さて、他に引っかかるところは……まだあるな。


 判明したことを整理し、思考の振るいにかける。そうすれば、砂利(じゃり)のように残るものがあった。せっかくの機会だ。この際に聞けることは全部聞いておくとしようか。


「エイコ。悪いが、さらに追加の質問を頼みたい」

「承知。それで、今度はなに?」

「“魔物化”とは違うのかもしれぬが、蛇共の中には体が変化した奴がいれば、そうではない奴もいる。そのあたりの理由、思い当たるところがあるのか聞いてほしい」

「わかった。……クゥレ、ケイコ」

「クゥレフィト」




 そして三度(みたび)謎言語で話し合うお嬢ちゃんとエイコ。もっとも、今回は質問も多くない。やり取りが終わるのにさして時間がかかるわけでもなく、


「お待たせ。結構興味深いことがわかったよ」


 エイコがそんな報告をして来たのも間もなくのことだった。


「そうかい。さっそく聞かせてくれ」

「うん。随分と分かりやすい話だったけどね、体が変化したのは、元からこの山に住んでた蛇だけ。ケイコちゃんと一緒にこの世界にやって来た蛇たちはそのままだった、ってことらしいね」

「……なるほど。たしかにわかりやすい」


 なら、こちら世界の蛇とあちらの世界の蛇には明確な違いがあると考えるのが――


「それとね……逆に、“魔法”を使えるのはあっちの世界からやって来た蛇だけなんだってさ」

「……そうなのか!?」


 浮かんできた思い付きは、エイコが差し込んできた言葉でさらに補強される。


「いや……」


 蛇共が“魔法”を使った場面を記憶から引きずり出す。


 バケモノ熊と殺しあっていた時。


 獲物を細かく刻んでいた時。


 ケイコお嬢ちゃんになにやらをやっていた時。


 俺がやらかしたエイコの肋骨を治した時。


「……確かにな」


 俺の記憶も、エイコの言葉を肯定する。


 少なくとも、羽蛇や大蛇が“魔法”使うところを俺は見ていな……うん?


 ふと浮かんできた疑問。


「やれやれ……。俺もヤキが回ったらしい」

「どしたの、ダンナ?」


 思わずため息を吐いたのは、自分の迂闊さに対して。なんだって、今の今まで疑問に思わなったのか……


「さっきのお前さんではないが、自分の間抜けさに呆れているだけだ」

「だからどういうことなのさ?」

「なに、大したことではない」


 俺が見落としていたのは――


「“魔法”を使える蛇とそうでない蛇がいるのはいいとして、それ以外の……俺やお前さんやお嬢ちゃんには“魔法”は使えないものか、と思ってな」

「……あ」


 間抜け面をさらすエイコ。つまるところ、俺と同じようなことを考えたのだろう。


「よりによってそこを見落とすとか……ありえないよね……」


 そしてガックリと肩を落とす。その気持ちはよくわかる。それこそ、痛いほどに。


「クゥレ、ケイコ。イクス フォグ オゥグ――」


 そして始まる何度目かのやり取り。




 まあ、今までにお嬢ちゃんが“魔法”を使ったことは無かったわけで、異世界の蛇以外には使えないのかもしれぬが。


 いや、だが……蛇を腹の中に入れていたのは“魔法”なのではないのか?だとすると、どうなる?


 そんなことを考えていると、話し終えたエイコとお嬢ちゃんが俺に目線を向けてくる。


「お待たせ」

「ああ。ご苦労さん。それで、どうだった?」

「うん。まず、ケイコちゃんは“魔法”は使えないみたいだね。蛇たちに使い方を聞いて試してみたけど、なんにも起きなかったってさ」

「そうか。だが……」


 今しがた浮かんだばかりの疑問もある。


「ありえない数の蛇を飲み込んでいたのはどうなる?あれは“魔法”ではないのか?」

「そういえば……。ちょっと待っててね。クゥレ、ケイコ。モズン リーディ ストウ――」




「ふぅ……。それで、蛇を入れていたことに関してなんだけどね、アレも“魔法”には違いないんだけど……それをやったのはケイコちゃんじゃなくて蛇たちの方なんだって。……物語なんかだとさ、“よじげんぽけっと”的な……えっと、見た目の何十倍も入る袋ってたまにあるよね?」

