あまりにも成長の無い俺自身に対してだった
「さて、エイコよ。問題のひとつが片付いたところで、あらためてお前さんに話があるのだがな」
「……って、そうだったよ!弟子入りの方に頭が行ってたけど、さっきのアレってなんなのさ!?」
“アレ”というのは、折れた肋骨を蛇共があっという間に治してしまったことだろう。
「だから、それを今から話そうと言っているのだが」
「あ、うん」
「それと、あらかじめ言っておくが……ここから先は他言無用で頼むぞ。当面は、だがな」
「……ケイコちゃんに類が及びかねないから、だよね?だったら場所を変えた方がよくない?」
すぐにそこまでを察してくれたのは幸い。
「ああ。とりあえずは、部屋に戻るか」
「一応、声は潜めておいた方がいいよね?」
再びエイコの客室へ。ケイコお嬢ちゃんと並んでベッドに腰を下ろしたエイコがそんな問いかけをしてくるが、その必要は無いだろう。
「いや、それくらいなら気配でわかる。近くに誰かが来るようならば声をかけるから、その時だけ話すのを止めればいいだろう」
「ダンナって、気配探りが出来る人なんだ?」
「一応はな」
「まあ、ダンナくらい名が売れてれば当然なのかな……。ちなみに、範囲はどんなもんなの?」
「そうさな……」
眠りながらで気付けるのが20メィラ。常日頃から無意識でやっているのは50程度。ある程度意識を向ければ100といったところで、感覚すべてを集中すれば200といったところだが……
まあ、見栄を張っても仕方があるまいな。
「寝ながらに気付くことのできる範囲が……せいぜい20メィラといったところだな」
「20か。さすがのダンナでも……ん?」
「どうかしたのか?」
納得しかけたエイコが急に首を傾げ、
「いやいやいやいや!ソレおかしいから……。なんで寝ながらそんなことができるのさ!?あ、でも……ダンナはいわゆる“えすきゅー冒険者”なんだっけ。なら、それくらいはアリなのかな……」
なにやらわけのわからぬことを言い出す。
うん?
“えすきゅー冒険者”というのはどこかで聞いたような気もするが……はてさて……
「まあ、ダンナがおかしいのはもうどうでもいいや。それで……いったい何がどうなってるのさ?」
なにやら随分と失礼な言い回しで話を打ち切ってくれやがったが、今は置いておく。たしかに、優先順位はさして高くもあるまい。
「話せば長くなる……というかな、俺自身が把握出来ていることも多くはないのでな。なにせ――」
「クゥレフィト」
お嬢ちゃんの方に目をやれば、不思議そうに首を傾げる。
「ケイコお嬢ちゃんとは、申し訳程度にしか言葉が通じないのでな」
「そりゃそうだ」
「そういったわけでだ、取りあえずお嬢ちゃんに聞いてくれないか?俺とお嬢ちゃんが出会ってから今に至るまでに関して、お前さんに話してもいいものかを」
念のためと言うやつだ。確認を取ることが可能になった以上、一応は聞いておくのが筋だろう。
「承知。ケイコ。『ケイコ ビフク レード フィジク アーバ ロップ イクス ヨドル オゥグ』ティーク フォグ ストウ、イーケル クーア ケットフィト」
「……サブートゥ」
「問題無いってさ」
「らしいな」
エイコが口にしたニホン語はほとんどわからなかったが、お嬢ちゃんの返答は知っている単語。エイコが出まかせを言っているということも考えないではなかったが、それも無さそうだった。これでも、騙そうとする輩の相手はうんざりするほどにやってきた身の上。多少であれば、嘘も見抜けるつもりだ。
「なら、俺がわかっていることを話すとしよう。事の起こりは……4日前だったか。野盗共の駆除をした帰り道にな――」
「――と、いったところだな」
「なるほど。異世界転移を異世界人から見たらそうなるわけだ」
「そのあたりはよくわからぬが……何か気になったことは?」
「大きく分けて3つ」
「なら、順に頼む」
「はいな。まず、ケイコちゃんと蛇たちの関係だけど……ケイコちゃんくらい蛇と意思の疎通が取れる人なんて、あっちの世界でも滅多にいるものじゃないね。動物に好かれる人ってのはいるだろうけど、そういう度合いの話じゃない」