「ああ。それなら知っているが」


 “よじげんぽけっと”というのは多分ニホン語なのだろうが、そういった袋は何度か物語の中では見かけた覚えがある。


「蛇共が“魔法”を使ってお嬢ちゃんの腹をその手の袋に変えた……いや、だが……」


 自分で言葉にしてみて、さらに別の疑問がわいてくる。


「あの蛇共がそんなことをするか?」


 危害を加えてはいないのかもしれぬが、蛇共がお嬢ちゃんにそのようなことをするというのは、いくらかの違和感がある。


「……ホント鋭いよね、ダンナって。ゴメン、あたしの例えが悪かったね。袋っていうよりも……えーと……なにか……いい例えは……そうだ!」


 考え込み、なにかを思いついたようにポンと手を叩く。


「こことターロを一瞬で行き来出来るような“扉”を思い描いて。物語的なやつを」

「……ああ」


 これもまた、何度かは物語で読んだことがある。唐突な話ではあるが、思い描くことも難しくはない。


「それで、その“扉”はケイコちゃんが望んだ時だけ、口の中に開きます」

「その“扉”があるのは、お嬢ちゃんの口の中ということだな?」

「片方はね」

「なら、もう片方はどこにある?」


 どこか人目につかない都合のいい場所にでもつながっているのだろうかな?


「えーとね……ケイコちゃんの心の中」

「……は?」


 だが、返ってきたのはあまりにもあまりな答え。


「済まぬ。意味が分からぬのだが……」

「いや、あたしも聞いただけだし、理解しきれてない部分もあるんだけどさ……」

「それはそうだろうが……。わかった。とりあえずは、そういうものだと割り切ることにする」


 よくよく考えてみれば、お嬢ちゃんに関わることの大半は理解出来る範疇(はんちゅう)を超えていた。ならば、わけがわからないのは今更のこと……と、いうことにしておこう。


「そうだね。じゃあ、まとめちゃうけど……蛇たちは“魔法”を使って物語的な“扉”を作りました。“扉”が開くのはケイコちゃんが大きく口を開けた時だけです。つながってる場所はケイコちゃんの口の中と心の中です。心の中にいる分には、重さも大きさも関係ありません。“扉”を使えるのは、ケイコちゃんが心を許した蛇だけです。作るのはともかくとして、“扉”を使う分には“魔力”は必要ありません。心の中にいる蛇たちはケイコちゃんといつでも会話が出来ます。ケイコちゃんが見たり聞いたりしたものも共有しています。と、こんなところかな?」

「なるほど……」


 現実感が皆無、という点さえ除けば、不可解なところは見当たらない。なにゆえに蛇共がそんなことをやったのか、そんな仕組みにしたのか、というのも見当は付いた。


 何か起きた時にお嬢ちゃんを護れるように。この先出会うかもしれない蛇共を拒むようなことお嬢ちゃんにさせず、その上でお嬢ちゃんが人里で暮らしていく上で邪魔にならないように。といったところだろうかな。


 なんにせよ……


「ティークフィト」


 目線を向ければ、お嬢ちゃんは不思議そうに首を傾げる。


 “魔物化”に関しても手掛かりになりそうなものが見えたのは嬉しい誤算だが、ケイコお嬢ちゃんの今後に関しても、いくらかの道筋は見えてきた。


 それらを踏まえて考えると……


 アネイカ言語に関しては、エイコに任せておけば時間の問題といったところ。


 言葉の問題さえどうにかなれば、この世界で暮らしていくのもどうにかはなるだろう。


 蛇共がお嬢ちゃんの迷惑になることを望むとは到底思えず、可能な限りお嬢ちゃんの味方であり続けようとすることだろう。むしろ、恐ろしく心強い存在になるのではなかろうか。