「アネイカやコーニス……こちらの世界でも馬の考えていることをそれなりに理解出来る御者などはいるわけだが、そういう話ではないということか?」
「全然違う。というか、人間と動物の意思疎通に関してはあっちもこっちも大して変わらないと思う」
「そうかい。ちなみに、お前さんは蛇とは話せるのか?あるいは、他の動物でもかまわぬが」
「無理」
即座の返答。つまるところ、あそこまで正確に蛇と話せるのは、“ケイコお嬢ちゃんが異世界の人間だから”ではなく“ケイコお嬢ちゃんが特別”ということか。
「他には?」
「蛇たちが見せた不思議な力。面倒だから“魔法”って呼ぶことにするけど……アレは、あっちの世界には存在してなかったよ。あたしが知らなかっただけ、ってのはあるかもしれないけど。物語の中だけの存在ってのが、大方の認識だと思う」
「それに関してはこちらの世界も同じだな」
「そうなんだよね……。ちなみに、ケイコちゃんは300以上の蛇を出したり入れたりしてたそうだけど、そういうのも“魔法”でも使わなきゃ無理だと思うよ」
「……こちらの世界とあちらの世界というのは、案外似ているのか?お前さんの話を聞いていると、そこまで差があるようにも思えなくなってくるのだが」
「そうだねぇ……あっちの世界の500年くらい前と今のこっちの世界が同じような感じなんじゃないかな、ってあたしは思う」
「500年か……」
俺が鏡追いとして生きてきたのが、およそ50年。長い日々だったとは思っているが、その10倍ともなれば想像もつかぬといったところ。
「まあ、それはさて置くね」
「そうだな」
そのあたりは、今は気にすることでもないだろう。
「それで、気になったことの3つ目。とんでもなく長くて太い蛇とか、羽の生えた飛んでる蛇もケイコちゃんの中に居るそうだけど……長くて太いのはともかく、羽の付いた飛ぶ蛇なんてのは、あたしの知る限りではあっちの世界には居なかった。……これも物語の世界を除いたら、だけど」
「奇遇だな。俺もあちらこちらを旅してきたが、こちらの世界にそんな蛇が居るとは聞いたこともない。物語の世界以外ではな」
「……」「……」
揃って黙り込む。
つまるところ、蛇共に関するあれやこれやは、こちらの世界とあちらの世界。双方の常識から外れているということ。わかったのはそれくらいだったというわけだ。
「大した収穫は無かったようだが、一応俺とお前さんで認識の共有はできたわけだな。なら、次だ」
ここからが本命。
「ケイコお嬢ちゃんに聞いてもらえるか?」
「えーと……どこからどこまでを?」
「俺とお前さんが把握出来ていないこと全てを、だ。蛇共がお嬢ちゃんに伝えたであろうことも含めて。とはいえ、お嬢ちゃんにだって話したくないことはあるだろう。無理に聞き出すことはしなくていい」
「それを聞いて安心したよ。あたしとしてもさ、ケイコちゃんにそういうことはしたくなかったから」
「クゥレ、ケイコ」
「クゥレフィト」
「メント フォグ オゥグ。ストウ シュラー オゥゴナ ジェク シュラー オゥルナ、ホドリ オゥグ」
「……ラペット」
「クゥレ……アット ランデ タゲ ヨドル グレス ワンド ストウ――」
「お待たせ、ダンナ。ひと通りは聞き終わったよ」
ニホン語で話すふたりを待つことしばらく。そう言ってエイコがこっちに向き直る。
「おう。ご苦労さん」
様子は俺も見ていたが、エイコが無理強いをする風でもなく、聞き取りは無事に終わったようだった。
とはいえ、何かがあるのは間違いなさそうだが。
お嬢ちゃんはこれと言って何かを気にしたようでもなかったが、話の途中でエイコの方が眉をひそめることが何度かあった。
お嬢ちゃんは当然のように受け入れており、エイコにとっては胸糞の悪い内容があったと考えるのが妥当。
まあ、それもエイコの話を聞いてからだろうかな。
「早速だが、聞かせてくれ。順番はお前さんに任せる」