 となれば――


 俺がケイコお嬢ちゃんにしてやれることは、すでにそう多くはない……ということか。


 ま、いいけどよ……


 そう考えた時、真っ先に心に浮かんだのは寂しさ。だが、それは適当に流してしまおう。


 アイツとよく似た名前で同じ声をした気立てのいい娘。俺の感情は、共に在ることを望んでいる。だが、死神求めての旅暮らしに連れていくことなぞ出来ようはずも無し。


 であれば、お嬢ちゃんの身の回りが落ち着いた時が別れの時となるわけだ。


 アイツの時に比べたらはるかにマシではあるのだろうが。


 最初から無いよりも失う方が辛い、とはよく言ったものだ。その時を想うと、心がざわつく。


「ティーク、ダいじょうぶフィト」


 そんな感傷を見抜かれでもしたのか、気遣うような目で問いかけられる。


 まったく、自分自身が相当に面倒な状況にいるというのに、こんな老人を気に掛けるとは……。気立てが良いを通り越してお人よしが過ぎるというものだ。


 ……頼むから、早死にだけはしてくれるなよ。


 そういう手合いがどうなるのか、世間的に言われていることはあるわけだが、ケイコお嬢ちゃんには当てはまらないでほしいと切に願う。


 まあ、なんにせよ……。少なくとも、無駄に心配をかけるというのは、やるべきことではないだろう。


 だから「大丈夫だ」と返す。多分だが、上っ面を取り繕うことは出来ていたことだろう。


「そういえばさ……“魔法”の使い方に関しても一応は聞いてるんだけど、ダンナにも話した方がいいよね?」

「うん?ああ、それもあったな。頼めるか?」

「ほいほい」


 まだ話すことは残っていたか。しんみりをするのは早かったらしい。


「まず最初にやるのは、“魔力”を呼び寄せること。まあ、近くにある場合、この過程はすっ飛ばせるらしいけど」

「呼び寄せる……。そういえば、“魔力”とやらはユグ山に留まっているらしいが、村の中でも2回ばかり使っていたな」


 1度目は(くだん)の“扉”を作った時で、2度目はエイコの折れた肋骨を治した時だ。


「そういうこと。で、次に近くにある“魔力”を自分のモノにします」

「……いや、そう言われてもな」


 漠然(ばくぜん)が過ぎる。いや、そもそもが……


「それ以前に、どうやって“魔力”を呼び寄せるんだ?」

「……心の中で来い来いって念じるとやって来る。自分のモノにするってのも、心の中で念じるとそうなるんだってさ」


 口ぶりからして、エイコも俺と同じようなことを思っているわけか。


「……そういうものだと思うことにする」

「最後に、“魔力”と思い描いたこと――心象を混ぜ合わせます」

「……最初から最後まで理解に苦しむような内容に思えるのは俺の気のせいか?」

「いや、気のせいじゃないと思うよ。とにかく、火の玉を出したいと思ったら、火の玉の心象と“魔力”を混ぜ合わせればいいんだってさ」

「……とりあえず、言わんとしていることはわかった」

「そうだね……。とりあえずさ、試してみない?駄目で元々。何かの間違いで上手くいったら儲け物、くらいのつもりで」

「そうだな。試すだけは試してみるか」


 どの道、何も起きなかったとて、わずかな時間を失い、軽い落胆を覚えるくらいのもの。(かゆ)くはあるかもしれぬが、間違っても痛いということにはなるまい。


 “魔力”来い!“魔力”来い!“魔力”来い!“魔力”来い!


 ユグ山の方向を意識して念じる。


 ま、そうそう上手くは行くまいな。


 が、何ひとつとして感じ取ることは出来ず。これでも力の流れを掴むことには少しばかりは慣れているつもりだが。


「あ、あれ?この感覚って……」

「うん?」

「エイコフィト」


 戸惑ったような声に釣られてエイコの方に目をやれば、ピンと伸ばした自分の指先をじっと見つめる姿。


 ……いや、焦点が合っているのは指先ではない。指先から少し離れた――何もない場所だ。


「さっきと同じ……?だったら……うん。わかる……わかるよ!」


 さらに何やらを呟く。その声には、高揚の色が乗り始めていて――


 おいおい……まさかとは思うが……


「よし!」


 気合を入れるような声。そして――


「出てこい、火の玉!」


「んなっ!?」

「クゥレフィト!」

「お……おおう……!?」


 俺とケイコお嬢ちゃんとエイコが揃って上げた声にあったのは驚き。なにせ――


「あらら……ホントに出来ちゃったよ……」


 唖然とするエイコ。その指先には、2シィラ程の火の玉が浮かんでいたのだから。

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