「ほいさ。じゃあ……まずは、ケイコちゃんが現状をどう考えてるか、なんだけど……ケイコちゃんは、元の世界に帰りたいとは全く思っていない。ずっとこっちで生きていくことになっても構わないって考えてるの」
「そうかい」
「あれ?驚かないの?異世界転移者って、帰りたいって考えるのが多数派なんだけど……。いや、最近の流行だとそうでもないのかな?」
「異世界転移の多数派少数派やら流行やらはよくわからぬがな、あちらの世界がお嬢ちゃんにとって居心地の悪いものであったのかもしれない、とは考えていた」
今でこそ屈託ない笑顔も見せてくれるようになったわけだが、数日前は会う人間全てに怯えの色を見せていた。それだけでは根拠とするには弱すぎただろうが、“かもしれない”と考えるには十二分だった。
「そっか……。その予想、当たってるよ。出自に関してちょっとした事情があってね、心を許せるのは蛇たちだけだったそうなの」
エイコが不愉快そうな表情を見せたのは、そのあたりが理由なのだろう。
「そうか」
ともあれ、あちらの世界に帰る方法を探す必要は無さそうか。こちらの世界で暮らしていけるように、俺に出来ることはやるとしよう。
それはそうと……
「心を許せる、と言っていたが……あちらの世界に居た頃から蛇共とは話すことが出来ていたということか?」
「うん。ただ、いつからかはケイコちゃんにもわからないそうなの。物心ついた頃には、普通に蛇と話すことが出来てたって。それに、出会った蛇たちはみんな優しくしてくれたんだって。そんなわけで、あっちの世界で大切だったのは蛇たちだけ。で、親しかった蛇たちはみんな一緒にこっちの世界にやって来た。だから、あっちの世界には全く未練は無い。ってことらしいね」
「なるほどな」
そういう事情もあって、お嬢ちゃんも蛇共を大事にしているわけか。心根の優しさを見て取れる機会は何度かあった。
そんなお嬢ちゃんだ。自分を好いてくれる蛇共のためならば、夜の山に無策単独で突撃するような無茶もするわけだ。
「ちなみに、話が出来るのは蛇だけなのか?他の動物は?」
「全然話せないらしいよ。蛇に近い……トカゲなんかとも全然駄目だって」
「そうか。なら、あちらの世界に居た頃の事で他には何かあるか?」
「えーと……これくらいかな」
「わかった。なら、こちらに来てからの事を頼む」
お嬢ちゃんに関して、いくらかは知ることが出来た。が、まだわかっていないことも山ほどあるわけで。
「ほいきた。まず、こちらの世界の蛇とも、同じように話せるらしいね」
「ああ」
それは予想も出来ていた。
「それで、蛇たちの使う“魔法”についてだけど……あっちの世界に居た頃は、使うことが出来なかった……というか、実在するとも思っていなかった、とのことだよ。まあ、そこらへんはあたしと同じかな」
「それは、お嬢ちゃんがそう考えていたのか?それとも、蛇共が?」
「両方」
「なら、“魔法”を使えるようになったのはこちらの世界に来てから、か。だが、こっちの世界にも“魔法”なんてものは無かったぞ」
そんなものが存在しているのなら、噂話くらいは耳にする機会があってもよさそうなもの……いや、違うな。
蛇共の“魔法”を目にする直前に不可解なことが起きていた。ならば――
「光の柱が原因らしいね。4日前じゃなくて、2日前の方の」
「たしかに、それ以前に蛇共が“魔法”を使うところは見ていない」
お嬢ちゃんと出会った直後を思い出す。
山を下りる途中、山歩きに不向きな靴が原因でお嬢ちゃんの足が腫れていた。アレも骨折も身体が千切れかけるのも、怪我には違いない。その時点で“魔法”を使えたのなら、蛇共が何もしなかったはずが無い。
「なら、“魔法”とはなんぞや?って話になるけどさ……ダンナが思う“魔法”ってどんなの?」
「また唐突だな……」
そもそもが、“魔法”などというものは俺にしてみたら物語の世界だけの存在だった。数日前までは、などという但し書きは付くのだろうが。
それでも挙げるならば――
「火の玉を出したり、傷をあっという間に治したりか。他には……」
「ゴメン。あたしの聞き方が悪かったね。“魔法”ってのは、どうやって使うものだって印象がある?」
「そうさな……」
これも、昔読んだ物語の話にはなるが、
「“魔力”とでもいうのか?その手の力を引き換えにして使うのではないか?」
「そう。じゃあ、“魔力”ってのはなに?」
「……難しいところだな。“体力”に近いのか?“魔法”を使いすぎれば疲れる。休息を取れば回復するといったところだろうが……」
「うん。物語の中ではだいたいそんな感じだよね。いわゆる“えむぴー形式”ってやつ」
またわけのわからぬ言い回しが出てきた。
「“えむぴー形式”とやらは知らぬが……」
「まあ、それはこっちの……というか、あっちの世界の話だから。それはともかく、蛇たちが使ってる“魔法”は、ダンナが思うそれとは根本的な部分での違いもあるらしいの」
「……ほう」
今までに目にした“魔法”は物語そのままといった風だったが。なら、どこがどう違うのやら。
「“魔法”は“魔力”を消費して使うのは間違いないそうなんだけど……。“魔力”っていうのは、あっちにあるんだってさ」
そう言って指で指したのは窓。いや、その先に見えるのはユグ山か。
「多分だけど、光の柱が現れた時に“魔力”も一緒にこの世界に流れ込んで来たんじゃないかな、と」
「ふむ」
「んで、“魔力”っていうのは……蛇たちにも上手く説明できないみたいだったけど、煙みたいなものなんじゃないかな、と」
「煙?」
それはどういう……ああ、そういうことか。
「目に見えず匂いもしない。そして、風で散らされることもない煙。“魔力”とやらは今もユグ山に充満している、ということか?」
「そういうこと」
我ながら上手くない例えだとは思うが、間違ってはいなかったらしい。
「となると……“魔法”というのは、その“魔力”を火の玉やらに変えるということになるわけだな?」
「だろうね」
「だとしたら……“魔力”というやつは有限なのか?」
「へ?」
思い付きを口にすれば、エイコが返してきたのは間の抜けた声。そこまでは思い至っていなかったらしい。
「仮にだが、“魔力”というやつが物語に出てくるようなものだったなら、使っても自然と回復するのだろうが、現実には違うのだろう?ならば、使った“魔力”はどうなるんだ?」
「えーと……そこまでは……」
「それに――」
気にかかったことは他にもある。
「“魔力”というやつはどこから来たんだ?別の世界……もとい、異世界からだったとて驚きはしないが――」
光の柱と共にやってきた、という点はケイコお嬢ちゃんとも同じなのだから。
「こちらの世界に来る前のお嬢ちゃんと蛇共にとって、“魔法”というやつは現実のものではなかったということらしいが。それならば、“魔力”は、お前さんやお嬢ちゃんの故郷とは別の世界から来たのではなかろうか?とも思えるわけだが」
無論、これもまた仮定仮説でしかないわけだが。
「それに――」
思いつくところはまだある。
「“魔力”と“魔物化”にも関係はあるのではないか?時期が余りにも重なりすぎている。だとすれば、“魔力”を適当に浪費してしまえば今回の件は収まるのではないか?」
「えっと……その……」
「あとは、蛇共に羽が生えたりしたのも“魔物化”に近いのかもしれぬな。もっとも、蛇共の方は理性を保っているようだが。そのあたり、蛇共はどんな認識なんだ?」
「ぬ……ぐ……」
思いついたことを並べるうち、エイコが言葉に詰まっていたことに気付く。
しまった……。やらかしたか……
「……済まぬ。急ぎすぎたな」
「と、とりあえず、聞いてみるから少し待っててもらえる?」
「ああ。急がなくてもいい。それと、お前さんを責めるような口調になっていたのかもしれぬな。その点は詫びよう。済まなかった」
「ううん、ダンナが謝ることじゃないよ。あたしの手落ちだったわけだし。……クゥレ、ケイコ」
「クゥレフィト」
ケイコお嬢ちゃんに話しかけるエイコを眺めつつ、内心で呆れのため息を吐く。
その対象はエイコでなければお嬢ちゃんでもなく――アイツといた頃の癖をふとしたことで出してしまう――あまりにも成長の無い俺自身に対してだった。




